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第13話 港町ベルカンナポート

 ようやく大街道の西の終点、ベルカンナポートに辿り着いたレオンたち。さすが中央大陸最大の港町だけあって、大変な賑わいを見せていた。


 世界各地から船で運ばれてくる物産の集積地、貿易の一大拠点として大いに繁栄し、広大な湾内に多数設置された巨大な桟橋には、大型帆船が毎日のように入港している。また、近海は豊かな漁場で知られ、湾内の西側から南にかけて広がる漁港には、毎日多くの海産物が水揚げされており、水産業の店が集まっていた。


 新鮮な魚介類を食べたい、とエレナに強く促されたレオンは、宿屋にキアラと荷物を預けた後、町の中央通りを引っ張られるように進んだ。波止場に突き当たり、西側の漁港の方へ行ってみると、すでに午前中に漁は終わっており、市場には見たこともない多種多様な海産物が山と積まれていた。


「ほらほらレオ様、色んなお魚がいっぱい! それにイカ、タコ……あっちにはあんなに大きなエビが! どれも美味しそうです。目移りしちゃいますねぇ」


「海の魚って大きいんだな。故郷の川魚とは大違いだ。エレナに任せるから、好きなのを選んでよ」


 レオンが銀貨を1枚渡すと、エレナは嬉々として買い物を始め、いつの間に用意したのか、魚の口に丈夫なひもを次々と通して肩からぶら下げた。さらに手提げのかごまで購入し、商品を放り込んでいる。


 しばらく市場をぶらぶらと適当に見て回っていたレオンは、後ろからエレナに呼び止められた。


「ハァハァ……レオ様、あそこの店で調理してくれるみたいですよ。半分持ってください」


 そこには、よろけるほど大量の食材を抱えたエレナがいた。


「……ひょっとして銀貨1枚分も……? それは買いすぎじゃないかな、あははっ……」


「何を言ってるんですか? これが楽しみで来たんですよ! 久し振りの海の幸です。食べられる時に、思いっ切り食べないと! さぁ行きましょう」


 魚と大きなエビをレオンに持たせると、エレナはズンズンと店へ向っていく。しかも、入るやいなやかごをカウンターにドンッと置き、


「お任せで調理お願いします! あのお魚とエビも!」


 と、レオンを指して注文した。慌てたレオンは即座に止めた。


「食べ切れるわけないでしょ! 半分は残して、今夜のおかずに宿屋に持って帰って調理しよう。すぐこの町を発つわけじゃないし、また来ればいいじゃないか」


 む~っ、とエレナは不満そうな声を漏らしたが、しぶしぶ承知した。


 魚のほとんどとエビの調理を頼むと、2人はテーブルに着いた。昼時だけあって、そこそこ席は埋まっている。ほとんどが地元の漁師らしかった。


 何気なく2人が外を見ていると、荷馬車が停まった。どうやら行商人が大量に魚を買い付けに来たらしく、市場の店主と挨拶を交わし、せっせと大きな木箱に移している。行商人の連れの少年が手伝っていたが、箱を1つ落として何かがこぼれた。


「あれは……氷かしら?」


 少年が怒られている光景をぼんやりと見ながらエレナがつぶやくと、隣のテーブルの男が得意気に語りだした。


「そうだよ。何年か前に『氷屋』が出来てね。最初は珍妙な商売を始めるヤツがいるもんだ、と思ったさ。ところがその氷屋ってのが若い姉ちゃんで、魚の運搬に使うと鮮度が保てる、って提案されてよぉ。試してみたら言う通りでね。おかげで加工しなくても、今までより遠方まで行商人が売りに行くようになったんだ」


「塩漬け、酢漬けばかりじゃ味気ないですしね」


「おぉよ。しかも溶けにくいし、安いときてる。どうやってあんなに大量に作ってるのかわからねぇが、ありがたいね。しかも飲み物に入れると、冷えて美味い、とも言われて……こうしてビールにも入れてるぜ」


