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第25話 公爵との謁見

 すでに暗くなった街道を、騎馬と馬車の一団がゆるゆると進んでいた。先頭の2騎が、松明たいまつとランプで道を照らしながら、後続を先導している。


 領内を巡回・監視する巡察使のノダールに、農民を扇動して反乱を企てている、と決めつけられ、公爵家の居城・コーンワールへ連行されることになったレオンたち。


 レオンたちの馬車の前後を、ノダールの配下の騎兵が固めていたが、まるで護衛しているようにも見受けられた。


「巡察使様、無理せずに村に宿泊すればよかったのでは」


 御者台からレオンが声を掛けると、前方を行くノダールが怒鳴った。


「うるさい! お前たちと村人に、寝込みを襲われてはかなわん!」


「……あいつ、ぶちのめしたいんだけど」


 荷台からひょこっと顔を出したリディアは、不愉快そうに顔を歪めた。そんな主人の想いが反映したのか、荷台に横たえられた雷光槍ライトニングスピアが、淡い光を放ち始めた。


「気持ちはわかるけど、彼らと一緒なら厄介事に巻き込まれないし、公爵様にもすぐ謁見できる」


「そうかもしれないけど……」


「私だって魔法撃ちたいのを我慢しているんですから、抑えて下さい」


 レオンの隣にちょこんと座るエレナも、レオンに続けてリディアをなだめた。


 やがて、道の先に篝火かがりびが焚かれていた。そこは石積みの立派な関所であった。リディアなら、浮力を生む魔法のブーツで飛び越えられるであろうが、なかなかの高さである。見張りの兵士が、上から誰何すいかした。


「このような時刻に何者か! ここより先はエンセンドール公爵様の領地。通行の許可は出来んぞ!」


「私だ、ノダールであ~る!」


「あっ、巡察使様! もうお戻りで?」


「そうだ。公爵家にあだなす大罪人を護送中である。この先の宿駅で休むので、通してもらおう」


「はっ、ただちに! 開門! 開門だ~っ!!」


 詰所から兵士が何人か出てきて、ギギギッと軋む音を立てながら、門が開いた。急いで全員整列し、責任者らしき男が、ノダールへおずおずと袋を差し出した。


 関所では通行料を徴収するので、銅貨ばかりではあったが、常にそれなりの現金が収蔵されている。袋の中身をチラッと確認したノダールは、フンッ、と鼻で笑うとふところへしまった。


「うむ、ご苦労であ~る! 出発!」


 ノダールは馬上で尊大に振る舞い、ふんぞり返った。一行が門を通過し、リディアが荷台の後方から覗くと、その後ろ姿に対する兵士たちの態度が、全てを物語っていた。


 憮然とする者や、唾をペッと吐く者、怒気を含んだ顔をする者。後方の騎兵は、見て見ぬふりをして通り過ぎた。


「えらく嫌われてるね~。ま、あれだけ偉そうにしてたら当然か。あいつ、語尾のあ~る、もムカつくけど、賄賂まで要求してるの?」


「フフフ……。おそらく、巡察使という立場を利用して、領内各地で土地の有力者や商人、各関所から金を巻き上げているんでしょう。お前の命運は私の報告次第だぞ、と半ば脅しているのは、想像にかたくないですね」


「誰も訴え出ないのかな? そんなに信頼されてるわけ?」


「それこそ、集めた金から公爵家に賄賂を渡しているのかも」


 シャドウの発言に、リディアはウーンと唸った。


「レオ様、あんな人に身柄を預けて、本当に大丈夫ですか?」


「確かに悪徳役人のようだけど、今は公爵様に謁見するのが先決。公爵家秘蔵の魔術書や黒の秘呪の関連資料、見たいんでしょ?」


「それはそうですけど……。言い出したのは私ですし」


 エレナは自分の提案がノダールを呼び寄せたような、自責の念に駆られていた。


「心配ないから。僕に任せて」


 レオンはあくまでも余裕であった。そうこうするうちに、一行はぼんやりと灯りをともす宿駅へ到着し、建物へと入った。レオンたちは3階の一室へまとめて押し込まれ、外から鍵を掛けられた。明かり取りの小さな窓が1つと、ベッドが2つだけの質素な部屋であった。


 翌朝、ノダール配下の兵士が2人、部屋まで朝食を運んで来たが、シャドウの姿が見えないので、あわてふためいた。


「ど、どうやって逃げた? ノダール様に報せねば!」


 再度鍵を掛けると、兵士は報告に走った。しばらくすると、どやどやと兵士を引き連れて、ノダールがやって来た。


「鍵を開けよ!」


 居丈高に配下に命じ、錠前が外れると、ノダールは乱暴に扉を開けた。


「仲間を逃がすとは、いよいよ言い逃れは出来んぞ! 公爵様の御前に連れていくまでもない! 私が……」


「巡察使様、一体なんの事ですか?」


 拳を振り上げ、熱弁をふるうつもりだったノダールは、4人が揃っていたので、言葉に詰まってしまった。そしてすぐさま、配下に怒りをぶつけた。


「全員おるではないか! 貴様ら、寝惚けていたのか?」


「い、いえ、そんなはずは……。隠れる場所もありませんし……」


「2人揃って見間違えるはずが……」


 2人の兵士は弁解したが、現に誰も欠けていないので、無駄であった。シャドウは朝方まで、影に戻ってレオンの体に張り付き、休んでいたのである。ノダールたちは、シャドウがそのような得体の知れない存在だとは、知る由もない。


