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第1話 月明かりの下で

 蛙や虫の鳴き声を聞きながら、少年は池をじっと見つめて佇んでいた。ポチャン、と音がして魚が跳ね、水面に波が広がっていく―――


 ここはエリクセン王国の王都、エリクシアにある大聖堂の庭園であった。王城と隣接するこの場所は高い壁に囲まれており、大きな池と鬱蒼とした木々が、月明かりの下に照らされていた。どうやらあまり手入れはされておらず、雑草が生い茂っている。


 少年はハーッ、と大きく溜め息をついた。


 彼の名はレオン。500年前に記された預言書にある、世界に平和と安定をもたらす神の子――「運命の御子みこ」と認定され、東の辺境から王都へ強引に連行されたのである。


 その時、彼は7歳であった。御子探索の命を受けた、王国の国教であるザウム教団の一行が現れ、農村の平凡な少年が突然、神の子である、と告げられたのである。瞬く間に噂は広がって、村は大変な騒ぎとなり、一行を迎え入れた少年の家の外は、黒山の人だかりが出来た。


 それからおよそ10年。少年は日夜、学問や剣術、神の力の顕現である神聖魔法の精進に励んできた。あまりの環境の変化と心理的負担で、最初の数年の記憶は殆んど無いが、才能に恵まれ、どの分野でも高い評価を受けた。


 しかし、相変わらず暗い水面を見ながら、少年は苦悩していた。


「自分は本当に、御子などという特別な存在なのだろうか?」と。


 瀕死の病人を、手をかざしただけで治癒する、とか、日照りで困っている地で祈りを捧げ、突然雨を降らせる、とか……。


 そういった奇蹟を起こしてこそ、御子様と崇められるのでは? レオンはそう考えていた。同時に、孤独感にも苛まれていた。


 なぜなら、王都に来てからというもの、親しく語り合う友人も出来ず、家族から便りの一つも無かったからである。今では、故郷の村は「御子様生誕の地」として、国中から巡礼者が訪れる聖地と化している。


 さらに、全く身に覚えのない作り話が流布していたり、村の中心にある広場の井戸が、御子様を育てた聖水として、巡礼者や旅人に売られている始末であった。村は町へと発展し、レオンの両親は羽振りが良くなり、大層幅を利かせているらしい。レオンはこの話を初めて聞いた時、苦笑したものだった。


 だが、実際のところ、レオンには、故郷への想いはほとんど無かった。


 母親はレオンが5歳の時に病死したので、おぼろ気な印象しか残っていない。父は間もなく再婚したが、新しい母は気性が激しく、レオンとは合わなかった。暫くして弟と妹が産まれると、父にも疎外された。むしろ、実家など捨てた、という思いの方が強かった。



 それから暫くの間、レオンはまた黙って池を眺めていたが、突然ハッと振り返った。


 風に乗って、かすかな話し声が聞こえてきたのである。


 声のする方向に目をやると、ランタンの灯りが揺れているのが、チラチラと見えた。レオンは時折、寝室から抜け出して、こうした夜の散策をしていたが、今まで誰かに出くわすことは皆無だった。


 徐々に、人影が浮かび上がってきた。どうやら2人らしい。レオンは素早く、近くの繁みに身を隠した。2人は、先程までレオンが座っていた辺りで立ち止まり、話し始めた。


 その姿を見て、レオンは驚いた。一人は、近頃、重い病に伏せっている国王に代わって政務を執る、宰相アルベルト。そしてもう一人は、教団幹部のザルーカであった。ちなみに、御子探索隊の隊長を務め、レオンを王都へ連れてきたのが、彼である。


 先に口を開いたのは、ザルーカだった。


「して、どうですかな? 最近の我らが御子様のご様子は……」


「騎士団長の話では、剣においては訓練場で一、二を争う使い手に。槍も得意と聞いていますな」


「ほう、それはそれは……神聖魔法の方は、驚くことにあの年齢で、高位の呪文を習得寸前ですぞ」


 ザルーカは、クックックッ、と含み笑いを漏らした。


「まさか、これほどまでの才能があるとは予想外でしたなぁ。国王陛下が英才教育を施すよう命じられた時、心の中では、無駄な事を、と思っておりました」


「ザルーカ殿、言葉が過ぎますぞ」


 アルベルトは不愉快そうに、少し顔をしかめた。


「これは申し訳ありません。ですが、宰相様もご存知の通り、私が自ら東へ赴き、適当に選んだ普通の子供。偽りの御子ですからな」


「!?」


 レオンは思わず声を上げそうになった。適当に選んだだと? 偽り――偽者の御子だと言うのか!


