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第4話 運命の出会い

 沈む夕日が、空を、大街道を、草木や花々を、真っ赤に染めていた。


 ねぐらへと帰る鳥たちが飛んでいき、遠くのほうから、教会の鐘の音が響いてきた。平凡で平和な、1日の終わりの風景であった。


 しかし、レオンとダルバが対峙するこの場所は、緊張感で溢れていた。もし通り掛かる人がいたならば、ぎょっとして、立ち竦んだに違いない。


 レオンは、動けなかった。普通に戦って負けるとは考えられないが、ダルバが1人で現れたからには、何か秘策があるのでは、と警戒したからである。


 だが、この睨み合いは、長くは続かなかった。レオンがダルバの胸元に輝く、首飾りに気付いた時、その視線を察し、ダルバが後ろへ下がり、口を開いたのである。


「フフフ、その顔……偽者だとばれたようですね」


 その声は、シャドウのものであった。


「シャドウ……なのか?」


「えぇ、そうです」


 ダルバの顔と体は、溶けるように消え去り、黒い人影のようなシャドウが現れた。煙状の時より、輪郭がはっきりしている。


「影を食べるなんて奇妙な行為を見せ付けられて、間髪いれずに、これか。たちの悪いイタズラだな。そんな変身能力まで持っていたのか?」


「試しにやってみましたが、上手くいきました。対象の影に私が重なることで、姿形を写して、記憶します。もっとも、少しの間、静止した状態であることが条件ですが。それはさておき、首飾りを見て、偽者と判断したのは、何故です?」


「この首飾りは非常に高価な特注品で、余分に作ったりはしない。紛失したら、罪に問われるほどだ。門を通過するのに便利だから、奪い取った。それなのに首から下げていたから、おかしいと思った」


 首飾りの紋章を握り締めながら、レオンはつぶやいた。


「それと、君は僕の体から離れられないものと、思い込んでたよ」


「レオンの体は、言わば家のようなもの。正確には、体と服の間ですが。休息の為には、1日も空けられませんよ」


「それは、1日位なら別行動も出来る、ということか?」


「………………………」


(また、だんまりか。図星なのか? 何だか輪郭がくっきりしてきたけど、変化しているんだろうか…………。今までの話も、嘘かどうか判断しづらいな。まだまだ、隠している事が山ほどありそうだし……。)


「………あのダルバという男も、災難ですねぇ。首飾りといい、宝物庫の件といい」


 レオンは馬に乗り、少しだけ不機嫌そうな顔になった。


「あの男は大司教の甥か従兄弟だったか、とにかく親族らしいね。悪い噂を何度も耳にしたけど、血縁の力を利用して、揉み消してきたって話だ。おまけに、あの外見と男色趣味。はっきり言って、気持ち悪い! 聖職者に相応しくない男だよ。発覚すれば、今回ばかりは逃げられないよ。教団から破門されて、追放処分ってところかな」


「随分と嫌悪してますね。では、私があの男に成りすまして、行く先々で悪評を撒き散らしますか」


「いやいや、あいつは嫌いだけど、そんなことする必要は………さらっと陰険な事を考えるんだな」


「私はそういう性格なのかもしれませんね」


(……こいつは、敵には回したくないな。)


 そうこう話しているうちに、辺りが大分暗くなってきたので、レオンは馬を降りると、ランタンに火を灯し、片手に掲げながら、馬を引いて歩いた。


「もし今みたいに、僕から離れた状態で真っ暗闇になったら、シャドウをすぐ見失うだろうね」


「そうでもありません」


 声はレオンのすぐ背後から聞こえた。いつの間にかくっついていたらしい。


「私は、月が雲でかげったり、洞窟の中や地下室など、日の射さない所では、ある程度の光源がないと、形を保つのが難しいのです」


「それで、ランタンの明かりが届く範囲に来た、ってわけか」


 緩やかな曲線を描く並木道を抜けると、前方に街の灯りが見えてきた。


「おっ、やっと着いた。野宿はしなくてすむぞ」


 シャドウがいるので、完全に孤独ではなかったが、野宿の経験が無いレオンは、準備はしてあるものの、不安と心細さがあった。自然と、街へ向かう足取りが速くなった。


 前方を、小さな影が横切った。レオンがランタンを向けると、黒猫が立ち止まり、爛々(らんらん)とした目で、レオンをじっと凝視している。レオンが一歩近づいた途端、慌てて逃げ去った。


