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第11話 追跡開始

 教団と王家によって御子探索が秘密裏に開始されてから7日目。探索隊は王都の東門への大街道沿いから、さらに王都を出て御子レオンの故郷である東方面へと調査が行われたが、何ら目ぼしい情報もなく、特に教団上層部には焦燥感が募っていた。


 教団では新たにレオンの似顔絵を作成し、西門方面へと捜索の手を広げる事を決定した会議の最中さなか、枢機官長ザルーカは部下の小さな報告の1つを聞きとがめた。


「……何? 御子殿が失踪した当日、ダルバが宝物庫から出てきたと?」


「はい。さすがに御子殿がそのような場所に隠れているとは思えませんが。ダルバ殿も念には念を入れたのでしょう」


 部下の司祭はダルバの配慮をたたえたつもりであったが、ザルーカの心中には懸念が生じた。


「……宝物庫を開ける許可など、出してはいないが……」


 ザルーカの言葉に、他の枢機官たちも次々に疑問を口にした。


「確かにおかしいですな」


「そういえば、病と称して部屋に籠っているそうだが」


「御子殿の件とは別に、これは問い質す必要がありそうです」


 ダルバは何度も不祥事を起こした過去があった。だが、大司教の甥ということで、この場にいる教団幹部の枢機官たちが揉み消してきたのである。ダルバが勝手に宝物庫に出入りするのは、金品を着服しているのでは、と考えるのも無理はなかった。


「大司教様、ダルバをここへ招喚し詰問したいと思いますが……」


 大司教は不肖の甥に頭を痛めた様相で、「よかろう」と、静かに許可を下した。


 即刻、ダルバは両脇を抱えられて会議室へと連行されてきたが、非常に動揺しており、おどおどした目で室内を見渡した。


「……ダルバよ。やはり仮病だったようだな。単刀直入に問う。宝物庫に許可なく入ったのは何故だ? 御子殿が失踪した日に、目撃した者がおるのだ」


 ザルーカの追及を受けると、ダルバは脂汗がどっと噴き出した。


「まだ宝物庫内の調査はしておらぬ。正直に話すのだ。もし金品を持ち出したなら、返還すれば罪には問わぬ」


 大司教の寛大すぎる処置に、ザルーカはじめ枢機官たちは、またか、と内心舌打ちをしていた。


「…………わ、私はそのような事は決して……」


「では、何の為に?」


「……………………み、御子様が宝物庫を見学したいと……それで夜分、ご案内しました。私はそのまま……中に……」


「……? その後、御子殿は? そなたは日が高く昇るまで、中で何をしていたのだ? まさか、御子殿の件について、何か知っているのではあるまいな!」


 顔の汗を拭い、太った身体を揺すり深呼吸をすると、ダルバは口を開いたが、パクパクさせるだけでなかなか言葉にならない。御子様と一夜を共にする代わりに宝物庫に入れたとは、さすがに言い出せなかった。


「ダルバ!」


 大司教のいつになく険しい顔に、ダルバはついに観念した。


「み、御子様に気絶させられて……目を覚ますとお姿は見えず……。金貨や銀貨の袋が数個、魔法道具マジックアイテムがいくつか……そ、それと……宝剣が消えていました。御子様が盗み出したものと思われ……」


「な、なんと!?  御子殿が太陽剣ソールブレードを?」


 大司教とザルーカは勿論のこと、会議室にいた全員が予想外の事態に驚愕した。


「そ、それと……私の首飾りも……」


「愚か者! 高位聖職者の証を奪われたと言うのか? ……ええい、下がれ! 追って沙汰があるまで謹慎しておれ!」


 椅子から立ち上がった大司教の激しい怒りに、ダルバはうなだれて深く恥じ入り退室した。それきり、大司教は両手で頭を抱えて座り込んでしまった。


 太陽剣ソールブレードは、新たな国王の戴冠式に歴代の大司教が使用してきた宝剣であった。太陽を信仰する教団にとって、秘宝中の秘宝である。現国王は病が長引いているため、近いうちに皇太子へ王位を譲る話が持ち上がっていた矢先の、今回の騒動であった。御子逃亡だけでなく、更なる難題が増えた形となった。


