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第八話「ごろつきフェアリーのリン」

 スヴェンは街の裏道を選んで小走りに通りぬけた。

 街の人通りの少ない路地にある南門に到達し、物陰からしばらく様子を伺う。

 誰も来る気配がない。

 スヴェンは急いで門を抜けて森を抜ける小さな小道を南へ進む。

 この先を進むと、ナーバの言う綿花畑のある小屋があり、その周囲は海岸が広がっている。


「おーーっとごめんね」


 背後から飛んできた小さなフェアリーがスヴェンにぶつかり、そのまま通り過ぎる。

 スヴェンはそれが何者かを知っていたが無視していた。

 しかし懐に違和感を感じて足を止めて自分の体を探る。

 無い!


「どうかしたのかしら? 魔法の夜」


 フェアリーは低い木の枝に座って足を組み、片手で小さな袋をお手玉のように投げて遊んでいた。

 フェアリーは可愛い顔をしているが、楽しくて仕方が無さそうにニヤニヤ笑っている。


「!」


 スヴェンは気がついた。

 あれは自分の財布だ。


「…………。 欲しけりゃ持っていけ。 お前にやるよ」

「あーーあーー。 なっさけない奴だなぁ。魔法の夜は。

 そんなだから墓場で何も出来ずに逃げ隠れて、あげくギルドから追い出されて、こんどは街からも逃げ回ってるんでしょ?」

「そんな事まで知っているのか……。ところで魔法の夜って何だ?」

「ん?アンタの名前でしょ?

 名札に書いてあるじゃん」

「そうか……好きに呼んでくれ……」

「そうするわ。私はリン」

「あ……そ……」


 スヴェンは心底落ち込んでいた。

 このフェアリーにだって勝てないのはなんとなく察していたし、そもそも争う元気は無かった。

 スヴェンは再び歩き始めると、フェアリーのリンはスヴェンの周囲を飛び、ニヤニヤしながら付いて来た。

 正直心底落ち着けない。


 しばらく歩いて曲がり角を曲がろうとした時、無精髭を生やしてて手ぬぐいを頭に巻いた人相の悪い大男と鉢合わせした。

 スヴェンは俯いてすれ違おうとしたが、大男はしばらく手に持っていた紙を眺めると手に持ったシミターで道を通せんぼする。


「おおっと、待ちなボウズ。お前ひょっとしてスヴェンってガキじゃねーのか?」

「はは、災難だね魔法の夜。 先に行かせてもらうわよ」


 リンは空中を飛びながら大男の脇の下にどんとぶつかってすり抜けていった。


「なんだよあいつは。まぁいい。おいガキ!

 お前の首に大姉御が賞金をかけた。

 お前の命いただくぜ」


 スヴェンは飛びのくとバイキングソードを構える。

 しかし腰は引けていた。

 勝てっこない。

 俺はギルドメンバーのシェイドにだって到底及ばないんだ。

 目の前の男はそれより遥かに強い。

 だがこのままでは殺される。

 謝って命乞いをしようか?

 許して貰えるだろうか?

 ただ口でしゃべっただけなのだ。何も悪いことはしてないんだ。


 スヴェンが黙っていると、リンが少し離れた木の枝に座り、相変わらずスヴェンの財布でお手玉しながら叫んだ。


「やーーい! 弱虫の魔法の夜! アンタはギルドメンバーを見捨てて逃げたんでしょ?

 口だけの魔法の夜!

 目の前にいるのは魔法の夜がぶっ潰すと誓った赤猫旅団よ?

 もうここで終わりかしら?

 カッコ悪ーーい!

 いいわよ、謝っちゃいなさいよ! 笑えるから見てみたいわ?」

「うおおぉぉぉ!」


 スヴェンは大男に斬りかかった。

 後先なんて考えていない。

 実力差なんて吹き飛んだ。

 一週間とはいえ、剣術を鍛えたスヴェンの蓄積された思いの詰まった斬撃が、次々と繰り出される。

 大男は予想外の反撃でしばらく防戦一方になった。

 しかし直ぐに笑みが浮かぶ。

 スヴェンと自分の実力差をはっきりと測りきったのだ。

 しばらく見ていたリンが叫ぶ。


「やーーい! 魔法の夜! アンタは魔法剣士なんだって?

 魔法剣士のくせに魔法を全然使えないのかしら?

 最下級魔法のポイズンくらい使って見せなさいよ!」

「……うっとおしいフェアリーだな。お前は後で殺すから待ってろ!」


 スヴェンは大男がリンに気を取られている隙に魔法を詠唱した。

 スヴェンの左手が緑に染まり、大男を指差す。


「ぐふぅ! このガキ……」


 大男にポイズンの魔法が命中し、苦しげにうなる。

 スヴェンは再び剣を振りかぶって跳びかかった。

 大男はそれでも軽くスヴェンの斬撃をさばいていたが、スヴェンから距離を取り始めた。

 大男は必死で懐を探る。


「くそっ! 無いっ! 解毒ポーションが……まだ2個ほどあったはずだが……。チキショウ」


 大男はスヴェンを蹴り飛ばすと慣れない魔法を唱え始めた。


「ゴフゥ!」


 毒の影響で詠唱が中断されて失敗した。

 それでも必死に詠唱を繰り返す。

 スヴェンも立ち上がって再び全力で斬りかかる。

 しかしスヴェンの剣よりも早く大男は解毒魔法の詠唱を完了した。

 ……しかし黒い煙を立てて魔法は失敗した。

 大男は慌てて腰につけたポーチを覗く。


「ちきしょうついてねー。ブラックエーテルだけ持ってくるのを忘れたか。

 この糞ガキ! 今度会うときはお前が死ぬ時だ!

 てめぇは絶対許さんからなっ!」


 大男は時折痙攣しながら走り去った。

 木の枝に座って観戦していたフェアリーがスヴェンの隣に飛んできて並んだ。


「魔法の夜……初勝利おめでとう!

 なかなか面白かったわよ?

 でも今回は幸運の勝利かしら?」

「……はぁ……はぁ……人の気も知らないで……。

 お前だって今まで幸運で生きてきたんだろう?

 似たようなもんだ。

 もう放っといてくれ!」


 リンはちょっぴりムッとした顔をして言った。


「何よぉ! まだ怒ってるの? 分かったわよ。

 返すわよ」


 リンはスヴェンのバックパックに財布をつっこんだ。


「オマケをつけといたわよ? じゃあね。魔法の夜!」


 リンが立ち去った後スヴェンはバックパックを確認した。

 中にはスヴェンの財布と見覚えのないものが入っていた。

 解毒ポーションビン2つと、スヴェンの物ではないブラックエーテルの詰まった小瓶である。


 スヴェンは歩きながら山賊が慌てふためいていた戦いを思い返す。

 使えないと思っていた最下級魔法のポイズンで状況が変わった。

 大男の攻撃の圧力が無くなった。

 そういえば解毒ポーションが無いとか、ブラックエーテルがどうとか……。

 情けない話だがスヴェンは今頃気がついた。

 リンは大男から盗んでいたのだ。


 気が付くと綿花のある小屋を見つけた。海岸に小舟が浮かんでいる。

 スヴェンは小舟に載って、近くの杭に括りつけられたロープをバイキングソードで切断する。

 進みゆく小舟の上、スヴェンの背後で何かが少し光って消えたが、スヴェンは気づかなかった。

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