「王都にいた猫は、シャドウを見て怯えてたけど、あの猫もそうなのかな? この馬は平気みたいだけど……あ、そうだ。馬に名前付けてあげないとね」


 レオンは足を止めて、ちょっと夜空を見上げると、「牝馬だし……キアラなんて、どうかな?」


 と、笑いながら馬に顔をこすり付けた。


 美しい葦毛あしげの馬は、ブルルッ、と鼻を鳴らした。


「気に入ってくれたのか? よーし、今から君の名はキアラだ」


「良い名前ですね、レオン」


「故郷にいた頃、近所に住んでた2歳年上の女の子の名前さ。よく一緒に遊んだなぁ……」


 レオンはハッとして口をつぐみ、再び歩き始めた。


「ほう、その様子からして、初恋の相手ですか? 長年会っていなくとも、馬に同じ名を付けて、共に旅を……」


「あーあー、うるさい。今の話は忘れてくれ」


 照れ隠しなのか、レオンは大きな声で強引に会話を終わらせると、トスカの街へようこそ、と掲げられた門をくぐった。



 少し時を戻して――――


 王都の大聖堂では、いつものように、御子の部屋に起床の時間を報せる者が、声を掛け、何度も扉の鉄輪を叩いたが、一向に返事が無い。やむなく中へ入ると、姿は無く、机の上の書き置きを発見した。早々に上役うわやくの司祭へと報告されたが、早朝から散策なさるとは珍しいことだ、と、上役は大して気に留めていなかった。


 だが、朝のお祈りはおろか、朝食の時間を過ぎても、御子様が見当たらないとの報告が入った。上役はこれはおかしいと、ようやく思い立った。部下の若い修道士・修道女たちに探索を命じ、自らはさらに上へと報告に走った。


「御子様が行方不明? どういうことか」


 大司教と、教団の幹部である枢機官6名が会議中に、一報がもたらされた。説明を求められた司教は、

「報告してきた司祭によれば、城内を散策してきます、と書き置きがありましたが、未だに戻らず、手分けして探している」と答えた。


「神の子たる身で、お勤めを怠るとは……」


「城内と一口で言えども、広範囲ですからな」


「王城とも繋がっていますし、協力を仰ぎますか」


 枢機官たちが意見を述べていると、枢機官長ザルーカが立ち上がり、大司教へ進言した。


「このような騒ぎを起こすとは、御子様にも困ったものです。お戻り次第、私がきつく言い聞かせましょう。今は、事態の収拾を図らねばなりません。ここは宰相殿に協力を要請し、城内の兵士も動員してもらいましょう」


「うむ。枢機官長に一任する」


 大司教は、そう言うと目を閉じて、椅子に深くもたれかかった。


 昼頃――ダルバは宝物庫内で目を覚ました。レオンに気絶させられてから、半日近くも経過していた。よろよろと身を起こすと、一瞬、なぜ自分がこの場所にいるのか分からなかったが、昨夜の事を思い出し、部屋を見渡した。レオンはいない。


「御子様はどういうつもりで…………はっ? こ、これは………」


 そこには、明らかに宝物や金貨が持ち出された形跡があった。ダルバは扉をそっと開け、自室へ戻ろうとしたが、すでに日が高く昇り、なにやら騒がしい。通りかかった若い修道士に、疑問を投げかけた。


「どうかしたのか?」


「ご存知ないのですか? 御子様のお姿が朝から見えず、皆で探しております」


「なんだとっ!? 御子様が……? まさか……まさか……」


 ダルバは太った体を揺すり、小走りでレオンの部屋に向かった。部屋の前には何人も集まり、協議していた。


「ん? これはダルバ殿。どうかなさいましたか?」


「あ、いや、何でもありません。御子様はお戻りではないのですね」


「はい。……そう言えば、ダルバ殿も朝からお見かけしませんでしたが」


「え、ええ。体調が優れませんので……失礼します」


 ダルバは自室へ戻ると、頭を抱えた。


「こんなことは有り得ない……だが、そうとしか……。御子様は、御子様は宝物を盗んで、お逃げになったのだ! なんという事を……。そう簡単に、城外へ出られるはずが……」


