最終話 旅路の果てに
鉱山都市グリムガル内部に複数ある坑道の1つ、その奥に広がる大空洞。魔唱石の結晶やその欠片が壁面の一部を占め、それらを含んだ石や岩も転がって光を放っている。数百人が余裕を持って寝泊まり出来そうな、広々とした空間。
3・4階建ての民家どころか、山の中腹にある教会の鐘塔より高い天井。その上までポツポツと、淡い光が暗闇にほのかに浮かび上がっていた。物音ひとつしない。
「これでは話が違う! 私を騙したのかあぁぁ!!」
静寂を破り、空洞内にカルディアの絶叫が響いた。周囲の岩壁に反響し、余韻が残る。その発信源である中央付近に、巨大な人影があった。
常人の倍以上にも達する背丈。その頭部はノエルの物であったが、手足の先や下腹部より下は溶けるように無くなり、発光する半透明の頑丈な身体が形成されていた。まるで鬼か、外の戦場で暴れる巨人族に乗り移ったかのようである。胸の左右には1つずつ、核か心臓らしき物が脈動していた。
その左肩の辺りが不自然に盛り上がり、ポコンと何かがくっついていた。 それはカルディアの頭であった。酷く狼狽し、顔を醜く歪めている。傍らには乾ききった枯れ木のような、首無しの老人の骸が仰向けに倒れていた。
「何が不満なのさ? 意識を残して取り込んであげたんだから、特等席で僕が世界を滅ぼす様をゆっくり見学するといいよ」
ノエルは大きな右手の甲に一体化させた「嘆きの剣」をかえすがえす眺めながら、のんびりとした口調で答えた。
「私が望んでいた永遠の命は、このような形では無い! 全盛期の姿に若返り、絶対的な支配者として君臨を……。お前は最初から世界を滅ぼす気でいたのか!?」
「君が部下を騙したように、僕も本当の目的を隠してたまでさ」
「くっ、くそっ!」
わずかに動く頭を回し、ノエルの澄ました横顔を睨む憐れな老人。顔だけは先刻に若返らせた時のままにしたのは、ノエルなりの温情であった。レオンたちが光の門を通過して互いに正面から相対したのは、その直後だった。
「やあ、来たねレオン。歓迎するよ」
光の門がバチバチと音を立てながら消滅し、レオンたち4人が素早く戦闘態勢を取る。等間隔に散開したのを見届けると、ノエルは貴人に対するかのようにお辞儀をした。
「ノエル! ここでお前を倒す!」
闘志を漲らせて剣をしっかりと握り締め、ノエルへ突き付けるレオン。しかし、カルディアの頭が付着しているのに気が付き、微妙に眉根を寄せる。
「ああ、彼は僕と共存する事になってね」
ノエルが酷薄な笑みを張り付かせて、カルディアを一瞥した。
「おやおや、永遠の命を授かったようですねぇ。ご立派な姿です。クククッ」
「だ、黙れ!!」
盛大に皮肉って含み笑いを漏らすシャドウに、唾を飛ばして怒鳴るカルディア。
「ついさっき知ったんだけど、レオンってこの人の子孫なんだって? 僕もびっくりしたよ」
「ノエル。人質でも取ったつもりか? 僕は攻撃を与えるのに何のためらいも無いぞ。……人質と言えば、アキシスの王子はどうした? もう送り返したのか」
感情を押し殺した低い声で、レオンが問い掛けた。
「ん? ああ、まだその辺にいたかな。死んでるかもね。まあどうでもいいよ。それよりどうだい? 僕の美しいこの身体は。長年かけて蓄積した魔唱石の力と、この『嘆きの剣』に宿る魔術師たちの魂を使って造り上げたんだ。そうそう、さっき君のお母さんの魂も加えたよ」
嘆きの剣から、その名の通りの悲しげな慟哭や嘆きが発せられた。それに共鳴するかのように、剣身が7色に激しく明滅している。
「…………!」
「こいつやっぱりクズね! ふん、完全体とか言ってるけど、図体がでかくて鈍そう」
「おや、クズ呼ばわりは酷いな。貧弱な女竜騎士さんはわかってない」
「言ってくれるわね……!」
「ダメです! 挑発に乗ってはいけません。レオ様もリディアも頭を冷やして下さい!」
レオンとリディアは怒りに我を忘れそうになったが、エレナにたしなめられて落ち着きを取り戻した。
「へえ。シャドウ君はともかく、小さいお嬢さんは至って冷静だね。感心感心。で、レオン、こんな薄暗い中で決着を付けるのもなんだから、青空の下でやり合おうか」
「どうするつもりだ?」
場所を変えて外にでも出るのかとレオンたちが思った瞬間、ノエルが剣を目一杯高く掲げた。すると、凄まじいまでの衝撃波が剣の切先から放出され、山全体が鳴動した。
天井と外側の壁は吹き飛び、日光が隅々まで明るく照らし出す。鉱山都市の裏側、山の北西部の斜面に台地が出現した。
この耳をつんざく轟音に、御子レオンの勝利を信じて戦っているフランシーヌたちは、何事かと様子を窺った。爆散した岩石が大量に空高く上がり、方々に降り注ぐ。中でも群を抜いて大きな岩がフランシーヌの方へ落ちてきた。
「退避! 一旦下がれ!」
フランシーヌが後退すると、アンデッドたちは間合いを詰めようとしとた。そこへ岩が落下し、巨人が下敷きとなって完全に潰れた。
舞い上がった砂煙が晴れると、フランシーヌは檄を飛ばした。
「御子レオン殿が最後の戦いを始めたに違いない! 皆の者、ここからが正念場ぞ!」
部隊の戦意を奮い起こすと、フランシーヌは縦横無尽に暴れ回り戦線を押し返していった。
(な、何という威力……! 世界を滅ぼす存在……私はとんでもない者を復活させてしまった!)
