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第10話 裁き

 つい先程まで激闘が行われていたのが嘘のように、山は静寂に包まれていた。斜面を吹き上がってきた谷風が、魔法の射手(マジックアーチャー)の少年に剣を突き付けて微動だにしないレオンの髪を揺らした。少年は虚脱状態から脱して、気丈にもレオンを上目で睨んだ。


 レオンは剣を収めると、少年の胸ぐらを両手で掴み上げた。レオンより頭1つ分ほど小さい少年は宙吊り状態となり、両腕をダラリと下げたまま、苦悶の表情でうめいた。


「レオ様っ!」


 ターニャの容態を確認した後、橋を渡ってきたエレナはレオンの腕にすがりついた。


「ターニャは気を失っただけです。その人にはもう戦意はありません。離してあげて」


「何を言うんだエレナ? こいつのせいで、シャドウが……シャドウがっ……!」


 レオンの心中は怒りと憎悪に染まり、眉間にしわを寄せてより一層の力を込め、少年を締め上げた。


「呼びましたか、レオン?」


 レオンと少年の間に割って入るかのように、シャドウが地面からニュッと出てきたために、レオンは驚きのあまり手を離した。少年はドサリと音を立てて落ち、ゲホゲホと激しく咳き込んだ。


「……シャドウ? …………生きてたのか!」


「おやおや、勝手に殺さないで下さい。あの程度の事で私は死にませんよ。復元に時間は掛かりましたが」


「やっぱりね。シャドウがあんなにあっさり死ぬわけないと思いましたもん」


「僕はてっきり……」


「フフフフフ……レオンは私が死んだと思って、あのような……。それにしても、高速の魔法の矢(マジックアロー)を吸い込んで無効化するとは、その魔法剣……いや、レオンの私に対する愛の力は偉大ですね」


 レオンは口をあんぐりと開けて、女性化(?)したシャドウとイチャイチャする光景を想像してしまい、頭を激しくブンブンとさせて妄想を振り払った。


「な、な、何が愛の力ですかっ! レオ様の実力です!」


(レオン……シャドウ……。)


 爆炎の矢で四散した得体の知れない黒い影が、再び目の前に出現して怯える少年であったが、レオンたちのやり取りを見て、なんとも言えない表情に変わった。


 そんな視線と表情を敏感に察知したレオンは、気持ちを切り替えて少年を問い質した。


「君、名前は? どうしてこんなことをしたんだ?」


 少年は居住まいを正すと、両膝に乗せた握り拳を震わせて、キッと睨んだ。


「…………名はエスピオ……。なんでこんなことをしたかだって? ここは父さんが見付けた場所なんだ! 父さんがガル・ブランカの薬師につい教えたら、そいつが勝手に薬草を採取して、近隣に高く売り付けるようになって……」


 エスピオは目に涙を浮かべ、下唇を噛んだ。


「それを知った父さんが薬師を訪ねて、この場所を公表すると告げたら、あいつはお茶を出してきて……父さんに毒を盛ったんだ! 僕の目の前で父さんは死んだ。僕は薬で眠らされ、目覚めたら遥か北の地だった。奴隷として売られたのさ。あれから7年……いや、8年か。辛うじて逃げ出した僕がここに戻って、母の墓参りをしてたら、あいつ……バルカンが来たんだ。お互い一目で思い出したよ。あの時、仕留めていれば……」


 レオンはこのエスピオという少年に対する認識が誤っていた、と素直に反省した。


「そのバルカンという薬師、なかなかの悪党だな。君には同情を禁じ得ないけど……その弓で、関係の無い大勢の人を傷付けたんだろう?」


 エスピオはレオンに両断された弓を拾うと、胸に抱き締めた。


「これは父さん秘蔵の弓。あそこの小屋の床下にそのまま眠ってたんだ。それに僕が追い払ったのは、バルカンに雇われたならず者や冒険者だよ。この弓に誓って無関係の人を傷付けたりしてない。あなただって……そんな黒い魔物みたいの連れて、あいつに雇われたんだろう?」


「シャドウは魔物ではないよ。それに僕は訳あって同行しただけ。あそこに倒れてるターニャが冒険者ギルドの依頼を受けたんだけど……なんか聞いた話と違うな。君が嘘話をしてるとは思えないし、どうやらバルカンという男が窓口になって、個人で依頼したらしいね」


 あどけない顔をしたエスピオから、ようやく敵意が薄れた。


「バルカンとやらは、ここの薬草をずっと独り占めして儲けてきたわけか…………。エスピオ、君はこれから山を降りて役人に訴えるんだ」


 エスピオは怪訝そうな顔で首を傾げた。シャドウはレオンの鎧の隙間へと消えた。


「バルカンが薬草の値を釣り上げる目的の自作自演に雇われた、ってね。お父さんの件も合わせて訴えるといい。ターニャと一緒にギルドへも同様の報告をするんだ。バルカンは信用を失って、下手をすれば廃業だ。ただし、僕たち……特にシャドウは秘密にしてほしい。いいかい?」


