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第50話 山猫再び

 かつて悪しき魔術師が創り出したという、合成獣キメラ。


 少女を追い掛けて森から現れた魔獣は、転倒して動かない少女から、レオンたちに向き直った。


「キメラとは、これはまた歯応えのある相手ですねぇ」


「強そうじゃない。腕が鳴るわ!」


 シャドウとリディアは、どこかしら嬉しそうであった。湿地帯のオーガとリザードマンのボス以来の、強敵だったからである。


「それぞれの頭が魔法を唱えます。気を付けて下さい!」


 エレナが警戒を呼び掛けるも、2人はどこ吹く風といった様子だった。尤も、実体を持たないシャドウに魔法は殆ど効かない。リディアの青竜鱗の鎧は、魔法に対する高い耐性がある。分かってはいたが、2人の態度にエレナは口を尖らせた。


 獅子と牡山羊の双頭がそれぞれ雄叫びを上げ、尻尾の蛇がシャーッと威嚇する。前足の爪は鋭く、人など簡単に切り裂くだろう。獅子は火を、山羊は氷の魔法を操る。尻尾の蛇は毒液を飛ばし、回復魔法まで使うという、非常に強力かつ厄介なモンスターであった。


 実際に対峙するのは初めてだが、レオンは王都の大聖堂にて、魔物図鑑で何度も目にしていたので、その特徴は熟知していた。プロテクト、ホーリーブレス、マジックシールド、リカバー。各種の戦闘補助呪文を全員に掛け、万全の態勢で臨む(シャドウは効果が無いので、攻撃力を高めるホーリーブレスのみ)。


「僕とエレナは双頭を攻撃。シャドウとリディアは、蛇に回復をさせないように頼む! 毒液を吐くから気を付けて!」


 倒れた少女が巻き込まれないよう、キメラを少し誘き寄せてから、レオンたちは戦闘を開始した。


 レオン、シャドウ、リディアが突撃し、キメラに肉薄する。エレナだけは常に一定の距離を保って、仲間を巻き添えにしないよう、魔法を放つ機会を計る。


 リディアが雷光槍ライトニングスピアから電撃を、シャドウは大斧に嵌め込まれた魔唱石の力で衝撃波を撃つ。しかし、蛇がマジックシールドを一瞬だけ展開し、巧みに防ぐ。


 レオンも果敢に斬りかかるが、前足の鋭い爪の一撃に苦戦を強いられた。エレナは隙を突いて何発か呪文を命中させたが、高位の呪文では無いので、効果は薄かった。


炸裂エクスプロード!」


 リディアの地系呪文で地面が爆発し、大量の土砂と共にキメラの巨体が宙に浮いた。すかさず、エレナが狙い撃ちする。


疾風の刃(ストーム)!」


 複数の真空のやいばが、魔獣の体に傷を与え、血が流れ出す。落下する前にシャドウの大斧が腹をえぐり、地面に落ちた所を獅子の顔面に一太刀浴びせるレオン。更に攻撃を加えようとしたが、蛇が体をしならせるのを見て叫んだ。


「危ない!」


 暗緑色の蛇は、牙から黄色い毒液を撒き散らした。レオンたちは辛うじて避けたが、毒液を浴びた周囲の草は黒く変色し、枯死こしした。


「ひゃ~っ、こんなの喰らったら大変だわ」


 思わず身震いするリディア。


 キメラはその間に傷を癒し、復活した。蛇が回復魔法を唱えたのだ。


「なるほど。尻尾を斬り落として蛇を始末しないと、きりがないですねぇ」


 シャドウはブンブンと大斧を振り回し、肩に担ぐと、改めて尻尾を標的に定めて接近する。


「こいつの弱点は、攻撃呪文を唱える時に動きが止まる事だ!」


 魔力で高熱を帯び、赤く光る太陽剣ソールブレードで、レオンが斬り付ける。傷口が焼きただれて、キメラの双頭から苦痛の呻きが漏れる。リディアは素早い突きを繰り出すが、くねくねと動き、毒液を吐き掛けてくる蛇に、有効なダメージを与えられない。真っ向から大斧を振り下ろすシャドウの攻撃も、先ほどの腹とは違い、厚い剛毛に阻まれ刃が通らず、浅傷あさでしか刻めなかった。