 ダルバは宝物庫の鍵を握り締め、昨夜の事を思い返していた。そこで、はたと気付いた。


「ああっ? 首飾り……首飾りが無い!!」


 両手で全身あちこちを確認したり、法衣を脱いでバタバタと振ってみたが、どこにも見当たらなかった。


「首飾りまで盗んでいかれたのか? おぉ……私は……」


 ダルバは衝撃のあまり、ベッドに倒れ込んだ。


 午後には、ザルーカの依頼で宰相アルベルトが命令を下し、多くの兵士も御子探索に参加した。王城内は徹底的に捜索されたが、徒労に終わった。大聖堂の庭園にも捜索の手が入ったが、奥の片隅に古ぼけた石碑が発見されただけであった。池に落ちたのでは、との意見もあり、泳ぎや潜水の達者な兵士が数十人呼ばれ、池の底まで調べたが、何も出なかった。


 結局、この件に関して口外禁止、漏らした者は厳罰に処す、と通達があったが、城内は大いに動揺した。いつにも増して、夕刻、城門では人の出入りが厳しく検査され、間違いなく御子は通っていない、と判断して、この日は門が閉じられた。


 ダルバは病気と称して自室に閉じこもり、食事を運ばせるようになった。


 翌日も引き続き捜索が行われたが、なんの成果もなかった。御子様が煙のように消え去るとは、凶事や天変地異の前触れではないか、と恐れおののく者まで現れた。


 さらに1日経つと、城下町でも、御子様が行方しれずになった、と囁かれるようになった。焦った教団側は、御子様は庭園の窪みで発見され無事なこと、そのまま大聖堂の某所にこもり、国王陛下の病気平癒と、民の平安のために祈りを捧げ続けており、しばらくは誰の目にも触れる事は無い、と公式発表した。


 王家の方でも、広報官が城下町の中央広場におもむき、教団と同じ内容の御触れを張り出して、集まった人々に説明した。城内では釈然としない者が多かったが、表向きは一応の収束を見たのである。


 一方で、王家と教団はひそかに協議した結果、もはや御子は城内から逃亡したと結論付け、秘密裏に動き出した。手引きした者がいるのか、まだ王都内にいるのか。レオンの家庭内の事情まで知らなかったので、故郷に帰った可能性も十分あると考え、東門方向から、大街道に沿って調査が開始された。



  ◇ ◇ ◇



 トスカの街へ入ったレオンは、早速、宿屋にキアラと荷物を預け、街の中心にある酒場へ向かった。酒を飲んだ事はなく、特に興味は無かったが、何か面白い話でも聞けないだろうか、と期待していたのである。


 酒場は、大層賑わっていた。仕事仲間であろう、何度も乾杯して、ビールをあおる男たち。酔い潰れて、テーブルに突っ伏している者。お調子者が、酒や料理を運ぶ、若い女性の給仕人にちょっかいを出して引っ叩かれ、笑いが起こる。隅の方では、何かの取り引きが行われていたり、冒険者らしき一行が、テーブルを囲んで、真剣に論議をしている。街の衛兵も、ちらほらと見受けられた。


 レオンはカウンター席に座ると、この旅で初めて人前でフードを外し、顔の布も下げて素顔を晒した。


(素顔を見せても大丈夫ですか?)


 シャドウは、正体が露顕するのを危惧しているようであった。


(王都内ならともかく、僕の顔をはっきり知ってる人なんかいないよ。王都から巡行に出て、民の前に出る時は、化粧をしてたし。薄い布で顔を覆う事もあったよ)


