第19話 青き鎧の竜騎士
形を成さない雲がうっすらと広がる空に、一筋の煙が立ち上っている。その煙は、ブスブスと音を立てて燻っている民家のものであった。
小鬼やリザードマンなど、モンスターの死体があちこちに転がっていた。まさに死屍累々という表現がふさわしい光景である。手にした槍で最後の1匹を倒した騎士は、村の広場にある井戸から水を汲み、顔や鎧に浴びた返り血を洗っていた。
状況からして、この騎士が1人でモンスターの群れを片付けたのは間違いない。凄まじい槍さばきと身のこなしを目の当たりにしたレオンは、騎士に歩み寄った。少し遅れて、エレナとシャドウが続く。
鮮やかな群青色の鎧と兜。傍らには、直立してフワフワと浮かぶ槍。汗を拭きつつ、レオンたちの気配を察して、騎士が振り向いた。兜から覗く顔は、うら若い女性のものであった。
「…………。あら? あなたたちは、確か……」
「やはり、あの時の方でしたか。槍とその格好でわかりました」
レオンが微笑むと、女騎士も人懐っこい笑みを返した。その騎士は、港町ベルカンナポートの桟橋において、停泊する大型帆船の甲板で役人や兵士に追われ、レオンたちの目の前に飛び降りてきた密航者であった。
「いやぁ、はるばる西の大陸から来たんだけど、お金を節約するつもりで密航を……。安直な考えでした。あっ、私はリディア。あなたは?」
「僕はレオン。こっちは、エレナにシャドウ」
エレナが頭をペコッと下げて、挨拶しようとすると、シャドウがズイッと前に出た。
「リディアさん、失礼ですが……。雷光槍に、青竜鱗のドラゴンメイルとお見受けしました。伝説と謳われた武具を持つあなたは、竜騎士ということでよろしいですか?」
リディアはピクッとわずかに身動ぎ、大袈裟に驚いてみせた。
「物知りだねぇ。あなたの言う通りよ。まあ竜騎士って言っても、飛竜に乗って大空を飛び回るわけじゃないよ? ドラゴンを狩る者、ってとこかな」
(シャドウはよくそんなことまで知ってるな。まあ普通の槍ではないと思ったけど……。やはり只者じゃなかった。)
そこでレオンは、港町の酒場で情報屋から聞いた話を、ふと思い出した。
「……? では、西の大陸で町を襲撃したドラゴンを退治した、というのは、もしや……」
「あれっ? こっちにも話が伝わってるの? ひょっとして私って有名人?」
「あの~……。残念ですが、名前までは……」
嬉しそうなリディアに対して、エレナが言いにくそうに応えた。
「あっ、そういえば私、向こうで名前を名乗ってなかったわ」
とぼけた表情をするリディアを見て、レオンとエレナはクスクスと笑った。そんな様子を遠巻きにしていた村人たちの中から、1人の老人が出てきた。
「私はこの村の村長です。この度は助けて頂いて……」
「まぁまぁ、たまたま通り掛かっただけだから」
得意気な顔をして、槍の石突きで地面をドンッと鳴らすリディア。ばらばらと現れた村の子供たちが、すご~いだの、かっこいいだのと、周りで囃し立てる。
「ところで、モンスターの襲撃はよくあるんですか?」
「いや、こんな何十匹も大挙として襲って来たのは初めてで……。あの、その腕を見込んでお願いが……」
「あっはっは、何でしょうか?」
「ここから北、丘陵を越えた先の湿地帯と岩山の洞窟に、モンスターの住処があります。そこからやって来たに違いありません。最近、近隣でも被害が増えつつあります。何とか退治してもらえませんか?」
「それこそ、領主や冒険者ギルドに頼めばいいのでは?」
レオンが意見を述べると、村長はかぶりを振った。
「領主様は領内とはいえ、僻地の小さな村のために軍隊を動かしたりしません。また、ギルドに頼むような金もありはしません」
「うんうん、この華麗な竜騎士リディア様に任せなさい」
「おおっ、よろしいのですか!?」
「さすが竜騎士。困っている貧しい民のため、危険を顧みず無償で戦うとは」
「もちろん。私を誰だと……。はっ!」
すっかり御満悦のリディアは、うっかり承知してしまった。シャドウにも煽られて、タダ働きになりそうである。
(私としたことが、つい浮かれて……。先程のモンスター退治で、多少のお金を……。せめて食料でもと考えてたのにっ!)
