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第30話 五里霧中

 すれ違いなど困難であろう細い道を、馬車が進んでいく。濃霧で視界が悪いにも関わらず、どんどん進むうちに、道幅が狭くなっていった。どうやら進む道を誤ったようであった。


 大資産家ケッセルから伝説の魔導器を手に入れたレオンたちは、小競り合いが頻発し緊張感が高まる、ボルダンとの国境付近を目指していた。シャドウによると、ヒビが入り、一部が欠けて力が喪われた魔導器を修復するには、ボルダン領内に侵入する必要があるらしかった。


「これ、絶対に道を間違えてるよね? あ~あ、霧が出てるのに無理に進むから……」


 リディアがぼやくと、エレナは精一杯弁解した。


「南西から北方街道へ出ると遠回りだから、多少悪路でも、北西の道を取ったんです。マルマラが前線に近くて、軍隊の拠点になっていますから」


 小刻みに揺れる御者台で折り畳んだ地図を少し広げ、北方街道でも最大の町をエレナが指し示した。それを荷台から顔を出したリディアが覗き込む。


「どこかで分かれ道を見逃したんでしょ? そうじゃなきゃ、こんな……」


「まあまあ、過ぎたことは仕方がない。……ん? 民家がある。ここがどの辺なのか、訊いてみよう」


 レオンが2人を宥めていると、霧が幾分晴れ、少し視界が開けた。すると、何軒かの民家が現れた。しかし人の気配は無く、雑草が伸び、軒下には蜘蛛の巣が張られ、どことなく荒れ果てている。レオンが戸を叩いて回り、壊れた窓からも声を掛けたが、応答は無かった。


「誰もいないみたいだ」


「廃村かしら? なーんか薄気味悪いね」


 霧で冷えたせいか、リディアは身震いすると、幌で覆われた馬車の荷台へ引っ込んだ。エレナは、霧の中から何か飛び出して来たら……? と不安になり、周囲をキョロキョロと見渡した。


「もう少し先へ行ってみようか」


 レオンが馬車へ戻ろうとすると、荷台からシャドウの声が響いた。


「誰かこちらへ来ますよ」


 民家の裏手から、ザザッ、ザザッと引き摺るような足音が近付いてくる。


「あの~、すみません! 旅の者ですがちょっといいですか?」


 レオンが大声で呼び掛けると、心なしか足音が速まったように感じられた。やがて女性が現れたが、霧で肩から上は見えず、服は薄汚れており、ほつれたり裂けている箇所もあった。一旦歩みを止めた女が、フラフラとレオンの方へ動き出した。


「あの……」


 様子がおかしいのでレオンが身構えるのと、女が飛び掛かって来たのは、ほぼ同時であった。


「あっ、レオ様!」


 レオンが反射的に飛び退いたので、女は前のめりに倒れた。その顔面があらわになると、レオンたちは戦慄した。髪の毛が僅かに残り、肉が削げ落ちた、半分骸骨のような面相だったからである。その手も変色して腐れ落ち、骨が露出していた。


「スケルトン……? いや、ゾンビなの? なんでこんな所に」


 驚くリディアが次に目にしたのは、指先で宙に白い五芒星を描くレオンであった。


「邪悪なる不死者の魂よ、安らかに眠れ。パージ!」


 ゾンビ女の全身を、みるみる白い光が包んだ。


「あれは?」


「レオ様が得意とする神聖魔法、不死者アンデッド用の浄化呪文です。海賊の宝探しをした時に、あの呪文でスケルトン3体を土に還しました」


 エレナが得意気になってリディアに説明していると、シャドウがのそりと降りてきた。


「どうやら、今度は通用しないようですねぇ」


「それって、どういうこと?」


 バキンッ、と音が鳴り響き、白い光が消滅した。ゾンビ女がバタバタともがき始め、レオンへと手を伸ばす。


「僕の魔法が、効かないのか?」


「フンッ!」


 動揺するレオンを尻目に、シャドウが鋼鉄のメイスを振り下ろし、ゾンビ女の頭部を叩き潰した。まだ手足がビクビクとしていたが、間もなく動かなくなった。しかし少しずつ頭部が再生し、また暴れだした。


