第14話 氷屋レイラ
家族の思い出の地である最果ての港町の氷屋にて、思わぬ形で姉レイラとの再会を果たしたエレナ。ことさら喜ばしい出来事のはずなのだが、レオンは一抹の不安を感じていた。
小柄なエレナに対して、レイラは長身で、レオンとあまり変わらない。青い瞳に切れ長の目。すらりと長い手足。空色の長い髪は、腰まで届きそうだった。
(姉妹といっても、あまり似てないな。)
レイラに対するレオンの第一印象は、これであった。
「姉様が家を出てからもう3年になります。久し振りですね。しかもこんなお店をやってるなんて」
「もうそんなに経ったかぁ……。あ、ごめん、エレナ。積もる話はあるけど、仕事が立て込んでるから、午後にまた来てくれる?」
「あ、こちらこそ仕事の邪魔してごめんなさい。では、また後で」
他に客も居たので、挨拶もそこそこに出直す事になり、レオンは軽く会釈だけして去った。
時間を潰すため、レオン・エレナ・シャドウの3人は、大型帆船や商船が停泊する港の桟橋へと、観光気分で歩いていった。港へ近付くと、また新たな船が入港したのであろう、逞しい船乗りたちとすれ違った。真っ昼間から、娼館の3~4階の窓が開き女たちが嬌声を上げ、客引きが1階の酒場へと誘う。
空は抜けるように青く、海鳥の鳴き声が聴こえてきた。
「本当にびっくりしましたよ~。こんな所で姉様に会えるなんて」
「飲み物に氷を入れるなんて、エレナと発想が同じだな、とは思ったけど……。まさか話に聞いた氷屋が、お姉さんとは。やっぱり相当な魔法の使い手なの?」
「それはもう……。私が魔法を上手く発動出来なくなった時は、散々バカにされました。私は、地・水・火・風の四大系統をまんべんなく学びましたが、姉様は水と風に特化して……3年前には、水系統の最上位呪文も習得していました」
「まだ若いのに、大したものです」
昨日に引き続き、どこにでもいそうな普通の青年に変身したシャドウが、素直に褒め称えた。
「姉様は5歳上ですから、現在20歳です。私も天才を自称してましたけど……確かにかなり凄い事だと思います。母様の指導のおかげでもありますけど」
「へーっ、エレナのお母さんはかなり優れた魔術師だったんだね」
「…………はい。もう少し長生きして欲しかった。もっとたくさん教わりたかった……」
伏し目がちになったエレナを見て、レオンはまた思い出させてしまった、と反省して強引に話題を変えた。
「ところで、シャドウのその姿は誰なのさ? 見覚えがないんだけど。知らないうちに、着々と変身の手持ちを増やしてるなぁ」
「あまり目立たない人物に変身したつもりですが、お気に召しませんか?」
「まあ別に構わないけどさ」
3人は町の大通りから波止場へ出て、昨日とは反対に港の東側へと進んだ。巨大な桟橋が連なり、多数の船舶が停泊している。右側には交易商や各地の大商人の物と思われる、大きな倉庫が立ち並んでいた。
「久方振りの陸だぜぇ」
「今日はとことん飲むぞ!」
「おっ? 可愛いお嬢ちゃんだな。俺たちに酌してくれよ」
エレナをからかってゲラゲラと笑いながら、真っ赤に日焼けした男たちが町の中心へと流れていく。
「ああいった手合いを相手にしてたら、キリがありませんよ」
「わ、わかってますよ」
やがて一際大きな帆船が見えてきた。徐々に近付くと、大勢の男たちが荷揚げを終えて休んでいたが、しきりに船上を気にしている。
「こんな大きな船があるんですね!」
つい先程までの沈んだ表情は消え失せ、エレナは愉快そうであった。この切り替えの早さが、彼女の長所である。
3人がその存在感に圧倒されて船を見上げていると、何やら船上が騒がしく、何者かを追いかけているようであった。船員に混じって、町の兵士もいる。どうやら捕物らしい。
「密航者め! もう逃げ場は無いぞ!」
「おとなしく縄を受けろ!」
舳先に追い詰められた者が、桟橋にいるレオンの方へ何かを投げた。それは青白い光に包まれた槍であった。レオンが数歩飛び退くと、槍は地面すれすれで平行に止まり、穂先をゆっくりと上に向けた。陽光が反射し、キラッとまぶしく光った。
「何だ? この槍は……」
「はぁっ!」
その密航者が、掛け声と共に舳先から飛び降りた。優に民家の3階程の高さはあったが、槍の真横にフワリと着地した。頭をすっぽりと被っている兜から覗く顔は、若い女性のものであった。
身に着けているのは、手の平ほどの大きさのウロコが貼り付けられた群青色の鎧で、素人目にも逸品と分かる見事な代物だった。
「驚かせちゃったかな? ごめんね」
呆気に取られているレオンとエレナを尻目に、その女性はニッと笑うと、フワフワと宙に浮かんでいた槍を掴み、風のように走り去った。船上から、船員や兵士たちが身を乗り出して喚く声が、虚しく響き渡った。
