表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/87

第15話 財宝の眠る島

 まだ夜が明けきらぬ暗いうちに宿屋を出て、レオンたち3人がランタンを手に港へと急ぐ。待ち構えていた男の船に荷物を積み込むと、早暁、南西を目指して1隻の漁船が出港した。船を操るのは、レイラに紹介された腕利きの漁師、デールである。


 日が昇ると暖かな日射しが降り注ぎ、海面がキラキラと輝いた。波は穏やかで、帆が風をはらみ、船は順調に進んだ。


 前日、レイラが語った財宝伝説を聞いて即座に行動に移したレオンは、彼女の手書きの地図を片手に住民に聞き込みし、デールという男を探した。


 そこへ都合よくふらりと本人が現れたので、レイラの名前を出して、財宝が眠るというクラプラ群島への案内役として数日間雇いたい、と依頼すると、男はあっさりと引き受けたのである。30代半ばのその男は、金貨3枚だ、と高額な報酬の前払いを要求してきたが、レオンがあっさり支払うと、驚きながらも、目をギラギラとさせた。



「財宝伝説に飛び付くなんて、レオ様も案外、俗っぽいんですね」


「そうかな? お宝と聞けば胸が踊るものでしょ。それに魔唱石がありそうな予感がするんだ」


(レイラから早く離れたかった、なんて言えないな。上手く言えないけど、なんとなく不安を拭いきれないというか……。)


「魔唱石ですか? あるといいですね」


「レオンにも少年の心が残っていたんですねぇ」


「……僕は17だぞ? まだ少年だよ」


 そんな会話をしていると、徐々に波が出てきて船が揺れだした。人間の姿に変身してはいたが、元よりシャドウが船酔いなどするはずがない。だが、レオンとエレナは初めての船で平衡感覚が狂った。


「オェェー」


 波しぶきを存分に浴びながら、エレナが海へ乗り出して吐いた。レオンも気分は悪かったが、エレナが海へ転落しないように抑え、背をさすった。


「大丈夫かい? 甲板には吐かないでくれよ! ガハハハ!」


 舵輪に軽く触れながら大声で叫ぶと、デールは豪快に笑った。しばらく経つと、目的地クラプラ群島が水平線に望んだ。


 やがて船は、群島をぐるりと囲む暗礁地帯に入った。波間から所々、岩が見え隠れしている。この難所を、付近の海域を知り尽くしたデールは、巧みな操船で通り抜けていく。並みの漁師では座礁してしまう事は間違いなく、大型船では進入不可能である。


 ようやく危険地帯を抜けると、揺れも収まってきた。デールは程近い島の入江に、いかりを下ろした。そして積み込んでいた小船に全員が乗り換えて、砂浜に上陸した。


「ハァ……ハァ……。やっと着きましたね」


 荷物を小脇に抱え、島へと下り立ったエレナの顔は青ざめ、疲労困憊(こんぱい)であった。


「日が落ちるにはもう少し時間がある。僕は海岸沿いを調べてみるよ。エレナは休んだほうがいい。デールさんは火を起こしてくれますか?」


「おう、任せてくれ」


 よほど疲れていたのか、エレナは無言で布を敷くと横になり、スヤスヤと寝息を立てた。


「では私も周辺を探索してきます」


 正面のちょっとした斜面を登り、シャドウは小さな森へと消えていった。


 デールはのんびりと薪を集めて火を起こし、石を積んでかまどを作ると、膝まで海に入って釣りを始めた。そこは漁師の面目躍如で、短時間で数匹の釣果を得ると、意気揚々と戻った。


 だんだんと日が傾いてきた頃、レオンとシャドウが正面の森から揃って帰って来た。


「海岸から岩場を登ったんだけど、思ったより小さな島だね。特に何も無かったよ」


「小さな森を抜けましたが、見渡す限りなだらかな草地だけです。モンスターはおろか、小動物すら見当たりませんね」


「ここは空振りか……」


「まあまあレオ様。明日、別の島を探索しましょう」


 元気を取り戻したエレナが、せっせと食事の準備をしている。夕食は細枝に突き刺した焼き魚と、野菜のスープだった。


「いやぁ、エレナちゃんはいい喰いっぷりだね。釣った甲斐があるってもんだ。魔法使いらしいけど、得意なのはどんなのだい?」


 エレナはデールの眼前にスッと両手を出すと、手の平が光って塩と砂糖が溢れだし、それを軽くデールの顔にかけた。


「ぶわっ!? な、なんだこりゃ? ……塩と砂糖だって? これまたけったいな魔法だなぁ」


「あっ、出た。エレナの謎魔法が」


「そんなこと言うレオ様にも、えいっ!」


「わっ、ごめんエレナ。やめてくれ~」


 皆で笑っていると、デールはシャドウの様子が気にかかった。


「あれ? 食べないのかい?」


「えぇ。食欲がありませんので」


(シャドウには、食欲という概念すら無いよな。こういう時は不自然に見える。)


「彼は元々少食ですし、変わっている所があるので、気にしないで下さい」


「そうかい? ならいいんだけど」


 デールはそれ以上は何も訊かず、食事を終えるとさっさと寝てしまい、いびきをかきはじめた。ゆっくりとシャドウも火から離れて、ゴロンと寝転んだ。それを見届けたエレナが、声を潜めてレオンに耳打ちした。


(シャドウって1日中変身してたのに、レオ様の身体に戻らず寝ちゃうんですか?)


