第21話 湿地帯の激戦・中編
湿地帯に生息する、総勢数千に及ぶというモンスター退治を、勢いで、しかも無償で引き受けてしまった竜騎士・リディア。彼女に懇願され、手を貸すことになったレオンたち。
湿原のリザードマンは後回しにして、まず、周囲の岩山の洞穴を住み処とする、小鬼を片付ける事になった。しかし、小鬼の王・鬼の出現により状況は一変。後方からは小鬼の群れが迫る。レオンたちは、挟み撃ちにされるという窮地に陥ってしまった。
鬼が石の棍棒を力任せに叩きつける。リディアは浮力を得る魔法のブーツを装備しており、高く舞い上がって、その一撃をヒラリと躱す。飛び回るリディアに苛立ち、棍棒を闇雲に振り回す鬼。
「よし、リディアが抑えているうちに、エレナは周囲のザコを! シャドウはヤツの足を狙うんだ! 後ろは僕がやる!」
「は、はい!」
小鬼など、小柄な身体にぼろ切れをまとい、小さなナイフや棍棒を持つ程度である。エレナの魔法で十分対処出来た。ファイア、コールド、サンダーの呪文を立て続けに放ち、順調に倒していく。
シャドウは鋼鉄のメイスの威力を発揮する機会を得て、躍動した。ブウンッと唸りを上げて、凶悪な鈍器が小鬼を弾き飛ばし、叩き潰す。そして、レオンやシャドウの倍以上はある巨人に立ち向かっていった。
「こいつ、ドラゴンより頑丈なの!?」
リディアは攻撃を避けながら、自慢の雷光槍で突き、薙ぎ払うが、かすり傷しか与えられない。皮膚の硬さが尋常ではなかった。シャドウが隙を突いて、脛や膝裏に一撃を加えるが、少しよろめいただけであった。
「はああっ!」
雷光槍から、電撃が放射された。しかし、耐性が強いらしく、足止め程度にしかならない。エレナは周囲のザコを一掃し、遠距離から援護に回る。
一方で、仲間から離れ、後方から迫る群れを1人で迎撃するレオン。リザードマンも何匹か混じっており、総勢300は下らない。エレナは戦いの最中にも関わらず、心配になってチラッと振り返った。
殺到するモンスターの群れ。エレナが見たのは、両手で太陽剣を天に掲げ、真っ赤になった指輪の宝石から、剣へと赤い光が伝わる姿だった。港町ベルカンナポートで購入した魔唱石の力を解放したのである。
「……出でよ、火の眷族サラマンダーよ! 我が敵を灼熱の炎で焼き尽くせ!」
剣先から炎が吹き出し、サラマンダーが具現化した。突如、眼前に出現した火竜に、モンスターの大半は怯み、混乱している。その頭上から、炎のブレスが降り注いだ。密集していたのが災いし、サラマンダーの2度の攻撃で、群れの大半が、消し炭のように焼け焦げた。
熱波が仲間と鬼にも届いた。全員が動きを止める。
「ちょっとちょっと! レオンって何者なの? ただの剣士かと思えば、神聖魔法で防御力を上げてくれるし、あんな上位精霊まで使役するなんて!」
驚嘆するリディアに、シャドウはメイスを降り下ろし、気迫の籠った声で応える。
「……あれは魔唱石が呼び覚ました、レオンの力です!」
動きを止めていた巨人の膝に、メイスが命中し、苦痛の呻きが漏れた。反射的に拳で殴りつけてきたが、シャドウはスルリと流した。激闘が再開され、リディアとエレナも気を引き締めた。
上位の精霊になるほど、召喚して使役する際は全神経を集中させねばならず、術者は完全な無防備となる。だが、残った小鬼は逃げ惑い、レオンを襲う者はいなかった。サラマンダーは無数の火球を生み出し、四方へ散った小鬼へと放つ。
各所で火柱が上がり、哀れな悲鳴が巻き起こった。ついに後方のモンスターの群れは殲滅された。
「グギギ……」
部下を全て失う羽目になり、鬼は、歯ぎしりをした。明らかに動揺しているのがわかる。
サラマンダーは剣先に収容されるように消え、剣を収めると、レオンは急いで戻って来た。今度は両手をかざし、指輪が青く光り出した。
「まさかレオ様、また精霊召喚を?」
水晶の杖を振りかざして、攻撃呪文で援護していたエレナは、レオンは精神疲労が激しく、少し休息すると思っていた。
「足を狙うんだ! ヤツの皮膚の硬度は弱まっている! なんとか動きを止めてくれ!」
レオンの目には、何かが視えているようだった。他の3人が一斉に攻撃を開始する。
「ウィンドカッター! あっ、出た!」
