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第9話 魔法の射手(マジックアーチャー)

 すでに、日は真上から西へと動いていた。そんな昼下がり、大街道沿いの小さな林の中で、レオンたちとターニャの話し合いが続いていた。


「そう、相手は魔法の射手(マジックアーチャー)よ。魔法で形成された矢をバンバン連射してくる、とても厄介で危険なヤツ。私も弓は得意だけど、あの爆発する炎の矢なんか、特に……あれは反則よ。そう思わない?」


「うん、そう……だね」


 突然ターニャに同意を求められたレオンは、爆発で吹き飛ばされてあわてふためくターニャを想像しつつ、愛想笑いを浮かべた。


「でしょ? それでまぁ一目散に逃げて、ギルドになんて言い訳しようかな~と思ってたら、昨夜あなたを見たわけ。正直言うとはっきりとは見えなかったけど、あなたには魔法の矢(マジックアロー)なんて効かないんでしょ? だから……って、名前は何だっけ?」


「ああ、これは申し遅れたね。僕はレオン。こちらがエレナ。この馬はキアラ」


 そこまで言うと、レオンはターニャに背を向けてしゃがんだ。


(シャドウ、昨夜何かあったんだな? …………あの音はまさか?)


(……そうです。レオンを狙って矢を放った曲者くせものがいたので、始末しました。)


(えっ? そんな事があったのか……。)


「どうかしたの?」


「いや、何でもない」


 レオンが再び立ち上がって正面を向くと、ターニャはニンマリとして低い声になった。


「城から来たオッサンが目撃者を探してたけど……私は黙っていてあげたんだよ? 若様殺しのレオンくん」


「………………!」


「ど、どういう事ですか? レオ様が……?」


 エレナは立ち尽くすレオンの隣でおろおろとしていた。そんな2人の反応を、ターニャは楽しんでいるようであった。


「ま、あの若様って城下町でも色々とやらかして嫌われてたから、むしろ町の人は感謝してるんでしょうけど」


「…………わかった。昨夜の件の口止めの代価として、協力すればいいんだね」


「あれれ~っ、脅したつもりは無いけど? でもこれで決まりね。よろしくレオン。それとエレナ……だっけ? あれっ? ひょっとして魔法使いなの? まっ、よろしくね」


「よ、ろ、し、く……お願いします」


 いつになく、エレナはとげのある感じで頬をヒクヒクとさせていた。


 ターニャを先に街道へ出して待たせ、レオンたちは相談した。


「………ええっ? レオ様の命を狙って、あの貴族の若様が? それをシャドウが殺してしまったんですか……」


「シャドウ、相手はラウルだとわかってたのか? それになんで隠したりするんだ」


 レオンの左手の籠手こてから、ニュウッとシャドウが出てきた。


「さて? そのまま町を出れば特に問題は無いと思ったのですが、よもや物陰に見物客がいたとは」


「もしあの人が公爵家に密告したら、レオ様が罪人に……」


「過ぎたことは仕方がない。彼女の依頼を果たせば、たぶん大丈夫だよ。それで、シャドウについてはどうする?」


「仲間になったわけでもありませんし、特に私の存在を明かす必要性はありませんね」


「わかった。あとは魔法の射手(マジックアーチャー)の対策だけど……」


「フフフ……レオン、これは手強い相手ですよ。私は手出ししませんので、自分たちの力で切り抜けて下さい。しかし、その魔法剣と防御魔法を併用すれば勝てます。エレナも念導術とやらで援護して下さい」


「わかってますよ。今度はもっと上手く操りますから」


 レオンたちが相談を終えて街道に出ると、ターニャは待ちくたびれた様子であった。


「終わったぁ? それじゃ行きますか」


 ターニャは頭の後ろで手を組み、口笛を吹きながら歩き出した。レオンたちは数歩後を付いていった。


「ターニャ、場所はどこだい? 依頼内容を教えてくれないか」


「ここから少し先の山を登った所なんだけど、いい薬草が採れるんだって。そこにヤツが居座ってるために、周辺の町や村の医者、薬を扱う店が困って、協同で金を出しあってギルドに依頼したってわけさ。死人は出てないけど、薬草を採りに行って怪我人続出じゃあ笑い話にもならないよね」


