表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/87

第31話 死霊使い(ネクロマンサー)

 深い霧に包まれた山間の村に迷い込んだレオンたち。そこは、村人全てが生きるしかばね――――ゾンビとなって徘徊する恐怖の地であった。その元凶である、死霊使い(ネクロマンサー)イヴォールに、シャドウが戦いを挑もうとしていた。


 シャドウは左手に握り締めた鋼鉄のメイスをダラリと下げ、ゆったりとした足取りで歩みを進めた。尖端がガリゴリと音を立てて地面を削り、一筋の線が跡となり、刻まれていく。


 霧の中にイヴォールが作り出したこの空間は、見えない壁で仕切られているかのようであった。その霧の壁に、ゾンビが鈴鳴りになっていた。


「さて、君は我が野望を潰すそうだが、その鈍重なメイスで叩くつもりかね? 我が死者の障壁(デッドウォール)の前に、お仲間の攻撃が徒労に終わったのは承知の上かな」


「…………」


(こやつめ……。勝算でもあるのか?)


 漆黒の杖で地面を突いたイヴォールが、得意の死霊術を唱えた。


死霊の怨念(ベノム)!」


 怨念の塊である、黒や紫色に発光する小さな髑髏どくろが、四方八方からシャドウに襲い掛かった。


「精神的苦痛を与える呪文よ! フハハハ、いつまで強がっていられるかな?」


 ところが、シャドウは涼しい顔をして静かに立っている。取り巻く髑髏も消えてしまった。


「……むっ? よほど強力な魔除けを所持していると見える。ならばこれはどうかな!」


 杖を高く掲げたイヴォールが、次なる呪文を唱える。


負の奔流(ブルード)!」


 憎悪や怨み等の負のエネルギーが、さながら滝のように降り注いだ。レオンたちの方へも飛び散ったが、レオンがマジックシールドを唱え、寸前で防いだ。


「くっ……。少しかかっただけなのに、シールドがボロボロになるなんて」


「シャドウは……?」


 ピッタリとレオンに身を寄せ、後ろに隠れていたエレナとリディアが顔を出すと、シャドウは何事もなかったかのように、平然と立っていた。


「なっ……! シールドも無しにどうやって凌いだのだ?」


 驚いて杖を取り落としそうになり、イヴォールはまじまじと平凡な外見の男を見つめた。


「お~、全然大丈夫みたい。ネクロマンサーのおじさん、効かないみたいよ。大したことないね」


 リディアにプライドを傷付けられたイヴォールは、顔を引きつらせながら、一段と強力な呪文の詠唱態勢に入った。


「地獄のいかずちよ、来たれ!  闇の雷撃(ダークライトニング)!」


 杖から放射状に電撃が広がった。これでは避けようがない。更に杖を振り下ろすと、追い撃ちを掛けるように、シャドウ目掛けて落雷した。バーンという凄まじい轟音が響き、白い光芒が走った。


「どうだ! これを食らって無事でいた者などおらぬ!」


 強い光と衝撃に目を背けた全員が視線を戻すと、そこには何ら変わらぬ姿のシャドウがいた。


「どうやら無事のようですねぇ。あなたのご自慢の呪文に耐えた、最初の1人となったようです」


 シャドウのこの宣言を聞くと、イヴォールは悲鳴に近い叫び声を上げて、狼狽した。


「ふざけるな! 我が呪文を浴びて無事でいられるはずがない! 何者だ、貴様は! 認めぬ! 認めぬぞ! 我は最強の死霊使い(ネクロマンサー)だ!」


 漆黒の杖に魔力を込めて地面を叩くと、魔法陣が出現した。そこから、大きな鎌を携えた、絵に描いたような死神が召喚された。骸骨の眼窩が赤く光り、真っ黒なローブをまとい、フワリと浮くその下半身は見当たらない。


「あれは死神! あんな存在まで使役するなんて……」


 エレナは、いくら実体を持たないシャドウとはいえ、魂を刈り取る死神の鎌に斬られたらどうなるのか、危惧した。ひょっとしたら、何らかの魂を宿しているのかもしれない、と考えたのである。


「死神の鎌は、通常の武具では受け止める事すら出来ん! いくら貴様とて、こればかりは防げまい! 仲間の魂も奪ってやる。お前たちの旅は終焉を迎えるのだ」


 しかし、シャドウは微動だにしなかった。


「覚悟を決めたか? フハハハ、私をここまで焦らせるとは、大したものよ。だがこれで終わりだ。行け、死神よ!」


 死神の鎌が、シャドウの胸の辺りを一閃した。


「あっ!」


 思いのほか、あっさりと斬られたため、レオンたちは驚きの声を上げた。


「よし、次はお前たちの番だ」


 ところが、死神はそのままの体勢で動かない。


「どうした? 早くあの者たちの魂も……」


 イヴォールは杖を前方へかざしたが、死神はピクリとも反応しなかった。それどころか、形が崩れていく。


「なんだとっ?」


 あろうことか、死神は消滅してしまった。訳がわからず、茫然とするイヴォールは、シャドウが体内に手をズズズッと、突っ込んでいくのを目にした。その手が再び外に出ると、掌に小皿のような物が乗っていた。エレナの危惧は、杞憂きゆうであった。


