第17話 慌ただしき船出
「おはようございます、レオンさん。お迎えにあがりました」
早朝から、宿屋の前にはデールが控えていた。レオン、エレナ、シャドウ、それぞれに頭を下げる。レオンたちが発見した財宝の持ち逃げと、島への置き去りを図ったデールは、シャドウに阻止された。その行為を水に流してもらう代わりに、一行が町に滞在中は、無償で働く事を承諾したのである。
袋叩きに遭うか、最悪殺されてもおかしくなかっただけに、彼は文句は言えなかった。主に町の案内役と、様々な買い出しや荷物運び等の雑用をするよう言い渡された。さらに、各地の情報に精通した人物に心当たりはないか、とレオンに問われ、博打で知り合った情報屋を紹介する事になった。
まずは、先日レイラに教えられた、路地裏の奥にある珍品を扱う店を目指した。町の大通りから外れて路地へ入ると、段々と道幅は狭くなり、まるで迷路のように入り組んでいる。地図を頼りに進むと、ボロボロの家屋が目立つ一角に入った。
「この辺は貧民街でして、あまり治安は良くないです。気を付けて下さいよ」
「わかった。十分注意しよう。……もう近いな。この店、レイラの話だと、看板も出してないらしいが」
街角に立つ男が、ギロリとレオンたちを睨む。窓から様子を窺っている者もいる。
「なんでこんな所で商売してるんでしょうか?」
「おそらく、盗品や怪しげな商品を扱っているからでしょう」
唸り声を上げる野良犬を追い払いながら、シャドウがエレナの疑問に応えた。
それからほどなく、薄暗い路地の突き当たりに、その店はあった。レイラから聞いた通り看板は無く、黒く塗られた扉が目印になっている。
レオンが扉を数回叩くと、覗き窓が開き、ギョロッとした目の男がレオンを見詰めている。レイラの紹介だ、と告げると、男は鍵を外し黙って扉を開けた。
中は所狭しと雑多な商品が並んでおり、4人も入ると窮屈な感じは否めない。小さな窓からわずかに日光が入るだけで、まだ昼前なのにランプに火を灯している。
「初めてだね、お客さん。いらっしゃい。何をお探しかな」
老店主は恐ろしく無愛想であったが、レオンが商品について質問すると、意外と丁寧に説明した。
細長い小瓶に入った、赤や青に輝く液体。店主が調合した物で、赤は体力を、青は魔力を回復させる魔法薬だという。天井からぶら下がる、一見するとトカゲのような物体は、食べると魔力を高めるバジリスクの干物。年代物と思われる魔術書。呪いの儀式に使用される、金属製の器具や様々な動物の骨、などなど……。
レオンは旅に役立ちそうな物を次々と選び、カウンターに積まれていく。
「…………魔唱石はありますか?」
少し間を置いてから、おもむろにレオンが尋ねると、老店主はピクッと反応した。魔唱石戦争以来、取引が禁止されている、まさに禁制品である。だが、長年の経験からレオンが普通の冒険者ではないと見抜いたのか、奥から木製の小箱を持ってきた。中身は突起がある赤い石と、やや小振りな白い石が2つ。
レオンの魔法の指輪が、魔唱石に反応してかすかに光を帯びた。
「ヒッヒッヒ。これは滅多に手に入らない代物だ。先に選んだ物と合わせたら、金貨50枚は出してもらわんとね……」
金貨の詰まった袋を出すと、レオンは無造作に数えてカウンターに10枚ずつ積み上げた。合計70枚。庶民なら数年は暮らせる額である。
「これくらいで十分ですよね?」
平然と大金を支払うレオンに驚き、老店主はもっとふっかけるべきだった、と唇を噛んだ。
「ほらエレナ、魔唱石が……。ん?」
いつの間にか、エレナが店の隅で、何かに魅せられたように見入っている。それは髑髏を模した、禍々しく、いかめしい造りの物であった。かつては首飾りの一部だったのであろうか。
「レオ様、私これが欲しいです」
妖気さえ感じさせる物だけに、レオンは少し渋ったが、エレナは念導術に使える強力な遺物と判定したのだろうと考え、それも付け加えた。荷物は全てデールに持たせ、店を後にした。
その後、あちこちの店を回って、地図を何枚かと、保存食を買い込んだ。武器・防具店では、シャドウの戦闘力を高めるため、そのパワーを活かした打撃武器、重量感たっぷりのメイスを。レオンは西の大陸で生産された鋼のブーツに買い替えた。
荷物が大幅に増えたので、宿屋に預けたままの愛馬キアラを連れ出し、町の入口にある馬市と宿駅で上等の馬を1頭と、2頭立ての馬車を購入した。馬具の調整や整備などをしている間に、デールには情報屋を知る人物に連絡をさせて、夜にとある酒場で落ち合う事になった。