 ザルーカは宰相アルベルトへ使いを出し、新たな問題が発生した事を報せた。そして王都西門方面への調査が開始された。


 すでに、御子失踪が発覚した前日の夜から深更にかけて王城正門を出入りした者は、王家御用達の交易商人・ラザンしかいない事は判明していた。報告では、荷馬車の積み荷は空の木箱やタルだけで異常なしとあったが、これに紛れたのだろうと推察された。


 西門方面からは、顔は隠していたのでわからないが、金払いのよい若者がいた、という報告が数件届いた。決定的だったのは、立派な葦毛あしげの馬に乗った若者が、西門を通り抜ける際に教団の首飾りを呈示した、という門番兵の証言であった。


「間違いない! 御子は西へ逃げたのだ!」


 自室でほくそ笑んだザルーカは、早速王城へ使者を遣わした。


 国王の末娘フランシーヌが、父の寝室へ飛び込んできたのは、この件について国王と宰相が話し合っている時であった。突然現れたフランシーヌが、御子レオンとの結婚の許可を求めるなど、夢想だにしていなかった両名は、当然反対した。


「姫様、それはなりません。御子殿は神に仕える身です。それに元々は平民ですぞ! そのような婚姻は認められませぬ」


「そうじゃ、フランシーヌよ。王家の子女が嫁ぐのは、王族か、せめて大貴族の……」


「私には身分の差など些事さじにすぎません。王家に前例が無いというなら、私が最初の一人となりましょう」


 国王はこの末娘には甘かった。御子は近いうちに殺される手筈になっているなど、どうして言い出せようか。日々高まる御子の名声を妬み、憎んだ事も忘れ、愛娘の必死の嘆願にあっさりと折れてしまった。


「……フランシーヌよ。御子殿が逃亡したのは事実だ」


「やっぱりっ……!」


 身を乗り出すフランシーヌを静かに手で制した国王は、おもむろに切り出した。


「結婚についてはひとまず預かるとして……そなたを御子探索隊の隊長に任命する。わかっておるだろうが、この件はおおやけには出来ぬ。表向きは武者修行の旅とするのだ。その旅の途次、教団の宝物を盗み出した、御子殿・・・・・・(・・)瓜二・・・・つの(・・・・)盗賊・・・・を捕縛する……よいな?」


「へ、陛下。そのような……」


「隊員の人選も任せよう。くがよい、我が娘よ」


「あぁ……ありがとうございます、父上! 御子殿が何故なにゆえに逃げ出したのかその真意はわかりませんが、必ず連れ戻して御覧にいれます!」


 フランシーヌは喜び勇んで飛び出していった。


「……陛下、どうなさるおつもりで? 御子殿に関しては、教団とも協議した上で、いずれ近いうちに亡き者にすると……」


「すまぬ。まさか、娘が御子殿を……愚かな父親と笑ってくれ」


 この短い間にやつれたかのような国王の乾いた笑みに、宰相アルベルトは返す言葉が見付からなかった。



 2日後、フランシーヌは国王に挨拶を終えてから出発した。従うのは、近衛騎士団副長の聖騎士オルトス、王国屈指のレンジャーと呼び声の高いグルカ、そして宮廷魔術師シーラの3名であった。


