第40話 盗賊団の少女
「あちこちが水浸しになっちまったが、焼かれるよりはずっとマシだぁ。はははは!」
家の主人が妙な手振りでおどけていると、玄関先から水を掻き出す手を止めて、妻が亭主の頭をはたく。
「あんたも手を動かしな! ふざけてると、ただじゃおかないよ!」
見慣れた夫婦喧嘩が勃発し、村人たちが野次を飛ばす――――
レオンの精霊術、水竜アクアドラゴンの力によって、盗賊団に放火された家々は鎮火し、被害は最小限に抑えられた。
村人たちは協力して、災難に見舞われた家の後片付けをしている。大きな水溜まりが突然出来たので、バシャバシャと踏み鳴らして子供たちがはしゃぐ。
お礼にと村長の家へ招かれたレオンたちは、リディアが発見した少女を運び込んだ。まだ気を失ったままの少女を、何人か付いてきた村人が、縄でぐるぐる巻きにし、更に荒縄で椅子へと縛り上げた。
「申し遅れました。私はここイーゲル村の村長、セルカです」
レオンも名を名乗り、仲間を紹介した。
「それで、この女の子をどうするんですか? 何もこんな扱いをしなくても……」
「村の者が話した通り、廃城に住み着いた盗賊団により、近隣の村々は大変難儀しております。身なりからして、この娘が一味である可能性は高い。どう処置すべきか……」
少女は頭に黒い布を巻き、上半身は固いハードレザーアーマーを身に付けている。腰には大型の短剣が一振り。冒険者にしては旅に必要な諸々の所持品も無く、あまりに軽装であった。
「領主に願い出て、全部任せなよ。盗賊団なんて、討伐してもらえばいいじゃない」
椅子で項垂れたままの少女を見下ろしながら、リディアが提案した。
「当然訴え出ました。てすが、軍隊が派遣されると、連中は近くの山に隠れてしまうのです。都合、3度も空振りに終わりました」
「それは厄介ですね」
そう言ってレオンが渋い顔をしていると、少女がパッと目を覚ました。そして瞬時に自分の置かれた状況を把握すると、猛烈に暴れ出した。
「おい! 縄を解け! 私が捕まったと知ったら、お頭が黙っちゃいないよ!」
ひっくり返りそうなほど椅子を前後に揺らして、少女が喚いた。
年の頃は17~18歳くらい、切れ長の目と長い睫毛が印象的な、見るからに気の強そうな顔をしている。
「やっぱり盗賊の一味だ!」
「ふざけるな! お前らが火付けをして回ったくせに!」
村人が騒ぐと、少女はぴたりと動きが止まり、せせら笑った。
「フフン、もう何もよこさないなら焼き払え、ってお頭が言ったからやったまでさ」
「それは本当かね!? あの罰当たりの馬鹿者が、なんという愚かな……」
遅れてやって来た老婆が、入ってくるなり悲嘆にくれた。
「おい婆さん、お頭を馬鹿者呼ばわりするなんて、大きく出るじゃないか」
ふてぶてしい態度を取る少女は、老婆を睨み付けたが、老婆も負けてはいなかった。
「馬鹿息子を馬鹿者と呼んで、何が悪い! この小娘が!」
「!」
小柄な老婆が猛烈な啖呵を切ったので、当の少女や村人だけでなく、レオンたちも驚いてしまった。
(さっきのフロイ婆さんとか呼ばれてた人か。息子が盗賊団の首領とは……。)
「いくら盗賊に身をやつしたとはいえ、生まれ育った故郷を焼こうとは、およそ人の所業とは思えん!」
「まあまあ、落ち着きなさい」
村長が興奮するフロイ婆さんを、別室へ連れていった。
「ねえ、あんた名前は?」
リディアが少女の正面に来て訊ねた。
「……シンシア。……あの水のドラゴンを出したのは、あんたかい? 凄まじい術だね。吹き飛ばされたのは覚えてるんだが、気を失っちまったみたいだ」
「私は精霊術なんて使えないよ。あれはレオンがやったの」
リディアが隣に立っているレオンの背中を叩いた。
「え、こいつが? その立派な槍とか鎧からして、あんたかと思ったけど」
「レオンは強いよ。剣も槍も得意だし、神聖魔法も使えるし」
「こんな優男が、そんな凄い使い手には見えないね。やっぱり男はお頭みたいに、筋骨逞しくなきゃ」
何よりも、レオンの事を侮辱されるのは我慢ならないエレナが、ムッとして水晶の杖を差し向けた。
「あなたなんかに、レオ様の何が分かるんです? 断言します。その図体が大きいお頭とやらは、レオ様には到底敵わないでしょう」
「ハッ。そっちこそお頭の事を何も知らないくせに。それに何が『レオ様』よ。気色悪い。あんたの男なわけ?」
「なっ、何が気色悪いんですか! それに、わっ私とレ、レオ様はそそそそんな仲ではありません!」
「何を動揺してるのよ。耳まで真っ赤にしてさ……。まっ、いいわ」
「……うぅ」
