第16話 発覚
暗礁地帯に囲まれたクラプラ群島に、海賊の財宝伝説を求めてやって来たレオンたち。いくつもの島を巡り、とある島の洞窟で宝箱を発見し、持ち帰る事に成功した。
宝箱にギッシリと金貨や宝石が詰まっているのを見て、一旦は腰を抜かしたデールであったが、改めて中身を確認するレオンたちの背後から、食い入るような目で覗き込んでいた。
「金貨だけでも2000枚はありそうだ」
「宝石や宝飾品を含めれば、更に倍は価値がありそうですねぇ」
「もう一生働く必要無いじゃないですか! 私……なんだか急に怖くなってきました」
今頃になって、その金額の大きさに喜びより恐れが上回り、エレナは身体をブルブルと震わせた。
両手で金貨を掬って、ジャラジャラと底から混ぜるような仕草を数回繰り返すレオン。すると、指に嵌めていた魔法の指輪が反応した。手の平の金貨を全て落とすと、吸い付くように楕円形の青い石が残った。それが青い光となって、指輪の深緑の宝石に吸い込まれていく。
「あっ、これは魔唱石ですね! レオ様の予感が的中しました」
指輪が元の状態に戻り、レオンが閉じていた目を静かに開いた。
「どうですレオン? 新たな能力の息吹を感じますか?」
「…………あぁ。閃いたよ。水竜、アクアドラゴンを召喚する呪文だ」
「ええっ? アクアドラゴンって、熟練の精霊術士じゃないと、使役出来ないはずですけど……」
「魔唱石の力って事だね」
「高位精霊であるほど、使役には精神力が必要で術者は無防備になります。レオン、使い所を間違えないようにして下さい」
力強く頷いたレオンの頬に、ポツッ、ポツッと水滴が当たった。
日中は晴れ渡っていた空が、鈍色の雲に覆われていく。サーッと雨が降り始め、風が吹き波も出てきた。
突然の悪天候に見舞われたため、ここは海の男、漁師デールの提案に従って、この群島で最初に停泊した島の入江に、避難する事になった。
「あんたらが船に戻った途端にこれだ。まさか噂の呪いじゃないだろうな? もう明日で3日目だし、契約満了だ。夜が明けたら帰港させてもらうぜ」
「わかった。この宝箱を発見しただけで十分だよ」
最初の島へ一直線に向かい、錨を下ろして入江に停泊すると、再び小船を降ろして上陸し、雨風を避けて森へと入った。すでに夕刻になり、辺りは薄暗くなっている。大きな布や皮を樹間に張り、簡易テントを作った。
火力の上がったエレナの魔法で火を起こして、服を乾かし、熱いお茶を飲んで、一行はようやく人心地ついた。
夕食は、エレナが鼻唄混じりに調理した野菜スープで簡単に済ませ、宝箱発見までの経緯を語った。デールは熱心に聞いていたが、シャドウが昨日に続いて、食事中に何も口にしないのを訝しんでいるようだった。
翌朝――すっかり雨は上がり、雲間から太陽が顔を覗かせた。柔らかな日射しが枝葉を通り、テント内へと降り注ぐ。
やがて、首だけを上げて周囲を見渡し、物音を立てないように、慎重にテントから這い出す者がいた。欲望で醜く顔が歪んだデールであった。
デールは砂浜に下りると走り出し、小船を海へ押し出すと、本船へと一心不乱に漕いだ。
「まさか、本当に宝を見つけるとはな! あれだけあれば、贅沢三昧出来るぜ! 悪く思うなよ、レオンさんよ」
レオンたちを島へ置き去りにし、宝を独り占めしようという魂胆だった。本船に移ると、船倉の扉を開けて、積み込んだ宝箱を確認し、ニヤニヤしながらバタンと閉めた。そして錨を巻き上げる作業に取り掛かった。
酒、女、博打……あらゆる欲望を満たす、これからの自分の姿を想像し、手に自然と力が入る。
「もう出発ですか?」
「おうよ! さっさと帰って……」
デールが驚いて首を回し、肩越しに背後を見ると、すぐ真後ろにシャドウが立っていた。
「げっ!? あ、あんたいつの間に! 寝てたのに、一体どうやって」
「こんな事だろうと思っていました。財宝を見る目が尋常ではありませんでしたので」
デールは得体の知れない相手に恐怖して尻餅をついた。後退りしたものの、すぐに追い詰められ、シャドウの手が伸びた――――
「レオン、エレナ、朝ですよ」
激しく揺り起こされた2人は、目を擦りながら上体を起こして背伸びをした。
「どうしたんだ」
「もう少し寝たいです~」
「……実はデールが宝を奪って逃走を企てましてね」
「ええっ!?」
2人は衝撃を受けて同時に声を上げた。慌てて砂浜へ行こうとするのを、シャドウが両手を広げて遮った。
