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第12話 魚人襲来

 王都から旅立って10日目。レオンたちは大街道の西の終点、港町ベルカンナポートまで、あと1日かからない所まで来ていた。


「う~ん、これが磯の香りなんだね」


 数年振りの潮風を浴びて、レオンは目を細めた。以前、御子巡行の旅の途次でも海沿いを少し通ってはいたが、匂いの記憶までは無かった。


「私はやっぱり山育ちなので……ちょっと苦手かも」


 小さな漁村に通り掛かると、エレナは眉をひそめて軽く鼻を摘まんだ。レオンも海から離れた内陸部で生活してきたが、さほど気にならず、魚やエビ、イカなどを天日干しにしている風景に興味を覚えた。


「僕も子供の頃は川魚を獲って食べたけど、ああやって日に干すのか。……ん? あの茶色っぽい草みたいのは?」


「あれはモーレという海藻です。お湯で茹でてサラダに入れると美味しいんですよ」


「海藻……? そうか、海中に生えてる草か。へーっ、初めて見たよ。あんなのが海の中にたくさん漂ってるのか」


 漁村を通過し、左側の斜面と大きな岩との間に出来た自然のトンネルを抜けると、右側に小さな砂浜へと降りられる階段が現れた。奥には岩礁があり、小さな水溜まりで何かを獲っている子供が数人いるのが見える。


「エレナ、波打ち際まで行ってみない?」


「は、はい」


「それじゃあキアラはここで待ってて」


 レオンは愛馬を近くの枯れ木に繋ぐと、階段を降りていった。そして革のブーツを脱ぐと、波打ち際に立ち、寄せては返す波の音を聴きながら水平線を眺めていた。


「えいっ!」


 いつのまにかエレナもブーツを脱いで、横に来ていた。掛け声と共にパッと水しぶきが上がり、レオンの顔にかかった。


「うわっ、しょっぱい!」


「レオ様、なにをボーッとしてるんですか」


「ああ、いや……あの水平線の彼方に別の大陸があるのかってね。世界は広い」


「そうですね。この中央大陸以外にも他にも3つの大陸がありますから。いつの日か、私を連れて行ってください」


 フラッとエレナがレオンにもたれかかった。


「あ、あれ? かすかに目眩めまいが……」


「えっ? 大丈夫?」


 レオンがエレナの肩を抱いて支えると、砂浜に落ちた影がモゾモゾと動いている。


「……? ……シャドウ、君か! 影を食べるなって! ……まったく、あれは王都を出てすぐだったかな? そういう事をするのを忘れてたよ」


 エレナの影からズズズッと、シャドウが下から押し出されるように現れた。


「フフフ……私も力を補充しませんとね。……お邪魔でしたか?」


「お、お邪魔って……それに影を食べるって、どういう……」


 そこで一同はピタリと動きが止まった。何かしらの気配を感じたからである。そしてゆっくりと、揃って海へ視線を移すと、大きな魚の頭が波間に浮かんでいた。


「あれは……魚? それにしては大きい……」


 それがプクンと沈んだかと思うと、何かが海から揚がってきた。人の背丈を超える巨大な魚に手足が生えた、奇怪な生物であった。

 

 全身ウロコに覆われ、錆びた剣を手にしている。生臭い臭いが鼻をついた。


「モンスター……魚人イクシスか!」


 レオンが剣を構えるやいなや、モンスターは襲いかかってきた。だが、その動きはやや緩慢で、レオンは十分な余裕を持って間合いを取り、一刀のもとに斬り伏せた。モンスターはグェェッと断末魔の叫びを上げると、口からポロリと白いたまを吐き出して倒れた。


「このモンスターは、西の大陸沿岸に棲息しているはずだけど。なぜこんな所に?」


「あっレオ様、子供たちが!」


 岩礁の方にも同じモンスターが数体上陸し、子供たちを追い回している。


「こっちに来るんだ! 早く!」


 レオンは大声で子供たちに呼び掛けながら、全速力で走った。背後から1体を突き刺して剣に魔力を込めると、モンスターは燃え上がった。レオンは息を整えると、プロテクトの呪文で物理防御力を高めた。


 すると強敵の出現に警戒したのか、剣と盾、さらにボロボロのチェインメイル(鎖帷子くさりかたびら)まで装備した、一際大きな個体がグエッと一声鳴くと、他の4体がレオンを包囲した。


 子供たちは無我夢中であったので、エレナとシャドウには目もくれず逃げていった。


 レオンは正面の個体に斬りかかったが、ことごとく盾で防がれてしまい押し返された。見かけによらず、防御は巧みであった。岩礁は足場が悪く、ただでさえ動きづらい。おまけにレオンは裸足のままであり、足裏に痛みが伴う。それに引き替え、モンスターは意にも介さず動いている。レオンには不利な状況となりつつあった。


 痛みに耐えて飛び回りながらも、1体倒したレオンであったが、海に突き出た岩の先端に追い詰められた。あと1歩でも下がれば、海へと真っ逆さまである。


「危ない! レオ様を援護しなくちゃ!」


 相変わらず通常の攻撃魔法が上手く発動できないエレナは、念導術で援護するため、戦いの場へ向かった。


 まず魔力を込めた髪留めを投げると、レオンと斬り合う個体目掛けて飛んで行き、艶やかな黒髪が髪留めから伸びて手足に巻き付いた。モンスターの動きを封じたのも束の間、髪の毛は引きちぎられて髪留めも落下した。


