第二十四話「最高の訓練教官」
カゲヒサは胴から血を滴らせながら中段の構えを取り、切っ先をモーガスの喉元へ向けて細かく前後に動くが打ち込まない。
モーガスは手を高い位置でクロスした牙突のような構えを保った。
彼ら騎士が雄牛と呼ぶ構えである。
しばし両者のにらみ合いが続く。
卑怯な手段を取ったとはいえ、決勝戦に残るモーガスはかなりの実力者であることが見て取れる。
「えぃやっ!」
カゲヒサが素早く刀を振りかぶり、モーガスの胴を狙う。
モーガスはそれを見切り剣をくるりと返して刀を払った。
カゲヒサは再び飛び退いて間合いを取る。
達人同士の戦いは観客達を魅了し、ヤジを飛ばしていた人々も押し黙って二人を見守る。
こんどはモーガスが雄牛の構えからロングソードをクルクル返しながら連続して5回ほど切り込む。
まるで野生の蛇の如き素早く滑らかな猛攻である。
カゲヒサは全ての攻撃を刀で払う。
刀と剣が擦れ合う金属音が響き、観客達は緊張感に包まれる。
カゲヒサは少し距離を取って体勢を立てなおそうとした。
しかし貧血のようにすこしふらついてから踏みとどまる。
地面にはおびただしい量の血が流れて血だまりを作っていた。
「せいっ!」
カゲヒサが再び振りかぶって攻撃をするが、明らかに精度も威力も落ちていた。
モーガスはロングソードを振り子のように回転させて刀を払うと、体を回転させ、まるでムチのようなしなりを加えてロングソードを袈裟斬りに振り下ろした。
カゲヒサは目を見開いて刀を牙突に構えて剣を防ぎながら突進し、モーガスの脳天に突きを放った。
モーガスは頑丈なプレートヘルムで守られたものの不意をつかれたこともあり、衝撃を受けて失神し、フラフラと後ろへ崩れ落ちて倒れた。
モーガスは動かない。
カゲヒサは血の止まらない腹を片手で抑えてしばらく様子を見ると、モーガスに一礼をした。
観客は静まり返っている。
役人はしばらく動かなかったが仕方なく嫌な素振りを明らかに見せながらカゲヒサの元へ歩み寄る。
だがカゲヒサはばったりとその場に崩れ落ちた。
その顔には血の気が無かった。
他の試合では素早く歩み寄るはずの衛生兵は動こうとしない。
代わりにモーガスが目を覚まして辺りをキョロキョロと見る。
スヴェンは立ち上がった。
「おい、スヴェン、何をする気だ?」
「あの異国の騎士はこのままじゃ死んでしまう。一刻を争う状況だ、見れば分かるだろう?」
「そりゃ……そうだが……」
「死なせてたまるか! 周りがどうだろうと構うもんか!」
スヴェンは人々の注目を集めながら舞台に上がり、カゲヒサのところへ駆け寄るとグレーターヒールの呪文を詠唱した。
カゲヒサに呪文の効果が現れ、カゲヒサは血の気を取り戻して周囲を見回し、スヴェンを見る。
「異国の騎士、カゲヒサは第三者の加勢により反則と見なす!
よって勝者はモーガス!」
役人がモーガスの手首を掴み、上へと掲げた。
闘技場は人々の歓声に包まれた。
スヴェンはまだ完全に回復しきれないカゲヒサに肩を貸して舞台を降り、近くの座席に座らせる。
周囲から罵声とささやき声が届いた。
「情けねぇ、神聖な騎士の戦いで外から加勢かよ」
「土人め、とっとと消えちまえ」
「モーガスは真の騎士だよ。当然の勝利だ」
シェイドとリンが隣の席まで歩いてきて腰掛ける。
シェイドは罵声を浴びせる観客に中指を立てて舌を出していた。
「まぁ! なんて下品な」
カゲヒサはスヴェンに話しかけた。
「すまんな。命を助けられた。恩に着るよ。
それが魔法というやつか。たまげたよ」
「素晴らしい戦いでした。相手と役人が卑怯な事をしなければ貴方の優勝だったはずだ」
「何を言うか、相手は素晴らしい騎士だった。腕も一流だ。彼に負けたのなら私は光栄だよ。
ま、多少小狡い所があるほうが着いて来る部下は安心出来るかもな。
はっはっは。」
シェイドがカゲヒサに包帯を巻きながら目を輝かせる。
「カゲヒサさん。あんたは間違いなく剣の達人だよ。俺は感動した。
モーガスよりもあんたのほうが遥かに強いよ。俺には分かる」
「はっはっは、そうかね?」
リンが尋ねる。
「ねぇ、ここの兵団の訓練教官の職はモーガスに取られちゃったけどこれからどうするの?」
「ここに来て半年間ほど世話になっている道具屋があってな。
そこで靴やロープを作って働かせてもらってる。
またしばらく雇ってもらうことにするよ」
「なぁ! 俺達に剣術を教えてくれよ」
「剣術を?」
「カゲヒサさんに教えて貰えたら……僕達にとってこれ以上の訓練教官は居ないよ」
「俺達が最強になって、カゲヒサさんこそが最高の訓練教官だと皆に証明してみせるよ」
「そうだな……君達には命を救われたしな……断れんわな」