「ええい、黙れ! 朝から騒がせおって!」


 レオンに詫びる事もなく、ノダールは立ち去った。朝食を終え、宿を出立してからも、ノダールは不機嫌なままであった。それは次の町で、領主が幾ばくかの金を包んで渡すまで、改まる事はなかった。


「本当に金の亡者ね」


 リディアはこの()の人物は心底嫌っているようで、吐き捨てるようにつぶやいた。レオンも道すがら、休憩中などに密かに情報を集めてみたが、ノダールは領内ではすこぶる評判が悪かった。


「これは、と認めた美しい少女を、有無を言わさず何人か連れ去り、公爵様に献上したらしいね」


「そんな事までしてたんですか?」


「ますます許せないわね!」


 馬車内でレオンから話を聞き、エレナとリディアは更に嫌悪感が募っていった。それから4日後、一行はコーンワール城とその城下町に入った。


 近くに流れる川を引き入れて天然のほりにした、堅固な城であった。出入口は西側の跳ね橋のみで、侵入は非常に困難である。城門が開くと、レオンたちは地下牢へ放り込まれた。


「お望み通り、明日、公爵様の御前ごぜんに引き据えてやるぞ」


「それはそれは。では、公爵様に薄汚れた姿をお見せするのは忍びないので、せめて旅のほこりを落とすため身を清めたいのですが」


「ほう、殊勝な心掛けであ~る。水を運ばせるゆえ、体と装備を拭くがよい」


 ノダールは口髭を指先で弄びながら、余裕たっぷりに、鷹揚に何度もうなずいた。


 翌日――――


 城内の大広間において、レオンたちは後ろ手に縛られ、武器を没収された形で公爵と謁見した。2段高い位置の椅子に公爵が座り、傍らに執事クルバッハが控え、手前には騎士や家臣が並んでいる。