「報酬は?」


「金貨20枚。余裕で1年は暮らせるよ! ……あ、山分けで10枚ずつか」


「僕はいらない。全部あげるよ」


「なっ? いいの? 本当に? 男に二言はない? 嘘偽りないのね?」


 ターニャはザザザッと足音をたてて、レオンに駆け寄ると、両肩を掴んで激しく揺らした。気圧けおされたレオンは首を縦に振った。するとターニャはレオンに抱き付き、頬に何度もキスをした。


「気前がいい人って大好き! レオンって外見も良いけど、中身も私好みの性格みたい」


 その時ターニャのお尻を、エレナが魔法の杖でボコッと叩いた。


「痛っ! 何するのよエレナ?」


「あなたこそ何をしてるんです? それ以上は許しませんよ!」


「あはははっ、怖~い。でもレオンは満更まんざらでもなさそうだしぃ、私のほうが魅力的だからひがんでるのかな?」


 ターニャは変顔になってエレナを挑発した。


「エ、エレナ抑えて抑えて!」


 我を忘れて飛び掛かろうとしたエレナを、レオンは羽交い締めにして必死に止めた。エレナは手を伸ばし、空中で足をバタバタとさせて暴れた。


「ごめんごめん。エレナってからかうと面白いわね」


 ターニャがいたずらっ子のように、無邪気にキャハハハと笑い声をあげた。レオンとエレナは拍子抜けして、先を歩いて行くターニャの後ろ姿を見送っていたが、気を取り直すと慌てて追いかけていった。


 大街道をれて小道に入り、更に進んだ先の細い山道に差し掛かった時には、夕暮れになっていた。そのうち道が無くなり、草を掻き分けていくとゴツゴツとした岩場に洞穴が現れた。


「今夜はここに泊まって、明日の朝、ヤツと対決だ。この斜面は馬は無理だから、キアラはここに置いていくよ」


 ターニャはすっかり慣れた感じで、鼻唄混じりに野宿の準備をしていたが、エレナはこれほど深い山は初めてで、少し不安そうであった。レオンも自分たちに山々が迫り、闇に包み込まれてしまうのではないか、という奇妙な感覚を覚えていた。


 ターニャが火を起こすと、エレナはキアラから荷物を下ろし、鍋と食材を取り出した。


「私がキノコ鍋を作ります。レオ様、これで私が山から持参したキノコと山菜は最後です。しばらく食べられなくなりますね」


 エレナはしみじみと語りながら、右手から塩を発生させて味付けし、しばらく煮込んだ。それを木皿によそうと、ニコニコしながらレオンに渡し、ターニャには素っ気なかった。


「魔法で塩を出したの? 面白い事をするね~。それにしても意外と根に持つのね、エレナって。あれは冗談だって」


「全っ然、面白くありません」


「まぁまぁ、2人ともそれくらいで。それより明日の魔法の射手(マジックアーチャー)の対策を」


 3人は食事を終えると、明日の戦いに備えて対策を練った。


「魔力を消費して形成される矢なら、そのうち射てなくなるんじゃないですか? 持久戦になれば……」


「うんにゃ、エレナ。あの戦いぶり……あれは弓に強い魔力があるんだと思うよ? 無尽蔵に射てるのかも」


「やはりこちらから仕掛けるしかない。僕が防御魔法、マジックシールドを皆に掛ける。でもあまり長くは保たないだろうから、2人は左右に展開して援護を。僕は前面にシールドを集中して、正面から突撃する」


「えっ? 昨夜みたいに撃ち返せば、すぐ終わるでしょ?」


「そうはいかない。自分でなんとかしないと……」


「はぁ? なにそれ?」


 シャドウの存在を知らないターニャは、レオンの意図が理解出来ず、不満げであった。


 翌朝――――3人はキアラを残し、斜面を登り始めた。やぶを切り払い、誰かが設置した梯子はしごを登り、ロープを伝って小川に架けられた粗末な橋を渡った。レオンとエレナはだいぶ息が上がっていた。


