第二十六話「最悪の状況での引き揚げ作業」
スヴェンとアモイの乗る船に大きな船影が近づく。
ブラッド・ピーコック号である。
横付けにされた本船から小舟を引き上げるためのロープが垂らされ、二人の船員が小舟の船首と船尾に結び付けて上へ合図を送った。
本船の縁では筋肉隆々とした船員が4人がかりで滑車を使い、スヴェン達を載せたまま小舟を釣り上げる。
甲板では腕を組んだベラ船長、そしてリンとイヴァリスが出迎えた。
「良く見つけた。これから引き上げにかかる」
「僕の出番ですね、石はどこですか?」
「いや、そんな悠長なことをやってる時間は無い」
ベラ船長は海の向こう、デスクレセント島の方を指さした。
遠くの海上に二隻の大きな帆船が並んでこちらへと向かって来ているようである。
「まさか……」
「魔法の夜! アンデッドの船が来るわ! 戦いになるわよっ!」
「まじか……。よりによってこんな時に……」
「ベ、ベラ船長! 逃げましょう! 手遅れになる前にっ!」
懇願するアモイを無視してベラ船長は船員達に次々と指示を出し続けていた。
「海の底を丸ごとさらう! 底引き網を用意しろ! ダミアン! 船腹を敵船へ向けた状態を維持しろ! 砲手、全員右舷で準備に掛かれ!」
「アイアイサー!」
「アイアイサー!」
「ベラ様! 網を用意しました! 今から投げ込みます!」
「待てっ! なんだその腐りかけてカビの生えた網はっ! チャンスは一度きり、決してミスは出来ない! 新品の白い網を使え! 今すぐ走れノロマ共がっ!」
「アイアイサー!」
「残りの者は全員武器を取れ!」
スヴェンは船室へと駆け出す。
「僕達も戦わなきゃ」
船室に戻ったスヴェンはハルバードを、イヴァリスはフランベルジュを取り出して甲板へと戻ろうとする。
「す、スヴェン君……腰が抜けて動けないよ……」
「アモイさんはここで祈っててくれ!」
スヴェンとイヴァリスはすぐに背を向けると階段を駆け上がって消えた。
残されたアモイは机に向かって座り気持ちを落ち着ける。
「祈っててくれ? ば、馬鹿にするな……、イヴァリスちゃんだって戦おうとしてるんだぞ。
オイラだって……オイラだってある程度の魔法は使えるんだ!
ここで逃げたら男がすたる!」
アモイもマジックエッセンスの入った試験管を補充すると階段を駆け上がった。
スヴェン達が甲板に戻ると興奮気味のリンが出迎えた。
「右舷で網を引き揚げてるわよっ! アンデッドの船も近づいてるからその前に引き上げて逃げないと追いつかれちゃう! うふふ、最高ね。シャバの空気はやっぱり刺激的でいいわぁ」
「リンちゃん……君達心臓に毛が生えてるんじゃないか?」
こちらへまっすぐ向かう二隻のアンデッドの帆船の影は、武器を取りに戻る前よりも大きくなっていた。
さらに数人の船員が投げ入れた網が繋がれた滑車から伸びる2本のロープを各5ずつ、掴んで踏ん張っている。
一人の船員がベラ船長に叫んだ。
「手ごたえありですぜ! 底に届いて何かが掛かった!」
「錨を上げろ! 全マストの帆を張れ! 網を引き揚げながら全速前進に移る!」
「アイアイサー!」
錨が引き上げられ、帆が全開で張られると風を受けたブラッド・ピーコック号は一瞬左舷へと傾いた。
それと同時にゴリゴリと何かを引きずる振動が船全体に響く。
「網を引き揚げろ! ぶっ倒れるまで全力で引け! 網を上げ終わるまで主砲が撃てんっ!」
「ベラ様! もうすぐアンデッドの船共が射程内に来ます!」
「分かってるっ!」
「ベラ様っ! 網ですが何か生き物が掛かってます! 網に動きが伝わって来るんでさぁ! デカいですぜ!」
「そりゃ魚くらいついでに掛かるだろう! しゃべってる暇があったら全力で引けぇっ!」
船縁から引き揚げようとする網の様子をうかがっていたスヴェンが呟く。
「……や、ヤバいぞこれ……」
海面へ浮上したロープには直径1メートルほどのヌメヌメとした光沢に覆われた蔦のようなものが巻き付いていた。
吸盤があちこちに見える。
黒く大きな影が海面に浮上し、ついに人の大きさほどある二つの黄色いキャッツアイのような目玉が現れた。
「クラーケンだぁーー!」
「はぁ? クラーケンだと?」
さすがのベラ船長もそんなことまでは想定していなかったのか、唖然とした表情でしばらく立ち尽くす。
大きな触手が甲板に一本滑り込み、一人の船員をグルグル巻きにして掴んだ。
「ひぇっ、た、助けてくれぇーー!」
「こんちくしょうぶっ殺す!」
「うぉぉ!」
3人ほどの船員が触手にシミターで切り付けるが、巨体のクラーケンにとっては海底で岩で擦った程度のダメージもない。
そのまま一人の船員が掴まれたまま海へと引きずり込まれた。
ベラ船長が叫ぶ。
「逃げるな! そのまま引き揚げろ! 逃げた奴は後でサメのエサにするぞ!」
「聞いただろ! 引き上げ続けろぉ!」
イヴァリスとアモイは慌てて網を引き揚げる船員達に交じってロープを引き始めた。
だがクラーケンは容赦なく二本目の触手を甲板に滑り込ませる。
「危ないっ! リン!」
「チェインライントニング!」
リンが放ったチェインライトニングの魔法を受けて触手はピクリと反応した。
そしてそのまま海へと戻る。
「ちょっと驚いただけ。多分効いてないわよ!」
スヴェンはベラ船長の方を向いて叫ぶ。
「ベラ船長! これは無茶だ! 引き上げたって皆殺しに会うだけだ! 諦めましょう!」
「素人は黙ってろ! お前ら! そのまま引き揚げ続けるんだ!」
マストの上の見張り台に居た船員が下に向かって叫ぶ。
「アンデッドの船が二手に分かれたぞ! 挟み撃ちにする気だ!」
「左舷! 砲撃の準備を!」