「これはっ!?」


「なんで復活してんのよ!」


「何者かに操られているようですねぇ。それもとびきり邪悪な魔術師に。霧を発生させているのも、その者の仕業でしょう」


 それを聞いて、エレナはハッとなった。


「まさか……。死霊使い(ネクロマンサー)?」


 エレナの言葉に反応するかのように、前方の霧が渦巻き、どこからともなく声が響いた。


「フハハハハ! ご明答。我が名はイヴォール、最強の死霊使い(ネクロマンサー)よ。その慧眼けいがんに免じて、今なら見逃してやっても良いぞ。きびすを返して逃げるがいい」


 だが、これは逆効果であった。かえってレオンたちの闘争心に火を点けたのである。


「まさか、この村はお前が?」


「そう、我が魔術の実験台となってもらった。女もガキも、一人残らず動く屍と化したわ。フハハハ! 少年よ、小賢しくも浄化呪文を使えるようだが、我を倒さぬ限り村人どもの魂は解放されんぞ」


「何ということを……。それではお前を倒して、村人たちを安らかな眠りに就かせるとしようか」


 あまりの非道ぶりにレオンは静かな怒りに燃え、初めて人を斬る決心を固めた。


「我は村の中心にある村長の家におる。フン、だがお前らごときが辿り着けるものか」


 それきり、声は途絶えた。イヴォールはレオンたちをただの冒険者だろうと決め付け、侮った。彼の指令を受けたのか、大勢のゾンビが集まってくる気配がした。


「なるほど、港町の情報屋が話していた不死者アンデッドのうろつく地域、壊滅した村とはここでしたか」


 先程のゾンビ女が再生を終える前に、シャドウは再度一撃を加えて沈黙させると、レオンに訊ねた。


「どうしますか? いくら元が善良な村人とはいえ、もはや腐りかけた死体です。倒さねば、あの魔術師の所へは行けません」


「わかってる。手加減無用、正面突破だ!」


「私もあいつは許せない。血祭りに上げて、己の罪を後悔させてやるわ!」


 憤然としたレオンとリディアが今にも走り出しそうなので、エレナは御者台から降りて、馬車を引く2頭の馬を軽く撫でた。


「キアラ、メイ、ここで大人しく待っててね!」


 小走りになった2人を、エレナとシャドウは追い掛けていった。



 村の中心にある、おもむきのある大きな家。現在、レオンたちに告げた通り、ゾンビと化した村長の代わりに、イヴォールが住んでいた。


 1階は多くの壁を取り除き、1つの大きな部屋となっていた。かまどでは、おどろおどろしい色の液体がグツグツと煮え、壁際に置かれた水甕みずがめにも、怪しい液体が満ちていた。


 イヴォールは、これまた怪しげな器具に、薬草を磨り潰した物やコウモリの皮膜、ヘビ、カエルなどを混ぜた粉末を加え、火にかけていた。


「ふむ、もう少しだな。これを完成させるのに足りないのは何だ?」


 思い悩み、ウーンと唸るイヴォールの耳に、遠く外からの喧騒が届いた。


「ん? まさか先程の連中か?」


 目を閉じ、意識を集中させると、ゾンビを蹴散らしながら突き進むレオンたちの映像が見えた。


「ほう……。ここへ迷い込む者は、尻尾を巻いて逃げるのが常であったが、少々見くびったか」


 実験の手を止めたイヴォールは、不敵な笑みを浮かべると、外で出迎える事にした。



「あっ、ここは?」


 突き進むレオンたちは、急に視界が開け、村の広場に出た。そこは四方を霧の壁で囲まれたような、不思議な空間であった。すると、大きな家から、黒いローブで全身を包んだ中年男が出てきた。


