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第28話 魔導器の在処(ありか)

 増水して茶色く濁り、激しい流れと化した川。流木が橋桁に引っ掛かっており、上流の山岳地帯で大雨が降った事実を、如実に物語っていた。


 フランシーヌ姫の愛の告白を拒絶するかのように、橋からその濁流へ身を投げたレオンは、必死の捜索も空しく見付からなかった。哀れなフランシーヌは、衝撃のあまり、近くの村の宿屋にたどり着くや、寝込んでしまった。


「姫様の事を頼む。私は村長に協力を依頼してくる 」


 オルトスはシーラに看護を任せ、王家の威光をもって、レオン捜索を手伝わせるつもりであった。本来なら、領主であるエンセン公爵家に頼むべきなのだが、フランシーヌはそれを許さなかった。すでにグルカを下流の村や町へ派遣し、捜索範囲を広げる手配をしていた。


 王国内では、斧槍戦姫ふそうせんきフランシーヌの名は、あまねく響き渡っている。斧槍ハルバートを力なく持ち、生気が失われていたが、その評判の美しいお姫様の出現に、村人たちは興奮を隠せず、村内は騒然となった。その騒ぎの中、日が落ちているにも関わらず、密かに1人の少女が村を後にした。


 それは、オルトスとグルカがレオンの姿を求めて川沿いを捜索した際に、土手から上がってきた少女であった。


(うまくいきましたね。これでレオンが死亡、もしくは行方不明と姫が判断して、追跡を断念してくれればいいのですが……。)


 実はこの少女の正体は、レオンに成り済ましたシャドウが、さらに変身した姿だった。水中に没するとすぐさま影の状態に戻り、急流の中を巧みに移動して、土手に這い上がり、少女の姿となり、少し休息していたのである。


(よもやあの勇ましい姫が、レオンとの結婚を望んでいたとは……。道理で追跡を志願するはずです。この事実を彼に伝えるべきでしょうか。)


 シャドウは魔法のランプで夜道を照らしながら小走りで進み、ある程度村から離れると、ランプを地面に置いた。


「…………むんっ!」


 シャドウにしては珍しく、一声気合いを発すると、見事な白馬へとその姿を変えた。それはレオンの愛馬であり、今は馬車を引くキアラのものであった。


「動物に変身したのは初めてですが、成功のようですね。もっとも、しゃべる馬などいませんが。フフフ、いずれは鳥にでも化けて大空を自由に飛び回ってみたいですね」


 この時もし人が通り掛かったら、さぞかし肝を潰したであろう。普通の村娘が白馬となり、言葉を発した後にランプをくわえて走り去るなど、誰かに話しても信じてもらえないに違いない。


 妖しい美しさを放つ白馬は、ランプの光を大きく揺らしながら、闇夜の街道を西へと駆けていった。



 翌日、シャドウはいつもの平凡な青年の姿に化け、とある町でレオンたちと合流した。広場の噴水前で休憩し、エレナとリディアは、砂糖をたっぷりまぶしたパンをかじっていた。


「心配したよ、シャドウ。僕に変身して、あの橋で待ち伏せするなんて言い出すから……。それでどうだった?」


「間もなく、姫様ご一行が現れました」


「そうか。もう少し時間は稼げると思ったけど……それで?」


「私が川へ飛び込むと、血相を変えていました。姫は心労で倒れ、近くの村で療養しています。下流である南の方へ、捜索の手を伸ばすようですね。一芝居打った甲斐がありました」


 シャドウはフランシーヌのレオンへの告白については、伏して語らなかった。


(姫様が倒れた? そんなに責任を感じているのか。)


「いやいや、上手く化けるもんだね~。改めて感心したよ。私やエレナにも変身出来るわけ?」


 指に付着した砂糖を舐めると、リディアは噴水で手を洗った。


「まあ、一応は。そんな機会はあまり無さそうですが」


 シャドウは対象の影に同化することで、その姿を映し取り、変身が可能となる。ある程度声を聞けば、声色も模写出来る。レオンはその事をつい失念していた。


(今まで僕に化ける必要がなかっただけか。幸い、仲間以外に変身能力を知る者はいない。囮や撹乱に使えるな。)


「さあさあレオ様、そろそろ出発しませんか?」


 パンパンッと手を叩いて砂糖を払い落としたエレナが、馬車の御者台に座った。



 馬車は街道を西へと進み、森を抜け、険しい峠を越えて――――


 2日後、レオンたちはカルリアン男爵領へ入った。目指す大資産家ケッセルの邸宅は、もう目と鼻の先である。


「姫様たちに追われて慌てて出発したけどさ~。大体、魔導器なんて探すの面倒じゃない? そりゃあエレナが黒の秘呪を完璧に操れたら、それに越したことはないよ。でもあの呪文は危険だよね~。それと、シャドウは未だに最終的な行き先とか、旅の目的をはっきりと明言してくれないわけ? レオンは苦労して手に入れた宝箱を、置いてっちゃうし……」


 荷台で揺られながら、リディアが愚痴を並べ立てた。どうやら宝箱の中身に、かなり執着していたらしい。レオンも馬車を走らせながら、困った顔をしていた。


「リディア、手を出しなさい」


「はいは~い、何かくれるの?」


 リディアがふて腐れたように両手を差し出すと、そのてのひらに色とりどりの宝石が落ちて、山となった。


「私が宝箱から選んだ、あなたの取り分です。遠慮なくどうぞ」


「ああ……! い、いいの?」


 感極まったリディアは、今にも泣き出しそうになっていた。


 御者台のレオンとエレナは、いつの間に、とシャドウの厚意に驚いた。


「ま、まあいいんじゃない?」


「ありがとう! 嬉しい!」


 リディアは宝石を手放して、手綱を握るレオンの背後から抱き付き、頬擦りした。


「わっ、危ない!」


  焦って操作を誤ったレオンは、ふらふらと馬車を蛇行させた。何とか止めた時には、町の入口に達していた。


(シャドウ、結局上手くはぐらかしたな。最終的な目的地は、僕も聞いてみたかった。)


「ふ~っ。リディア、嬉しいのはわかるんだけどさ……」


「ごめんなさい。つい……」


(私だってしたことないのに!)


