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第20話 湿地帯の激戦・前編

 風が木々の枝葉を、そして街道脇の草むらを揺らし、サワサワと音がしている。街道上では、静かな睨み合いが続いていた。ボルダンの特務部隊長クロードと、エリクセンの姫フランシーヌ。


 敵国同士でありながら、御子レオンを捕縛する、という共通の目的を持つ2人が、図らずとも遭遇してしまった。


(この男……ただの冒険者ではない。)


 フランシーヌは、男の眼光や雰囲気から、そう直感したが、正体までは見当がつかなかった。その横で手配書を持つオルトスが、再度クロードに突きつける。


「よく見てくれ。我らが追う()()だ。見覚えはないか?」


「………………」


 クロードは部下2人に合図をし、道を空けた。


「ああ、その男ならこの街道の先のマルマラで見かけました」


 ようやく記憶の底から呼び起こしたかのように、クロードは適当な偽りの情報を伝えた。


「おおっ、そうか! よし、参るぞ!」


「あっ、お待ちを!」


 一目散に駈け出したフランシーヌを、オルトスが追う。さらにグルカとシーラの2騎が追い掛けていった。


「あれが斧槍戦姫ふそうせんきフランシーヌか……。噂にたがわぬ美しさよ。それに加えて、ハルバートを振る武勇。我が王が懸想けそうするのも無理はない」


「隊長。御子共々、捕縛しますか」


 闘志を剥き出しにした少女が、クロードに進言した。


「フッ、リサよ。それは容易ではないぞ。従う3人も強者揃いのようだ」


「リサ、お前にはムリだってよ。大体お前は血の気が多すぎるんだよなぁ」


「なんだって? キース! 私にケンカ売ってるの?」


 獣人族の少女は、真っ赤な髪を逆立てて怒った。ザワザワと手足が毛に覆われ、爪が瞬時に硬化し、鋭く伸びた。通常時は、尻尾が生えている以外は人間と差異はほとんど無いが、獣化すると跳躍力や敏捷性が増し、戦闘力が上昇する。


「おいおい、子猫ちゃんが子虎になったぜ」


 殺気をみなぎらせるリサに引き換え、キースという若者は軽口を叩いて、けだるそうに首や肩を回した。


「2人ともめよ。……奴らが南から疾走してきたという事は、御子は北か。だが、それらしい者とは出くわさなかった。内陸部へ向かったか?」


「チッ!」


「ヘヘッ。リサ、落ち着けって。さあ隊長、そこの港町で一応、情報を集めましょう。目撃した者がいるやもしれません」


 特務部隊の3人は小さな港町レノで、手分けして聞き込みを行った。町の人々の中でレオンに依頼された者は、約束通りそれぞれデタラメな目的地を証言したので、一旦広場に集合した3人は困惑した。


「どういうことだ? 証言がバラバラではないか。船で南から来たようだが……」


 そこへ、宿屋から出てきた馬車が通り掛かった。クロードが声を掛けて、御者台の2人に手配書の写しを見せる。


「……おや? あのお方に似ている」


 その馬車は、レオンたちが助けた商人の親子のものであった。2人は事の顛末てんまつを話した。


「貴重な情報、感謝する」


 親子に礼を述べて馬車が去ると、クロードは口角を片方だけ上げて、不気味な笑みをこぼした。


「フフン、どうやら御子は追っ手の姫たちを撹乱しようとしたらしいが、人助けが裏目に出たな。追うぞ」


「はっ!」


 特務部隊の3人は馬に颯爽と飛び乗り、北方街道を北上し、商人親子が話した、エンセンドール侯爵領へと繋がる道へ入った。その分岐点の道標の後ろから、1人の女が湧き出るように現れた。宮廷魔術師シーラが、隠形おんぎょう系の呪文‘カバー’で風景に同化し、やり過ごしたのである。


「気配を察して隠れてみれば……ウフフフ……。随分とお急ぎのようで。姫様につまらない嘘をついて、妙な連中だとは思ったけど……。私の勘が当たったわぁ」


 シーラはフワフワと周囲に浮かぶ水晶玉を引き寄せ、魔力を注いだ。すると、フランシーヌの顔が映し出された。


「姫様、先程の3人組が侯爵領の方へ、猛然と駈けて行きました。私の第6感が、御子様の元へ案内してくれる、と告げています」


「……わかった。追い掛けるとしよう。シーラは先に行って。我々もそちらへ向かう」


 フランシーヌに渡した小さな水晶玉と魔力で繋げ、互いの姿を投影して会話が可能な、一種の通信魔法であった。


 実は、走り出してから間もなく、シーラが水晶玉で強く呼び掛けて、疾走する姫を急停止させていたのである。


「馬車で7日は掛かるマルマラに、御子様が到達しているはずがなく、計算が合わない」というシーラの言葉に、フランシーヌは冷静さを取り戻し、馬の手綱を引いた。通信するために停止していたシーラは、引き返してすぐに、クロードらと遭遇したのであった。