 店主の目には、レオンが縮こまってシャドウに話し掛ける姿は、奇妙に映った。


「………お客さん、さっきからブツブツ何を言ってるんだね? ご注文は?」


「えっ? ああ、酒はいいや。スープとパンを1つ」


「ああっ? 酒場へ来て、酒はいらねぇだとぉ? ガハハハハハッ、笑わせやがる。……ったく、綺麗な顔しやがって。ガキは帰りな」


 隣に座っていた、柄の悪い男が絡んできた。


「別に、あなたには関係無いでしょ? 何か面白い話でも聞けたらと思って、来ただけさ」


「ガキが生意気な口利きやがって。んだあ? 見慣れない鎧だなぁ」


 レオンが、肩に触れようとした男の手を払うと、男は無様に転び、ビールを床にぶちまけた。


「なっ、やりやがったな!」


 男は血走った目でレオンを睨むと、ナイフをちらつかせた。店内は静まり返り、周りの客が、2人を中心に輪を作った。


 男が意味不明な喚き声を上げて、切りかかった。


 次の瞬間―――――


 レオンは手刀でナイフを叩き落とし、男の手を捻り上げると、再び床に這わせた。痛みで悲鳴をあげる男の手を離すと、


「おぼえてやがれっ!!」


 と、男は月並みな捨て台詞を残し、店から走り出ていった。


 レオンはナイフを持っていなかったので、これは丁度いい、と考えて、男が残したナイフと鞘を自分の物とした。


「あっ、あの野郎、金を払ってねぇぞ!!」


 酒場の主人が血相変えて追いかけようとしたが、レオンはそれを止めた。


「まあまあ、あの人の分も払いますから。僕のせいでもあるし」


「えっ、いいんですかい? そうしてくれるなら、有り難いです」


 主人は喜び、スープを大盛りで出してきた。店内も、元通り騒がしくなった。レオンが食べ始めると、1人の老人が隣に座った。


「お若いの、見事な腕じゃの。冒険者かな?」


「はい、そんなところです」


「面白い話ではないが、聞いてもらいたいんじゃがの」


「なんでしょう」


「この街から西へしばらく進むと、大街道から左へ細い道が分かれておる。その先の村にワシの息子夫婦と孫が住んでおるのじゃが、最近、近くの小山で昼夜を問わず、怪しい光が飛び、妙な叫び声が風に乗って響き渡るそうじゃ。近隣の住民が気味悪がっての」


「………それで?」


「今のところ特に害は無いんじゃが、村人や可愛い孫に何かあってからでは困る。じゃが、お役人は相手にしてくれんし、冒険者を雇って調べようと提案しても、村の者は、そこまでしなくていい、と抜かしおる。そこで、お若い冒険者殿に何とかお願いを……」


 老人は申し訳なさそうに頭を掻いた。


「無償で調査してほしいんですね、いいですよ。なんだか面白そうな予感がします」


 レオンが笑って快諾すると、老人は手を握り締めて、何度も頭を下げた。


 翌朝、宿屋を出たレオンは、昨日よりは幾分、速足で移動した。やがて細い道が大街道から左に折れていたので、そちらへ進んだ。


「老人の情にほだされたのですか? 人助けも悪くはありませんが」


「わっ!? 酒場の主人じゃないか! ……シャドウ、いつの間に……」


 大柄な酒場の主人に化けたシャドウが、大股でのっしのっしと歩いていた。


「皆さんがレオンと男の争いを、固唾を飲んで見ている隙に」


「シャドウとわかっていても、変な感じだな……」


 そのまま細道を進むと、前から若い娘がやってきた。


「ちょっと、そこのお嬢さん」


 酒場の主人に変身したまま、シャドウは声を掛けた。


「はい、なんでしょう」


 娘はニコニコ笑いながら、立ち止まった。


「あの~、なにか?」


 娘は2人の男がそのまま黙っているので、少し困った表情をしている。 


 声を掛けたシャドウが何も言わないので、レオンが代わりに尋ねた。


「この近くに、怪しげな光が飛び、叫び声が響き渡る山があるそうですが、どこか知ってますか?」


「あ、それならあそこに見える小山です。でも、どうして?」


 レオンは、街の酒場で老人に頼まれた経緯を話した。


「まあ、それ私のおじいちゃんだわ! 街で私の叔母一家と暮らしてるんだけど、あの山を調べようって何度も……」


「そうでしたか。僕は人に頼まれるとなかなか断れない性格で、無料で引き受けました」


「おじいちゃんの頼みを聞いてくれて、ありがとう。私、プルナっていいます。あれがなんなのかわからないけど、よろしくお願いします。でも、無理はしないでくださいね!」


「私は、レ……レオ。ご心配なく。正体を突き止めてみせますよ」


 プルナは、頭をペコリと下げて、大街道の方向へ去っていった。


「レオ、ですか。本名を名乗るのは、なるべく避けるとして……他に思い付かなかったんですか?」


 そこにはプルナに変身したシャドウがいた。


「まあいいだろう? 偽名なんてあまり使いたくないよ。レオならほとんど変わりないし、気分で使い分けるかな。御子様の本名がレオンだなんて、故郷の村人と王城内の一部の者しか知らないし。それより、その姿は……呼び止めたのは、そういうことか。まったく、変身の手持ちを次々に増やして……そろそろ元に戻ってくれ」


