第15話 財宝の眠る島
まだ夜が明けきらぬ暗いうちに宿屋を出て、レオンたち3人がランタンを手に港へと急ぐ。待ち構えていた男の船に荷物を積み込むと、早暁、南西を目指して1隻の漁船が出港した。船を操るのは、レイラに紹介された腕利きの漁師、デールである。
日が昇ると暖かな日射しが降り注ぎ、海面がキラキラと輝いた。波は穏やかで、帆が風をはらみ、船は順調に進んだ。
前日、レイラが語った財宝伝説を聞いて即座に行動に移したレオンは、彼女の手書きの地図を片手に住民に聞き込みし、デールという男を探した。
そこへ都合よくふらりと本人が現れたので、レイラの名前を出して、財宝が眠るというクラプラ群島への案内役として数日間雇いたい、と依頼すると、男はあっさりと引き受けたのである。30代半ばのその男は、金貨3枚だ、と高額な報酬の前払いを要求してきたが、レオンがあっさり支払うと、驚きながらも、目をギラギラとさせた。
「財宝伝説に飛び付くなんて、レオ様も案外、俗っぽいんですね」
「そうかな? お宝と聞けば胸が踊るものでしょ。それに魔唱石がありそうな予感がするんだ」
(レイラから早く離れたかった、なんて言えないな。上手く言えないけど、なんとなく不安を拭いきれないというか……。)
「魔唱石ですか? あるといいですね」
「レオンにも少年の心が残っていたんですねぇ」
「……僕は17だぞ? まだ少年だよ」
そんな会話をしていると、徐々に波が出てきて船が揺れだした。人間の姿に変身してはいたが、元よりシャドウが船酔いなどするはずがない。だが、レオンとエレナは初めての船で平衡感覚が狂った。
「オェェー」
波しぶきを存分に浴びながら、エレナが海へ乗り出して吐いた。レオンも気分は悪かったが、エレナが海へ転落しないように抑え、背をさすった。
「大丈夫かい? 甲板には吐かないでくれよ! ガハハハ!」
舵輪に軽く触れながら大声で叫ぶと、デールは豪快に笑った。しばらく経つと、目的地クラプラ群島が水平線に望んだ。
やがて船は、群島をぐるりと囲む暗礁地帯に入った。波間から所々、岩が見え隠れしている。この難所を、付近の海域を知り尽くしたデールは、巧みな操船で通り抜けていく。並みの漁師では座礁してしまう事は間違いなく、大型船では進入不可能である。
ようやく危険地帯を抜けると、揺れも収まってきた。デールは程近い島の入江に、錨を下ろした。そして積み込んでいた小船に全員が乗り換えて、砂浜に上陸した。
「ハァ……ハァ……。やっと着きましたね」
荷物を小脇に抱え、島へと下り立ったエレナの顔は青ざめ、疲労困憊であった。
「日が落ちるにはもう少し時間がある。僕は海岸沿いを調べてみるよ。エレナは休んだほうがいい。デールさんは火を起こしてくれますか?」
「おう、任せてくれ」
よほど疲れていたのか、エレナは無言で布を敷くと横になり、スヤスヤと寝息を立てた。
「では私も周辺を探索してきます」
正面のちょっとした斜面を登り、シャドウは小さな森へと消えていった。
デールはのんびりと薪を集めて火を起こし、石を積んで竈を作ると、膝まで海に入って釣りを始めた。そこは漁師の面目躍如で、短時間で数匹の釣果を得ると、意気揚々と戻った。
だんだんと日が傾いてきた頃、レオンとシャドウが正面の森から揃って帰って来た。
「海岸から岩場を登ったんだけど、思ったより小さな島だね。特に何も無かったよ」
「小さな森を抜けましたが、見渡す限りなだらかな草地だけです。モンスターはおろか、小動物すら見当たりませんね」
「ここは空振りか……」
「まあまあレオ様。明日、別の島を探索しましょう」
元気を取り戻したエレナが、せっせと食事の準備をしている。夕食は細枝に突き刺した焼き魚と、野菜のスープだった。
「いやぁ、エレナちゃんはいい喰いっぷりだね。釣った甲斐があるってもんだ。魔法使いらしいけど、得意なのはどんなのだい?」
エレナはデールの眼前にスッと両手を出すと、手の平が光って塩と砂糖が溢れだし、それを軽くデールの顔にかけた。
「ぶわっ!? な、なんだこりゃ? ……塩と砂糖だって? これまたけったいな魔法だなぁ」
「あっ、出た。エレナの謎魔法が」
「そんなこと言うレオ様にも、えいっ!」
「わっ、ごめんエレナ。やめてくれ~」
皆で笑っていると、デールはシャドウの様子が気にかかった。
「あれ? 食べないのかい?」
「えぇ。食欲がありませんので」
(シャドウには、食欲という概念すら無いよな。こういう時は不自然に見える。)
「彼は元々少食ですし、変わっている所があるので、気にしないで下さい」
「そうかい? ならいいんだけど」
デールはそれ以上は何も訊かず、食事を終えるとさっさと寝てしまい、鼾をかきはじめた。ゆっくりとシャドウも火から離れて、ゴロンと寝転んだ。それを見届けたエレナが、声を潜めてレオンに耳打ちした。
(シャドウって1日中変身してたのに、レオ様の身体に戻らず寝ちゃうんですか?)