 今度は、クロードの適当な嘘が裏目に出た形となった。シーラは馬にまたがると、後を追った。



 侯爵領を目指して走るクロードたちは、やがて小さな村の外に、何匹ものモンスターの死体が折り重なった、複数の塊があるのが気になり、村へと足を踏み入れた。


 3人が馬を降りて手配書の写しを取り出すと、尻尾を持つ獣人族が珍しいのか、子供たちがワッとリサにまとわりついた。


「お、おい……。こら、尻尾を触るな」


 リサがあたふたしていると、子供の1人が手配書を指差した。


「あっ、きのうのおにいちゃんだ」


「……! この人を見たのか? 本当か?」


「そうだよ。りゅ……りゅうきしのおねえさんといっしょだよ」


「りゅうきし…………竜騎士!?」


 クロードが驚くと、それを機に子どもたちが口々に騒ぎ立てる。らちがあかないので、リサを残して大人に話を聞きにいく、クロードとキース。


「まさか、御子が竜騎士に供を願い出て、モンスター退治に向かっただと? 予想外の事態だ」


「西から中央大陸に渡ってきてたんですねぇ。でも何しに来たんですかね」


「それはわからんが、厄介な相手だ。伝説の武具、雷光槍ライトニングスピアを振るう竜騎士は、一軍に匹敵するという。出来れば敵に回したくはないが……」


「では、ここで待機しますか?」


「いや、無償でモンスター退治を引き受けたなら、戻って来るとは限らん。あわよくば、モンスターとの戦闘中に隙を突いて、御子を捕縛するのだ」


「はっ!」


 2人は子どもたちをリサから強引に引き離し、村の北にある湿地帯へ進路を変えた。



    ◇ ◇ ◇



 同じ頃、レオンたちは湿地帯を望む小高い丘の上で身をかがめ、様子をうかがっていた。左手から、湿地帯をぐるっと囲むように岩山が延々と連なっている。何ヵ所かに洞穴ほらあなもあるのがわかる。


「だだっ広い湿地だね~。奥は湿原かぁ。はっはっは、岩山が天然の防壁みたいだ」


 リディアの暢気のんきな口調に、レオンとエレナは脱力感を覚えた。


「少しでいいから、緊張感を持って欲しいです」


「あら、エレナったら随分ね~。モンスターは見当たらないし、いいじゃない」


小鬼ゴブリンは洞穴を住み処にしてるから、手前から潰していこう。馬車では目立つ上に湿地には入れないし、どこかに隠さないと」


 ひとまず丘を降りてみると、岩山と丘の間は切り通しがあり、その先は深い森となっていた。こんこんと水が湧き出す泉があり、そこから丘のふもとの洞窟内へと、小川が流れている。


 洞窟は人の進入を拒むように、斜めに口を開け、下りるとすぐに天井が極端に低くなっていたが、なんとか馬車は入れた。


「キアラ、メイ、すまないけど、ここで待っててくれ」


 レオンが馬に語りかけると、主人の意を汲んだのか、2頭は低くいなないた。


 身軽になった一行は、一番近くの洞穴の前に着くと、レオンがプロテクトの呪文を唱え、全員の物理防御力を高めた。そして意を決して中へ入ったが、動物の骨が散乱しているばかりであった。


「出払ってるみたいだね」


 暴れたくてウズウズしていたリディアは、拍子抜けしたらしかった。口を尖らせて不満そうである。


 岩山伝いに次の洞穴に入る。今度は小鬼ゴブリンが躍り出てきたが、3匹だけで、レオンがすぐに斬り伏せた。


「せっかく新調したメイス、私も力を発揮したいんですがねぇ」


 破壊力のありそうな鋼鉄の打撃武器を、シャドウがパシパシと叩いた。


 3つ目、4つ目の洞穴にも大した数はおらず、すぐに片が付いた。そして、とうとう一際大きな5つ目の洞穴に到達した。天井が高く横幅もあり、存分に武器が振るえそうである。その時、中から数匹の小鬼ゴブリンが、ぞろぞろと出てきた。


「そーれ、突撃ぃ~!」


「あっ、リディア」


 レオンが引き留める前に、リディアは猛進した。入口付近の小鬼ゴブリンは薙ぎ払われ、腰の辺りで両断された。そのまま中へ突撃していき、刺したり斬った際に発する、形容しがたい鈍い音や、小鬼の断末魔の叫びが反響した。レオンたちも急いで追い掛ける。


 松明たいまつが壁の数ヶ所に設置されていたが、ヒカリゴケも繁殖しており、奥までうっすらと明るい。死体がゴロゴロと転がっているのがわかる。


「おやおや、出番は無さそうですね。彼女なら心配ないでしょう」


 足を止めたシャドウの発言に、レオンとエレナも立ち止まった。


「グオオォォォ!」


 突如、耳をつんざく凄まじい咆哮が響いた。リディアがこちらへ走ってくる。


「早く外へ逃げて! とんでもないのがいるよ! 早く早く!」


 リディアに促され、レオンたちも外へ出ると、洞穴の奥からズシン、ズシンと地響きを立てて、巨大なモンスターが出現した。


オーガだ! ここの小鬼ゴブリンたちの王だな!」


 身の丈はレオンの倍以上ある。右手に原始的な石の棍棒を持ち、褐色の肌をあらわにし、粗末な腰巻きだけを身に付けている。筋肉で盛り上がった太い腕から繰り出される一撃は、受け止める事は困難だろう。


「レオン! こいつとんでもなく硬い皮膚だ!」


 すでに中で何度か斬りつけたリディアであったが、浅い傷を何本か刻んだのみである。


「グオオオオオォォォォ!!」


 先程より長い咆哮が響き渡った。


「まずい。部下を呼んでいるのか? 湿地帯のリザードマンも駆け付けるかもしれない。早く倒さないと」


「あっ、レオ様あれは!」


 後方から、小鬼ゴブリンの群れが押し寄せてくる。西方の森林から、切り通しを経て戻ってきたらしい。さらに洞穴からも加勢が出てきた。レオンが危惧した挟み撃ちの状況に陥ってしまった。


 だが、レオンは魔法剣・太陽剣ソールブレードを抜いて構えると、魔力を込めた。剣が赤みを帯びていく。レオンの視線は、オーガの右目に注がれていた。

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