 頭突きや体当たりをいなし、避けきれない時もあったが、補助呪文のおかげで、レオンとリディアは大したダメージを受けない。


 今まで交戦した人間とは段違いに強いのを感じたキメラは、飛び退って距離を取った。低い姿勢になると、獅子は赤色、牡山羊は青色の魔法陣を空中に形成していく。


「マジックキャンセル!」


 魔法陣がレオンの呪文で粉々に粉砕され、魔力の破片が降り注ぎ、キメラは悶えた。


「今だ!」


 レオンの合図で、一斉攻撃を仕掛ける。シャドウとリディアが衝撃波と電撃を放ち、走り出す。蛇はシールドで我が身を守るのが精一杯であった。


「ブレイズ!」


 同時に、エレナが水晶の杖を振りかざし、双頭が火柱に包まれた。


「グエエェェ!」


 炎に巻かれ、火に弱い牡山羊の頭が断末魔の声を上げて焼け焦げた。それを見て回復魔法を試みた尻尾の蛇は無防備になり、ついにシャドウによって根元から切り離された。だが、しぶとい生命力を発揮し、シャドウに巻き付いた。


 本体たる手負いの魔獣は、エレナに狙いを定めた。その眼光と気迫に、身がすくむエレナ。


 キメラが駆け出す寸前のところで、レオンの太陽剣ソールブレードから発射された火球が命中し、巨体がよろめいた。


「たあぁぁっ!!」


 魔法のブーツの助力で高く跳躍したリディアが、槍で真上から背中を突き刺すと、魔力を注入した。


 丈夫な皮を貫き、体内に達した穂先から電撃が放射され、さすがのキメラも痙攣して横倒しになった。


 弱点である柔らかい腹が露呈し、駆け寄ったレオンが深く真横へ切り裂いた。臓物が流れ出し、酷い臭いがあたりに立ち込める。魔獣はギャーッと叫んで絶命した。


 斬り落とした蛇に自由を奪われていたシャドウは、影状態になってスルリと抜け出すと、頭部を斬り飛ばし、叩き潰していた。


「ふ~っ、なかなか強かったわね。それにしても凄い臭い」


 充実した表情で、リディアが額の汗を手でぬぐったかと思うと、すぐに鼻をつまんだ。


 魔獣から流れ出した血が大地に染み込んでいく。レオンは取り憑かれたように、一心不乱に死体を切り刻んでいた。


「レオ様?……レオ様っ!」


 異常さに気付いたエレナが大声を出すと、レオンは我に返ったかのように手を止め、肩で息をしていた。


「どうしたのよ。レオンらしくもない」


 リディアの問いにも、あぁ、ううん、とレオンの口からは不明瞭な答えしか出ない。


(レオ様、まるでキアラさんを失った怒りと悲しみを、激しくぶつけてたみたい。)


