第38話 人災か天災か
薄暗い穴の中――――
魔法のランタンが煌々と映し出しているのは、天井が崩落して塞がれた通路であった。膨大な量の石と岩が積み重なり、秘密の抜け道は完全に通行不能となった。
まだ、パラパラと小石が降ってくる。
追っ手を食い止めるため、闇の中、1人で残ったシャドウ。へたり込んでいたレオンは、気を奮い立たせると、再び手頃な石を取り除き始め、奥へ呼び掛けた。しかし返事はなく、足下にある大石を蹴り飛ばし、岩壁を叩いて悔しがった。
「……あ、そうだレオ様、シャドウは岩に潰されたりしません。なにしろ実体が無いんですから。きっと無事ですよ」
「そうそう、洞窟全体が潰れたわけでもないでしょ? 案外ひょっこり帰ってくるんじゃないの」
落胆しているレオンを、エレナとリディアは励ましたつもりであったが、レオンの表情は冴えなかった。
「旅立って間もない頃にシャドウが言ってたんだけど、影の状態では、光源が無いと形を保てないらしいんだ。もし崩落に巻き込まれていたら……」
「だとしたら、変身を解かないといけないから、あまりもたない、ってこと?」
リディアは言い辛い事を、はっきりと口にした。エレナの非難の眼差しを受け、いたたまれない気持ちになり、外の様子を見てくる、と言い残してその場から去った。
「はぁ~っ……」
穴から出たリディアは、適当な場所に腰を下ろし、溜め息をついた。
(言い過ぎたかもしれないけど、事実でしょ。どこかで変身したまま閉じ込められているとしても、レオンの体に定期的に戻らないといけないんだし……。)
ふと立ち上がって、一応付近の様子を探るため、窪地の上に一飛びした。すると、木々の間から、岩場の陰に泉があるのが見えた。
(あんな量の石や岩をどかすなら、何百人も屈強な男を雇わないと無理よ。それも、崩落の規模によっては諦めないと。)
泉に石を投げると、ボチャン、と音を立てて沈んでいった。青く澄んだ水は透明度が高く、かなり深そうである。
(あとは、ボルダン側から調べるしかないけど、国境を越える手段が無い。城塞の門を破るなんてとても……。)
何度目かの泉への投石で、リディアは目を閉じて祈った。
「あぁ、もし泉の主、精霊様でもいらっしゃるなら、私の願いを叶えて下さい」
もちろん本気で願ったわけではなかったが、パアッと水面が光り始めた。
「えっ?」
リディアが目を開けると、淡い光りに包まれ、薄絹を纏った美しい女性が、泉の真ん中で水面から上半身を出して、にこやかにしている。
(まさか、本当に精霊がいたの?)
思いもかけない存在の出現に驚いていると、精霊が語りかけてきた。
「あなたが落としたのは、この大金貨ですか? それともこの宝石箱ですか?」
精霊の右手には大金貨10枚ほど、左手には宝石がぎっしり詰まった小箱。どちらも、数年は派手に遊んで暮らせる価値があるのは確かであった。
(こ、これって……。子供の頃に聞いたおとぎ話で、似たような話があったよね。……と言うことは、正直にただの石ころです、と答えれば……全部貰えるはずっ!)
欲望を隠さず、よだれを垂らさんばかりにしていたリディアは、意を決して答えた。
「私が落としたのは、ただの石ころで……」
泉に落ちそうなほど、前のめりになって答えた瞬間、精霊は溶けて消えた。
スーッと水面を移動する黒い影。
後ずさりして尻餅をついたリディアの眼前に現れたのは、シャドウであった。みるみるうちに、普段の冒険者風体の青年に姿を変えると、コロンと石を落とした。
「どうしました? あなたが投げたのはこの石ころです。正直ですね」
「なななっ、シャドウっ? じゃあ今のは」
「水面下であなたの祈る姿を目にしたので、つい遊び心が。無論、お宝は偽物です」
「そんなぁ……」
金銀財宝に目がないリディアは、心底がっかりした。
「ところで、ここは? レオンとエレナはどこです」
「……洞窟の入口はすぐそこよ。ついてきて」
すっかりしょげてしまったリディアは、トボトボと歩いて案内した。
「おーい。レオン、エレナ~」
緩やかな斜面を下っていくと、2人は一縷の望みに賭けて、石を取り除く作業を続けていた。
「リディアも……手伝って!」
重い石をウンウン喘いで運びながら、エレナが怒ったように言った。レオンともども、振り返りもしない。
「レオン、エレナ、ただいま戻りました」
「!」
よもやシャドウが背後から現れるとは思わず、2人は目が点になっていた。
「よかった、無事だったんだな! でもどうやって脱出したんだ? 中で何が?」
「そう慌てずに。追っ手は確かにボルダンの特務部隊でした。リサとかいう少女1人でしたが。彼女を撃退した後、天井が崩落したので、あの寝泊まりした場所の池というか、泉に飛び込んで地下水脈に入りました」
「いや~、外の岩場の陰に泉があるんだけど、いきなりシャドウが出てきたから驚いちゃった。あはっ、あははは」
リディアは乾いた笑いを響かせ、何やらシャドウに目配せした。泉でのやり取りは、知られたくないらしい。
「そうだったのか。では、あの地震と岩山の崩壊、洞窟内の崩落は……」
「フフフ……。レオン、まさか私の仕業とでも?」
「いや、まさか。そうは言ってない」
否定はしたものの、心の片隅では疑惑を抱いていた。心の奥底まで見透かされているような気がして、レオンはかすかな悪寒を覚えた。
「ひょっとしたら……」
「何か心当たりがあるのか?」
「えぇ。この周辺は大地の守護者たる、あのアースドラゴンの住み処が近いですから……。ちょっとした刺激で、大地が鳴動したのかもしれません」
一同は、昨日地底で出会った黒いドラゴンの巨体を思い返した。
「あのドラゴンが? はた迷惑な事だね~」
けらけらとリディアが笑った。
「地脈……」
「ん? エレナ今なんて?」
か細い独り言を耳にしたレオンが、気になって問い掛ける。
「あ……はい。母様から以前聞いたんですけど、私たちの住む大地の下には地脈、別名“竜脈”が網の目のように走っているそうです。あのドラゴンなら、それを利用して地震を起こすくらい、簡単だと思います」
「竜脈……?」
「大地の気の流れ、というか。大きな街や遺跡の下とかは、必ず太い竜脈があるそうです。そういう場所では、地系魔法の威力が高まるとか」
(先刻の地震は、本当にあのドラゴンが引き起こしたのか?)
