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第十六話「イーアの集落の農民の娘、ラナ」

 王都カルフンガリアの城門を出て3キロほど離れた場所に小さな集落があった。

 5、6軒ほどの二階建ての家が並び、周囲には見渡す限りの畑が広がり、ところどころに納屋が点在する。

 ここはイーアの集落と呼ばれる人口30人ほどの農村である。

 そこにある一軒の家の中に槍を持った二人の衛兵と、3人の神官、そしてラード王国の国教であるマーヤ教の大司教ラーザスが一人の少女を取り囲んでいた。

 少女は年齢16歳ほどで粗末な麻の服を着て、両手を組んで大司教ラーザスの前にひざまずき、祈りを捧げている。

 彼女は敬虔なマーヤ教信者の家庭で育った農民の娘である。

 部屋の隅で同様に並んでひざまずいた彼女の両親が口を開く。


「恐れながらこのような見苦しい場所にラーザス大司教様が直々においでになるとは思ってもいませんでした。

 知っていれば全身全霊を込めておもてなしをさせていただいたものを……」

「よい、気にするでない。それよりも何の事前連絡もなく押しかけて済まなかった」


「恐縮でございます……。

 ところで大司教様は何故このような農村へお越しになられたのでしょうか? 娘のラナにご興味がおありの様子ですが……」

「そなたも知っているであろう。スタグランドから勢力を広げる悪魔の軍勢、デスクレセントから侵略を繰り返す死霊の軍勢。

 どちらも我々の想像を超えるとてつもなく強い力を持っておる。

 王国の騎士団ですら手も足も出ず敗戦を重ねておる」


「恐ろしい話でございます。私達もこの農地を捨てて逃げなければならなくなるかと考えると気が気でなりません」

「私は大精霊マーヤに祈りを捧げ続け、儚き人類が生き残る道を請い続けた。

 そしてつい先日、大精霊マーヤからの啓示を受けたのだ。

 このイーアの集落に神の祝福を受け、プーリストとして神に匹敵する力を隠した少女が住んでいるとな」


「大司教様、ご期待に沿えず申し訳ございませんが、娘のラナは只の農民の子、プーリストとしての不思議な力はおろか、魔法さえ使えません。

 別の娘の間違いではないでしょうか?

 隣の家の娘のエリザとか……」

「そこはもう回ってきた。神聖な力は普通に生活していて見えるものではないのだ。ラナよ、この宝珠を両手に持ち、祈りを捧げるのだ」


 ラーザスは懐から金細工で包まれた透明な宝珠を取り出すと少女に手渡した。

 少女はそれを受け取り、両手で大切そうに持ちながら胸の前に掲げ、目を閉じて祈りを捧げる。


「大精霊マーヤさま……私達をお救い下さい」


 宝珠は突如まばゆい光を放ち、ラーザス大司教を除く部屋の中の人々は手を目の前に広げて顔を背ける。

 細かな振動が数秒続き、ついには音を立てて宝珠が粉々に吹き飛んだ。

 少女が狼狽えながらラーザスに向き直る。


「ラ、ラーザス大司教様申し訳ございません。宝珠を壊してしまいました」

「大精霊マーヤよ、貴方の示された少女をついに見つけました。

 この聖女ラナに祝福あれ!」

「大司教様! お気を付けください!」


 神官の一人がラーザスの背を抱えて少し移動ししゃがむ。

 その直後大きさ1メートルほどの羽の生えた小悪魔がラーザスの頭上を素早く通り抜けた。

 先ほどの激しい光にダメージを受けたのか全身が焼けただれて皮膚のあちこちが剥げ落ちている。


「インプです! 魔法で透明化して我々を観察していたようです!