 宰相アルベルトをはじめ、城内の多くの者が見送りに出てきた。


「姫様、お供はそれだけでよろしいのですか」


「よいのです。少人数の方が動きやすい。あとは我が名と王家の威光をもって、行く先々の領主や土地の有力者に、協力を仰ぐとします」


 その会話は、事情を知らぬ者には道中の路銀や宿泊についてとしか思われなかった。フランシーヌは愛用の斧槍ふそうハルバートを引っ提げると、馬にむちを打って走り出した。


「では宰相様、行って参ります。姫様の事はお任せあれ」


 オルトス以下3騎が頭を下げて、姫の後を追った。


「姫様はいつ見ても勇ましいですなぁ。斧槍戦姫ふそうせんきの名に恥じぬ。だが、あの細腕のどこに、ハルバートを振り回す力があるのやら」


「戦神の加護を受け、剛力を授かっているとの噂です」


「あのシーラとかいう宮廷魔術師は、ただの占い師ではなかったか? なぜ姫様はお供に加えたのだ?」


「さぁ……それにしても妖艶な美しさでしたな。占い師というより魔女だ」


 周囲の人々の節操のない会話をよそに、アルベルトは黙って一行を見送り、しばらくたたずんでいた。


 王都西門の兵士には城から御触れがあったので、フランシーヌが疾走してくるのを認めると、慌てて道行く者たちを止めて、道を空けさせた。


「ええい、どけどけ! 姫様がお通りになられる!」


 人々はワッと左右に避けた。その間をフランシーヌとお供の3騎が走り抜け、勢いそのままに西門を通過して王都から出ていった。


 一行は一気にトスカの街へ到達した。すでに連絡を受けて調査がされており、情報が集まっていた。酒場で騒ぎを起こした若者、近くの村で話題になった、山での怪異を鎮めた冒険者。少女を連れて大街道を西へ向かったという。


(御子殿……レオと名乗っておられるのですか。宰相や枢機官長から聞いた本名はレオンだったけど……。)


 ここでフランシーヌは、はたと思い当たった。


(御子殿が、少女を連れて2人で……。少女……2人きり……。)


 フランシーヌに初めての感情が湧き起こった。レオンと面と向かって会ったのは、訓練場での試合の時のみで、会話などほとんど交わしていない。高貴な身分の方を相手にすれば、普通なら遠慮して勝ちを譲るものだが、打ち負かされた。瞬時に恋心が芽生えたのである。


 そんな愛しい人が、自分以外の女性と2人きりで旅をしている。その事実にメラメラと嫉妬の炎が燃え上がり、休息もそこそこに馬に飛び乗り、西へ走り出した。


 オルトスら3人は気付くのが遅れ、街の領主や協力者へのお礼もままならず、慌てて後を追った。



「……ん? おい見ろよ、騎馬が来るぞ……なんだ? 女じゃねぇか」


 遠目にも、風になびく美しい髪が目立った。その姿を小高い丘の上から眺める一団――――ほど近い田園地帯でレオンとエレナを襲った、ラバーノたちであった。


「ヘッヘッヘ、小遣いでも頂くか」


 ラバーノの一団は、レオンたちとの戦いの傷も癒えたので、また性懲りもなく、強請ゆすりたかりを企てていた。


 ニヤニヤしながらそれぞれ馬に乗って道を塞ぐと、ラバーノは後ろの男を呼んだ。


「おいバスラ、慈悲深い俺様がこの間の事は許してやったんだ。お前がやれ」


「へ、ヘイ兄貴。任せてくだせぇ」


 バスラが少し前に出て、女騎士を待った。


「……へっ?」


 速度を落とさず、女騎士が突っ込んでくる。それどころか、ハルバートを振りかざしている。ラバーノたちは戸惑い、判断が遅れた。それが命取りとなった。


「どけぇぇぇ!」


 前方の道を塞ぐ一団を野盗の類いと判断したフランシーヌは、容赦しなかった。まずバスラがハルバートで横殴りにされ、声も上げず事切れた。


 隊列が乱れたわずかな隙間を、フランシーヌが走り抜けた。道の中央にいたラバーノは、腹部を存分に抉られ、他の3人は弾き飛ばされて重傷を負った。


(ま、まさか……あのハルバート……斧槍戦姫ふそうせんきか……。ヘヘッ、あの魔法剣士に続いて……なんてヤツを……相手にしちまったんだ……つ、ついてねぇぜ……! ぐふっ!)


 ラバーノはゆっくりとまぶたを閉じ、永遠の眠りについた。


「御子殿ぉぉぉ!」


 旅人や商人の馬車が慌てて道端へ避けたり、転倒するほどの凄まじい勢いで、フランシーヌは爆走した。レオンの予測より遥かに早く、追っ手が迫っていた。

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