表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/87

第52話 鍛冶師の男

 12年前、魔唱石戦争で廃墟と化した鉱山都市・グリムガル。様々な鉱石と魔力を増幅させる魔唱石を産出し、高度な冶金やきん技術を持ち、優れた鍛冶師・彫金師を大勢抱えていた。


 現在この世界にある魔唱石を取り込んだ武器・防具や、魔法道具マジックアイテムの殆どが、彼らの手掛けた代物だという。


 その生き残りの鍛冶師を訪ねて、山深い場所へと分け入ったレオンたち。彼らが辿り着いたのは、この大陸の数ヶ所に存在するという、半ば伝説化した精霊術士の隠れ里であった。


 里長さとおさのサビーネは、一行を歓迎し鍛冶師の工房へと案内を始めた。だが、レオンの常識外れの能力を見破った彼女の顔には、怯えの色がありありと見てとれた。


「里長殿。なぜレオンをそこまで恐れるのです」


 今までにない反応だったので、レオンは心外であった。その胸中を代弁するように、シャドウが前を行くサビーネの背中に問い掛けたのである。


「いえ……。我々は精霊を通じて他の里とも連絡を取り合っていますが、あなたのような地・水・火・風の4大系統のうち、3つの最上位精霊を使役するなど、見たことも聞いたこともありませんので」


 振り返りもせず、サビーネはすたすたと歩いていく。


「フフフ。どうやらレオンは畏怖の対象のようですね」


「僕はそんなに特異な素質の持ち主なのか」


「なになに? どういうこと? ねえってば!」


 レオンたちをただの冒険者だと思い込んでいるターニャは、ワーワーと騒ぎ立てたが、レオンは適当に誤魔化した。


(御子様なんだから、むしろ当然です!)


 エレナが勝ち誇ったような顔をするのが、ターニャには訳が分からなかった。


 集落の先の岩山へと向かうレオンたちを、家々から出てきた30人ほどが、じっと目で追っていた。途中の森の中にも、木々の間から何軒か見え隠れしていたので、里全体で50~60人はいると推測される。


 結界で守られた集落から出ると、鍛冶師の工房が現れた。石膏で塗り固められた白い外壁は薄汚れ、煙突からは白煙がもくもくと噴き出している。隣には石組みの粗末な家が並び、そこから10歳には満たないであろう少年が、ひょっこり顔を出した。


「あっ、里長様。……!? わあっ余所者よそものだ!」


 レオンらを指差して無邪気に笑うと、少年は目を輝かせて駆け寄ってきた。一人一人の顔をまじまじと観察し、べたべたと装備品などに触れる。服装は他の里人と同じく緑色だったが、性質は真逆で好奇心旺盛であった。


「これ、お止めなさい。失礼ですよ。マオ、客人をお連れしたのです。鍛冶師殿は工房ですか?」


「はい。……師匠~っ! 里長がお客様を連れて来ましたよ!」


  工房へ勢い良く駆け込む少年。


「俺に客なんか来るわけねえだろう! 何を言ってるんだ」


 ぬっと姿を現したのは、50絡みのがっしりとした体格の男であった。ズボンと前掛けは石炭やすすで黒くなり、袖が千切れたシャツも汗や汚れで変色している。そこから伸びる腕は筋肉が盛り上がっていた。


里長さとおさ、この人たちは?」


「あなたを探して、ここまで訪ねて来たそうですよ。レオン殿……でしたか。こちらがお探しの鍛冶師、ライアス殿です」


「俺に会いに? どうやってこの場所を知ったんだ?」


 ライアスは顔をしかめた。思い当たる節は無いらしい。


「町でこの里の事を話したのでしょう? あれほど口外しないように言ったのに。たまに行っては、仕事のついでに酒を飲んでるようですし」


「そうそう、あなたの事は主に酒場で聞いたのよ」


 ターニャの発言に、ライアスはばつが悪そうにしている。何か思い出したらしく、わざとらしい咳払いをした。


「とにかく、ここで立ち話もなんだから、家の方へ。マオ、客人にお茶を入れてこい」


「はい!」


 すばしっこく、喜び勇んで走り去る少年。


「では私はこれで……。レオン殿、大したおもてなしは出来ませんが、今宵は我が家へ。暫くご逗留されても構いませんよ」


「え? それではお言葉に甘えてお世話になります」


 レオンが軽く頭を下げると、サビーネはそそくさと帰っていった。


 工房に隣接するライアスの家は、独り暮らしとあって、こじんまりした造りであった。居間には小さなテーブルと椅子が2つしかなく、マオが外の物置小屋から空の木箱を持ってきた。ライアスとレオンがテーブルに付き、他は木箱に腰掛けると、レオンが仲間を紹介した。


「それにしても、道も無いのによくここまで来れたな。それに、この里は外界の者が容易に入れないよう、結界が張られているんだが」


「あれくらいの山は、この山猫ターニャ様にかかれば、何の造作もないよ。はっはっは」


「結界についてはわかりません。僕が精霊術を使えるからかも」


「えっ、お兄さん精霊術が使えるの? 里の人以外では、滅多にいないって聞いたよ。凄いなあ!」


 マオが目を丸くした。 ライアスも感心したようにうーん、と唸った。


「まさかと思ったが、そっちのリディアさんは、竜騎士なんだろ?」


「えっ? 竜騎士?」


 何も知らないターニャは心底驚き、マオはその言葉の響きに強い憧れを抱いた。


「あら、よく分かったわね」


「その槍と鎧を見りゃ分かるさ。昔、師匠の工房で竜騎士を描いた古い絵を見たことがある。どうやらあんた方は揃いも揃って、ただ者じゃねぇな。レオンさんとやら、俺を訪ねて来た理由はなんだ?」