「落ち着いて下さい。彼はすでに捕らえました。早朝テントから抜け出して行く時に、影に潜り込みましてね。彼は贅沢三昧をするんだ、と独り言を。そうそう、一応、レオンに対して一言詫びていました」
「……船に戻ろう。エレナ、出発の準備を」
珍しく怒りを押し殺した声で、レオンは淡々と荷造りを始めた。準備を終えて、シャドウが小船の櫂を漕いで本船へ乗り込むと、縄でぐるぐる巻きにされたデールが、甲板に転がっていた。レオンが胸ぐらを掴んで、乱暴に引っ張り起こす。
「どういうつもりだっ!?」
「あ、あんたらに恨みは無い。ほんの出来心だ。財宝なんか残ってないと思ってたんだよ! 俺はレイラと組んで……」
「なにっ、レイラ?」
「そ、そうだ。氷屋のレイラだよ! あの女が酒場で冒険者とかに財宝伝説を吹き込んで、俺に仕事を斡旋する。実際に、暗礁を抜けてここに来れるのは俺だけだ。高額な報酬を貰って、レイラにも多少分け前を渡す。収穫無く、ガッカリして帰って来た者たちを酒場に誘い、その顔を肴に酒を飲むのが、至福の一時らしいぜ。とんでもねぇ性悪女だ」
「姉様が、そんな……」
まだ信じられないのか、いや、信じたくないのか。エレナは様々な想いが交錯した。
「ほんのお遊びのつもりだったんだ。今回は財宝に目がくらんじまって……た、頼む、殺さないでくれ。女房と子供がいるんだ」
必死に懇願するデールの顔は、普段の豪快さは微塵も無く、レオンは哀れみを覚えた。
「……どのみち、帰るにはあんたの操船の腕が必要だ。危害は加えない。その代わりに、一緒にレイラの所へ来てもらう」
「わ、わかった」
レオンは縄を解いてやり、帰路に就いた。
半日の航海を経てベルカンナポートへ帰港すると、すっかり暗くなっていた。夜目の利くデールは、灯台の灯火を頼りに難なく帰り着いたのである。
桟橋に船を寄せると、この時間に入港して来たのを不審に思った領主の兵士が数人駆け付けた。しかし、デールとは顔見知りだったので、特に取り調べはなかった。
宝箱は布で覆って荷車に積み、デールに引かせてレイラの店へと真っ直ぐ向かった。
「開けろっ!」
店に到着するや、レオンが扉を何度も激しく叩いた。反応が無いので再び叩き始めると、中から声がした。
「うるさいわね! 今、開けるわ」
ガチャッと鍵を外す音がして扉が開くと、レオンたちはズカズカと入った。
「ちょっと! ……? ああ、レオンさん。エレナにデールまで。島から帰ったんですね。財宝は見つかったかしら? ハハハッ。どうしたんです? こんな時間にそんな剣幕で……」
そこへ、最後に入ってきたシャドウが、床に宝箱をドンッと置いた。振動がレイラに伝わり、相当な重量であることがわかった。レオンは黙って宝箱を開けた。
「こ、これは……」
「財宝はこの通り発見した。デールに奪われそうになったけど」
「えっ……」
レイラはデールをキッと睨み付けるが、デールは顔をそむけた。
「デールから全部聞いたよ。なかなか悪趣味だね。実の妹だろうがお構い無しか。成果が無かったら、僕らを酒場に誘ってたかい?」
「姉様、まだ信じられません。確かに口はちょっと悪いけど、そんな人を騙して、心の中で嘲笑うようにお酒を飲むなんて……」
ひきつった笑顔から、憮然とした表情に変貌したレイラは、しばらく沈黙していたが、にわかにブルブルと震えだした。
「なによ……なによ! エレナ、私は昔からあんたが嫌いだった。私も頑張ってるのに、母さんはあんたばかり気にかけて……。母さんが死んだ直後から、魔法が上手く発動しなくなったと知った時、正直いい気味だと思った」
レイラの青い瞳から涙が溢れて、床に落ちた。
「家を出てから3年振りに会ったら、相変わらず朗らかで優等生ぶってて……なんでよ……私とは……正反対……」
(初めてレイラに会った時の不安感は、これだったのか? もっと違う物かと思ったら、愛憎でひねくれた精神の持ち主とは……。)
崩れ落ちて泣き止まない姉を、エレナはそっと抱きしめた。
「ごめん、ごめんね、エレナァァァ」
「あなたは氷屋として、色んな方に感謝されてるようですし。心を入れ替えて、もう2度とつまらない遊びはしないことです。いいですね?」
嗚咽しながらも、レイラは首を何度も縦に振った。エレナはそんな姉の頭を優しく撫で続けていた。
この日は宿屋へと戻り、レオンたちの長い1日が終わった。あと数日はこの港町に滞在して、翌日からは情報収集と、レイラから聞いた珍品を扱う店を訪ねることにした。デールは、レオンたちの滞在中は案内役兼雑用係として、無償で働く事を承諾させられた。