(う~ん、夜は近くに光源がないと形が保てない、って前に言ってたんだけど……。変身時は違うのかも。)


 2人は疑問を持ちながらも、改めて直接問う事にして就寝した。



 翌朝、目覚めるとシャドウの姿が無かった。レオンは小声で問い掛けたが、服の影にもいないのか、返事は無い。3人で手分けして探そうか、と話していると森から出てきた。


「すみません、ちょっと用を足しに」


(シャドウ……。そんな人間らしい台詞せりふまで?)


「なんだ、その辺ですればいいのによ」


 拍子抜けしたデールがホッと息を吐くと、入れ替わりにエレナが森へと入っていった。


 パンをかじって朝食を済ませると、一行は入江から引き揚げた。隣の島は人を寄せ付けぬ尖った岩山だったので素通りし、その先の平坦な島は、デールに垂直の崖ばかりで無理だ、と言われ上陸出来なかった。


 こうして、暗礁内に数十個点在する島々を、北側から進入した一行は右回りに調べていった。デールが過去、宝探しに雇われて調査済みの島は避けていると、とある島に小船で入れそうな洞窟があった。


「いかにも、って感じだな」


「この島は記憶に無いから、調べる価値はあるんじゃないかい?」


 デールの勧めもあり、小船を降ろすと、レオンがかいを持ち、水をかいて中へと入った。デールは本船に残った。


 奥へ進むにつれて日の光も届かなくなり、エレナが舳先へさきで魔法のランタンを点けた。光に照らされて浮かび上がる濡れた岩肌や、ゆらゆらと揺れる水面が不気味さを助長させる。冷たい水滴がポタッ、ポタッと落ちてきて、エレナのうなじから背中へと流れ落ちた。


「きゃっ、冷たい!」


「フフフフ……今にも何か飛び出してきそうですね」


「や、やめて下さい。先頭の私が真っ先に襲われるじゃないですか……あれ? 行き止まりですよ」


 エレナが正面の岩壁から左側にランタンをかざすと、1段上がった所に狭い横穴があるのがわかった。高さはあるが、何とか1人通れる位の横幅しかない。


「エレナ、ランタンを。ここは僕が先頭になろう」


 ロープを岩に引っかけて小船を係留すると、3人は横穴を進んでいった。間もなく、優に数十人は入れそうな開けた場所に出た。高い天井には穴が開いており、奥の壁に光が射し込んでいる。部屋のあちこちに人骨が散らばり、部屋中央に転がる髑髏どくろは、眼窩がんかから口へと、小さなヘビが這い回っていた。


「……この骨は、財宝を隠した海賊なのかっ!?」


「でも、お宝は無いみたいですね」


「もう持ち去られたのかな」


 残念そうにレオンが肩を落とすと、部屋の隅からカタカタッと小さな音がした。


「何の音ですか?」


「……! レオン、エレナ注意して下さい!」


 まるでシャドウの声を合図にしたかのように、散らばっていた骨が一斉に集合して立ち上がった。全部で5体。部屋の奥に退いた3人は出入口を塞がれた形となり、3方向から包囲された。それぞれ錆びたり、半分欠けた剣を手にしている。


「スケルトンか……エレナ、シャドウ、少しの間だけ足止めを!」


「はいっ! ……コールド!」


 手が震え、祈るような想いで呪文を唱えたエレナであったが、港町で購入した新たな魔法の杖『水晶の杖』が威力を発揮した。水晶の力で魔力が増幅され、多少はまともなレベルで呪文が発動したのである。これはエレナにとって久し振りの感覚だった。


 コールドの呪文を連発すると、氷の塊が複数発射され、3体のスケルトンを壁際へ吹き飛ばした。だが、この程度の威力ではさほどダメージは与えられず、すでに動き出している。


 シャドウは片手でそれぞれ2体の剣を抑え、レオンの様子をチラッと横目で確認し、スケルトンを突き飛ばしサッと退いた。


「……邪悪なる不死者の魂よ、安らかに眠れ! パージ!」


 レオンの人差し指が白く光り、空中に五芒星ごぼうせいを描くと、そこから清浄な光がスケルトンを包み込んだ。対不死者(アンデッド)用の神聖魔法である。魂は浄化され、ただの骨となって崩れ去った。