カルディアは自責の念に駆られた。ノエルはというと、まだ上手く己れの力の加減が出来ず、困ったような様子を見せた。
「あれ? 思ったより力を放出しちゃった。やり過ぎたかな。これじゃあレオンたちも……ん?」
青空を仰いでいたノエルが前へ視線を移すと、白銀の球体に守られたレオンたちが佇立していた。
「へえ。面白いシールドだね」
興味をそそられたノエルに隙が生まれた。すかさず、リディアがフワリと宙に飛んだ。
「聖竜神の加護よ!」
雷光槍が風を喚び、リディアを包む。穂先から電撃を放ちながら、ノエル目掛けて矢のように急降下した。しかし、左胸の心臓らしき物を狙った槍は届かず、リディアの身体は真っ直ぐに伸びたまま空中で静止した。
衝突の瞬間だけ可視化した、幾重にも張り巡らされた防御結界。リディアの渾身の一撃は二層目までは貫いたが、三層目に阻まれた。
「へえ、やるねえ。前より強くなった?」
ノエルは賛辞を贈ったが、リディアは無視して地上に降り、接近戦に移行した。鋭い突きを何度も繰り出すが、ノエルは見た目よりも想像以上に俊敏であった。レオンは太陽剣に魔力を込めて斬りかかり、シャドウは右手に大斧、左手の数本の触手は先端を鋭利に変化させて攻撃を開始した。
ところが、3人の波状攻撃をもってしても防御結界を突き崩せない。かえって嘆きの剣による反撃により、危うい場面が何度も訪れた。
ノエルの振るう剣は剣術と呼べるレベルでは無いが、とにかく速かった。レオンは寸前で身を屈めて髪を数本斬り飛ばされ、半身になったり横へ必死に躱しても、かすり傷を負わされていく。
シャドウもこの剣で斬られてはただでは済まないようで、影状態と変身を交互に行い、やり過ごしていた。リディアも何とか避けていたが、ついに拳の一撃をまともに喰らって吹き飛ばされた。
「がはっ!」
東側に残った壁に叩き付けられ、リディアは吐血した。
「はい、竜騎士さんは脱落」
「リディア!」
倒れ伏した仲間の姿に、レオンも焦りの色が浮かぶ。
(このままじゃ……。私がありったけの魔力を黒の秘呪に込めて、結界を破壊するしかない!)