 男は木製ジョッキのビールをゴクゴクと旨そうに飲み干した。


 やがて、塩茹でされたエビと、野菜と海藻のサラダが運ばれてきた。エビはレオンの肘から指先ほどの大きさがあり、殻を剥くと身がギッシリと詰まっている。


「ん~~っ、美味しい~っ!」


 エレナは一口食べた後、頬を膨らませるほどにエビにかぶりつくと、すぐに平らげてしまった。そこからは魚料理のオンパレードになった。焼く、煮る、油で揚げる、蒸す……テーブルをところ狭しと料理が並べられ、とても2人で食べる量とは思えない。周囲の客はおろか、レオンも目を丸くした。


「こ、これでもちょっと多過ぎたんじゃない?」


 そんなレオンの心配や周囲からの視線もどこ吹く風で、エレナは平然と食べ進めた。


(エレナって小柄な割には食い意地が張って……良く言えば食欲旺盛だな。僕は良く食べるは好きだけど、これは……。いや、むしろ元気があって可愛いかも。)


 レオンが手も口も止めて自分を見ているのに気付いたエレナは、少しはにかんだ笑顔になった。


「ほーかひまひたか、レオしゃま?」


 エレナは口一杯に頬張りながら答えたが、発音がはっきりしなかった。


「そんなに食べながら話さなくていいから……」


 レオンが半ば呆れながら、ハハハッと愛想笑いをして食事を再開すると、シャドウが耳元でささやいた。


(レオン……後ろを見て下さい。)


 レオンが何事かと頭を回すと、そこには2人の幼い子供が指をくわえて立っていた。7~8歳の男の子と、5歳位の女の子である。


「兄妹かな?」


 レオンが優しく問い掛けると、2人はコクンとうなずいた。そして物欲しそうに料理を凝視している。


「どう? 一緒に食べない? ここに座って」


 それ以上は何も聞かず、レオンは席に座るよう促した。幼い兄妹はパッと明るくなり、いいの? いいの? と連呼しながらレオンにしがみついた。


 そんなレオンの、見ず知らずの子供に対する優しい態度にエレナも少し罪悪感が芽生えたのか、いいですよ、とニッコリ笑った。


 その後、あらかた料理を食べ尽くすと、魚のアラから作ったスープを飲み、食後のデザートに市場から山盛りのフルーツも調達して、4人は満腹になった。レオンは店を出ると、兄妹に銅貨数枚の小遣いまであげて帰してやった。