 その隙を衝いてレオンは一撃を浴びせたが、ボロボロのチェインメイルの一部を破壊したものの、浅傷あさでしか負わせる事が出来なかった。


 次に小さな布地の人形を投げ、以前の持ち主とおぼしき幼女の思念――霊が次々とモンスターに憑依したが、効果はほとんど無かった。もっとも、人間であれば精神ダメージを与え、恐慌状態に陥れたであろうが……。


 モンスター2体がエレナに気付いて、クルリと向き直った。


 エレナは古い銅銭を放つと、十数個に分裂して高速で飛び、2体に命中したが、硬いウロコに阻まれて効果は薄かった。


「あっ……き、効かない!」


 焦りの表情をあらわにしたエレナが後退りし、モンスターが迫った。


 その瞬間から、時間の流れが遅くなったかのごとく、レオンの目には全ての光景が、もどかしいほどにゆっくりと見えた。


「エレナっ……!」


 エレナを救わなければ、と強く想って剣を強く握り締めた刹那せつな――頭の中に魔法の術式が展開され、自然と呪文を唱えていた。


ぜよ、ファイアボール!」


 剣が紅蓮の炎に包まれると、尖端から握り拳ほどの火球がほとばしり、エレナに迫っていたモンスターへと飛んでいった。それは通常の火球ではなく、命中すると小さな爆発を起こして炎上した。


「ギッ?」


 瞬く間に2体が倒れると、レオンの剣から噴き上がる炎に驚いたモンスターは、動きが止まった。


 レオンはすかさず正面の難敵に対して呪文を唱えた。


「結集せよ! ソールフレア!」


 巨大な炎の塊がモンスターの顔面を襲い、熱さと苦しみのあまり剣と盾を放して悶えた。


 がら空きとなった胴体の、チェインメイルが壊れた部分をレオンが一閃すると、高熱の炎を帯びた剣が頑丈なウロコを切り裂き、ズウンッと大きな響きを上げて、さしものモンスターも倒れた。その口からは、最初に砂浜で倒した個体よりも遥かに大きな白い珠が吐き出された。


 残りの1体は海中へと逃げ去った。レオンはへたり込んでいたエレナに駆け寄って抱き起こした。


「大丈夫? 怪我はない?」


「はい……。ごめんなさい、レオ様。私、お役に立てなくて」


「何を言うんだ。僕は……」


 抱き合う2人のもとへ、砂浜で傍観していたシャドウがスーッと寄ってきた。レオンはエレナからサッと離れた。


(せっかくいい雰囲気だったのに~っ!)


 エレナが背中を向けてプルプルと拳を震わせていると、シャドウが口を開いた。


「おやおや、またお邪魔してしまいましたか。フフフッ……レオンはモンスターの命は容赦なく奪うのですね。それに先程の呪文は……?」


「さすがにモンスター相手に躊躇はしないさ。それと、さっきの呪文は……急に頭の中に浮かんできたんだよ。初めてこの剣を抜いた時とは明らかに違う、強い力を感じた」


「ふむ……。レオンの想いに応えたのでしょうか? まだまだその剣には秘めた能力がありそうですね。それと……」


 シャドウはレオンがてこずった大型のモンスターに歩み寄ると、ターニャに変身して白い珠を拾い上げた。


「その姿は……」


 よほどターニャを嫌ったものか、エレナは渋い顔をしている。


「まあまあ、そんな顔をせずに。ところで、この白い珠ですが、なかなか面白い品と見受けました。持っていきましょう」


 砂浜で倒したモンスターからも小さな白い珠を回収し、レオンたちが街道へ戻ると、バラバラと駆けてくる者たちがいた。先刻逃げた子供たちが呼んできた、漁村の漁師であった。手に手に、銛や大型のナイフ、棍棒などを持っている。


「でっけぇ魚のモンスターが出た、って子供らが騒ぐもんだから来てみたんだが……」


「それなら倒しました。1体は海に逃げましたが」


 砂浜と少し離れた岩礁に、ブスブスと煙を上げて倒れているモンスターが見える。


「おぉ、村の子供を救ってくれたのはあんたか!」


「ありがとうよ! 兄さんやるねぇ」


「見たことねぇモンスターだな」


 村人が口々に騒ぎ立てる中、レオンは軽く会釈すると出発した。その後ろ姿を、村人たちは名前を聞くことすら忘れて見送った。


 その日は小さな町に泊まったレオンたちは、翌日の昼前に、ついに大街道の西の終点にして中央大陸最大の港町、ベルカンナポートに到着した。


「やっと着きましたね、レオ様!」


 銅貨4枚の通行料を払って町に入ると、エレナはレオンの周りをくるくると踊るように廻っている。よほど嬉しいのか、その顔は喜びに溢れており、紅潮していた。


(ここがベルカンナポート……西の終点か。シャドウが初めて明確にした目的地……何が待ち受けているんだろう。)


「レオ様、お腹が空きませんか? 空いてますよね! さっそく新鮮な海の幸を食べましょうよ!」


 はしゃぐエレナに向けた笑顔とは打って変わり、レオンは引き締まった表情で町の中央通りを進んでいった。

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