第48話 聖地動乱・後編
刃と刃が激しくぶつかり、火花が散る。怒号や断末魔の叫び。溢れる血潮。
神殿前の広場は、大乱戦となっていた。
フランシーヌ姫は200人の近衛騎士団の半数で、祭壇上の司教ファレスと御子キアラを討つべく、左右の階段を上ろうとした。
残りの半数は扇状に陣形を組み、四方から群がる参拝者や、後方の西門から現れる神殿兵の増援に対処した。
左の階段下では、神殿兵を統率する神殿騎士モーリスらが、フランシーヌの猛攻を凌いでいた。それは多分に、後方から支援する司祭や修道士の、神聖魔法に負う所が大きかった。
物理防御を高めるプロテクト、体力を回復させるリカバー、武器の鋭さが増すホーリーブレス。負傷者はすぐに後方に下がり、治癒呪文で前線へ復帰する。
「厄介な連中め!」
苦戦を強いられ、焦りを隠せないフランシーヌ。聖地の守護を一任される神殿兵を統率するだけあって、モーリスは剣術に長けていた。フランシーヌは、斧槍・ハルバートを十分に振り回せない。突破口を開くには、高度な攻撃魔法を習得した魔術師が必要不可欠であるが、肝心のシーラはファレスに動きを封じられていた。
「司教を撃て! シーラを救え」
シーラが破壊した防御結界が未だに復旧していないのを横目で確認し、姫が命を下した。指揮系統を麻痺させる狙いである。近衛騎士団でも魔法の心得がある数名が一旦下がり、祭壇上のファレスへ呪文を発射した。
フレイムやライトニングなど、火炎と雷撃の中位呪文であったが、集中すれば、近くのレオンにも被害が及ぶのは必定である。
しかし、それらの呪文は効果が無かった。祭壇上の四隅にいる司祭が息を合わせ、寸前で光の膜が祭壇全体を包んだ。防御結界が再構築されたのである。
より強力な結界が形成されたことで、ファレスの魔力が遮断され、シーラは自由を得たが、途端に足に激痛が走った。1本の流れ矢が足首の辺りに刺さっており、あまりの痛みに昏倒すると、石畳に側頭部を強かに打ちつけて、気絶してしまった。ふわふわと漂っていたシーラの水晶玉がスッと落下し、顔の近くにコロンと転がった。
「どうするのよ! また結界内に閉じ込められたじゃない!」
逃げる、逃げないという、レオンとキアラのやり取りに苛ついたリディアが、怒ったように叫ぶ。先程の結界の後方には、内側からでも破壊可能な薄い部分があったが、今は均等化されている。逃げるには、結界を形成する司祭の1人でも倒せば事足りるのだが、そこまで非情にはなれなかった。
「これで御子……レオン様も傍観するしかありませんな。逃亡などさせませんぞ」
ファレスがフッと笑うと、レオンは拳を握り締めて、ぶるぶると身体を震わせた。
「魔術師の女も倒れました。姫様にはこの結界を砕く術はありますまい。折を見て結界を解き、私の呪文で捕らえて降伏を促しましょう」
勇猛で知られる近衛騎士団であったが、少しずつ戦力を磨り減らしていった。
右の階段下では、近衛騎士団副長を務めるオルトスが、30人ほどを率いて戦っていた。こちらは神殿兵への魔法援護がやや薄く、じりじりと後退させていく。
「くっ……! 結界が復活したか」
オルトスが広場の方を振り返ると、シーラが倒れている。騎乗してきた馬の多くは南門から連れ出され、敵が溢れていた。脱出するなら、数の少ない北門しかない。
(ここは姫様に、撤退を決断して頂くよりほかは……はっ?)