「あなたはグリムガルの鍛冶師一族の生き残りというのは、事実ですか」


 少し目付きが鋭くなったライアスがレオンを睨んだが、すぐに視線を落とした。


「俺は酒に酔ってそんな事まで口を滑らせたのか……。そうだ。かつてグリムガル屈指の鍛冶師と謳われた、バルモール一族の……。いや、グリムガル唯一の生き残りかもしれん」


「魔唱石戦争で国中の魔術師が2派に分かれ、合体呪文の衝突と余波でグリムガルは廃墟になったと聞いています。どうやって逃げ出したのですか?」


 エレナが真っ先に質問すると、ライアスの顔が曇った。


「逃げたんじゃない。俺の一族とこの里は何代も前から密かに交流があった。近くで稀少な鉱石が採れるんでな。たまたまあの時、ここに滞在していた。王家に道を閉鎖され、帰るに帰れなくなった。西の大陸にいる飛竜ワイバーンの背中にでも乗れば、深い渓谷を越えられるんだが」


「運が良かったね。巻き添えにならなくて」


 慰めのつもりでリディアが声を掛けると、ライアスはいきり立った。


「運が良い? 冗談じゃない! 何度か遠目に様子を見に行ったが、常に霧や黒い雷雲に覆われている。全容はわからんが、廃墟になったのは間違いない。妻と子供たち、そして一族も、友も全て失った! 一人残された気持ちが、あんたに理解出来るか? この絶望的な孤独感が!」


 白髪が大分混じった年配者の鬼気迫る形相に、リディアは泡を食って謝罪した。彼が落ち着きを取り戻すまで、レオンは出されたお茶を啜りながら待った。


「……当時、グリムガルでは王国からの独立を企図し、魔唱石を使って魔導兵器を建造したと噂されていますが、その辺はどうなんですか?」


 様子を見計らってエレナが問うと、マオが淹れたお茶を一息で飲み干し、初老の鍛冶師は大きな溜め息をついた。


「魔法使いのお嬢ちゃん、一介の職人である俺が、そんな小難しい情勢など知るわけないだろう。まあ、魔術師が共同で良からぬ研究をしているのは耳にしたな」


「そうですか」


「こんな話を聞きにきたのか? 俺はてっきり、武器防具の製作依頼かと思ったが」


 そこでターニャが、遠慮がちに申し出た。


「あの~、私は最初から魔法の弓を作ってほしくて、来たんですけど。レオンたちとは一時的に組んでるだけだし。あ、金貨40枚までなら払うから」


「ほう、最近は魔力を込めた物は作ってないからな。幸いそれなりに材料はある。お望みの出来栄えになるか分からんが、引き受けようじゃねぇか」


「やった!」


 念願の魔法の弓を手にして、モンスターを狩りまくる姿を想像し、ターニャは小躍りした。


「ただし、雑用をしてもらう。俺は何日も工房に籠る事になるからな」


「ええっ? なんでよ! その子、弟子なんでしょ? 彼にやらせればいいじゃない」


 ターニャは思いがけない条件に不満そうである。


「薪割りの1つも出来やしないガキを、弟子にした覚えはない。まだ見習いには早いしな」


「そんな~師匠~!」


 マオは床に転がると手足をバタバタさせて暴れた。


「ターニャは働き者ですよ。山猫の異名の通り山には精通してますし、遠慮なく! 思う存分! こき使って下さい」


 横になっているマオを宥めすかすと、エレナがペコリと頭を下げた。


「ちょっとエレナ!」


 ターニャは抗議したが、魔法の弓は喉から手が出るほど欲しいので、しぶしぶ承知せざるを得なかった。


「相変わらずターニャには厳しいな、エレナは……」


 苦笑いしたレオンがそろそろいとまを告げようとすると、リディアが立ち上がった。


「あなたの腕で、この槍を強化出来ませんか?」


「そりゃあ、俺の技術と経験を総動員すれば出来ない事もないが……。伝説の槍、雷光槍ライトニングスピアを強化するとなると、大きめの魔唱石でもなけりゃあ無理だ」


 さも残念そうにライアスがかぶりを振ると、リディアが懐から何かを取り出した。


「これでどうかしら」


 それは、湿地帯のオーガの右目に嵌められていた魔唱石であった。入手した時は黄土色だったが、茶色に変化している。レオンが預けてから、彼女は肌身離さず所持していたのである。


「おう! これなら十分だ。腕が鳴るぜ」


 リディアは雷光槍ライトニングスピアをライアスに渡した。いつもはリディアが手放しても、勝手に飛び回って手元に戻る伝説の槍だが、この時ばかりは主人の意思を汲んで大人しく従った。


 日が傾いてきたので、マオは先に家路につき、レオンたちもターニャを残して里長さとおさの家へ向かった。


「あれ? シャドウは?」


 シャドウが居ないのに気付き、レオンが見回すと、ライアスの家から出てくるのが見えた。


「何してたんだ?」


 家に入ってから終始無言だったシャドウ。レオンは遅れた理由が知りたくなった。


「いえ、別に。ターニャを激励しただけですよ」


「……そうか」


「ねえ、そんな事より里の結界はどうなの? レオンがいれば自由に通れるわけ?」


「特に何も言われなかったね」


「レオ様なら説明不用なんです! 結界なんて無意味なんですね。さすがです。しかもレオ様の凄い所は……」


 長々と続くエレナのレオン礼賛を、リディアは笑って聞き流していた。だが、急に悪寒が走った。空を見上げると、夕焼けの中を飛来する者があった。


 リディアが警戒を呼び掛ける前に、複数のモンスターがレオンたちの前後に舞い降り、挟み込まれた。里のすぐ近くで、戦いが始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