(う~ん、夜は近くに光源がないと形が保てない、って前に言ってたんだけど……。変身時は違うのかも。)
2人は疑問を持ちながらも、改めて直接問う事にして就寝した。
翌朝、目覚めるとシャドウの姿が無かった。レオンは小声で問い掛けたが、服の影にもいないのか、返事は無い。3人で手分けして探そうか、と話していると森から出てきた。
「すみません、ちょっと用を足しに」
(シャドウ……。そんな人間らしい台詞まで?)
「なんだ、その辺ですればいいのによ」
拍子抜けしたデールがホッと息を吐くと、入れ替わりにエレナが森へと入っていった。
パンをかじって朝食を済ませると、一行は入江から引き揚げた。隣の島は人を寄せ付けぬ尖った岩山だったので素通りし、その先の平坦な島は、デールに垂直の崖ばかりで無理だ、と言われ上陸出来なかった。
こうして、暗礁内に数十個点在する島々を、北側から進入した一行は右回りに調べていった。デールが過去、宝探しに雇われて調査済みの島は避けていると、とある島に小船で入れそうな洞窟があった。
「いかにも、って感じだな」
「この島は記憶に無いから、調べる価値はあるんじゃないかい?」
デールの勧めもあり、小船を降ろすと、レオンが櫂を持ち、水をかいて中へと入った。デールは本船に残った。
奥へ進むにつれて日の光も届かなくなり、エレナが舳先で魔法のランタンを点けた。光に照らされて浮かび上がる濡れた岩肌や、ゆらゆらと揺れる水面が不気味さを助長させる。冷たい水滴がポタッ、ポタッと落ちてきて、エレナの項から背中へと流れ落ちた。
「きゃっ、冷たい!」
「フフフフ……今にも何か飛び出してきそうですね」
「や、やめて下さい。先頭の私が真っ先に襲われるじゃないですか……あれ? 行き止まりですよ」
エレナが正面の岩壁から左側にランタンをかざすと、1段上がった所に狭い横穴があるのがわかった。高さはあるが、何とか1人通れる位の横幅しかない。
「エレナ、ランタンを。ここは僕が先頭になろう」
ロープを岩に引っかけて小船を係留すると、3人は横穴を進んでいった。間もなく、優に数十人は入れそうな開けた場所に出た。高い天井には穴が開いており、奥の壁に光が射し込んでいる。部屋のあちこちに人骨が散らばり、部屋中央に転がる髑髏は、眼窩から口へと、小さなヘビが這い回っていた。
「……この骨は、財宝を隠した海賊なのかっ!?」
「でも、お宝は無いみたいですね」
「もう持ち去られたのかな」
残念そうにレオンが肩を落とすと、部屋の隅からカタカタッと小さな音がした。
「何の音ですか?」
「……! レオン、エレナ注意して下さい!」
まるでシャドウの声を合図にしたかのように、散らばっていた骨が一斉に集合して立ち上がった。全部で5体。部屋の奥に退いた3人は出入口を塞がれた形となり、3方向から包囲された。それぞれ錆びたり、半分欠けた剣を手にしている。
「スケルトンか……エレナ、シャドウ、少しの間だけ足止めを!」
「はいっ! ……コールド!」
手が震え、祈るような想いで呪文を唱えたエレナであったが、港町で購入した新たな魔法の杖『水晶の杖』が威力を発揮した。水晶の力で魔力が増幅され、多少はまともなレベルで呪文が発動したのである。これはエレナにとって久し振りの感覚だった。
コールドの呪文を連発すると、氷の塊が複数発射され、3体のスケルトンを壁際へ吹き飛ばした。だが、この程度の威力ではさほどダメージは与えられず、すでに動き出している。
シャドウは片手でそれぞれ2体の剣を抑え、レオンの様子をチラッと横目で確認し、スケルトンを突き飛ばしサッと退いた。
「……邪悪なる不死者の魂よ、安らかに眠れ! パージ!」
レオンの人差し指が白く光り、空中に五芒星を描くと、そこから清浄な光がスケルトンを包み込んだ。対不死者用の神聖魔法である。魂は浄化され、ただの骨となって崩れ去った。
「やった! レオ様!」
「お見事です、レオン」
「2人が時間稼ぎしてくれたおかげさ。エレナも魔法が使えるようになって良かった」
レオンがニッコリすると、エレナはポロポロと涙を流した。
「嬉しいです。私……これで戦闘でも少しはお役に立てます」
「泣かないで。……ほら、本船に戻ろう」
デールの待つ本船に戻ると、何も無かったと告げて、次なる島へと出発した。
「あの島もまだ調べてないなぁ」
ゴツゴツした岩礁が大部分を占める、岩肌剥き出しの小高い山だけの島であった。頂上付近のみ、草が生えているのがわかる。
「よし、行ってみよう」