赤面したまま、エレナは俯いてしまった。
「それにしても、まさかこの村がお頭の故郷とはね。私を大人しく解放するなら、焼き払うのは考え直してもらうよう、進言してやってもいいよ」
あくまで不遜な態度を崩さないシンシアに、レオンは半ば呆れ、半ば感心した。
「シンシア。僕はあまり事を荒立てたくはない。でも、このまま見過ごすわけにもいかない」
シンシアは自由になる足を組んで、上目遣いでレオンをねめつけた。
「大体、あんたらは何者さ。冒険者ギルドの依頼を受けたわけでもないみたいだし。そう言えば、そういうのが1度来たっけ。お頭に返り討ちにされたけど」
シンシアがジロッと見回すと、部屋に戻っていた村長以下、村人の目が泳ぎ視線を外した。実は2ヶ月ほど前、密かに村々が連盟でギルドに討伐を依頼していたのであった。それが無残な失敗に終わり、盗賊団の更なる凶悪化を招く結果になってしまった。
そんな村人たちの様子に、レオンは助けようと決心した。やはり、困っている人を放っておけない性分なのである。
「僕たちがなんとかしましょう」
◇ ◇ ◇
翌朝――
縛られたままのシンシアを馬車の荷台に乗せ、レオンたちは盗賊団が根城にしているという、西の廃城へと出発した。
「息子はルードという名でね。農民になるのは嫌だと、村を飛び出したきりで。十数年振りに帰ってきたと思えば、この有り様。村の者に顔向け出来んし、死んだ夫もあの世で泣いていますわ。もはや息子とも思いません。一思いに成敗してくだされ……」
出発前のフロイ婆さんの悲痛な願いが、レオンの心に重くのし掛かっていた。
前日、村の者を廃城へと事前に使いを出し、シンシアを連れて堂々と正面から伺う、一対一の勝負を望む、と伝言させていた。
すぐに仲間を取り返しに殺到するのでは、と危ぶむ声もあったが、使いを務めた村人によると、そのような雰囲気ではなかったらしい。逃げ帰った部下の報告を受け、首領ルードは、強大な精霊術の使い手を警戒していたのだった。
御者台にはエレナとリディアが座り、レオンとシャドウは、荷台でシンシアを前後から挟んだ。
「あの村が故郷なら、お頭が他の村に比べて甘かったのも合点がいくよ」
欠伸をしながら、盗賊の少女は首を回し、足を伸ばす。
「では、他の村では……」
「刃向かう奴は見せしめに殺したし、若い娘を何人もかっさらった。マルマラの淫売宿にも売っ払ったっけ。旅人の身ぐるみ剥ぐ事もあるさ」
罪悪感など微塵も感じていないようで、からからと笑った。
「レオン、このような非道な盗賊団相手に、情け容赦は無用ですよ。そんな正々堂々と戦うような輩ではありません」
「そうかもしれない。でも、一騎討ちで首領を屈伏させれば、部下も大人しくなるのでは……」
(レオンは寛大すぎます。盗賊は縛り首が通例ですし、今まで犯した罪を鑑みても、我々が皆殺しにして差し支えないんですがねぇ?)
「それでお頭以下、全員が改心するとでも? 甘いよ。第一、そんな勝負を受けるわけないし」
縄がきついのか、シンシアが身をよじり、顔をしかめた。足の痛みも訴えている。
昨夜、村長の家の地下室に監禁される際に暴れて階段から転落し、足を挫いていた。そのため、徒歩でもさほど遠くない廃城へ、馬車で向かう事になってしまった。
「打ち身や捻挫には、僕の治癒呪文も効果無いしな」
「……フンッ」
間もなく、前からリディアが何か声を上げているのが聴こえた。レオンが御者台の方へ顔を出すと、近くの小さな岩山にある見張り台から狼煙が上がり、前方の小高い丘に廃城が見えてきた。
すでに隣村に入っており、見慣れぬ馬車で廃城の方へ向かう一行を、道端や畑で不思議そうに見詰める村人が目立った。
「割りと近いんだね。もう着いた」
廃城へと緩やかな坂道が一本延びているのを見上げて、リディアがつぶやいた。
かつては丘全体を土塁で囲み、ある程度土砂で埋まっているが、水堀を張り巡らしていたらしい。そこに跳ね橋が架かり、崩れかけた門の前に数人の出迎えがあった。
「シンシアを返しに来ました」
馬車から降りたレオンが来訪を告げると、盗賊の1人は城へと走っていった。
「まさか、本当にのこのことやって来るとは……。待ち伏せされて罠に掛けられるとは思わなかったのか?」
目から下は布で覆った男が、信じられないといった感じで瞠目した。
「その時はその時です」
「おかしなやつだ」
男は荷台を覗き、シンシアと挨拶を交わす。
「足を挫いたらしいが、大したことはなさそうだな。さあ、お頭がお待ちかねだ。案内しよう」
馬車は盗賊団の待ち受ける廃城へと、ゆっくりと登っていった。




