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第三十七話「生贄の祭壇」

 リンは森の中を先行して進み、スヴェン達一行の進もうとしているルートの様子を探っていた。

 フェアリー故に繁みや障害物を無視して空を飛ぶことが出来、体も小柄で身を隠すのが得意だからである。


「3匹目、ワニさんごめんね」


 リンは眼下の藪から尻尾をのぞかせていたワニに手加減の無い稲妻ボールの魔法を詠唱した。

 平和に昼寝していた罪も無いワニがまた一匹、裏返って痙攣し絶命する。


「それにしても本当にドラゴンなんているのかしら?

 それらしい痕跡も見当たらないけど……。

 ちょっと上から見てみるかな……」


 リンは空を覆い隠すように茂る木々のさらに上へと上昇した。

 一気に視界が広がり、遠くまで続く森や、隣の火山の様子が明らかになる。

 そして自分たちの目指す進路上に、大きな壁がそびえ立っているのが見えた。


「あれは……城壁?」


 リンはそのまま木々の上スレスレをスピードを上げて飛び、壁のある場所へと近づく。

 茶色い素焼きの大きなブロックをいくつも積んだような壁であり、その最上部は飾り彫りで縁取られている。

 リンはその壁に近づくにつれて巨大さを実感し始めた。

 壁の高さは20メートルほど、立派な城塞都市の城壁に匹敵する規模である。

 幅は2、300メートルほど、だがその奥に壁は折れ曲がり、リンから見えているのは何かを取り囲む城壁の一面だけである。

 城壁で囲まれた範囲は小さな村に匹敵するほどであろう。

 リンは壁に到達すると、張り付くようにしながら慎重に上から頭を出して壁の中を覗いた。


「うわっ! なにこれ、気持ち悪い」


 リンの素直な第一印象である。

 壁の中は広大な平地になっており、生命の痕跡すら感じない岩の転がる荒地の地面と所々に染み出てコポコポ煙を上げる溶岩の池があり、あちこちに得体の知れない骨が散らばっていた。

 そして中央には何百人もが上に乗れるような高さ5メートル、50メートル四方ほどの石造りの巨大な高台がある。

 高台の中央には直径40メートルはありそうな巨大な魔法陣が刻まれており、それ取り囲むように石の燭台が並び、手枷や足枷付きの鎖が繋げられた寝台のようなものが一番奥にあった。

 祭壇と言った方が正しいだろう。

 祭壇へは1方向からのみ登れるように、幅広の石の階段が供えられていた。

 そして何よりリンをぞっとさせたのは、高台の周囲に蠢く無数のドラゴンである。

 その数は数百。

 体の大きいドラゴン、まだ子供のドラゴン、赤いのや茶色いのが入り混じっており、その体の大きさもあって壁の中を埋め尽くしているように見えた。

 あちこちでドラゴン達がモゾモゾ蠢く様は、知性の高い高貴なモンスターというよりはゴキブリの巣を覗いたような状態である。

 溶岩の熱気と共にドラゴンの獣臭、そして得体の知れない異臭も漂ってくる。


「これが全部襲って来たら……大都市が一瞬で廃墟になるわね……」


 不意にリンとは対岸にある壁の入り口から人が入って来るのが見えたので、透明化の魔法で姿を消して観察を続ける。

 全身をローブで覆ったその人物は階段から高台に登り、隅に立つと中央の魔法陣に向かって両手を広げ、魔法を詠唱し始めた。

 ドラゴン達の何匹かはその人物に注目しているが襲う気配は無い。

 詠唱が進むにつれて魔法陣が溶岩のような怪しい煌きを放って瞬き始める。

 そして一分近くに及ぶ詠唱が終わると、魔法陣のあちこちに何かがニョキニョキと生えてくるのが見えた。

 それは人間の形、大きさをしているが髪の毛や皮膚が無い真っ赤な体をしており、苦痛でもだえるように動いている。

 やがてその人間のようなものが魔法陣を埋め尽くすほどに出現すると、ローブを着た人物は階段を使って高台を降り、壁の外へと歩いて消えて行った。

 それと同時に周囲の無数のドラゴンが飛び上がって高台に登り、我先にと争うようにその人間のようなものを貪り食い始める。

 他の体の小さいドラゴンの首根っこに噛み付いて引きずり出し、高台から下へと放り投げて自分が潜り込むドラゴンもあちこちにいる。

 そこには一部の人間が夢想するような、高度な知性を持つ気高いドラゴンの姿などどこにも無い。

 ドラゴンが人間のような物体を食い散らかし、千切れた手足が赤い飛沫と共に宙を飛んで周囲に落ちる。

 まさに阿鼻叫喚の地獄絵図である。

 リンはそっと壁から離れると、木々に隠れるようにしてスヴェン達の所へ急いで戻る。



「それにしてもあの妖精の通った道は追跡しやすいな。あちこちにワニの死体や鳥の焼死体が落ちてやがる」

「ま、まぁ、僕達の安全を確保してくれてるんだからいいじゃないか」


 森の中を慎重に進むスヴェン一行の元にリンが舞い戻る。


「おかえり。どうだった?」

「道を迂回するのをお勧めするわ」


「そうか、やはり居たのか、野生のドラゴンが……」

「ペットのドラゴンね。この先1キロほどの場所に巨大な壁で囲まれた祭壇があってそこにウジャウジャいるのよ」


 アモイが地図を取り出して確認する。


「多分それは生贄の祭壇だ。邪教徒はそこで人間を生贄に捧げる儀式を行うらしい。……まだ使われているのか……」

「えぇ、ペットのドラゴンに人型のエサをやってたわ」


「おいおい、ウジャウジャってどのくらいいるんだ?」

「そうね……。例えるなら樽一杯にカマドウマとゴキブリとダンゴムシを詰め込んだみたいな……」

「ひえっ」


「エサって誰かが生贄にされてたの?」

「多分あれは食料生成魔法みたいなものね。叫び声を上げない人間もどきを大量に召喚して与えてたわ。食料生成魔法と同じで……ドラゴンにとっては本物よりマズイんでしょうね」


 アモイが皆に地図を見せて生贄の祭壇を大きく避けて遠回りするように指でなぞる。


「そんな大量のドラゴンに目をつけられたら万に一つも生き残る道は無いよ。遠回りだけどこのルートを慎重に進もう。

 あと遠くから発見されてもドラゴンなら飛んでくるだろう。

 煙が立つような焚火もやらない様にしよう。

 そうなってくると食料は持ってきた三日分の携帯食料と道中で集めた植物のみになる。

 火を使って肉を焼けないし、生で食べるのは危険だからね」

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