第二十二話「エキドナ・キューブの伝承」
大型帆船がリエポートから出港して1時間ほどが経つ。
アンデッド兵の船への襲撃は収まり、スヴェン達は3層になっている船内部の中層にある広間で大きな机を囲んで座っていた。
議長席では真っ赤な三角帽子を被ったベラ船長が頬杖をついて一行を見守る。
その隣で巨漢の航海士ダミアンが能面のような笑顔で鎮座する。
船の中層には窓は無く、いくつかのランタンが部屋をぼんやりと照らす。
凶悪な顔の船員達に囲まれて何故か捕虜にされてしまったような気持ちのアモイは緊張して沈黙していた。
ベラ船長がグラスに注がれた赤ワインを一口飲んで机に置き、沈黙を破る。
「それで? まずは我々の目的のエキドナ・キューブについて教えて貰おうか?
詳しいことは何も知らされていないのでね」
アモイが頭を上げて答え始め、皆がそれに聞き入った。
「それでは……、まずは神話についてからお話しさせて頂きます。」
現代では多くの人々が紙に文字を記して記録を残すことが出来ます。
でもそれはここ500年の間に急激に人々の文明レベルが上がり、一般人の地位が向上したからです。
それ以前でも古典的な文字を紙や石板に記すことはありましたが、それは選ばれた貴族階級、王族の特権だったわけです。
一般人は親から子へ、老人が孫へ口頭で史実を語り継ぐしか有りませんでした。
そういう伝え方では事実が捻じ曲げられて都合よく、語る人や聞く人が喜ぶように改変されて伝えられます。
そして何代もの伝承を経た後は、ただのおとぎ話になってしまうわけです。
その一部が神話と呼ばれる物です」
「で? エキドナ・キューブとは何なんだ?」
「エキドナ・キューブはラード王の治めるこの大陸周辺のみならず、海を隔てた周辺の異国でも伝わる神話、世界を消滅させる大洪水と、町を背に載せて人類の始祖を運んだ大海亀の伝説に登場します。
この神話は聞いたことがある人は多いんじゃないですかね?」
「アギトの大海亀か? ガキの頃にじじぃに聞いたよ。海亀の背に何百人もの人間が生活する町があるんだって?
そんなバカでかい海亀今まで一度も見たことがねぇけどな」
「俺、このまえ3メートルくらいのを見たぜ!?」
「てめぇは黙ってろ!」
下っ端船員の一人が隣の船員に頭を叩かれる。
イヴァリスが片手を上げて割り込んだ。
「ワタシ……エージットの大海亀の昔話を聞いたことがあります」
「イヴァリスちゃんは少し離れた異国出身ですが、そこでも伝承されているようですね。
これだけの範囲に、口頭で伝承が続けられた、つまり人類にとって極めて重大で忘れられない史実だったわけです」
「史実? 冗談……」
「大多数の現代人は作り話だと考えるでしょう。ですがオイラ達、トレジャーハンターはそうは考えません。
200年前の探検家にして伝説のトレジャーハンター、ゴルガン・スペラもです。
話を戻します。
地方によって言い伝えに差がありますが大枠の物語はこうだったはずです。
人類が太陽の恵みを受けて、森と緑に囲まれ、果物や野菜、獣の肉といった自然の恵みのお陰で平和に暮らしていました。
でもある時期から歩く骨が村に迷い込む事件が発生し始め、ついには死んだ村人の死体が起き上がって人を襲い始めます。
人々はそれが悪霊の持ち込んだ災いだと考え、村人全員が協力して、全て打ち倒してから山の洞窟に運び込んで隔離します。
でもある時、空が暗雲に包まれ、太陽が隠された状態が何日も続きます。
そしてついに死霊の大群が村へと押し寄せるのです。
あまりの数と力に人々は村を捨てて逃げまどいますが、点々と逃げ延びる村を次々と死霊が侵略し、草木は枯れ人々はこの世界が神に見捨てられて地獄へ落ちたと考えます。
あるものは泣きわめき、ある者は神に祈って許しを乞います。
それでも容赦なく死霊達は人類を襲い続け、ついに海の波で削られた切り立った断崖で世界で僅かの生き残りの人間達が追い込まれてしまい、海へと次々に身を投げます」
「イルカが助けるんだったな」
「そうです。沢山のイルカが現れて人々を背に載せて海のど真ん中へ向かい、アギトの大海亀の背へ運ぶのです。おっしゃりたいことは良く分かります。
そんなイルカがイルカ?」
「…………は?」
「す、すいません。
大海亀の背に乗って人々はしばらく、子供だった人が老人になって孫が生まれるくらいまで平和に生活します。
海亀の背には豊富な自然があり、木や草が生え、家だって作れたんです。
しかしいつまで経っても見えるのは海ばかり。
人々は神が大陸を海水で清めて消滅させたのだと考えました。
しかしある時人々の前に翼の生えた女神が現れます。
そして輝く武器を与えてこう言うのです。
『危険を顧みず、勇気があり腕っぷしが強く、心の清い勇士を集めなさい。
貴方達の故郷を滅ぼした悪の神をこれから倒しに向かいます』
そして8人の勇士が集められ、彼らに輝く武器が与えられます。
大海亀は悪の神の住む冥界へと泳ぎ、勇士達は次々と大海亀の背に襲い来る死霊達を打ち払ったのです。
女神は亀の頭の上に立ち、片手にはヘカトンケイルの目、片手にはエキドナ・キューブを持って遠くを見据えます。
勇士達が太刀打ち出来ない魔物や大魔法が迫ると、ヘカトンケイルの目が女神の手を離れてそれに近づき、浄化します。
そして……」
「大陸ほどもある黒い大渦巻きの姿をした冥界の神は、女神の持つ奇跡の小箱が全て吸い取って消してしまった。
奇跡の小箱の事だったのか。
そしてうちの一家がそのおとぎ話のアイテム探しに付き合わされる羽目になったと……」
アモイはカバンから細かな機械部品の集合した球体を取り出して掲げる。
「そして、これが女神が持っていたおとぎ話のアイテムの一つ、本物のヘカトンケイルの目です。
口頭伝承では大きな目玉として伝わりましたが、この複雑な機械を昔の人が理解して伝えるのは難しかったのです」