 ノダールが高らかに声を上げた。


「我があるじ、公爵様。本日は農民を扇動し、謀反を企てる大罪人の一味を連行しました。御前にて申し開きをしたいと願っております」


「よかろう」


 入室前から頭を下げることを強要され、うつむいていたレオンたち4人が顔を上げた。椅子に座っていたのは、意外にもまだ20歳にも満たないであろう、若い男であった。


「えっ、公爵様ってこんなに若い優男やさおとこだったの? 脂ぎった中年かと思った」


 リディアが素直な感想を述べると、家臣たちが色めき立った。


「無礼な!」


「なんだこやつは? 礼儀を知らんのか」


 慌ててノダールがリディアの口を抑え、とりなした。リディアがフガフガともがく。


「申し訳ありません。この者、竜騎士などと自称しておりまして」


「ほう、竜騎士と? これは面白い」


 公爵が初めて口を開いた。外見通りの、優しげで穏やかな口調だった。


「はい、ご領内南西部の外れにある小さな村で、不穏な動きをしておりまして。こちらの大金を所持しておりました」


 ノダールが合図をすると、馬車に積まれていた2つの宝箱を、数名の兵士が運んできた。蓋を開けると、金貨や宝石の燦然たる輝きに、公爵や家臣たちも目を見張った。


「ふむ、これだけあれば傭兵も相当数、集められるだろうが……。本当に謀反を起こそうとしたのか?」


 公爵が問い質すと、レオンが何も反応しないため、エレナとリディアは息を飲み、大声で否定しようとした。


 そこでようやく、レオンは公爵を真っ直ぐ見据えて応えた。


「それは完全な誤解です。…………ところで、お久しぶりですね。エンセン公爵様」


「何を戯言たわごとを! お前のような冒険者風情が、知り合いのはずがあるまい! 血迷ったか!」


 突然親しげに話し掛けてきたレオンに、執事が声を荒らげたが、レオンは全く怯まない。公爵は怪訝な表情をしている。


「まさか、お忘れですか? 先年、王都の大聖堂にて……」


 公爵はレオンの顔をまじまじと見詰め、首から下がる高位聖職者のペンダントに気付き、あっと声を漏らして腰を浮かせた。


「ま、まさか……! み、御……」


 レオンが軽く首を振ると、公爵はある程度事情を察したのか、腰を下ろし、軽く咳払いした。


「どうなさったのです?」


 執事は公爵が一瞬取り乱したので、訳がわからず眉をひそめた。家臣たちもざわついている。


「公爵様。このノダールという巡察使、私たちをいわれなき罪で陥れようとしましたが、その立場を利用して私腹を肥やしています」


 レオンが突如、告発を始めたので、ノダールは顔を真っ赤にして憤怒した。


「黙れ黙れ! 何を根も葉もない事を! 公爵様、このような不埒者のごとなど、真に受けられませぬよう……」


「お主こそ口を閉じたらどうだ? その御仁ごじんは、私とは旧知の間柄。我が領内で謀反など起こすはずがない」


「そっ……なっ……」


 思いもよらない公爵の発言に、ノダールは衝撃を受け、不明瞭な言葉しか出ない。


「先程の話、詳しく聞かせてもらいたい」


 公爵の要望により、レオンはノダールの悪事を、自分の知る限り言上した。ノダールは奇声を上げてレオンに掴みかかったが、膝蹴りを浴びて床に這いつくばった。


は初耳だ。そうか、見目麗しい小間使いが増えたのも、そのせいか……」


「はい。巡察使の悪評が今日までお耳に入らなかったのは、どなたかに賄賂を渡していたからでしょう」


 立ち並ぶ家臣たちが、互いの顔を見合い、黙りこくる。


「どうやら、心当たりがあるようですねぇ。公爵様、私が推察するに、まず養女にした娘を小間使いとして次々と城内へ送り込む。そしていずれかに公爵様のお子を産ませ、公爵様は強制的に隠居、または暗殺する。将来的に公爵家の実権を握るという筋書きが……」


 シャドウがしたり顔で語っていると、執事クルバッハと騎士団長ベルハルトが動き出した。


「もうよい!」


 ベルハルトが、未だに床で呻いているノダールの首根っこを掴み、無理矢理立たせ、クルバッハが糾弾した。


「おのれノダール、役目を忘れ私利私欲に走り、あまつさえそのような、大それた事を企図していたとは!」


「なっ……!? 私は、あなた方のめ……ふがっ」


 何やら抗議しようとしたノダールであったが、ベルハルトが素早く猿轡さるぐつわをして、声が出せなくなった。


「地下牢へ入れておけ。後日、改めて裁くとしようぞ。その者たちの縄を解け」


 レオンたちが自由を取り戻すと、憐れ、ノダールは声にならない叫びを漏らしながら、兵士に両脇を抱えられ、連行されていった。大広間の扉が閉まると、静寂が訪れた。


 その場にいた全員が、ノダールが罪を押し付けられたとわかったが、あえて口にする者はいなかった。この件を追及すれば、大勢を処罰せねばならなくなる。公爵家の体面と外聞をおもんぱかり、公爵はノダールの処罰だけで終わらせる事にした。

 

「いやはや、まさかこのような件が明るみに出るとは。これにて一件落着でございますな」


 うやうやしく頭を下げる執事に、公爵は皮肉を放った。


「次の巡察使は、()()()()な人物を任命せねばな」


 執事と騎士団長は冷や汗を流し、平伏した。


は今まで政務を家臣に任せていたが、これからは心を入れ換えるとしよう。そなたたちには迷惑を掛けた……」


 御子であることには気付いたが、本名までは知らず、呼び名に迷う公爵の心中を察して、レオンが頭を下げた。


「このレオン、お願いがございます。お人払いをして頂けませんか」


「…………ふむ。レオン殿がそう願うならば……。皆の者、席を外してくれ」


 家臣たちは黙って、大広間から退室した。すると、公爵はレオンに駆け寄り、手を握り締めた。


「おぉ、御子様! お許しください。まさか貴方を罪人扱いするなど……。しかし、前触れもなくなぜ我が領内に?」


「それにつきましては……」


 レオンはこれまでの旅の経緯を、かいつまんで話した。


「そうでしたか……。噂は本当でした。いかに教団とはいえ、王家と共謀し、御子様を戦争に利用するとは……。近々、我が領内からも前線へ騎士団を派遣する予定でしたが……」


「それよりも、折り入ってお話が。ご当家に秘蔵されているという……」

 

 当初からの目的である、公爵家秘蔵の魔術書や関連資料の閲覧許可を得ようとしたレオンであったが、公爵はそれを遮って、つかつかと歩き出した。


「長旅、さぞお疲れでしょう。すぐに部屋と風呂を用意させます。今宵は歓迎の宴を! 早速準備させねば!」


 公爵はそう言い残すと、部屋を出ていってしまった。レオンたちは呆気に取られた。


「もう少し話を聞いてくれたらいいのに。それにしても、大貴族様の宴って……。どんなご馳走が出るんだろう?」


 リディアは期待に胸を膨らませ、よだれを拭いた。


「はしたないですよ、リディア」


「そういうエレナもよだれが」


「えっ? エヘヘ」


(ったく、この2人は……。)


 レオンはキャッキャと笑いあう、エレナとリディアを微笑ましく思ったが、シャドウの顔もチラリと横目で見た。


(さっきのしたり顔……。無表情で含み笑いばかりだったのに、どうしたんだ? 不自然さは和らぐけど……。)


「どうかしましたか? レオン。また落ち着いたら、頼むとしましょう」


「そうだね」


 4人は案内役が呼びに来るまで、宝箱に腰掛けて待機した。こうして、謁見は終了し、宴を迎えることになった。

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