 プルナの姿が溶け、黒い影に戻ると、シャドウはススッとレオンの鎧の隙間に入った。


 プルナに教えられた小山のふもとに到着し、山の中へ分け入ろうとしたが、馬の足では無理なので、道から見えにくい場所の木にキアラを繋いだ。


 繁みを掻き分けると、獣道らしきものがあった。意を決して登ろうとした時、上の方から何か聞こえてきた。


「…………! ………! ……………!!」


 その声は、凄い勢いで近付いてくる。


「わーわー! 遅れちゃう~!! わ~っ、どいて~っ!!」


 レオンの姿を認めたのか、その者は叫んだ。


「!?」


 獣道を駆け下りて来た者を、レオンは横に避けたが、その方向へ相手も避けたので、思い切りぶつかった。2人は抱き合った形のままで繁みを突き抜け、ゴロゴロと転がって、ようやく止まった。荷物が飛び散り、キアラは驚いて、ビクッと動いた。


「う~ん……君、大丈夫かい?」


 抱き合った状態になっていたのが女の子とわかると、レオンは赤面して、パッと離れた。


「いたたたたた……もう、なんで避けないんですかっ?」


「いや、僕はちゃんと避けたよ……」


「避けてないでしょ!! もう……って、あれ? それ以前にあなた、こんな所で何してるの?」


「僕はこの山に飛び交う怪しい光と、叫び声を調べてほしいと頼まれて……」


「え? それ多分、私だよ。ちょっと派手だったかな?そんなに目立ってたかぁ~……あっ! 急がなきゃいけないんだった!!」


 その少女は、慌ただしく身支度を整えると、その場を去ろうとした。それをレオンは驚いて呼び止めた。


「待って、君が原因だったの?」


「そうよ。だから、あなたもさっさと……」


 少女はレオンの顔をまじまじと見つめていたが、可愛いらしい口をキュッと結び、つかつかと歩み寄ると、急にレオンの鼻先まで顔を近付けてきた。


 レオンはどぎまぎして、視線が泳いだ。


「……御子様、御子様ですねっ!?」


 少女は少し顔を離すと、レオンの両手を取って、はしゃぎながらブンブンと振った。


「な、なんでそれを……」


 レオンは正直に答えてしまった。


「やっぱり! 夢のお告げの通りだわ!」


「お告げ……?」


「そうですよ。1カ月も前から、亡くなった母様が連日夢に出てきて、言うんです。1カ月後の早朝、御子様が大街道を通り掛かるから、お供をして、使命を果たしなさい、って。そして、私は御子様と旅立つところで終わるの。これはお告げに違いない、と思って旅の準備をして。それが今日だったのに、寝坊しちゃったから、急いでたの。そうしたら、あなたが、その夢で見た御子様の顔そのままだったから……」


「あ、いや僕は御子様では……」


 レオンは言いかけて、偽者と説明しても仕方がない気がした。この少女は頑なに、レオンが御子様であると信じているらしい。例えお供にはしない、と断っても勝手に付いてくるだろう。レオンはゴホン、と一度咳払いをして、


「僕は訳あって、1人で旅に出た。この先、様々な困難が待ち構えているだろうけど、それでもいいかな?」


 と、優しく問い掛けた。レオンは不思議と、この少女を仲間に加える事が当然のように思えた。


「はいっ、構いません! 御子様!」


「身分や素性を隠しての旅なので、友人だと思って、レオンと気軽に呼んでくれ。そうそう、まだ名前を聞いてなかったね」


「はいっ、レオ様。私はエレナ。天才魔法使い、エレナです!!」


 エレナは地面に置いていた魔法の杖を持つと、天に高々と突き上げて、名乗りをあげた。


 レオンとエレナ、運命的な出会いであった。

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