夕方になって馬車が引き渡され、宿屋へ再び預けて部屋へ一旦戻ると、レオンは腰の袋に仕舞っていた魔唱石の小箱を取り出した。
「今日はバタバタしてたからね。さて、この石はどんな力を与えてくれるかな。エレナはどうする? 赤い石がいいかい?」
レオンの問い掛けに応じず、エレナはどこか上の空であった。
「……エレナ? どうかしたの?」
「…………あっ、ごめんなさい。大丈夫です。それでは、私は小さいの2つで」
「そう? それならいいけど」
その時、シャドウが急に跪いた。
「ここ数日、変身したままでしたが……。どうやら限界のようですね。少し休ませてもらいます」
変身を解くと、シャドウは影になってレオンの首筋に潜り込んでしまった。
(結局、僕が寝ている間もずっと変身を……? 専用武器を買ったのも、これからは戦闘に積極的に参加するつもりなのか……。それはそれで有難いけど)
気を取り直して、レオンは赤い魔唱石をそっと掌に乗せた。突起がチクチクと刺激する。石はパアッと光を放つと、指輪の深緑の宝石に吸い込まれた。
「どうですか? レオ様」
「おおっ!」
両手を高々と挙げて、レオンは天を仰いだ。赤い光が全身から迸っている。
(す、凄い。レオ様の魔力が上昇しているのがわかる。)
光が消えると、レオンはフーッと深呼吸し、自らの手をパッパッと握ったり開いたりを数度繰り返した。
「これは……大きな力だ。とても力強い……。太陽剣と共鳴してるみたいだ……。火竜サラマンダーを召喚出来るぞ!」
「アクアドラゴンに続いて、サラマンダーまで……? レオ様はもう、熟練の精霊術士をも凌駕してます!」
「それじゃあエレナも」
2つの白い魔唱石をエレナが手に取ると、すぐに白い光となって腕輪の宝石に吸い込まれた。淡い光が全身を包んでいく。魔力の底上げと共に、1つの呪文の術式が頭に浮かんできた。
「新しく呪文を修得しました。……魔法の霧と幻影で相手を混乱させる、ミストです」
「おっ、ついにエレナも新たな呪文が。良かったね」
そこへ、デールが迎えにやって来た。もうすっかり外は暗くなっており、エレナは疲れが見えるので、このまま待機させ、レオンはデールと2人で酒場へと足を運んだ。シャドウはレオンの中で眠っている。
酒場では、情報屋の男が先に来て飲んでいた。レオンが情報料と酒代込みで金貨3枚渡すと、ナランジャと名乗ったその男は、喜んで各地の情報を話した。
「西の大陸は国家間の争いは無く基本的には平和だが、モンスターが多い。製鉄技術が高く、最近は優れた鋼を中央大陸に輸出しているが、魔法に関しては遅れている。珍しく1匹のドラゴンがある町を襲って暴れ、1人の騎士に倒されたらしい。その騎士は名も告げず、何処かへ消えたそうだ」
「この港町から王都までの大街道沿いは、平和そのものだが、北方街道を2~3日も行けば、モンスターの出現率は高い。湿地帯にはリザードマンの群れがいて、しばしば人を襲うそうだ。アンデッドがうろつく地域もあるとか? 村1つ壊滅したって噂がある」
「我らがエリクセン王国と国境を接する北西部のボルダン国とは、現在も頻繁に小競り合いをしている。我が国が領土奪還の準備をしているのを察知して、奴ら軍備を増強中だ。一番キナ臭い地域と言えるな。冒険者や傭兵も集まっている」
「北端の国アキシスは、我が国に通じる唯一の山道を封鎖して、固く閉じ籠っている。最近は情報が少ない」
「北東部の鉱山都市グリムガルは知ってるか? 12年前に謎の壊滅を遂げたんだが、国王の命でずっと厳重に封鎖されている。魔唱石の盗掘を防ぐ、って名目だが、変な噂が絶えない。山が鳴動しただの、時空が歪んでいて入ったら2度と戻れないだの、強力なモンスターが出没するだの……。何かとんでもない秘密があるのかもな」
「…………………………」
「………………」
その後の話の内容は、良く覚えておらず、レオンは付き合って飲んでいるうちに、酔っ払ってしまったらしい。気付くと、宿屋のベッドで朝を迎えていた。
レオンはエレナを起こしに行き、部屋へ呼んだ。シャドウによると、デールが部屋まで運んでくれたらしい。改めて3人で情報屋の話の内容を検討し、ボルダンとの国境地帯を目指す事になった。陸路を東へは戻らず、ひとまず船で2日ほど北上した、小さな漁村から北方街道を進む計画である。
往来する定期船など無いので、デールが宿屋の前にやって来るとその旨を伝え、最後の仕事として船の準備を急がせた。
