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第十六話「赤猫旅団女首領、メリッサ・キャット襲来」

 カルフンガリアの街の各所でけたたましく鐘が打ち鳴らされる。

 町の人々は大慌てで近くの建物に避難しようとしていた。

 一人の男が図書館の扉をドンドンと叩いて叫ぶ。


「おい! 俺も入れてくれ! 開けてくれよ!」

「他をあたってくれ! もう何重もの鍵を掛け終わった後なんだ!」


 男は走って別の建物へ向かった。

 ジャーラが叫ぶ。


「皆急いで銀行の中へ! ここが一番防護が硬いわ!」


 銀行は石造りの屋上付き一階建ての建物だが、その役割故に堅牢である。

 ティーパーティーをしていた人々は駆け込み、ジャーラは転んだ少女の手を引いて起こし、銀行の中に押し込んだ。

 もう既に人がギュウギュウ詰めである。

 ドタドタ走る音がしてスヴェンが振り向くと、丸い木の盾と手斧を持った身長150センチほどの筋肉質の亜人が走ってくる。

 武装したオークである。

 混雑した銀行の入り口をまっすぐ目指しているようである。

 入り口は逃げようとする女性や子供の体が飛び出ており、扉を閉められそうにない。


 「僕はいい! 早く扉を閉めろ!」


 スヴェンは銀行の扉を指差して、人々に叫ぶと斧を振り上げるオークに突撃した。

 オークにタックルして胴体を抱きかかえて地面に引き倒す。

 オークは斧を振りかぶる事が出来ずに威嚇の声を上げる。

 スヴェンは足を開いて踏ん張り、オークを上から押さえ続けた。

 上を取られれば死の可能性が急激に高まるのを本能で感じていたのだ。

 スヴェンの上に影がさす。

 スヴェンは冷静に背後の別のオークの影が斧を振り上げ、下ろす瞬間を観察した。

 とっさに横に回転して身をかわすと、さっきまで組み伏せられていたオークに斧がめり込み、緑の血しぶきが飛び散った。

 すかさずスヴェンは仲間の体から斧を引き抜こうとしているオークの脇腹に飛び蹴りを食らわせる。

 オークは衝撃と苦痛で斧を手放してよろけて座り込んだ。

 スヴェンは素早く斧を奪って打ち下ろす。


 その状況になってみなければ分からない事というのは多々ある。

 戦いに身を置く者にとって、武器を持たない素手での格闘はいずれ訪れるものである。

 死んでからは後悔すらも出来ないのだ。

 スヴェンは冷や汗とともに、自分の格闘技術の未熟さ、もどかしさを痛烈に感じていた。

 今この瞬間が来なければ想像すらもしなかった感情である。

 今回は辛うじて運良く勝利したのだ。


 スヴェンが戦っている間になんとか銀行の門は閉じられたようである。

 銀行の屋上を見ると何人かの人々がスヴェンを見下ろしている。


「この街の城壁は何の為にあるんですか! 衛兵は城門を閉じてないの?」


 スヴェンが屋上の人々に叫ぶ。


「衛兵達は城門を閉じて城壁の上で戦っているんだ! 何者かが街の中から魔法のゲートを開いて別働隊を侵入させてくるんだよ!