少し下がっていたエレナは、魔導器を腰の袋から取り出そうとしたが、その手がふと止まった。
「これは……強力な魔力の波動?」
エレナの視線の先には、壁に槍を突き刺すリディア。槍と共にぐんぐん魔力が上昇していく。リディアが叩き付けられた壁は、魔唱石の結晶や欠片がふんだんに含まれていた。槍の柄の先端部分に取り付けられた蛇を象った装飾が、大量の魔唱石から膨大な魔力を吸い取っていく。
「私は誇り高き竜騎士! これ位で倒れるわけにはいかないのよ!」
リディアが口の端から血を流しながら槍を引き抜くと、まばゆい光に包まれて飛んだ。槍と一体化した姿は、さながら光の矢であった。少々驕っていたノエルは、背後から飛来するリディアに気付くのが遅れた。
「全身全霊の一撃よ! そりゃああああ!!」
「んっ?」
ノエルがとてつもない気配を感じた時には、リディアが結界の三層目まで槍を捩じ込んでいた。
「ああああぁ!!」
リディアの全ての魔力が槍に伝わる。全身の力を込めてもう一押しすると、ついに最後の五層目に到達し、光が溢れた。
爆発と共に、強固な防御結界はついに破壊された。しかし、限界を超える魔力を込めたため、伝説の槍・雷光槍は耐えきれずに粉々になってしまった。
リディアも自慢の青竜鱗の鎧が著しく破損し、倒れたままピクリとも動かない。
「うおおおっ!」
時を置かず、レオンが左胸の心臓を剣で突いた。ノエルは大きく巨体をぐらつかせたが、ドンッと踏み留まり、レオンを左手で掴み上げた。右手で剣を抜いて足元に落とすとニヤリと笑い、掌中で虜となったレオンをギリギリと締め上げる。
「ぐあああっ!」
恐ろしい力で、旅の始まりから身を守ってきた黒いリザードマンの鎧はへこみ、あるいは砕けた。レオンはあまりの激痛にもがいた。
「あっ、レオ様!」
「くっ!」
シャドウが救出しようと試みたが、嘆きの剣の一閃が体を掠めて膝を折ってしまった。
「あはは、残念だったね。不用意に間合いに入ってくるから。あれ? レオン君、もう終わりかな。体内に宿る光が弱まってるよ」
力を緩めたノエルが、にやけながらレオンの顔を覗き込んだ。エレナは足の震えが止まらなかった。
(レ、レオ様が……死んじゃう!)
絶望しかけたエレナであったが、ここでふと、宿屋の屋上でフランシーヌから掛けられた言葉が過った。
(そなたはレオン殿のために命を懸ける覚悟はあるか――?)
「レオ様、今お助けします!」
エレナはありったけの魔法薬を飲み干すと、魔導器を取り出し水晶の杖を構えた。身体の許容量を超えた魔力が溢れ出す。
「エ、エレナ。何て無茶を……止めるんだ」
首を回してエレナの行為を認めたレオンは、今にも涙が溢れそうになっていた。
「この増幅する魔力の流れ……あれは魔導器? それに黒い光……。ま、まさか『黒の秘呪』なのか!? こんな小娘が!」
カルディアが驚嘆の声を上げる。
「それは驚きだ! もっとお嬢さんを注視しておくべきだったかな? でも、そんな極大呪文を撃ったらレオンも巻き添えだよ!」
「そ、そんな事は……先刻承知です」
脂汗を流しながら、エレナが呪文の詠唱に入る。
「助けるとか言っておいて、レオンもろとも僕を倒すつもりかい? やってごらんよ、あはははは!」
狂気じみた顔になって、ノエルは哄笑した。カルディアは固まって絶句していた。
ゴーッと風が巻き起こり、エレナのローブがバタバタと捲れ、三角帽子が舞い上がった。
「レオ様。私は最初全然お役に立てなくて。でもそんな私にもレオ様は優しくて、色々と気を使ってくれて……」
「エレナ……?」
悲愴な覚悟を感じたレオンが、不吉な予感がしてうろたえた。
「私はそんなレオ様が……レオ様が好きです! 大好きです! ……異界に棲む者よ、黒き蛇神よ、来たれ! 黒縄地獄!!」
黒い光が集まった空中に亀裂が走り、異界の巨大な黒蛇が出現した。ずるずると8体が這い出してくる。
「で? どうするのさ!」
ノエルは掴み上げたレオンを黒蛇へと掲げた。完全な無防備である。
「……この手に集束せよ!」
8体の黒蛇は回転しながらエレナの前面に集束し、一筋の細い光と化した。
「はああああっ!」
限界以上の魔力と魔導器の力を借り、黒い光線が発射された。それは目にも止まらぬ速さで正確にノエルの左胸の心臓を射抜き、背後の遠く離れた山まで到達して大爆発した。
「ぐわあああっ!?」
余裕たっぷりだったノエルが、ゴボッと血を吐いてレオンを離した。レオンは荒く息をしながら、何とか着地して片膝を立てる。エレナは力を使い果たして倒れた。