シャドウはまたもや冒険者風の青年に変身し、部屋に保管していた宝箱を布に包んで、馬車へ積み込んだ。レオンとエレナも旅支度を整える。馬は嬉しそうであった。
「キアラ、ここ1週間はほとんど待機させてすまなかったね。新しい仲間であるこっちの馬と、仲良くしてくれよ」
レオンがそう言って撫でると、ブルルッと鼻を鳴らして応えた。全ての荷物を積み終えると、エレナとシャドウを先に出発させ、レオンは宿屋の精算を済ませた。
レオンは通りに出て背伸びをすると、もう1頭の黒毛の馬に名前を付けなければ、とボンヤリ考えていた。
そろそろ行くか、とレオンが思った瞬間、背筋がゾクゾクした。何か後方からざわめきがする。レオンがバッと振り返ると、往来の人々が自然と道を空けていた。その先から、女性を先頭に4人の男女が歩いてくる。
町行く人々は、黄色い髪をなびかせて歩く、先頭の女騎士の美しさもさることながら、その手に持つ長大な斧槍、ハルバートに目を見張った。どよめきや、声にならない溜め息が、あちこちでしている。引き連れている3人も、風貌や雰囲気が普通とは違っている。
王家が秘密裏に放った、国王の末娘、斧槍戦姫の異名を持つ、フランシーヌ率いる御子レオンの探索隊。それがついに追い付いたのである。
なにしろ、一方的にレオンを見初めて父王に結婚の許可を求め、探索を願い出たほどである。道端にいたレオンをいち早く認めたのは、むしろ当然と言えた。
「……!! 御子……いや、レオン殿っ! これぞ神のお導きっ! とうとう見つけましたぞ! さあ、共に王都へ帰りましょう」
「ひ、姫様……?」
レオンにとって、フランシーヌが追っ手として現れるなど、夢想だにしなかった。
「レオン殿、ここは大人しくしてもらおうか」
(近衛騎士団副長、聖騎士オルトス! 他の2人は……猟師と魔術師か?)
レオンはオルトスとは訓練場で面識があったが、レンジャーのグルカと、宮廷魔術師のシーラは初対面であった。
グルカはツツツッと滑るように移動し、逃げ道を塞ぎにかかり、シーラは水晶玉に魔力を注入して、眼前に浮かべた。すると、レオンは踵を返して、脱兎の如く逃げ出した。港へ向かって全速力で走る。フランシーヌたちも即座に追い始めた。
町の中央広場は人通りが多く、市場が開かれている。今日も各地の船乗りなど、多くの人が練り歩いていた。そこでレオンは、金貨や銀貨、なんとなく溜めていた銅貨・銅銭も含め、有り金の全てをあちこちにばらまいた。
「おーい集まれ! お金あげるぞ~っ、早い者勝ちだ~!」
あっという間に、大勢の人が金に群がり、奪い合いが始まった。
「くっ……どけっ!」
さすがに邪魔だからといって斬るわけにもいかず、フランシーヌたちは足止めを食らった。
漁港にレオンが到達した時、ちょうど馬車がデールの船に何とか積まれた所であった。走りながらレオンが叫ぶ。
「船を出せ~っ! 早く出すんだ!」
血相を変えて疾走するレオンの後方から、追い縋ってくる者がいる。生来の身軽さで、人混みの頭上や露店の屋根を翔てきた、グルカであった。一目見て状況を把握したシャドウは、デールに直ちに出港するよう命じた。船を係留するため、桟橋の金具へ固定していたロープを、慌てながらほどくデール。
「やむを得んな。姫様、お許しを」
レオンに怪我を負わせては、フランシーヌに叱責されるであろうが、逃亡を阻止する事が先決と考えたグルカは、レオンの足を狙って矢を放った。
船まであと少しの所で、レオンの足を矢が貫いた……と思われたが、その間にシャドウが割って入った。矢を体内に取り込み、グルカ目掛けて撃ち返す。
「な、何っ!?」
狙い済まして放った己の矢が、唸りを上げて飛来した。身を捻って躱したグルカであったが、弓の弦に当たり切れてしまった。
「バカな……奴は何者だ!?」
レオンとシャドウが飛び乗ると、船はゆっくりと動き出した。未だに呆然としているグルカの横を、やっと追い付いたフランシーヌが駆けていく。
「その船、待てーっ! 戻せーっ!」
桟橋から海へ飛び込まんばかりのフランシーヌを、オルトスが引き戻した。
「姫様、お止め下さい」
「やっと……やっとお会い出来たのに、逃げられるとは……。まさか、西の大陸へ?」
「姫様、あのような漁船で遥か外洋には出ないかと。おそらく北へ向かうのでしょう」
「シーラの申す通りです。急ぎ陸路で北へ。先回り出来るかもしれません」
すぐ動けそうな漁船は漁で出払っていた。フランシーヌは涙を飲んで、遠ざかる船を見送るしかなかったのである。