「お兄ちゃんお姉ちゃん、お小遣いまでありがとう! ごちそうさま!」


 キャッキャッと飛び跳ねるように去っていく兄妹の後ろ姿を、レオンは悲哀の眼差しで見送った。


「あの子たちの親は……ちゃんと食べさせてないのだろうか」


「それは……でも、ここまてしてあげるなんてレオ様は立派です。……ゲプッ」


 エレナは、かあっと顔が真っ赤になった。


「ゲエッ」


 レオンの口から、故意に捻り出したかのような音が漏れた。


「いやぁごめんごめん。やっぱり食べ過ぎたみたいだ」


 そう言って先に歩き出したレオンの後を、エレナがうつむきながら続いた。何も聞こえなかったように振る舞うレオンに感謝した。


 残りの食材を宿の厨房に預け、再び町へ出た2人は、色々な店を回ることにした。シャドウは何の変哲もない青年の姿に変身してついてきた。


 ここまでの旅で、途中で洗濯はしたものの、服や肌着は汗とほこりにまみれている。まずは服屋で贅沢に一新し、肌着の替えも何枚か購入する事にした。


 やはり年頃の女の子だけあって、エレナは色とりどりの服や、飾られているドレスに目を奪われたが、旅の事を考慮して諦め、動きやすい物を選んだ。


「マリポーサ舶来品店? 高級品が揃ってるのかな」


 服屋の先に、きらびやかな外装の店があった。軒先には花に止まる蝶の看板が掲げられている。


 3人が入店すると、全身を遠慮なく見定めて、店主は露骨に顔をしかめた。


「ちょっとお待ちを。当店の品は高いですよ」


「レ、レオ様、出ましょうよ……」


 物怖じしたエレナがレオンの腕を引っ張ったが、背後にいたシャドウが、金貨の詰まった袋をチラリと店主に見せた。


「……! ……これはこれは失礼しました。わたくし当店のあるじ、マルコと申します」


 エレナは路銀をずっと支払ってもらいながら、レオンがどれほど所持金があるかは知らなかったので、なぜ店主が態度を一変させたのか理解出来なかった。


 大きな壺や皿、ポットなどの陶磁器。細やかな彫刻が施された銀食器一式。金細工の宝飾品。各種宝石類。タンスや椅子、化粧台その他の家具調度品……。エレナが値札を恐る恐る確認すると、目玉が飛び出そうになった。


「……金貨10枚? こっちは20枚…………ひえっ、このタンスは100枚!? わ、私は金貨すら持ったことないのに~」


「レオン、どれも素晴らしい逸品ですが、旅の役には立ちません」


「そうか……でも目の保養にはなったね」


 舶来品店の次は、ふらっと武器屋へ入った。レオンはエレナのために強力な魔法の杖を、と思っていたのだが、老店主がレオンの腰に帯びている剣を一目見て、驚嘆した。


「あ、あんたその剣はまさか…………太陽剣ソールブレードか? …………いや、あれは教団の秘宝のはず。見間違いじゃ、気にせんでくれ。ワシも歳かのう」


太陽剣ソールブレードとは?」


「ワシは若い頃、王都で近衛兵をしておってな。現国王の戴冠式の時に見たんじゃよ。大司教様が使用する宝剣じゃ」


「そうですか……。ところで、魔力を高める杖はありませんか?」


「おっ、おお……それならこの水晶の杖はどうかな? 先端にはめ込まれた神秘の水晶玉が、使い手の魔力を増幅してくれるぞ」


「では、それを買います」


 一連の会話は耳に入っていなかったエレナは、レオンから新しい杖を贈られて嬉しそうに眺め、握った感触を確かめていた。


 すでに日が傾いてきていたので、今日は切り上げて宿屋へ向かう事にした。エレナが足取り軽く先に行ってしまった。


「…………シャドウ、僕が宝物庫から持ち出したこの剣……。とんでもない代物だったみたいだな」


「そのようですね。教団も血眼になっているかも。国王も重病で、いつ退位してもおかしくありませんし」


「厄介な事になったな……」


 レオンは激しい追跡を受ける事を覚悟した。



 レオンとエレナは宿屋で残りの食材を調理してもらい、夕食と翌日の朝食は、イカや貝類たっぷりのスープに舌鼓を打った。


 昨日と同じように3人で町へ繰り出すと、舶来品店近くの大通りから左へ曲がって、まずは他の通りを散策する事にした。民家が多く、あまり店は見当たらない。


 すぐ引き返そうとしたが、前方に荷馬車が氷を積んでいるのが見えた。


「あっ、昨日聞いた氷屋ってあそこみたいですね」

 

「少し覗いてみようか。店主はどんな人なんだろう」


 多少興味を覚えていた2人は、店の前まで行ってみた。エレナが中をひょこっと覗くと、若い女性が麻袋に入れた氷をハンマーで砕いている。


 女性以外に人はおらず、どうやら店主らしい。忙しそうにしていたが、エレナに気付いて手を止めた。


「…………うそっ、エレナ? エレナなの?」


 女性が駆け寄って来ると、エレナも信じられないといった面持ちで叫んだ。


「ええっ? 姉様? レイラ姉様ですか!?」


 母の死後すぐに、レイラがエレナを独り残して家を出てから、姉妹3年振りの再会であった。手を取り合って抱き合う光景は端から見れば感動的であったが、レオンはまた波乱が巻き起こる予感がしてならなかった。

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