 エレナには、レオンの背中が泣いているように見えた。声にならない慟哭どうこく。やはり精神的な傷は深いと感じられた。


「……あっ、そうだあの女の子」


 レオンがふと思い出したように呟くと、キメラに追われ、うつ伏せに倒れたままの少女の元へ歩む。


「う~ん、痛っ!」


 むくっと起き上がった少女が、頭をさすりながら、目をぱちぱちさせた。


「あれっ? レオンとエレナじゃない。久しぶりっ!」


「あっ!」


 よく見れば、その少女は“山猫”ターニャであった。魔法の射手(マジックアーチャー)の騒動以来の再会である。


「まさかターニャとは……えっ?」


 ターニャはまた横になった。


「レオン、優しく抱き起こして欲しい」


 薄目を開けての要望に、怪我しているかもしれないと、レオンは優しく接しようとした。


「キメラの臭いはらわたに顔を突っ込んであげれば、起きるんじゃないですかー」


 冷たい目をしたエレナが、抑揚の無い声でレオンとターニャを凍り付かせた。水晶の杖が魔力で輝く。


「冗談よ。相変わらずね~、エレナは」


 ぴょんと跳ね起きたターニャは、全身の埃を払った。エレナはそっぽを向いた。


「ここで何をしてたんだい? キメラに追われているなんて」


「それはこっちの台詞よ。西へ旅立ったのになんでこんな東にいるの?」


「う~ん、それは……」


「なになに? 知り合いだったの?」


 リディアとシャドウが遅れてやって来た。


「へーっ、仲間が2人も増えたのかぁ」


(そう言えば、シャドウの事は秘密にしてたっけ。)


 レオンは2人を紹介し、リディアにターニャとの関係を説明した。


「でも、本当に助かったわ。あの魔獣を倒すなんて、やっぱり強いのね。私と組んだ冒険者たちは、散り散りになったっていうのに」


「探すの手伝おうか?」


「ううん、いいよ」


 レオンの申し出を、ターニャは断った。


「あいつら、私を囮にしたんだ。もう手切れよ。それより、この先の町で食事でもしない? レオンの奢りで! 話したい事もあるしさ」



 ◇ ◇ ◇



 馬車の荷台は獣臭に包まれていた。ターニャの催促で、キメラの皮の一部を剥ぎ取り、積み込んだためである。馬車の後ろには、尻尾を担っていた暗緑色の蛇が引き摺られていた。


 山間の盆地に現れた町、リムカント。ターニャは冒険者ギルドに意気揚々と乗り込み、キメラの皮と尻尾の蛇を提出し、金貨50枚の賞金を得た。


「おかげさまで、討伐依頼を果たせた。いやぁ、これで暫くは遊んで暮らせるわ。ありがとう。あっ、食事は私がご馳走しなきゃダメか。あはは」


 宿屋に荷物と馬車を預け、町一番の店にレオンたちを案内すると、ターニャは惚けたように笑った。


「あれが街道筋を荒らしてたなら、人助けにもなったし、僕は別にいいんだけど」


「私は釈然としません」


 エレナはジロッと睨んだ。


「そんな目で見ないで。レオン、話したい事っていうのは、ちょっとお願いがあるのよ」


「またギルドの依頼ですか?」


「違うよ。まあ私も冒険者の端くれだし、あれから東へ流れたのよ」


 ターニャはレオンたちと別れた後の顛末を語った。


「そうか。エスピオは復讐を果たしたのか。いずれは僕も……」


 急に沈鬱な表情に変わるレオン。


「レオン、なんか雰囲気変わった? 大人びたというか」


 他の仲間が微妙な顔をして黙っているので、ターニャは本題に入った。


「ここから山1つ越えた先に小さな集落があるらしいんだけど、私が掴んだ情報によると、そこに凄腕の鍛冶師がいるんだって。エスピオの魔法の弓矢、凄かったじゃない? 私もああいうの欲しいなって」


「その人が作れると?」


「そうよ。昔はグリなんとかって場所で魔法の武器とか魔法道具マジックアイテムを製作してた、鍛冶師一族の生き残りなんだって」


「ひょっとして鉱山都市グリムガル?」


 レオンが腰を浮かせると、ターニャは少しのけ反った。


「あ、そうそう。お金も出来たし、本当にいるなら魔法の弓矢を発注したいの。途中モンスターが出没するみたいだし、生半可な者では集落に入れてもらえないって聞いたわ。だから」


「分かった。一緒に行こう」


 ターニャが口に出すより早く、レオンは承諾していた。


「ほう、その話が事実なら興味深いですねぇ。会う価値がありそうです」


「装備品を強化してくれるかもね」


「鉱山都市に関する情報を聞き出せるかもしれません。レオ様、行ってみましょう」


 仲間の賛同を得られたレオンは、明日その集落を訪ねる事にした。

※“山猫”ターニャについては、8~10話をご覧ください 。

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