上陸出来そうな地点を探すと、比較的平坦な箇所があった。小船で寄せれば上がれそうである。再びデールを残して、レオンたちは島へ向かった。
何とか上陸を果たすと、岩の切れ目が奥まで続いている所を見つけた。そこを進んでみると、少しずつ視界が開けて、やがてポッカリと空いた洞窟の入口が現れた。
中は思ったより明るく、細かい穴や割れ目が海側に無数にあり、波の音が絶え間無く聴こえた。そこから海水も流入しており、足下は水溜まりだらけである。
「何も出ないといいんですけど……」
キョロキョロとせわしなく、最後尾のエレナが周囲を警戒していると、ザザザザッと音がして、視界の隅に何かを捉えた。
「あれ? 今、なにか動いて……」
なんとなく海側の壁を見ると、エレナは硬直した。びっしりと何かが張り付き蠢いている。次から次へと穴から湧いているのは、船虫であった。しかも通常の数倍の大きさがあり、ただでさえ嫌悪感が増しているのに、あろうことか襲い掛かってきた。目のようなモノが赤く光っている。どうやらモンスター化しているらしい。
「くっ……」
レオンは次々と斬り飛ばしたが、魔法剣の力を発動させる暇がない。シャドウは噛み付かれてもダメージなど受けないが、数が多すぎて踏みつけるにも限度がある。
「いや~っ! 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!」
キレたエレナが、杖を振りかざした。
「ファイア! ファイア! ファイア! ファイア~!!」
以前は小さな火がポンッと出るだけであったが、火の玉が飛び出して命中し、4回目の呪文は放射状に炎が広がって、多くの船虫を焼き払い、怯ませた。
「よし、下がって! ……爆ぜよ、ファイアボール!」
レオンの魔力を受けて太陽剣が炎を発し、火球が船虫に当たると、爆発炎上した。間断なく数発放つと、ギーギーと奇妙な鳴き声を上げて、散り散りに逃げていった。
「もう大丈夫そうだな。エレナ、助かったよ」
「非常に良い連携攻撃でしたよ」
レオンとシャドウは先へ歩き始めたが、エレナは留まって調子に乗り、呪文を連発していた。
「えいっ! ファイア! コールド! サンダーッ! ……痛たたっ!」
最後のサンダーが壁で弾けると、飛び散った石がエレナの手の甲に当たり、切れて出血していた。石に混じって何かが落ちている。手の平に乗るほどの、小さな宝石箱らしかったが、中身は空であった。壁に穴があり、石で塞いでいたようだ。
「もう、なにやって……ん? 怪我してるじゃないか」
戻ってきたレオンがエレナに手をかざして、治癒呪文ヒールを唱えた。みるみるうちに切り傷が消えていく。
「ご、ごめんなさい、レオ様。調子に乗りました」
その時、エレナの魔法の腕輪にある宝石が黒く変色した後、元の深緑にフッと戻った事には、2人とも気が付かなかった。
洞窟はその先で左へと湾曲し、波の音が遠ざかり、真っ暗であったので、魔法のランタンの出番となった。段々と高さも横幅も無くなり、圧迫感が出てきた。少し進むと小部屋のような空間が枝分かれしていて、まるでアリの巣のようである。
「何もないな。迷わないように目印を付けておこう」
ガリガリと短剣で岩を削る。それを繰り返していると、広い部屋に行き当たった。天井にわずかな裂け目があり、部屋の真ん中に砂がうす高く積もって、そこへ光が射し込んでいる。レオンはグルッと壁を照らしてみたが、特に何も見当たらない。
「結局、ここもダメか」
諦めかけた時、エレナが砂を蹴飛ばすと、硬い感触があった。手で掻き分けると、何かある。
「宝箱ですよ、レオ様!」
興奮したレオンも協力し、シャドウも手伝うと、そこに現れたのは窪みに安置された宝箱であった。鍵は付いていない。
生唾をゴクンと飲んだレオンがゆっくりと開けると――――
目映い輝きを放つ宝石や、大量の金貨がギッシリと詰まっていた。
「…………やった!」
しばし心を奪われて、口をポカーンと開けっ放していたレオンとエレナは、思わず手を取り合って踊った。
「でも、どうやって持ち帰りますか? かなり重そうですけど」
「ご心配なく」
進み出たシャドウが、ガバッと持ち上げた。
「驚いたな。そんな力があるとは。ではシャドウにお願いしよう」
船上で釣りをしながら待っていたデールは、3人が小船に宝箱を積んでいたので驚愕した。
「ま、まさか本当に見つけるとは……こりゃ大変だ!」
シャドウが甲板に宝箱を投げると、デールは呆気に取られた。そして中身を覗くと、アワアワと腰を抜かした。だが、その目は欲望に満ち、異様な光を放ち始めていた。