「なぁに? もうバテたの? もうすぐだから……ほら、見えてきた。あの平らな岩よ」


 視界が開けると、そこは所々に岩が突き出た草地であった。ターニャが指差したのは、その緩やかな斜面の上にある岩場に無造作に乗っかっているかのような、平坦で巨大な岩であった。3人は手近な岩陰に身を隠した。


「あの岩を登った先が、薬草の群生地らしいけど。あそこへ行くには、あの細い道を通るしかないよ。ヤツが待ち構えてるだろうね」


 それは天然の石橋のように見えた。幅は狭く、両側は反り返った深く幅広い窪地になっており、橋の先に陣取られたら、背後へ回り込むなど不可能に思われた。


 3人が岩から岩へ移りながら進むと、平坦な巨岩に人影がスッと現れ、橋の先に移動するのがわかった。


「あっ、出たよ。ヤツだ!」


 レオンが先行して岩陰から顔を出すと、ヒュンッという音と共に青白く光る矢が飛来した。それは岩肌を削るとパッと消滅し、話し合いで解決出来ないか、というレオンの淡い期待もはかなく消えた。


「問答無用ってわけか……。やるしかないな。エレナ、ターニャ、手筈通りにいくよ! ……マジックシールド!」


 エレナとターニャは白い光の膜に包まれたが、レオンは前面にのみ集中させて、防御力を高めた。レオンが橋に向かって前進を始めると、エレナは右側へ、ターニャは左側へと展開した。


 相手は正面のレオンに猛烈な連射を放ち始めた。シールドに弾かれてはいるが、レオンの足は鈍った。


「予想を上回る威力だ……うわっ!」


 一瞬攻撃が止んだ途端、シールドに強い衝撃をうけた。


「くっ……これがターニャの言ってた爆発する……爆炎の矢か」


 手始めにターニャが狙い済まして矢を放ったが、連射された相手の矢に寸前で打ち落とされた。


「ええっ? 矢で矢を防ぐなんて、あり~っ?」


 そんなターニャを横目に、エレナはラバーノの一団との戦いで使用した針を手に取って放った。


「これならっ……!」


 エレナの魔力を受けて針は無数に分裂したが、相手に届く前にシールドに矢が何本も直撃して上手く操れず、窪地に突き刺さった。


 だが、2人が少し時間を稼いだおかげで、レオンは橋を渡り始める事が出来た。シールド越しに見えたのは、必死の形相で矢を放つ少年の姿であった。


「よ~し、もう少しだよっ!」


 ターニャがわずかに気を緩めた瞬間、爆炎の矢が足元で炸裂し、吹き飛ばされたターニャは頭を強く打って気絶した。


 エレナも再び援護を試みたが、狙い射ちされて機会がなかなか掴めない。


「ターニャ!」


 レオンは橋の半ばまで進んでいたが、再び激しい攻撃を受けて足が止まった。


「まずい……シールドが保たない」


 その時、焦りを覚えるレオンの体勢が大きく崩れ、シールドの及んでいない横側を相手にさらした。衝撃で脆くなった部分に足をとられたのである。そこへ爆炎の矢が迫っていた。


「しまった……!」


 レオンが覚悟を決めた瞬間、黒い影がレオンの前に噴き出し、爆炎の矢を飲み込んだ。


「しょうがないですねぇ、レオン」


「シャドウ!? わっ!」


 レオンが驚きの声を上げるのとほぼ同時に爆発が起こりシャドウは雲散霧消した。


「うおおおおっ!」


 シールドは崩壊したが、レオンは魔法剣を抜き、雄叫びを上げて魔法の射手(マジックアーチャー)の少年に突進した。少年は矢を立て続けに放ったものの、魔法剣に吸い込まれていくのを見て、至近距離にも関わらず、爆炎の矢を射とうとした。


「レオ様っ!」


 エレナが投げた古ぼけたボタンが、農民の野良着へと変化し、少年の視界をわずかに塞いだ。ただそれだけであったが、レオンには十分であった。


 少年はレオンの剣を苦し紛れに弓で受け止めたが、綺麗に両断されて昏倒した。


 剣を突き付けられると、少年は戦意を失った虚ろな目でレオンを見上げた。

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