 当の本人に会話を聞かれているなど、夢にも思わぬ二人であった。


「結局、預言は誤りであったということか? 本物の御子が、何処かにいるやも……」


「預言書には、500年後、東の地に現れる、としかありませぬ。教団が認めた者が本物なのです。私の手に掛かれば、御子の肩にあったあざや腕の火傷の痕も、本物の証となるのです」


 ザルーカは、ニヤリと笑った。いかにも邪悪な笑みであった。


「予定通り、来月、御子を掲げて最後の巡行に出ます。また莫大な寄進が集まることでしょう。そして、来るべき聖戦の先頭に立って頂く。兵の士気は爆発的に高まり、勝利すること間違いありません。そして、神の御元みもとへ……」


「ようやく軍備も整い、いよいよ領土奪還の戦が始まるか……。だが、御子を亡き者にするのか? まだまだ利用価値がありそうだが」


 アルベルトは納得のいかない面持ちをしている。


「御子が出現してから豊作続きゆえに、民衆の支持は高まるばかり。巡礼者や旅人が増え、交易も盛んになりました。近頃は貴族や王家にも、御子に心酔する者が居るとか。陛下も大司教様も、御子の名声が高まる一方なのが、我慢ならなくなったのでしょう」


 ザルーカは首をゆっくりと左右に振った。


「………………………」


 アルベルトは何か言いかけたが、黙って歩き出した。ザルーカは慌てて追いかけていった。


 ランタンの灯りが遠く離れてから、レオンはガクッと膝から崩れ落ちた。あまりにも衝撃的な内容であった。自分が偽者の御子であり、教団の財を増やす為の存在で、いずれは抹殺されてしまう……茫然自失になるのも仕方なかった。この10年、必死になって修練を積んだのは、何だったのか!両の目から、自然と涙がこぼれ落ちた。



 無意識のうちに、レオンはフラフラと歩き出していた。どれくらいの時間が経ったのだろうか。ふと我に返ると、いつしか、庭園の外れに足を踏み入れていた。立派な大木が立ち並んでおり、どこか遠くの森林に迷い込んでしまった様な――レオンは妙な錯覚を覚えた。


 その一帯は枝葉が月明かりを遮り、ほぼ暗闇であったが、レオンは奥の方に微かな光を認めた。その淡い光を頼りに進んで行くと、この庭園を囲む壁際に辿り着いた。


 光は、壁際にそびえ立つ、一際大きな木のうろから漏れていた。


「一体、何が光っているんだろう?」


 ちょうど頭が入りそうな大きさだったので、興味に駆られたレオンは、腰を屈めて、その穴を覗き込んだ。


 と、次の瞬間――――――


 光は消え失せ、穴の底から何かが這い出して来たような、不気味な気配が充満した。


 レオンは慌てて頭を抜くと、後方へ跳んだ。すると、今度は足元が光っている。それは小さな石碑であった。どうやら、木の根が成長し、地中に埋められていたのを、掘り起こしたようであった。


 突然、石碑が輝きを増し、一筋の光が、木のうろに吸い込まれた。


「うわっ!?」


 レオンは一瞬、目が眩んだ。


 ゆっくりと目を開けると―――


 うろから、周囲の闇より更に濃い、黒い煙の様な物が吹き出してきた。それは、ユラユラと揺れて、やがて人の形になった。


「何だっ!? 魔物の類いか!?」


 レオンは咄嗟に身構えたが、武器は持ち合わせていなかった。神聖魔法は防御や治癒が中心で、攻撃の呪文は非常に少なく、レオンといえども、まだ習得には至っていない。


 このような得体の知れない相手に、戦うか、逃げるべきか――レオンはためらった。


 その思いを見透かしているかのように、黒い物体から、不思議な声が響いた。


「恐れる事はありません。私は貴方を待っていたのです。ずっと前から……」


 どうやら敵意は無いようなので、レオンは安堵したが、すぐに疑念を抱いた。


「待っていたとは、どういう意味だ? それ以前に、君は何者だ?」


「…………………………」


 少し沈黙した後、黒い物体は応えた。


「そうですね、私の事はシャドウとでも呼んで下さい。封印を解きし者よ、私を遥かなる地へ運ぶのです。それが貴方に与えられた使命なのです」


シャドウ……? こんな場所に封印されていたとは、一体……何だ? それに、急にそんな事を言われても……僕は……もう、運命とか使命とか、そんな言葉は聞きたくない!!」


 レオンは戸惑いながらも、キッと睨み付けた。すると、黒い影があっという間に、彼の体を包み込んだ。


 レオンの視界は急速に暗くなり、意識が遠のいていった――――――

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