「僕は殺されるのかと思ってたから……わかりました。あなたの言う通りにします」


 レオンは満足そうに笑うとエスピオの手を取って立たせてやり、ターニャのもとへ向かった。そして倒れているターニャの上半身を起こすと、呪文を唱えた。


「……ティンベル!」


 周囲に耳鳴りがするほどの高音が響き、エレナとエスピオは頭がキーンとなって目蓋を閉じた。


「別名『神の呼び鈴』という呪文さ。本来は魔法の眠りを覚ます呪文だけど、こういう時にも役立つ」


「さすがレオ様です!」


 瞳をキラキラと輝かせたエレナの尊敬の眼差しを受け、レオンが照れていると、ターニャが片目を薄く開いた。


「あっレオ様、気が付いたみたい……」


「ん~っ、王子様がキスしてくれたら完全に目覚めるんだけど~」


 ターニャがヘソの辺りで手を組み、唇を尖らせるのを見て、レオンはハーッと溜め息をついた。


「……その腰の短剣で刺せば……起きますよねっ!」


 片方の眉をピクピクと痙攣させたエレナが、ターニャの短剣を逆手に持ち、振り下ろした。ターニャは半身になって身体を斜めにくねらせ、なんとか避けた。


「ちょ、ちょっとエレナ! 本気で刺そうとしなかった?」


「やだーそんなわけないでしょー」


 抑揚の無い声で無表情に答えるエレナに、その場にいた全員の背筋が凍った。レオンは若干青ざめつつ、ターニャに事の次第を説明した。


「ほ~っ、そういうことだったんだ」


「これで君の依頼は果たせたね。僕たちは旅を再開するから、あとはよろしく」


「山猫の異名を持つ私が、戦闘であまり役に立たずに迷惑かけたんだ。言われた通りにこの子を連れていくよ。任せて」


 全員揃って山を降り、昨夜泊まった洞穴まで戻ると、待たせていたキアラが軽く鼻を鳴らし、前足で地面を蹴った。そこで一息ついた一行は、一気に大街道まで降りていった。


「それでは、ここでお別れだね。ターニャ、頼んだよ。エスピオ、これからは強く生きていくんだ」


「はい。ありがとうございました。レオンさんもどうかお元気で」


「短い間だったけど、楽しかったよ。エレナ、レオンを取られないようにね」


「う、うるさいですよっ! さあレオ様、行きましょう!」


 キアラを引いてさっさと歩き出したエレナを、レオンはやれやれといった感じで眺め、2人に別れを告げた。レオンは2、3回振り返って大きく手を振ったが、そのうち見えなくなった。


「さっ、行こうか」


「……はい」


 ターニャはエスピオを連れて、ガル・ブランカの冒険者ギルドに事のあらましを説明し、役人にも訴え出た。数日後、役所に召喚されたバルカンは全てにおいて白を切ったが、密かに法外な値で売っていた事が露見して罰金刑となり、ギルドからターニャに賞金が支払われた。さらに、依頼料をバルカンに預けた人々にも金が戻った。


 信用と金を失い、それだけでもバルカンには大きな痛手であったが、後日、エスピオの父の死体を運び、後の処理を請け負ったという墓守りの老人が名乗り出てきた。ついにバルカンは牢獄へと送られ、火あぶりの刑に処された。資産は没収、店は人手に渡った。


「クソーッ、あのガキも殺しておけばよかった! ギャーッ熱い熱い熱いーっ!」


 刑場で断末魔の叫びを上げるバルカンをエスピオは涙を流して見物していた。ターニャはそれを遠目に認めると、そっと離れた。エスピオは薬草の群生地を秘密のままにしたが、適正な価格で周辺の町や村へ売るようになったという。



 レオンたちはターニャ、エスピオと別れてから5日間、大街道を順調に西へと進むと、やがて大きな分岐点に到着した。右手に海が見え、海岸線に沿って北へと街道が延びている。


「レオ様、ここからメンブラーナ半島になります。ベルカンナポートまではあと1日半くらいですね。右は北方街道です」


「嬉しそうだね、エレナ。いよいよ西の終点に近づきつつあるけど……。シャドウ、何が目的なんだい?」


「……様々な情報や珍しい品が集まる港町です。行って損はありませんよ」


「……そうか。ま、何が拝めるのか楽しみだな」


 半島の先端に近い中央大陸最大の港町へ向けて、レオンたちは軽やかに進んでいった。



 同じ頃、王都エリクシア――――王城内の一室で、国王が宰相アルベルトの報告を受けていた。今日はいくらか体調が良く、豪華な刺繍や装飾、金糸や銀糸で彩られた王家の紋章が目を引く、天蓋付きのベッドに上半身を起こしていた。ここは国王の寝室である。


 その寝室へと、周囲の者の制止にも聞く耳持たずに向かう、1人の少女がいた。やがて扉を両手でバンッと開けると、国王へツカツカと歩み寄った。


「お父様! 御子殿が逃げ出したというのは、本当なのですか?」


「フランシーヌ。はしたないぞ。父の寝室に断りもなく入ってくるとは何事か」


「姫様、陛下のおっしゃる通りですぞ。王家の子女たるもの、それにふさわしい礼儀作法を……」


「話をはぐらかさないで下さい!」


 国王の末娘フランシーヌ・16歳。青き瞳に肩まで伸びた黄色く美しい髪。その美貌は誰しもが認めるところであったが、姫の名を高めているのはむしろ武術の方で、斧槍ふそうハルバートの使い手として知られていた。すでにモンスター討伐や盗賊団の捕縛に何度も成果を挙げており、斧槍戦姫ふそうせんきの名で畏怖されている。


「……御子殿は大聖堂で陛下の病気平癒のために、祈りを……」


「それは嘘です! あの騒動以来、誰も御子殿を見ていませんし、逃亡したという噂が広がっています。私が何としても探しだして、お連れします!」


 国王と宰相は顔を見合わせ、何ゆえにフランシーヌが御子の探索にこれほどまでに躍起になっているのか、計りかねた。


「御子殿の事を、なぜそれほど気にかけるのか」


 国王がいぶかしんで尋ねると、フランシーヌは美しい瞳に涙を溜めて答えた。


「御子殿は私が唯一敗れた殿方。訓練場での戦いからずっと、お慕いしております。お父様、私は御子殿と添い遂げたいと思います。結婚をお許し下さい!」


 国王と宰相は仰天し、言葉を失った。レオンは大変な相手に見初められてしまったのである。

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