「……やった。やりましたレオ様」
エレナは薄目を開けて力なく笑った。
「僕のためにすまない。今、回復を……」
「あははは~っ!」
「!?」
大きくのけ反ったノエルは大きなダメージこそあったが、倒れなかった。
「そ、そんな……」
エレナはもう指一本動かすのさえ苦痛であった。レオンもキアラから受け継いだ光の力による回復が上手く出来ない。
「いや、凄いよ君たちは! ここまでやるとはね。もう一人、黒の秘呪の使い手がいたら危なかったかな。さて、右の心臓の力で修復を」
「それは良いことを教えてくれました」
うずくまっていたシャドウが、ゆらりと立ち上がった。
「シャドウ、残るは君だけ。打つ手なしでしょ」
「いえ、そうでもありません」
シャドウが変身を解いて影の状態になり、数倍に膨れ上がった。
「この爆発的な負の力! ……まさか」
「ここに来て、ようやく準備が整いました。……私は100年前、死の淵である呪文を唱えました。あれは奇跡だったのか、私の精神と呪文が融合したのです」
「バ、バカな……。そんな事があるはずが……」
カルディアは信じられないといった面持ちである。
「レオンと旅を共にし、様々な人物や動物、果ては草木に至るまで、生物の影を食べ、力を吸収してきました。私は言わば、魔法生命体」
「魔法……生命体?」
ノエルが初めて聞く名称に顔をしかめる。意識を取り戻したリディアを含め、レオンたちも呆然と聴いていた。
「そう、私は成長する『生ける黒の秘呪』!」
シャドウの全身に、レオンから始まりフランシーヌに至るまでの様々な人物の姿が浮かんでは消えた。
「レオン、エレナ、リディア。貴方たちとの旅、楽しかったですよ。レオン、止めを刺すのは貴方です」
「ちょっと待ってくれ! シャドウ!」
「か、身体が動かない! 何をしたんだ?」
いつになく焦るノエル。シャドウが含み笑いをしながらにじり寄る。
「私の影の呪縛からは、たとえ貴方でも逃れられないようです。……レオン、さらばです。黒の閃光!」
「シャドウーッ!!」
黒い影が、光を孕みながらノエルの右半身を覆った。グシャグシャッと叩き潰すような音が漏れてくる。
「ぐおあああっ!!」
シャドウの影と共に、ノエルの右上半身は手首の先と嘆きの剣を残して、握り潰されたかのようになっていた。大量に吐血し、凄惨な表情に変貌する。深い傷を負った半透明の断面が、ウネウネと蠢動していた。
「シャドウ、あんたってヤツは……」
仰向けに倒れ青空の一点を見詰めながら、リディアはブルブルと震えた。エレナは静かに涙を流し、レオンはポタポタと地面に涙を垂らしていた。
「ま、まだだ……。僕にはまだ切り札がある」
ガクガクと姿勢を大きく左に崩しながら、ノエルは嘆きの剣が張り付いた右手首を拾い上げた。
「何てしぶとい……。もう終わりにする」
レオンは涙を拭うと、近くに落ちていた太陽剣を手に取った。
「ははははぁ。この嘆きの剣で……天界の魂を呼び寄せて僕は復活する! 来い! 選ばれし強者の魂よ!」
遥か上空から、光の柱が降り注ぐように現れた。白く輝く魂が次々と舞い降りてくる。ノエルはギラギラした目で、剣に吸い込まれる魂を1つ1つ目で追った。
レオンは荘厳な光の柱と魂の乱舞に、しばし見蕩れていた。ハッとなると、ノエルは嘆きの剣を右手首から引き剥がし、掌に乗せた。
「はははは! さあこの剣に宿る魂たちよ、僕に力を!」
しかし、何も起こらない。剣は沈黙していたが、小刻みに振動を始めた。
「何だ、この魂の乱れは? 人間共、大人しく僕の命令を……」
「おあいにくさま。私は人間ではないわ! 私は……誇り高きバンパイア!」
魂が1つ、フワッと剣から出てきた。レオンはその中に浮かぶ顔を見て衝撃を受けた。
「ル……ルカ?」
レオンの浄化呪文で天へ昇っていった、バンパイアの生き残りの少女。思わぬ形の再会であった。
「な、なんで魔物の魂が混じっているんだ! 天界に昇れるはずがない!」
ノエルは再びうろたえ、肩にくっついているカルディアは目まぐるしさにおろおろするばかり。
「レオン、こんなヤツ、さっさと倒しなさいよ! それっ!」
ルカの魂に同調するように、剣から大量に光の玉が飛び出していく。つむじ風のように回転した後、次から次へとレオンの剣や手足に吸い込まれた。レオンの母・ペトラの魂も、微笑みを浮かべながらレオンの胸にスッと入っていった。
「感じる……力が戻ってきた!」
白い光が溢れ、レオンは傷の痛みが消えていった。剣を手にノエルへと歩み寄っていく。
(さあ、我の力を用いて敵を滅ぼせ!)