「竜騎士様。あの一帯のモンスターは、総勢1000とも2000とも聞き及びますが、お気を付けて」
(げげっ? いくら私でも、その数は……。かといって、改めて断るなんて竜騎士の名に傷が……。)
直立不動で固まっていたリディアが、レオンたちの側へフラッとやって来て、
「折り入ってお話が……」
と、レオンたち3人を誘導し、村長から離れた。
「なんですか?」
「わかってるでしょう? もう引くに引けないの。あなたたち、まあまあ強そうだし。手伝ってよ、お願い! 竜騎士と一緒に戦ったって自慢出来るよ!」
「私はレオ様に任せます」
「右に同じく」
「ほらっ、お2人はこう言ってるし、あとはレオンさん次第よ!」
うるうると涙を溜めたリディアは、レオンの両手を握り締め、懇願した。
「いいですよ。これも人助けですし……。一緒に行きましょう。とりあえず、お互いさん付けは止めませんか」
「おおっ! ありがとう! わかった、これからはお互いに呼び捨てで」
瞳を潤ませて、リディアは感謝の言葉を述べた。そして平静を装って村長の所へ戻ると、
「いや~、あちらの3人がどうしても手伝いたい、と申しておりまして。特別に同行を許しました。モンスターなどすぐに全滅させ、この地に平穏をもたらしましょう。あっはっはっは!」
と、リディアは腰に手を当てて、高笑いを響かせた。
(まったく、見栄っ張りというか、お調子者だな。でも、仲間になれば心強い。)
レオンは少々呆れたが、一時的ではなく、正式に仲間になってもらいたい、と思った。
モンスターの襲撃で怪我を負った村人が、教会へと運ばれていった。司祭が治癒呪文で治療するのであろう。レオンは自分も手伝おうと、教会へ赴いた。
煙を吹く民家は、リディアが槍から飛ばした電撃で、焼け焦げたのが原因であった。その鎮火や、モンスターの死体を村の外へ運んだりしているうちに、午後になった。
「それでは出発しますか。リディア、後ろに乗って」
「えっ? もう行くの? せめて昼食とか……。」
「パンとかチーズならありますから。移動しながら食べましょう。こういう時、馬車は便利ですね」
エレナが手をさしのべて引っ張り上げ、リディアが荷台に乗り込んだ。レオンとシャドウが御者台に座り、村の北側から出発した。両側に畑が延々と広がる細い田舎道を、ガラガラと音を立てて馬車が進む。
やがて道は途切れ、なだらかな丘陵地帯に入った。木が点々と生えている他は、草地ばかりなので、さして問題なく走ることが出来た。草の上には車輪の轍が2本、線を引いたように跡が残っている。
「はい、どうぞ」
エレナがパンとチーズをリディアに渡そうとした。しかし、車輪が石に乗り上げ、荷台が大きく揺れた。エレナはパンを持つ左手に無意識に魔力を込めてしまい、発生した砂糖をたっぷりとまぶし、すりこんだパンをポン、と投げた形となった。
「あっ、砂糖を出すつもりはなかったのに」
「……。今のは何? エレナって魔法で砂糖が出せるの?」
「はい。ちなみに塩も出せます」
チーズとハムを受け取ると、リディアは迷わず砂糖まみれのパンを割り、それらを挟んだ。大口を開けて、ムシャムシャと頬張る。
「おっ? これはなかなかおつな味がするね」
「本当ですか? それなら私も…………。あ、意外に美味しい」
「でしょ? エレナ印の砂糖パンとして売り出せば? 私も一口乗っかりたい」
「嫌ですよ、そんなの~」
後部から聴こえる明るい笑い声に、レオンは安堵した。
(エレナとは仲良くやっていけそうだな。)
日が落ちて薄暗くなってからも、レオンは馬車の速度を落としたが止まる事はなかった。シャドウが魔法のランタンを掲げて前方を照らし、リディアは雷光槍を後方へ突き出し、ほのかな青白い光が流れていくのを視ていた。
やがて完全な闇夜となり、しばらく走った後に、ようやく馬車は止まった。
野営のために小さなテントを設置し、夕食の準備が始まる。
「いや~、満天の星空の下で食べるのも、いいもんだね」
出来上がった野菜スープを、勢い良く口の中へ掻き込んでいくリディア。
(……なんか、食い意地が張っている所はエレナに似てるな。)
「レーオーさーまー、なにリディアを凝視してるんですか? 私に似てよく食べるな~、とか……?」
エレナはレオンの頬を軽くつねった。
「痛っ、そ、そんなこと思ってないよ」
(エレナは僕の心が読めるのか? それとも単に勘が鋭いのか。)
「あれ? シャドウは?」
2人の様子は気にも止めず、リディアが訊ねた。
「先にテントで休んでるよ」
そう答えたレオンであったが、実はシャドウは闇に紛れて変身を解き、影となってレオンの首筋に潜っていた。この仕事以降、リディアが完全に仲間になるなら、シャドウについて語ろうとレオンは考えていた。
「ふ~ん、そうなんだ」
リディアはさっさと食べ終えると、欠伸をしてゴロンと寝そべった。
「ところでリディア。そもそも竜騎士って、どういう存在なんだい? 僕とエレナはよく知らないんだ」
「ん~、どうなんだろ? 私の家系は代々、この槍を受け継いできて、槍に認められた者が所有者として、まずはドラゴン退治の旅に出る。倒したドラゴンの鱗から鎧を作り出せたら、晴れて竜騎士と呼ばれる……。ちなみに、私は史上初の女性竜騎士なのよ」
「へ~っ、大したものですね」
素直に称賛するエレナであったが、リディアは自嘲気味に笑った。
「500年間、伝説の槍を守護し受け継いできた、と言えば聞こえはいいけど、記録や伝承が失われて、もはや竜騎士の存在意義は、私の一族にもわからないのよ。さあ、もう寝ましょう」
会話はそこで終わり、就寝することになった。テントと馬車で、男女別で寝る。事前にこれを1日交代制と決めており、初日はレオンがテント、エレナとリディアは馬車の荷台で眠りに就いた。
翌朝、レオンたちが起床し、朝食を終えて地図を眺めていた、ちょうどその頃――――――
北方街道を南へと向かう一行が、小さな港町レノに差し掛かっていた。御子の捕縛の任務を与えられ、隣国ボルダンから潜入してきた、クロード率いる特務部隊であった。
「ん? あれは……」
クロードが港町へと繋がる道へ曲がろうとした矢先、南から駈けてくる騎馬の姿が目に入った。全部で4騎。そのまま留まっていると、ほどなく先頭の騎馬がクロードの近くで止まり、後続の騎馬の男が紙を見せた。
「そこの者たち、この男に見覚えはないか?」
それは、レオンの手配書であった。
(むっ? 御子の手配書! それに、右手に持つ斧槍ハルバート……。すると……この女騎士が斧槍戦姫フランシーヌか!)
クロードとフランシーヌ、両者の視線が火花を散らし、激しく絡み合った。それは双方ともに、いずれ近いうちに刃を交えるであろう、という予兆だった。