「やった! レオ様!」


「お見事です、レオン」


「2人が時間稼ぎしてくれたおかげさ。エレナも魔法が使えるようになって良かった」


 レオンがニッコリすると、エレナはポロポロと涙を流した。


「嬉しいです。私……これで戦闘でも少しはお役に立てます」


「泣かないで。……ほら、本船に戻ろう」


 デールの待つ本船に戻ると、何も無かったと告げて、次なる島へと出発した。


「あの島もまだ調べてないなぁ」


 ゴツゴツした岩礁が大部分を占める、岩肌剥き出しの小高い山だけの島であった。頂上付近のみ、草が生えているのがわかる。


「よし、行ってみよう」


 上陸出来そうな地点を探すと、比較的平坦な箇所があった。小船で寄せれば上がれそうである。再びデールを残して、レオンたちは島へ向かった。


 何とか上陸を果たすと、岩の切れ目が奥まで続いている所を見つけた。そこを進んでみると、少しずつ視界が開けて、やがてポッカリと空いた洞窟の入口が現れた。


 中は思ったより明るく、細かい穴や割れ目が海側に無数にあり、波の音が絶え間無く聴こえた。そこから海水も流入しており、足下は水溜まりだらけである。


「何も出ないといいんですけど……」


 キョロキョロとせわしなく、最後尾のエレナが周囲を警戒していると、ザザザザッと音がして、視界の隅に何かを捉えた。


「あれ? 今、なにか動いて……」


 なんとなく海側の壁を見ると、エレナは硬直した。びっしりと何かが張り付きうごめいている。次から次へと穴から湧いているのは、船虫であった。しかも通常の数倍の大きさがあり、ただでさえ嫌悪感が増しているのに、あろうことか襲い掛かってきた。目のようなモノが赤く光っている。どうやらモンスター化しているらしい。


「くっ……」


 レオンは次々と斬り飛ばしたが、魔法剣の力を発動させるいとまがない。シャドウは噛み付かれてもダメージなど受けないが、数が多すぎて踏みつけるにも限度がある。


「いや~っ! 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!」


 キレた(・・・・・・)エレナが、杖を振りかざした。


「ファイア! ファイア! ファイア! ファイア~!!」


 以前は小さな火がポンッと出るだけであったが、火の玉が飛び出して命中し、4回目の呪文は放射状に炎が広がって、多くの船虫を焼き払い、怯ませた。


「よし、下がって! ……ぜよ、ファイアボール!」


 レオンの魔力を受けて太陽剣ソールブレードが炎を発し、火球が船虫に当たると、爆発炎上した。間断なく数発放つと、ギーギーと奇妙な鳴き声を上げて、散り散りに逃げていった。


「もう大丈夫そうだな。エレナ、助かったよ」


「非常に良い連携攻撃でしたよ」


 レオンとシャドウは先へ歩き始めたが、エレナは留まって調子に乗り、呪文を連発していた。


「えいっ! ファイア! コールド! サンダーッ! ……痛たたっ!」


 最後のサンダーが壁で弾けると、飛び散った石がエレナの手の甲に当たり、切れて出血していた。石に混じって何かが落ちている。手の平に乗るほどの、小さな宝石箱らしかったが、中身は空であった。壁に穴があり、石で塞いでいたようだ。


「もう、なにやって……ん? 怪我してるじゃないか」


 戻ってきたレオンがエレナに手をかざして、治癒呪文ヒールを唱えた。みるみるうちに切り傷が消えていく。


「ご、ごめんなさい、レオ様。調子に乗りました」


 その時、エレナの魔法の腕輪にある宝石が黒く変色した後、元の深緑にフッと戻った事には、2人とも気が付かなかった。


 洞窟はその先で左へと湾曲し、波の音が遠ざかり、真っ暗であったので、魔法のランタンの出番となった。段々と高さも横幅も無くなり、圧迫感が出てきた。少し進むと小部屋のような空間が枝分かれしていて、まるでアリの巣のようである。


「何もないな。迷わないように目印を付けておこう」


 ガリガリと短剣で岩を削る。それを繰り返していると、広い部屋に行き当たった。天井にわずかな裂け目があり、部屋の真ん中に砂がうす高く積もって、そこへ光が射し込んでいる。レオンはグルッと壁を照らしてみたが、特に何も見当たらない。


「結局、ここもダメか」


 諦めかけた時、エレナが砂を蹴飛ばすと、硬い感触があった。手で掻き分けると、何かある。


「宝箱ですよ、レオ様!」


 興奮したレオンも協力し、シャドウも手伝うと、そこに現れたのは窪みに安置された宝箱であった。鍵は付いていない。


 生唾をゴクンと飲んだレオンがゆっくりと開けると――――


 目映まばゆい輝きを放つ宝石や、大量の金貨がギッシリと詰まっていた。


「…………やった!」


 しばし心を奪われて、口をポカーンと開けっ放していたレオンとエレナは、思わず手を取り合って踊った。


「でも、どうやって持ち帰りますか? かなり重そうですけど」


「ご心配なく」


 進み出たシャドウが、ガバッと持ち上げた。


「驚いたな。そんな力があるとは。ではシャドウにお願いしよう」



 船上で釣りをしながら待っていたデールは、3人が小船に宝箱を積んでいたので驚愕した。


「ま、まさか本当に見つけるとは……こりゃ大変だ!」


 シャドウが甲板に宝箱を投げると、デールは呆気に取られた。そして中身を覗くと、アワアワと腰を抜かした。だが、その目は欲望に満ち、異様な光を放ち始めていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