「槍、鎧……そして身のこなし。只者じゃないな」
「あの白銀のブーツ、浮力を与える魔法の装備だと思います」
(あれはまさか……ドラゴンメイルでしょうか? それにあの槍は……とすると彼女は……。)
あれこれと話し合う2人の驚きをよそに、シャドウは眼光を鋭くし、女の消えた方角を見やった。
レオンたちは幾つかの桟橋を巡ってから、引き返して軽い昼食を摂った。その席で、レオンはレイラに自らの素性を明かさない、と宣言した。シャドウは賛成し、エレナは何か言いたげだったが、黙って頷いた。
シャドウは人目につかない場所で、厚手の革の服をまとった冒険者風の装いに姿を変えた。頃合いを見計らって再びレイラの氷屋を訪ねると、扉には閉店の札が掛かっている。恐る恐る中へ入ると、すぐにレイラが出迎えて店の奥へと案内した。
奥の部屋は小さな円卓に粗末な椅子が4つと、あまり使われた形跡のない台所があった。上の階で寝泊まりしているらしい。
レイラがお茶を運んできて全員が席に着くと、レオンのほうから挨拶した。
「先刻は失礼しました。私はレオン。こちらはシャドウ。ふとした縁で、エレナと旅を共にしています」
「そうでしたか。私はレイラ。エレナの姉で、この店の主です」
「姉様、魔法で氷を大量に生成して、商売にしてるんですね? こんなお店を構える元手があったんですか」
「それは博打で巻き上げ……ゴホンッゴホッ、い、1年ほど冒険者ギルドで稼いだのよ」
「そうなんですか。…………それにしても、なぜ私を置いて家を出ていったんですか? 今まで便りの1つもくれないし」
スッとレイラは真顔になったが、急に砕けた感じでレオンに愛想を振りまいた。
「レオンさんは冒険者? 旅はいいですよねぇ。私もついていきたいけど、店とお客さんを放り出すわけにはいかないな~」
「ははっ、残念ですね」
「姉様?」
「私も色々あったのよ。あんたこそ、魔法はちゃんと使えるようになったの?」
「ま、まだ上手く発動しません……」
やれやれといった感じでレイラが頬杖をつくと、エレナも真似をしてテーブルに肘をつき、横目で姉に反撃した。
「姉様こそ、料理は未だにダメダメみたいですね」
エレナはチラッと台所に視線を移し、整然としてあまり使われた形跡が無いのを見て、勝ち誇った顔をした。
「う、うるさいわね! 安くて美味しい店が近くにいくつもあるんだから、いいのよ! そういうあんたは、ちっとも背が伸びてないじゃない。胸も洗濯板のままかしら?」
カッとなったエレナは、テーブルを両手でバンッと叩いた。
「そ、それは3年前の話でしょう? ちゃんと成長してます!」
ローブをはだけて胸を張るエレナと、普通に座るレイラ……。レオンは無意識に、姉妹の胸を交互に見比べてしまった。レオンは目頭を押さえて、軽く頭を振った。
「2人とも落ち着いて。せっかく再会したのにケンカしてどうするんです? ……レイラさん、この町で珍しい品を扱う店とか、何か変わった話や人物……噂話でもいいです。教えてくれませんか?」
「ん~っ、そうですねぇ……」
紙とインク、羽根ペンを持ってきたレイラが、町の簡単な地図を描き、何ヵ所かに印とメモを書き添えた。
「この路地裏の奥……。突き当たりに、風変わりな品ばかりを扱う店があります。看板はありませんが、黒い扉が目印です」
「それは是非とも行かなければ」
「財宝伝説とか興味あります? 船で半日ほどの場所に、クラプラ群島っていうのがあって、いくつかの島に海賊の財宝が眠ってる、って話。暗礁地帯が多くて危険なうえ、モンスターが巣食い、おまけに呪われるって噂です。それでも何人かは宝を持ち帰ったらしいですが、まだまだ残っているのは間違いありません」
「呪いなんて僕は恐れませんよ」
「興味深いですね。レオン、行ってみましょう」
シャドウが腕組みをしながら、目を閉じてつぶやいた。
「無事に島に渡れるでしょうか?」
不安そうに顔を曇らせるエレナ。
「この辺にデールっていう、私が知る限りでは最も腕の良い漁師がいます。彼なら島まで案内出来ますよ。お金は弾まないと引き受けないでしょうけど……」
「それなら問題ありません。さっそく頼みに行きます」
慌ただしく席を立つレオンに、レイラは地図の補足説明をした。
「あと、ここの酒場は各地の船乗りとかが集まるから、色んな話が聞けると思います」
「どうもありがとうございました。また来ますので。エレナはここで待っていて」
レオンとシャドウは店を出ていった。エレナは迷っていたが、後を追う事にした。
「姉様、戻ったらまた顔を出しますから」
「………………」
だんだん小さくなるエレナの後ろ姿を、レイラは冷たい眼差しで見送った。すると間もなく、細い路地から1人の男が現れた。レイラが目配せをすると、ニヤッと笑い、足早に去っていった。