「お前がイヴォールかっ?」


「いかにも。そちらのご尊名を伺おうか」


「お前に名乗る名など無い。お前が地獄に堕ちて、悪魔たちに語りたいと言うなら、教えてもいいぞ」


 バッと手を振りかざしたり、目頭を押さえたりと、芝居がかった大袈裟な仕草で、イヴォールは驚いてみせた。


「冥土の土産と言うことか? おぉ、なかなか厳しい台詞せりふだな、少年よ。ゾンビを薙ぎ倒す剣の腕前といい、殺すには惜しい」


「ふざけるな! 何故こんな所業を?」


 イヴォールはレオンの問いには答えず、軽く首を回すと、漆黒の杖で左右と正面、つまりレオンの背後を指した。霧の壁にビッシリとゾンビが蠢いている。


「ゾンビはこちらに入れない? と言うことは……」


「そうだ、魔法使いの少女よ。まだ術が不完全でな、我が生み出す霧の中でしか、意のままに動かせんのだ。直々にお前たちの相手をしようと、この空間を設けたのだがね。結界みたいなものよ」


「それじゃ、サクッとあんたを倒して終わらせるとしますか!」


 リディアか低く槍を構えると、尖端から電撃を放った。


死者の障壁(デッドウォール)!」


 イヴォールの前面に灰色の薄い壁が現れ、電撃を空中へと弾いた。目を凝らすと、苦悶の表情で泣き叫ぶ魂が、無数に浮かび上がってきた。


「素晴らしい! 村人数百人の魂を得て、障壁が強化されたぞ! 槍使い、それと少年よ、下手に斬り込むと怨念に取り憑かれるぞ? ハハハハ……」


「ヘルファイア!」


 エレナが黒い炎を放ったが、これは壁に吸収されてしまった。


「ほう? 親和性の高い呪文は吸収するのか。これはよい発見だ。それにしても、その歳で闇属性の呪文を扱うとは、見所がある。どうだ? 弟子にしてやっても構わんぞ?」


「馬鹿な事を言わないで! 忌み嫌われる死霊使い(ネクロマンサー)になんて、お断りです!」


「これは手厳しいな。まあこれで、生半可な呪文では我を傷付ける事は叶わぬと証明されたが……。あとはそこの青年だが、君はどんな攻撃を仕掛けるつもりかね」


 イヴォールが余裕の態度でシャドウを見やったが、ふと真顔になった。


「…………? 君から一瞬だけ、闇の波動を感じたが気のせいかな? まさか君まで闇魔法を使うわけではあるまい」


(シャドウが持つ魔導器に反応したのか? あれはもう何の力も無いはずだが。)


 ヒビが入り、僅かに欠けた魔導器は、その欠片かけらと共にシャドウの体内に取り込まれていた。紛失しないよう、レオンが頼んだのである。


「もはや打つ手無しかな? ゾンビの群を突破して逃げるかね? それもよかろう。我は術を完成させ、もっと大きな町を丸ごと地獄へ変えてやるのだ。ゆくゆくは近隣の軍隊、騎士団などをそっくりそのままゾンビの軍団に変貌させ、国を乗っ取る! 我は支配者として、死者の王国に君臨するのだ!」


 壮大な計画を嬉々として語るイヴォールは、己の言葉に陶酔していた。


「この村だけでは飽き足らず、国中に悲劇をもたらそうと言うのかっ?」


 怒りに震え、イヴォールを睨むレオンの前を、シャドウの背中が遮った。


「これは想像以上に危険で邪悪な思考の持ち主ですね。見逃すわけにはいきません。ここでその野望はついえる事になります」


 シャドウはそう言うと、メイスで地面を小突きながら、緩慢とも思える動作で、イヴォールに歩み寄っていった。

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