第四十五話「ゴルガン・スペラの見た太古の夢」
「魔法の夜、何か飛躍した妄想をしてるみたいだけど……」
「ごめん、リン。しばらくそっとしておいてくれ」
スヴェンはその場で目を閉じ、振り向きもせずにリンの言葉を遮った。
「ねぇ、アモイさん……。アモイさん?」
リンがアモイの方を振り向くと、アモイは部屋の中央にある大きな机、その上に置かれた石板を凝視し、息を吹きかけて埃を払っていた。
目は少し血走り、まるで自分の中に沸き起こる何かを振り払うように作業に集中している。
「アモイさ……」
「ゴルガン・スペラはこの部屋の調査に数日掛けた。
そして休憩の際に、遺跡の壁面にひっそりと生えていたキノコを偶然食べたんだ。
彼はその時は知らなかったが、それはゾーンマッシュルームと呼ばれるキノコだった」
「以前セルバゼィで魔法の夜が食べて寝込んだキノコ?」
「そう。彼もスヴェン君と同じように、仲間たちが心配して揺すったり叩いたりしている中、起きる気配もなく何時間も眠り続けた。
そして、夢を見た。
この部屋、この王座で何万年も前に起こった出来事の……」
「どんな夢なの?」
「それは……」
遺跡の中、王座には漆黒の鎧を全身にまとったシャドウ・キングが腰掛けていた。
右には黒いローブで身を覆い、大きな鎌を手にした死神のようなアンデッド。
左には体のパーツの要所を覆う金色の鎧を付け、腰の両側から飾り彫りのされた短剣をぶら下げたスケルトンが佇む。
不意に王座の間の入り口から半透明の体をし、犬の頭のような被り物をした腰布以外裸の男が現れた。
男は音もなくスゥゥ~~っと進み、シャドウキングの前に跪いた。
「黄泉の偉大なる戦いの王、シャドウ・キング様!」
「お前か、人間共の様子はどうだ?」
「この地域の人間はようやく自分達の無謀さを悟ったようでございます。
目につく統率者をことごとく捉えて拷問し、呪われた肉体にして送り返し続けてきた成果があがり、今では我々の姿を見ても四方八方へ泣き叫びながら逃げ惑うばかり」
「だがこざかしいチビ妖精の女王と鹿の角の戦士を仕留めたという報告はまだ受けていないぞ」
「鹿の角の戦士とその手下達は戦闘に慣れた部族、何度か追い詰めましたが逃げ時を的確に判断して風のように消えるので苦戦しております。
妖精に関しては凄まじい魔力を持っており、スケルタル・ウォリアーの小隊が妖精の使役した魔法の竜巻で壊滅させられました。
彼らの存在が人間を鼓舞し続けてきましたが、ついに彼らも抵抗を諦め、生き残った人々を連れてここから離れる大移動を画策しているようです」
「移動? だが人間共はそれぞれの地域の部族が縄張りを持ち、よそ者を受け入れない猿共だと聞く。返り討ちが関の山だろう」
「捉えた人間が吐いた情報によると、地方固有の作物や肉の物々交換の交易を行っていたルートがあるそうです。逃げた人間をその交易先の部族が受け入れる約束がされたとのこと。
対価として我々黄泉の軍団の情報を共有し、戦いの知識を受け渡すとのこと」
「どうりで最近は遠征先に人間の姿が無い事が多かった訳か」
「既に半数以上が移動したとの事です」
「その逃亡先はどこだ?」
犬の頭の男は音もなく立ち上がると、滑るように机の方へ移動し、上に置かれた地図の彫られた石板を指さした。
「この地域です」
「ハンティング部隊を要所に送り込み、残りの人間が移動するのを阻止して全て捕えよ。余は人間勢力掃討の拠点を移転先の攻略の為、ここへと移す」
シャドウ・キングは机の上に置いてあったクリスを手に取り、逆手にもってゴンッと地図の一点を狙って打ち下ろす。
クリスは石板を貫くように突き立った。
アモイは机の上に置かれた石板の上に紙を広げペンを使って模写を始めた。
そしてナイフが刺さったような穴の有った場所に×点を付ける。
その地図を覗き込んでいたリンが呟く。
「私の知っている地図と違うわね。これ何処の地図?」
「エキドナ・キューブの神話の時代は何万年も前。大陸の形も違うんだよ。
オイラ達の住んでいたカルフンガリアと周辺諸島も、このピッテナー島も、そしてイヴァリスちゃんの故郷、オーナグ公国も一つの大陸で繋がっていた。
ゴルガン・スペラは神話の足取りを追い、このシャドウ・キングの次の移転先本拠地を目指したんだ。……オーナグ公国をね」
「私達のここでの目標はその地図なの?」
「これだけじゃない。あそこにある彫刻もしっかりと模写していかないといけない」
アモイは王座の背後の壁に掘られた複雑なパターン模様を指さした。
遺跡の外、入り口から少し離れた草場にて。
猿ぐつわをされた邪教徒は体をよじってもがいていた。
「フゴッ、フゴゴ」
「うるせぇ静かにしろ」
スヴェン達のお目付け役として探索隊に加わっていた元海賊の男、マーチンがもがく教信者の腹を蹴りつける。
「ガホッ、ゴホッ」
「マーチンさん……やりすぎです……」
「うるせぇちゃんと見張ってろ。俺はちょっとションベンしてくるからな」
マーチンは少しその場から姿を消した。
教信者の男はまだせき込んでいる。
ラナは教信者の猿ぐつわの結び目に手をかけた。
イヴァリスが慌てて咎める。
「……ラナ……何を……」
「こうやって猿ぐつわされているだけでも、嘔吐物がのどに詰まって人間は死ぬことがあるんです。
それにお水くらい飲ませてあげないと……。
約束してください。今から猿ぐつわを外すけど絶対に騒がないでくださいね?」
教信者はラナの目を見つめ、何度も素早く頷いた。
「それじゃぁ……」
ラナは猿ぐつわを外した。
「レイ エルア ゼン ヴァーシー……」
「ちょ、騒がないって約束したのに……」
教信者は謎の呪文を唱え始めた。
イヴァリスは慌てて荷車に戻り、フランベルジュを取り出してラナと教信者のほうへ駆け出す。
「ヴァーシー ヴェイル!」
狂信者の両目が白く光り、体中からメキメキという音が響いた。
そして手足を拘束していたロープを引きちぎり、体がムクムクと大きくなる。
遂には赤色の筋肉質な巨体がローブを突き破る。
左右の脇の下からは見る見る二本目の腕が生えて筋肉が盛り上がる。
「ウヴォアアアア!」
「きゃぁぁぁ」
ラナは驚いてあとずさり、背を向けて逃げようとした。
だが赤い巨体の化け物と化した教信者は片手でラナの背中の服を掴み、持ち上げる。
「離してぇぇえ!」
怪物の身長はすでに3メートルほど。
イヴァリスはフランベルジュを構えて見上げたままフリーズ状態である。
「何かあったか? な、なんだぁ? こいつめっ!」
戻って来たマーチンがシミターを抜いて振りかぶり、怪物に切り付ける。
だが怪物は一本の腕でカンッと軽くはじいた後、もう一本の腕でマーチンの首ねっこを掴んで空中へ持ち上げる。
怪物は足をバタバタ動かす二人を左右に持ち上げたまま、フリーズ状態で見上げるイヴァリスの元へと歩み寄る。