レオンはチラリとシャドウを横目で見たが、その表情からは何も窺い知る事は出来なかった。
レオンたちはマルマラの街へ引き揚げる事にし、行きと同じく、ある程度森の小道を進んだ。
森から街道筋に出てみると、国境、すなわちボルダンのエスクーダ城塞方面から、傭兵らしき集団がぞろぞろとやって来た。
「ねえねえ、あんたら何で引き返してきたの? 戦争が近いんでしょ」
ただならぬ槍を持つ、青い鎧の女に突然呼び止められた男は、顔をしかめた。
「さっきの地震で地割れが起こったのさ。俺たちの駐屯地も被害を受けたんだよ。人家や畑もな」
「軍のお偉いさんが、復興に尽力するため大規模な戦闘はしばらく無い、と宣言したんだ。ま、それは敵さんも同じだろうぜ。あんたらも戦争で一旗揚げよう、ってか? 当てが外れたな。ギャハハハ」
一緒に足を止めた数人の男たちが、ゲラゲラと下品に笑った。
「だってさ、レオン」
「抜け道が塞がれたので、あの幼い兄弟はもう情報収集には来れませんし、戦火に巻き込まれずに済むでしょう」
(キーノ、ユン。元気で……。)
北の空を見上げ、幼い兄弟に向けて、レオンは言葉に出さず別れを告げた。
レオンや傭兵たちが南東へ歩いて行くのを、小高い岩場の上から見届けている男たちがいた。
「先程の地震であの辺の岩山が崩れたようだが……。竜騎士もいる。やはりあの穴は2国間を通じていたのだな。ここで見張っていれば、いずれ通ると思ったぞ。御子め」
極秘の地下通路を抜けて先き回りしていた、ボルダンの特務部隊、クロードとキースであった。
そのまま待機していたが、追尾しているはずのリサが見当たらない。冥界で入手した黒水晶で通話を試みたが、応答は無かった。
「隊長、リサのやつ、何かあったんですかね」
「手出しはしないように命じたんだが……。まさか戦いを挑んで討たれたのか? 私はこのまま御子たちを追う。キース、お前はリサを探せ」
2人は素早い身のこなしで岩場を降りていった。
一旦ボルダン領内に戻ったキースは、洞窟内を捜索した。リサが岩肌を引っ掻いた傷などをたどり、瀕死の重傷を負ったリサを救出した時には、深更に及んでいた。
◇ ◇ ◇
「リディアと泉でそんな事して遊んでたの?」
日中、レオンたちは洞窟内に打ち捨てた食器などを、マルマラで買い直した。一昨日の夜と同じ酒場に入り、料理と酒を注文した後で、シャドウがリディアとの楽しい一時をばらした。それを聞いて真っ先に怒ったのは、エレナであった。
「ちょっ……! それは言わない約束じゃ?」
「知りませんねぇ。あんな出来事を話さないわけには参りません」
「僕とエレナがシャドウを心配して、懸命になっている時に……」
レオンまでが冷たい視線を浴びせてくるので、リディアはどぎまぎした。
「い、一応シャドウの無事を祈ってたのよ? そしたら、あの……」
「しっかりと物欲、金銭欲にまみれてるじゃないですか!」
「これはお仕置きが必要ですねぇ」
シャドウがテーブルの下に潜り込んで、ゴソゴソとし始めた。
「み、みんなそんなに怒ることないでしょ? お仕置きなんて大袈裟な……。はうっ? 何……力が……抜ける……?」
シャドウが椅子に戻ると、リディアはテーブルに突っ伏した。両腕はダランと下がったままになっている。
「ご馳走さま。影を少々いただきました」
「うぅ……。そう言えばそんな能力があったんだっけ……」
「それ、私も前に1度やられましたよ。うふふっ、面白い」
横に座るエレナが、リディアの鼻をつまんだり、腕をプラプラさせて遊んだ。
結局、リディアは空腹にも関わらず、美味しそうな料理と酒を目の前にして、ただ見ているしかなかった。あまりに不憫になり、少ししか開かなくなった口に、レオンはスープを飲ませてやった。
翌朝、馬車の御者台にレオンとエレナが座り、マルマラを出発すると、北へ進路を取った。いよいよ、中央大陸の北部に向かう事になったのである。