オルトスは異様な殺気を感じた。右斜め後方を窺うと、褐色の肌をした3人がこちらを目掛けて突進してくる。真っ先に王都から派遣された近衛騎士団に、味方がいるはずがない。
「南方の戦士よ! 新教派に雇われたか!」
眼前の敵兵を斬り捨てたオルトスが反転し、新たに出現した敵へと身構えた。
南方の戦士――――御子の命を狙う刺客、『ルナトゥリア』は、双方の兵を薙ぎ倒し、オルトスには脇目も降らず祭壇へと向かっていく。
「何っ!?」
たった3人の第三勢力が、防衛線を突破して一気に階段を駆け上がり、後方へ回り込んだ。魔法で支援していた修道士らが斃れ、混乱に乗じてオルトスの隊も前進した。
防御結界の前で、シミターを持つ男、ジャハルが腕を前に伸ばして刀身を突き出すと、満月の首飾りから白い光が伝わっていく。
双子の姉妹、姉のイスラは星型の耳飾りから、妹のサミラは三日月型の耳飾りから魔力を得て、掌から光弾を連射した。サミラは半月状、イスラのそれは矢尻に似ていた。月光を魔力に転じて使用する、『月光魔術』の技であった。
光弾は正確に一点へと集中し、結界に小さなヒビが生じた。そこへジャハルが気合を発して突きを入れると、レオンたちの後方――東側の結界は砕け散った。
祭壇上のレオンたちや、ファレス、キアラは不覚にもその気配に気付かなかった。眼下のフランシーヌとモーリスの戦いに気を取られ、注意を怠っていたのである。
結界が崩れる衝撃音に全員が振り向くと、褐色の肌をした男女3人が突っ込んでくる。
「な、何事だっ?」
狼狽するファレス。レオンがハッとして見上げると、目線の先には高く跳躍したジャハルがいた。
「閃光!」
ジャハルの剣からカッと目映い光が炸裂し、レオンたちの目を眩ませた。
「危ないっ!」
視界が一瞬だけ真っ白になったレオンは、確かにその声を聞いた。
視力が戻ると、目の前には両手を広げて立つ後ろ姿。光の槍に胸と腹を貫かれた女性――
キアラであった。
白い法衣が、みるみる血に染まっていく。そしてぐらりと体が揺れると、パタッと横に倒れた。
レオンの目には、それがひどく緩慢に見え、喧騒が嘘のような無音の世界にいた。もどかしいほど、自分の動作がのろく感じられる。
「キアラ、キアラッ!」
止まった時が流れ出したかのように、ふいに感覚が蘇ると、レオンはキアラを抱き起こした。光の槍は消滅し、大きな穴から血が止めどなく流れていた。治癒呪文も効果が無いほどの、致命傷であった。
「キアラ、どうして……」
レオンがキアラの手を握ると、弱々しく握り返された。その顔からは、既に生気が失われていた。
「……レオン、無事で……よかった……」
それが彼女の最後の言葉であった。ガクッと首を傾けた幼なじみの遺体を、レオンはきつく抱き締めた。
「レオ様……」
エレナは呆然と立ち尽くし、ファレスもまた、新教の象徴たる御子の突然の死に、激しく動揺し、取り乱していた。
「御子が御子を庇うとはねっ!」
光の槍は、双子姉妹が放った物であった。リディアの槍を寸前で躱しながら、イスラが驚きの声を発した。ジャハルとサミラは、シャドウが振るう大斧に瞠目していた。
「この速度と膂力……まともに受けては剣が保たん!」
「人は見た目で判断してはいけませんね!」
「そういうあなたたちは、何者ですか」
攻撃の手を緩めたシャドウが、問い掛けてみた。
「我らはルナトゥリア。この世に災厄をもたらす御子を討たんとする者。黒い鎧の御子よ、貴様の命ももらい受ける!」
その声を聴いたレオンの身体中が、白く輝き始めた。息を引き取ったキアラも同様であったが、徐々に光は弱まった。
(これは……? まるでキアラさんの力がレオ様に……。)
そのような印象をエレナが抱くと、レオンの魔法力が爆発的に高まるのを感じた。
「うおおおおおおおっ!!」
レオンが雄叫びを上げると、頭上に巨大なドラゴンが現れた。ボルダンの竜神の祠の地底深く――――大地の守護者、アースドラゴンに授けられた、その分身を呼び出す精霊術が発動したのである。
その偉容と身を震わせる巨大な“気”に、両軍は戦いを止めて宙を見上げた。中には、畏敬の念からひれ伏したり、広場から逃げる者も大勢いた。
キアラの亡骸を抱き抱えたレオンが、小声で何かを呟いた。間もなく地の底から轟音がしたかと思うと、レオンはフランシーヌの側にふわりと舞い降りた。
「レ、レオン殿……」
姫は美しい顔に困惑の表情を浮かべると、ドラゴンの咆哮が響いた。
祭壇で、広場の各所で――地面が隆起し、あるいは陥没した。祭壇の防御結界は跡形もなく消え失せた。広場もたちまち大混乱となり、足をとられて転倒したり、吹き飛ばされて負傷する者が続出した。それほど深くはないが、すり鉢状の穴に落ちてもがいている姿も目立った。
混乱の中を、キアラを抱えて進むレオン。仲間たちは何とか後を追った。
「こ、これが御子の力なのか?」
ルナトゥリアの3人は辛うじて陥没穴から這い上がると、神殿の一部が崩壊し、遠ざかるレオンたちを見送るしかなかった。ドラゴンが消えても、未だに小規模な陥没が続いていた。
やむ無く、フランシーヌは残存兵とシーラの救助を優先し、撤退していった。その数は半分にまで減っていた。
街も地震で恐慌状態となっており、新たな御子を抱えるレオンの姿を気に留める者は、皆無であった。
レオンは馬車を預けていた宿屋へ向かい、キアラの亡骸を荷台に横たえた。そして支払いを済ませると、言葉少なに仲間へ出発を告げた。
馬車を引く2頭の馬。キアラと同じ名を持つ葦毛の方が、低く嘶いた。レオンは優しく撫でると、御者台に座り手綱を握った。
エレナ、リディアは黙って荷台に乗り、キアラの死に顔をじっと見詰めた。シャドウは影に戻り、そっとレオンの体に張り付いた。馬車は北へ向けて走り出していった。
こうして、多数の死者を出した事件は終わった。これを王国の人々は「聖地の変」と呼んだ。
新教派の指導者、司教ファレスは御子キアラの死により求心力は衰えた。しかし、その死をザウム教の刺客による暗殺と喧伝し、信者を煽った。結局、その後も長く旧教――ザウム教との争いが継続される事になったのである。