「な、なんだ? お前の体はどうなっている? それに、その手にあるのは……」


 己れの理解の範疇を超えた存在に、イヴォールは恐怖を抱いた。シャドウが1歩、前進する。


「あなた、先程言ってましたよねぇ。闇魔法は親和性があると。私に向けて立て続けに放つものですから、魔導器の修復に利用させて頂きました。欠片かけらが元通りに吸着し、ヒビも若干、消えたようですね」


「そ、それが魔導器だと!? 現存していたのか……。フ、フハハハ……道理で我が魔法が効果が無いわけだ。とうの昔に喪われたと思っていたが……ハッ?」


 シャドウから発せられる、異様な殺気と圧力を感じたイヴォールは、後退あとずさりすると小石につまずき転倒した。


「よ、よせ! 来るな! 寄るな!」


 イヴォールは尻餅を着いたまま、最後の抵抗とばかり、無茶苦茶に杖を振り回した。空いた片方の手で、村長の家の玄関先にある、木のバケツや鉢植え、小石などを手当たり次第に投げつけたが、非常に見苦しいものであった。レオンたちには、惨めさを際立たせただけに思えた。


 扉の前に追い詰められたイヴォールは、この期に及んでシャドウの懐柔を試みた。


「ど、どうだ? 私と組まないか? 我らが組めば、きっと……」


(ええ。私はあなたの力が欲しい。)


 小声での返答に、シャドウが了承したと解釈したイヴォールの顔は、喜びに満ちた。しかし、それも束の間であった。


(私のかてとなりなさい。)


 イヴォールから笑みが、消えた。



「何をしているんだ、シャドウは? ここはいっそ、僕が……」


 2人の会話はレオンたちの耳には届かず、様子を確かめに走り寄ろうとした。するとその時、シャドウがイヴォールに覆い被さるように倒れ込んだ。ギャーッという悲鳴と共に霧が晴れ、村人のゾンビは一斉に倒れた。その体から、光が天に昇っていった。


「お~っ、壮観だね~」


「綺麗ですね」


 エレナとリディアは空を見上げて、雲間に消える光を眺めた。


(ヤツが死んだ事で魔法の霧が消え、村人の魂が解放されたか。どうか安らかに……。)


 チラッと空を仰ぎ見たレオンは、にわかに震動を感じた。それはみるみるうちに大きくなった。


「きゃっ、地震?」


 エレナとリディアはしゃがみこんで抱き合い、レオンも身を屈めた。ゴゴゴゴ、と鳴動し地面に亀裂が入ったかと思うと、村長の家周辺が陥没し、バキバキと派手な音を立てて崩れ、揺れが収まると瓦礫の山が残された。


「シャドウ!」


 レオンが駆け付けると、スルスルと黒い影が穴から這い上がり、いつもの青年へと変身した。


「この崩落は?」


「さて……。地下で何らかの研究をしていたのが、彼の死を機に崩壊したのでは? 彼の死体は穴の底、膨大な瓦礫の下です。もはや知るすべはありません。悪行に相応しい死に様ですね」


 シャドウ愛用の鋼鉄製のメイスは、穴のふちギリギリに転がっていた。レオンが察するに、陥没する前に投げたものと思われた。


「最後は何か話していたのか? それに、何を使って止めを刺したんだ」


「…………私を相棒にしたい、なんて言い出しましてね。無論お断りです。まさか絶体絶命の窮地で、敵の説得を試みるとは、面白い人物でしたね」


「……そうか。まあこれ以上の悲劇は食い止める事が出来たんだ。ここに迷い込まなければ、近い将来大変な事態になっていたに違いない。魔導器も少し修復したようだし、エレナのお手柄だ」


 そこへ、エレナとリディアがやって来た。


「レオ様~、何が私の手柄なんですか?」


 レオンが説明して褒めると、エレナは照れた。


「なんではにかんでるのよ。道に迷ったとわかった時は、涙目になってたのに。たまたまでしょ。偶然よ偶然」


 リディアがふざけて泣き真似をすると、エレナは膨れっ面で追い掛け回した。2人はしばらくの間、キャッキャッと走り回っていた。


「なにをやってるんだか。まったく、子供だな」


 レオンが少々呆れていると、シャドウはただの死体に戻った村人の遺体を、黙々と集め始めた。


「1人1人埋葬するのは大変ですから……。せめて、この穴にまとめて葬ってあげましょう」


 レオンたちも手伝ったが、シャドウが持ち前のパワーを発揮し、その殆んどを巨大な陥没穴に放り込んだ。レオンの太陽剣ソウルブレードから発する火球と、エレナの火炎呪文で瓦礫と一緒に燃やし、盛大な火葬となった。


 あちこちから黒煙が上がり、女子供の遺体が燃え始めると、一行はその場から立ち去った。背後から、燃えた瓦礫がパチパチとはじけ、ガラガラと崩れる音がした。

 

 村の入口で待たせていた馬の世話をし、軽い休息を終えると、レオンたちは馬車に乗り込み村を後にした。霧の晴れた空は、抜けるように青かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