 エレナは羨望と悔しさを滲ませて、リディアの頬を軽く摘まんだ。徐々に力が加えられる。


「ちょっと、何? 痛い。やめてよ」


「ほら、どうぞ」


 2人を仲裁するかのように引き離し、散乱した宝石を拾い集めたシャドウは、袋に入れて渡した。


 気を取り直して町の入口に目を向けると、【ケッセルパークへようこそ】と記された看板が掲げられていた。


「町に自分の名を冠するとは、なかなか自己顕示欲の高い方のようですね」


「一癖も二癖もある人物なんだろうな」


 ここでも通行料を徴収されたが、レオンは全員分の通行証をエンセン公爵に発行してもらっていたので、何ら疑われる事もなく堂々と通過した。そこでケッセルの邸宅の場所を訊ね、真っ直ぐ向かった。


「御主人様。冒険者らしき一行が、面会したいと参っております」


 机の上に積み上げられた様々な書類に、せわしなく目を通し、サインをしていたケッセルの羽根ペンの動きが止まった。頭髪の薄くなった小太りの老人が、ギョロリとした目で使用人を睨んだ。


「私は忙しい。今日は来客の予定などないはずだ。そんな連中、さっさと追い返せ」


「いや、それがこのような書簡を預かりまして」


 使用人が差し出した書簡を一瞥いちべつしたケッセルは、蜜蝋の封を割ると、黙って読んだ。


「エンセンドール公爵直筆の紹介状を持つ者を、無下な扱いは出来まい。応接室に通しなさい」


「かしこまりました」


 使用人は、レオンたちを応接室へ丁重に案内した。邸内は清掃が行き届いており、ゴテゴテした悪趣味な調度品もなく、レオンたちの予想は裏切られた。


 円卓を囲む革張りのフカフカした椅子を勧められ、全員が着席すると、ケッセルが入室した。


「私がこの館の主人、ケッセルです」


「レオンと申します。こちらから順に、シャドウ、エレナ、リディアです」


「……それで、ご用件は? 公爵様の紹介状には、ただこの者たちに協力してほしい、とだけありましたが」


 レオンはすぐに本題には入らず、窓の外を見やった。


「門からお屋敷へ歩いていると、庭に精巧な造りの石像が点在していました。王都ですら、あれほど見事な作品は無いでしょう」


「それはそうでしょうな。石を削って作製したのではありません。あれらはその昔、罪人や盗賊、モンスターを私が石化させた物ですから」


 ケッセルは愉快そうに笑った。エレナが身を乗り出して訊ねる。


「あなたは石化呪文が使えるのですか? あの呪文は魔力の消費が激しい上に成功率が低いので、あまり習得する人はいないのですが……」


「一般的にはそうですな。しかし、その弱点を補う素晴らしい道具アイテムがあるのです。時には術者に呼応して膨大な魔力を発生させ、またある時は、呪文の精度を高め、暴走を抑えて術者を守護する。魔術を志す者にとって、究極の逸品とも言える代物です」


「例えば、魔導器のような?」


 気分良く、饒舌になっていたケッセルが、シャドウの発言でビクッと反応すると、硬直した。


「な、なぜその名を知っているのです?」


「つい最近、その存在を知りました」


 レオンが穏やかに答えると、この大資産家は考えを巡らせ、ある結論に至った。


「……なるほど。公爵家には、魔術に関する古い記録や蔵書があるそうですな。そこで知識を得られたか。私もつい口を滑らせてしまいましたが…………。うん? それではあなた方の目的は……」


「万が一の可能性に賭けて、あなた様が所持しているか、何か手掛かりだけでも、と思っていましたが……。ご推察の通りです。魔導器を譲って頂けませんか」


 ケッセルはみるみるうちに表情を曇らせた。ほとんど禿げ上がった頭をガリガリと掻き、苛立ちを見せた。


「いくら公爵様のご友人でも、ご要望には添いかねる。世界に2つとない貴重な品を、簡単に譲るはずがありますまい?」


「私たち、お金なら結構ありますよ! 売って下さい」


 得意気なリディアであったが、一般人ならともかく、この老人には効果はなかった。


「はっはっは、お嬢さん。いくら出すつもりかね? 金貨10万枚でも払うと言うなら、考えても良いがね」


「じゅっ……」


 途方もない金額の提示に、リディアとエレナは絶句してしまった。


「さすがにそんな大金は用意できません。困りましたねぇ、レオン。私にとっても、魔導器は是非入手しておきたい物なんですが……」


 全員の視線が一斉にシャドウに集まった。レオンたちは、魔導器をエレナではなく自分の物にしたいのか? と疑問を覚えたのだが、ケッセルは内心小馬鹿にしていた。


(なんだ? この男は。他の3人……特に魔法使いの小娘からは強い魔力を感じるが、こいつは全くの空っぽだ。お前などが持っても意味が無いわ。)


 心の中では悪態をついたケッセルであったが、何か思いついたらしく、態度を改めた。


「仕方ありませんな。では、条件があります。私の望みを1つでも叶えてくれたら、お譲りしようではありませんか」


 ケッセルは席を立つと、レオンたちをしばらく待たせ、私室から何冊かの本を持参してきた。すると、次々とページを開き、己れの望みとやらを、順に発表したのであった。

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