 我々にお任せください!」

「ケケケケケ、見たぞ! 貴様らの切り札、即座にその芽をつぶしてくれよう!」

「聖なる浄化の炎よ、わが手に来たりて……」


「貴様らは今! ここで! 終わり! 死ぬのだぁ! キキキキキ!」

「あ、まてっ!」


 インプは窓ガラスを突き破って外に出ると、そのままゆらゆらと飛び去って行く。


「大司教様! いかがいたしましょう?」

「村人を避難させるのだ! それよりあのインプ、あそこで何をしている?」


 100メートルほど家から離れた場所でインプは両手を広げて伸ばし、魔法を詠唱した。

 真っ赤に光る異次元のゲートが開く。


「なんだ!? インプがあんな高位魔法を……只のインプではない。……お気を付けください! 何か出てきます!」

「急いでカルフンガリアに伝書鳥を飛ばして応援要請を!」




 カルフンガリア博物館の地下にて、スヴェン達は町中に響き渡る警報の鐘の音を聞いていた。


「なんだ? 警報が鳴っているぞ?」

「皆さん、急いで旅の支度をして下さい! ついにシャドウキングの軍が来たようです」


 アモイは慌てて地図とメダリオンをバックパックに詰める。

 その間に、地上の方から窓ガラスの割れる音が響いた。


「僕が先頭を行きます。皆少し離れて後を付いてきて下さい!」


 スヴェンを先頭に一行は石の階段を上って博物館の一階へと進み出る。

 馬の駆ける音、ガラスの割れる音があちこちに響いていた。

 廊下の突き当りで馬に乗り、フードを被った二人の魔術師がこちらに気が付き、顔を向ける。


「ジーロットだっ!」


 スヴェンはジーロットへ向けて素早く駆け出した。

 その後に空中を飛びながらリンも続く。


「食らえ!」


 スヴェンは一人のジーロットにハルバードの一撃を命中させた。

 ジーロットは馬の上で仰け反り、もう一人のジーロットが魔法の詠唱を始める。

 だが即座にスヴェンはスピットファイヤーの呪文で詠唱をつぶす。


「牢獄でストレスが溜まってるのよっ! 覚悟しなさい?」


 リンがダメージを負ったジーロットに追い打ちの稲妻ボールを命中させた。


「下がるぞっ!」


 負傷した方に回復魔法をかけつつ、二人のジーロットは馬で走り去った。

 様子を見ながら、恐る恐るスヴェンの元に辿り着いたアモイが周囲を見回す。


「ガラスケースや戸棚が壊されまくってるぞ。あいつら何をしてたんだ?」

「あちこち壊されちゃってますねぇ……陳列品が壊されてなければいいが……」


 館長は壊れたショーケースを心配そうに見回す。


「大変よ!」


 背後の方、横道にそれたフロアを見ていたリンの声が響く。


「マリアさん作の『ヘカトンケイルの目』が盗まれてるわ!」


 ショーケースが破壊されて台座の上のレプリカが無くなっていた。

 遅れて出てきた大臣が答える。


「奴らも『ヘカトンケイルの目』を狙っていたのでしょう。

 盗まれたのがレプリカで幸いでした。

 それよりもはやくここを出て王に再びお会いしなければ」


 スヴェン達が博物館の外に出るとすでに6人の親衛隊に囲まれ、帯剣したラード王が目の前に立っていた。

 スヴェンやアモイ達を見るなり口を開く。


「レリック探索隊よ、急いで港町リエポートへ向かうのだ。

 そこで君達の冒険の足となる船と共に、船長アマードと30人の船員を待たせておる!

 だが道中、イーアの集落に立ち寄り、大司教ラーザスと、彼の見つけ出した聖女ラナを救い出すのだ!

 彼らは魔法学校評議会の勢力に今、この時間も襲撃を受けておる!

 彼女もまたこの戦いの切り札、決して死なせてはならぬ!」

「ラード王様、この町の住民達、スタグランドからの避難民達も危ないです!」


「それは余が責任を持って逃がす! 約束しよう!

 君たちは一刻も早くイーアの集落へ向かうのだ!」



 

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