第十七話「大精霊マーヤのお告げ」
城門を出るとスヴェンは手綱を引いて連れてきたセキトバ号に飛び乗った。
そしてバックパックを背負って歩くアモイ、荷車を引くイヴァリスと、その荷車の上で寝転ぶリンのほうへ一瞬体を向ける。
「僕が先にイーアの集落の様子を見てくるよ。たしかこのまま道をまっすぐ行って最初にある集落だよね?」
「王様はそう言ってたが……あまり通らないから覚えてないな」
「そこで……当たり」
イヴァリスが荷車からニンジンを取り出して見せながら頷く。
イーアの村はニンジンが名産で、手広く商売をするイヴァリスはそこでの仕入れもやっていた。
「遠目に見て危なそうだったら隠れていてくれ。リン、二人を頼んだぞ」
「はいはい。いってらっしゃい。 イヴァリス、このお菓子食べていい?」
ゆっくりと進む一行を置いて、スヴェンは馬を走らせた。
王都から一番近い農村というだけあり、森の中の街道数分走ると直ぐに辺り一面に畑が広がった。
そして遠くに小さく見えるいくつかの建物から立ち上る煙と燃え上がる炎が見えた。
「まずい、間に合わなかったか!?」
スヴェンは集落へ馬を急がせる。
燃え盛る家の一つから助けを呼ぶ少女の声の甲高い声が響く。
「誰かーーー! 誰が助けてください! 司祭様が死んでしまいます!」
「今いく! 待っていろ!」
スヴェンは少女に叫んで声をかけると、急いで周囲を見回し、近くにあった井戸へと駆け寄る。
そして馬から降りて水を汲み、頭から被った。
「もう少しでそっちへ行く!」
スヴェンは家の戸口を塞いでいる燃え盛る木の柱をハルバードで切り崩し、テレキネシスの魔法を使って崩れ落ちそうな燃える屋根の一部を取り払うと中へ駆け込んだ。
家の中には何人もの人間、衛兵や神官たちの死体があちこちに倒れ、入り混じるように黒焦げのデーモンの死体も同じくらいの数転がっていた。
そして部屋の中央でラーザス大司教が血だらけの状態で倒れて横になり、泣きはらした顔の少女が縋り付いていた。
少女はスヴェンに訴える。
「そこのお方、助けてください! ラーザス大司教様が死んでしまいます!」
駆け寄ったスヴェンがラーザスの体を見る。
腹を強烈な力で獣、おそらく周囲に倒れるデーモンに切り裂かれたのであろう。
内臓が一部飛び出し、片腕を失い、何より致命的なのは出血が多すぎる事である。
顔は真っ白で既に死んでしまっているように見えた。
「手遅れだ! それよりすぐにここを出ないと家が崩れて下敷きになって僕達も死ぬ」
「そんなことは出来ません! 大司教様はまだ生きておられます!
大司教様を救い出して頂けないなら私はここを動きません!」
既に周囲の壁は全て燃え上がり、柱は赤熱化している。
いくつもの燃えた木の破片が天井から落ち、ついに部屋の端から崩れ落ち始めた。
その時ラーザスは片腕を少女の頬に当てて見つめながら、ゆっくりと話し始めた。
「ラナよ。そこの勇敢な騎士と共に逃げるのだ」
「そんな、私には大司教様を置いていく事など出来ません!」
「私のことはよい。もう十二分に生きた老いぼれだ。逝くのが少し早くなっただけだ」
「大司教様!」
「ラナよ。そなたはここで死んではならぬ。
そなたは大勢の人々を救わなければならぬ。その使命を果たせ。
ラナよ……この死の間際になって、私には大精霊マーヤの新たな啓示が再び見えたのだ」
ラーザス大司教はスヴェンとラナの方を交互に眺める。
「勇敢なる騎士よ、君と君の仲間たちは大精霊マーヤ様、いやそれより上位の存在が悪魔と死霊の軍勢に放つ神の矢だ。
どんな辛いことがあっても、その輝くハルバードと共に乗り越えるのだ。」
「……任せてください」
「聖女ラナよ、我らに襲い掛かる高位デーモン達を壊滅させたそなたの力、それが人類の最後の希望、そなたの体はそなただけの物ではない。
私を置いてここから逃げろ。
そして隣の騎士と共に、そなたの体に眠る本当の力を覚醒させよ」
「大司教様! かならずこの身を大精霊マーヤ様に捧げ、人々に捧げる事を誓います」
「最後にラナよ、ここからリエポートへ向かう道中のはずれにある大精霊の木は知っておるな?」
「はい! 毎月そのご神木の元へお参りして祈りを捧げています」
「今日、必ずそこへ赴き、10分間の祈りを捧げよ。私と約束するのだ」
「分かりました! 必ず守ります」
天井の崩れが激しくなり、火の勢いが増し始めた。
「もう限界だ!」
「行け!」
「行くよ、ラナさん!」
スヴェンはラナの手を取り、燃え上がる部屋から駆け出した。
二人が扉から出たのと同じタイミングで轟音を立てて家が背後で崩れ去る。
ラナは後ろを振り返り、涙をこぼす。
「パパ……、ママ……」
井戸の前まで逃げ出したスヴェンは燃え上がる家々を眺める。
この集落は壊滅したようである。
ラナはしゃがみこんで嗚咽する。
「僕はスヴェン、君のご家族は……」
「デーモン達に殺されました。あの部屋の端に転がっていた死体がそれです」
「そうか……ごめんよもう少し早く辿り着いていれば……」
二人はしばらく井戸の前で佇んでいた。
ラナはずっと泣き続けている。
しばらくすると遠くの街道に人影が現れた。
アモイとイヴァリス、それに荷車に寝そべるリンである。
アモイは立ち上る煙と炎を見て慌てて集落へと走り出す。
そしてスヴェンの近くまで来ると、息を切らしながらキョロキョロと周囲を見回した。
「スヴェン君! 大丈夫か? 大変なことになっているな」
「アモイさん……」
「そこの彼女は……ひょっとして……」
「ラナさんだ。ラナさん彼は僕の仲間の……」
アモイに遅れてイヴァリスとリンも近寄る。
「トレジャーハンターのアモイさん、交易商人のイヴァリス、そして……リンだ」
ラナは顔をあげて一行を眺める。
「スヴェン君、このまま彼女を連れてリエポートに向かおう。カルフンガリアに彼女を連れて行ったらかえって危ない」
「そうだね。でもリエポートも果たして無事か不安になってきたよ」
ラナはつぶやく。
「リエポートへ……」




