第三十八話「邪教徒の成り立ち」
スヴェン一行は目的の遺跡のある火山に一直線に向かうのを断念し、遠回りに海岸沿いを歩くルートを進んでいた。
島の中央付近の空を注意深く眺めていたマーチンが声を上げる。
「まずいっ、みな藪の中に隠れろっ!」
砂浜と草地の境目を歩いていた一行は慌てて森側にある藪へ走って隠れた。
「どうしたんだ一体?」
「ドラゴンが空を飛んでいた。あいつらは目がいいから砂浜を歩く俺達などすぐに発見する。そうなれば終わりだ」
藪の中から森の木の葉越しに空を見ると二つのドラゴンの影が遠くで羽ばたいている。
幸いにもこちらの存在に気が付いていないようである。
「何だ? 見回りなのか?」
「食事が終わったから山に帰ろうとしているように見えるわ」
「勘弁してほしいな。放し飼いかよ」
アモイがイヴァリスの荷車からナツメの実を取り、齧りながら語る。
「この島の邪教徒は昔からここに住む野生のドラゴンと共生してきたんだよ」
「共生?」
「ドラゴンは本来とても凶暴で手に負えない生き物だ。だが航海技術の発達していない昔の住人はこの島から逃げることも出来ない。
そこで自分からドラゴンを飼いならす手段に出た」
「テイマーなのですね?」
「ちょっと違うかな。自分達から定期的に生贄として生きた人間を差し出したのさ。
この島のドラゴンが喜ぶように、凄惨な悲鳴を聞かせて、残虐な儀式で楽しませ、最後に食べさせる。
外部の人間が島に訪れるようになれば、優先的にその人間達が生贄の対象とされた。
自分達がなるのは嫌だからね。
そしてその習慣が土着の宗教と融合し、常に恐怖に怯える人々は邪悪な存在に心からの忠誠を誓う事で心の平安を求めた。
それが元来のこの島の邪教徒の姿。自ら発狂し、絶対的な存在に完全に従って自分を殺すことで生きてきた。
だがゴルガン・スペラはその実態を知らなかった。
話し合えば同じ人間だから打ち解けることが出来るはずだと考えたんだ。
最初、彼らは協力的に見えた。
彼らの宗教施設で食事を振舞われて歓待を受け、半数の探検隊のメンバーを残して残り半数で遺跡探索へと向かった。
だが帰りの道中、ゴルガン・スペラが目撃したのは生贄の祭壇から響き渡る叫び声。
空から祭壇に舞い降りる普通の個体の3倍はあろうかというような巨大なドラゴンの姿だった。
邪教徒達は最初に探検隊を歓迎していたんじゃない。数と武装の差で襲えなかっただけなのさ」
「生贄って具体的に何されるの?」
「探索隊のメンバーをよだれを垂らしたドラゴンに取り囲まれた祭壇の上に集めてね。
一人を石のベッドに拘束して皆に見せつけて怯えさせながら、生きたまま腹を裂いて、自分の内蔵が引っ張り出される様子を見せつける……」
「イヴァリス……大丈夫?」
「よ……余裕……っす……」
「ラナさん……顔色が悪いよ?」
「……へっ、平気ですっ」
「アモイさん……その話、するのがちょっと遅いんじゃないかな?」
「……だって……先に話したら来てくれないよね?」
「……」
スヴェン達一行は慎重に空を監視しつつ隠れながら進み、目的の火山近く、溶岩と岩だらけの荒野の直前に来た頃には夜になっていた。
「皆、今日はここの森の中で休もう。出発は明日の朝だ。丸ハゲの荒野でキャンプなんてしたら空から丸見えだからね。後、申し訳ないけどこの島で火を使うのは止めておこう」
スヴェン達が寝袋を出してキャンプを張っている頃、ブラッド・ピーコック号の食堂ではダミアン達偵察隊の報告をベラ船長が受けていた。
「廃墟だったと?」
「はい。大きな建物があった痕跡はありました。広い石畳が……隙間に草があちこちで顔を出していましたが広がってましたし……。
ただ木の柱類は全て朽ち切っており、もう何十年、いや何百年も前に捨てられた土地のようでした。
当然ながら人っ子一人いません。
大蜘蛛には襲われましたがね」
「邪教徒なんてもう滅んだんじゃないですかい?」
「いや、ここ数年にも漂流船が被害を受けたという話がある。100人以上に取り囲まれたという証言がな」
「つまり邪教徒達は本拠地を変えた……別の場所に集団で居ると……」
突如甲板の方から騒がしい声が響く。
「貴様ァ――! 何者だぁ!」
ベラ船長は上を見上げならが立ち上がり、階段へと走って甲板へ駆けあがった。
ダミアンや手下たちも後に続く。
甲板では一人の女性を10人以上の船員達がシミターを抜いて取り囲んでいた。
女性は短髪で全身をピチピチに張り詰めた黒く染まった皮鎧で包み、両腕には3本の長い鋼の湾曲した爪が取り付けられた手甲を付けて武装している。
その顔には恐怖に歪む人間の顔をかたどったような面が付けられている。
「この船に忍び込むとはいい度胸だ! ぶち殺してやる! だがその前に顔を見せろ!」
一人の船員が威圧しながらシミターを振り、女が面を固定するバンドを切断した。
面は甲板にコトリと落ち、侵入者の女は額の切り傷から血を流しながら顔を上げる。
その顔は眉毛や表情は恐怖に歪みながら、目はギラギラと輝き、口はピエロが大きな口でニヤニヤ笑いしたような三日月形で凝り固まっているように見えた。
そして顔全体に切り傷が治った痕、糸で縫ったような跡がある。
女は何も語らなかったが、顔と表情の異様な雰囲気に船員達は本能的に首を締めあげられるような恐怖を感じて息をのみ、声を出せずにいた。
女の表情を見たベラはしばらくして船員達に命令する。
「そいつは放っておけ。お前、道を開けろ。好きなように通してやれ」
「し、しかし……この風貌は暗殺者と思われます……」
「私やダミアン、お前達がターゲットだったなら既に死んでいる。そいつの目的の人物はここには居なかったようだからな」
手下がシミターを降ろして道を開けると、女暗殺者は甲板に落ちた自分の面を拾い、甲板の端から陸へと詠唱無しのテレポートを行って消えて行った。
ダミアンがベラ船長に尋ねる。
「珍しいですね。ベラ様が冷や汗をかいておられるとは。一体何者なんですか? さっきの暗殺者は?」
「アサシン結社『恐怖の申し子』。
その結社のアサシンは生まれた時からありとあらゆる拷問を受け、隔離された世界の中で過酷に『飼育』され『捕食』の訓練を積む。
恐怖、苦痛、絶望、孤独、この世の全ての負の感覚を自分と他人の視点で知り尽くし、その果てに肉体と精神が変容する。そして特徴的な……ああいう顔になる」
「あ、あれがっ……。狙われたら最後、一国の王だろうが、将軍だろうが、武芸者だろうが生き残った者が居ないという最強のアサシン結社『恐怖の申し子』のアサシン。噂を聞いたことはありますが作り話だと思ってました」
「あれには関わらなくて済むなら関わらないでいい。本来は別の大陸、異国で主に活動していたはずだ。こんな島に送り込んでくるとはな……」
「まさかっ、スヴェン達がターゲットでは!?」
「もしそうなら諦めるしかない。今回のシノギはボウズになるが命があるだけマシだからな」