そよ風を起こす程度だったエレナの風系魔法は、水晶の杖の力を借りて、ここに復活した。真空の刃が、巨人の顔に襲い掛かる。瞼や唇など、皮膚の薄い箇所を切り裂き、鮮血が流れた。さらに足に狙いを定め、腿やふくらはぎにも鋭い傷が刻まれた。
そこへシャドウが追い撃ちをかけ、渾身の一撃を右足の甲へ見舞った。さすがの巨人も、あまりの激痛に片膝を付いた。
「よ~し、一点集中!」
リディアは高く跳ぶと、左足の甲を目掛けて突いた。槍はその中心を貫き、地面に縫い付けた。
「グガアァァッ!!」
鬼はもがき苦しみ、棍棒を振り回しながら、左手で槍を引き抜いた。槍はふわりと飛び、持ち主の手元へ帰っていく。その時には、レオンの準備は完了していた。
「下がって! ……水を司る竜、アクアドラゴンよ! その清浄なる力を示せ!」
レオンの青く輝く指輪の宝石から、青白く細長い、頭部は竜、身体は蛇の形をした水竜が現れた。水溜まりや土壌など、周辺の水を吸い上げ、人の頭ほどの大きさもある、水や氷の玉が無数に形成される。それが目にも留まらぬ速さで、鬼に向けて撃ち出された。
巨体が宙に浮き、岩山へと叩き付けられ、めり込んだ。
「ウゴオォォ!」
王として君臨していた者の矜持なのか、深いダメージを受けながらも、まだ戦闘継続の意志を見せる鬼。
アクアドラゴンの召喚を終え、エレナに支えられているレオンが、声を振り絞った。
「ヤツの右目を奪うんだ!」
シャドウはすぐに悟り、岩山へ駆けて、鬼の顔面にメイスで一撃加えてから、右目を抉り取った。しかし、それはくすんだ黄土色の石……魔唱石であった。
「リディア、止めを!」
サッとシャドウが退くと、入れ替わりにリディアが 突っ込んだ。
「そりゃぁぁぁっ!!」
裂帛の気合を発したリディアは、胸に狙いを定めた。先程までの皮膚の堅牢さは失われ、槍は易々と厚い胸板を貫き、心臓に達した。鬼は最後の力を振り絞って、リディアに手を伸ばした。だが、プルプルと痙攣しながら虚空を掴むばかりで、徐々に動かなくなり、ダランと腕を下げた。
「ふ~っ、ドラゴンより苦戦させられるとはね~」
「………………」
レオンは初めての精霊召喚であったが、いきなり最上位の精霊を連続で使役した影響で、疲労が激しく、喘いでいた。
「レオ様、無理もないです。1回召喚するだけでも大変なのに……。あそこで休みましょう」
一行は洞穴に入り、休息した。幸いなことに、まだ湿地に多数生息しているリザードマンは、現れなかった。
「……それにしても、レオンがこんなにスゴいとは、ちっとも思わなかったよ。オーガの目にも気づいてたんだ?」
「あの異常な皮膚の硬度は、魔唱石の力だったのですね」
シャドウはオーガの目に嵌まっていた黄土色の石を、コロンと転がした。
「なんとなくわかったんだ。うっすらと魔力に包まれているような……。まさか、モンスターが魔唱石の恩恵を受けているとはね」
「私は力を存分に振るうことが出来て、満足しています。実戦らしい実戦は、初めてでしたからね」
「私も風系魔法が使えたし、もっと他にも、以前のように使用可能になった呪文がないか、試してみます」
「まっ、僕は精霊召喚を次はもっとうまくやるさ」
「あまり無茶はしないで下さいね」
(戦闘はずっと傍観していたシャドウは、なぜ戦いに身を投じるようになったんだろう? 影の集合体みたいなものだし、物理的な攻撃は無効だろうな。魔法の射手の爆炎の矢を受けた時も、四散した後に復元したし……。魔法にも耐性が? 戦力になるから有り難いけど。)
レオンが、相変わらず真意の読めないシャドウの事を考えていると、突然静寂が破られた。
「お~っ! やった~っ! タダ働きにはならなかったよ!」
いつの間にか奥へ行ったリディアが、歓声を上げているのが聞こえた。何事かと全員で最奥部まで進むと、リディアが宝箱を開けて、金貨や宝石をジャラジャラとすくっていた。オーガが部下に集めさせたのであろう。
もう日暮れまであまり時間がなかったので、シャドウが持ち前の力で宝箱を担ぎ、馬車を隠した丘の麓の洞穴へ戻り、夜を明かす事にした。
「あとはリザードマンだけでしょ? 余裕だよ、余裕~」
楽観視するリディアにレオンは釣られて笑っていたが、翌日さらなる厳しい戦いが展開されようとは、思いもよらなかった。