聖竜神の声が頭の中に響き、太陽剣が白銀に光り輝いた。レオンは高く跳躍すると真っ向からノエルの頭部に降り下ろした。
「これで終わりだ、ノエル! 消え去れ!」
「こ、こんなバカな! うぐおわあぁぁぁ!!」
レオンとノエルから、光の輪が広がり、周囲は真っ白になった――――
何度でも蘇るアンデッド軍団を相手に奮闘していたフランシーヌたち。剣は折れ、体力も魔力も尽き掛けた時、白い光に視界を奪われ全員が気を失った。
どれほど経ったのか、やがてフランシーヌたちが目を覚ますと、アンデッドの軍団は跡形もなく消えていた。
「やった! 御子様が勝ったんだ!」
「世界は救われたんだ!」
「やった、やったぞ!」
生き残りの者たちは、歓声を上げた。フランシーヌは早くレオンに会って賛辞を述べ、あわよくば駆け落ちめいた事をしたいと夢見ていた。
興奮して雄叫びを上げる部下の間をすり抜け、グリムガルの方へと歩くフランシーヌ。少し進むと、豪華な衣服を着た幼児が倒れており、傍には見覚えのある剣――――太陽剣が地面に突き立っているのを発見した。
「これは……アキシスの王子か? この剣が何故ここに? ……まさか」
フランシーヌは不安に駆られて視線を遠くに走らせた。
「レオン殿! レオン殿は何処にっ!? レオン殿っ!」
悲痛な叫びが風に乗って響いた。それから何日にも渡って、フランシーヌは部下を使って捜索したが救世主たるレオンは見付からず、永遠の別れとなった。
御子レオンは公式には死亡扱いとなり、世界を救った聖人の列に加えられ、伝説となった。
2ヶ月後――――――
港町ベルカンナポートを眼下に見下ろす小さな丘の上に、3人の男女の姿があった。
「レオン、もうすぐ船が出るわよ」
真新しい墓に花を手向けるレオンは、静かに祈りを捧げた。聖竜神の力で、グリムガルの遥か西方、王国北西部のマルマラの町郊外の森に転移したレオン、エレナ、リディア。レオンは幾らか力を失っていたが、3人は何とか傷を癒すと、西の大陸へ渡るために大陸最大の港町へやって来たのだった。
以前、エレナが「いつか西の大陸へ連れていってほしい」と言っていたのを心に留めていたレオンは、その願いを叶える事にしたのである。
「私、凄く楽しみです! どんな食べ物があるんでしょう?」
「私がイヤって言うほど紹介してあげるわ」
槍も鎧も失ったリディアは、普通の鋼の槍と間に合わせの革の鎧で我慢していた。レオンも著しく破損した黒い鎧を処分し、中古のハードレザーアーマーを装着していた。
「ねえレオン、シャドウの人間の頃の名前、本名って何だったのかしらね」
「さあ。でもシャドウらしくていいんじゃないか。歴史に名を残したくなかったんだよ」
墓石には“不世出の魔術師、世界を救った名も無き英雄ここに眠る”とあった。
(フフフ……この墓碑銘、気に入りましたよ)
レオンはそんな声が聴こえた気がした。
「レオ様、どうかしました?」
「……なんでもない。さあ、船に乗り遅れたら大変だ。走ろう!」
「急に何なのよ、もう」
「あー、待って下さいレオ様~っ!」
爽やかな風が吹き、墓の周囲の花々を揺らした。
御子という枷から解き放たれたレオンは、晴れやかな気持ちと希望に溢れていた。
港町の巨大な桟橋には、大陸間航路を結ぶ大型帆船が出港を間近に控えていた。そこには、エレナの姉レイラが見送りに来ていた。
「レオンさん、妹のこと、よろしくお願いしますね。エレナ、またしばらく会えなくなるけど元気でね」
「ええ、任せて下さい」
「姉様もお元気で」
「さあさあ、私の生まれ故郷、西の大陸へ出発よ!」
船が出航すると、エレナはずっと手を振り、レイラも船が水平線に消えるまで見送った。空は抜けるように青く、船は滑るように進んでいった。
船縁に手を掛け、穏やかな海面を黙って眺めるレオン。左手の中指に嵌められた魔法の指輪。その深緑の宝石が微かに黒く光り、すぐに元に戻った。
「……気のせいか」
レオンは小さく呟くと、船首ではしゃいで手招きしているエレナに、笑いながら走っていった。
完
連載を始めて10ヵ月、無事、書き終える事が出来ました。初めての挑戦で途中何度も辞めようかと思いましたが、思いとどまって良かったです。読んで下さった皆様には厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。