 いつも何処からか現れる!」

「大変よ! 銀行の裏側で子供が逃げ遅れてるわ!」

「僕が行く! 誰か剣をくれ!」


 屋上の女性の一人がしゃがみこんでむき身のロングソードの切っ先を摘んでぶら下げ、スヴェンに渡す。

 ロングソードを受け取ったスヴェンは裏側に回った。


「ああっ! 危ない!」


 オークが一体、斧を振り上げて子供を追っていた。

 だがスヴェンに気がつくと向き直って木の盾を構えて体を隠して接近してくる。

 スヴェンが剣を斜めに大きく振りかぶるとオークはそれに合わせて盾を上げる。

 スヴェンは一気に体を下げてオークの足に斬りつけた。

 呻いてよろけるオークを盾ごと蹴り飛ばし、剣でとどめを刺した。

 以前の彼ならば木の盾に思い切りロングソードを打ち下ろしていただろう。

 そうなれば剣は盾に深く刺さって武器を1、2秒間封じられたであろう。

 そしてその時間はオークが斧でスヴェンに致命傷を与えるに十分である。

 スヴェンは戦いを知り始めていた。


 スヴェンは子供を肩に担ぎ上げ、銀行の屋上の人々が引き上げた。


「ついでにマジックエッセンスも誰かくれない?」

「私のをあげるよ。持っていきな」


 スヴェンは見知らぬおばさんからマジックエッセンス全種の入った袋を受け取った。

 この時初めて気が付いたが、あちこちで外で戦っている戦士や魔法使いは居たようである。

 オークは一般人には危険だが、それほど強いモンスターではない。

 外に出ている腕自慢達は皆何体かのオークを撃退しているようであった。


「ぐああぁぁ!」


 突如遠くで叫び声が響いた。

 スヴェンが建物の角から覗くと遠くから馬に乗った5、6人の女性がこちらへ向かってくる。

 道中外にいる冒険者や戦士を炎に包む魔法で一撃で葬っていた。

 女達は笑っていたがその中に聞き覚えのある声があった。

 近づいてくる姿を見て確信する。

 スタグランドでアリスさんを殺したマリー・キャットである。

 ギルドメンバーを魔法で即死させたネコ・キャットも居る。

 彼女たちの前に街中を見まわっていた衛兵が現れたが、幾つもの炎の魔法の集中砲火を浴びて即座に死亡した。

 スヴェンは憎しみよりも先に恐怖した。

 彼女たちの前に出ては数秒の命も無い。

 皮肉なことにある程度強くなって、知識と経験をつけたために、今までよりも強く、彼女たちの恐ろしさを感じれるようになったのだ。 


 スヴェンは建物と建物の隙間の影に隠れた。

 物陰から覗いていると彼女たちは銀行前で馬の歩みを止めた。


「すいませーーん。銀行開けて貰えませんかーー?

 開けてくれないと火をつけますよーー?」

「殺されたくなければおとなしく開けるニャ!

 今開けたら殺すだけで勘弁してやるニャ!」

「どっちも同じじゃねーか。ぎゃははははは」


 下衆な会話で盛り上がる中、一人だけ沈黙している女が居た。

 この街で何度も何度も賞金首の似顔絵を見て覚えたから知っている。

 赤猫旅団の女首領、メリッサ・キャットである。

 金細工が混じった真っ赤なバンダナをつけ、派手で巨大な孔雀の尾のような髪飾りが頭の天辺に付けられている。

 スヴェンは震えながらも確信した。

 この集団の前に出たら逃げられない。生き残れない。


 銀行の上から避難している人が顔を出して叫ぶ。


 「出て行け赤猫旅団め! お前らオークとも手を組んだのか?

  モンスターの世界で仲良く暮らして人の世界に出てくるな!

  ゴミめ!」


 ネコ・キャットが仲間に言う。


 「屋上を火の海にしていいかニャ?」

 「待て待て! お宝が燃えちまうだろうが」

 「構わないよ。やれ。

  銀行のお宝なんてしょっぱいものどうでもいい。

  その内この街とあの城を貰うんだからな」


 メリッサの言葉を聞いてネコ・キャットが魔法を詠唱し始めた。

 (まずい! あの中にはジャーラさん達が居る)

 スヴェンはとっさに体が動いた。

 下級魔法、スピットファイアを詠唱。

 大魔法を唱えるネコ・キャットよりも早く詠唱を完了し、ネコ・キャットに放った。

 ネコ・キャットは詠唱を中断した。


「いてっ! 誰かそこに居るニャ!」


 スヴェンは全速力で建物の隙間を反対側へと走って逃げた。

 馬が素早く走る蹄の音が左右と後ろから聞こえる。

 回りこんで包囲するつもりのようである。

 スヴェンは包囲されるより一瞬早く道に出ると、向かいの路地裏へ再び走りこむ。

 走るスヴェンの背後に石の壁が出現する。

 足止めの魔法のタイミングより僅かに早く距離を稼いだようである。

 壁の裏からかすかに声が聞こえる。


「おいおい……進めねーじゃねーか」

「ごめんニャ」


 二本目の道路へ走り出ると右側から回りこんだマリーから稲妻のボールがスヴェンに飛び命中した。


「ぐうぅ」


 スヴェンは構わず逃げる。

 必死のスヴェンは気づいていないが、魔法抵抗力が上昇していたので即死を免れたのである。

 スヴェンは近くの荷馬車のロープをとっさに切ってさらに逃げる。

 自由になった豚達が駈け出した。

 追いかけるマリーの馬はうろたえて足を一瞬止める。

 そのままスヴェンは逃げ続けたがついに行き止まりにまで追い詰められた。


「覚悟するニャ」


 ネコ・キャットが魔法を詠唱し始めた時、突如隣から身長3メートルほどのコウモリのような羽を生やし、二本の角を生やした筋肉質の悪魔が現れた。

 悪魔はネコ・キャットにファイヤーボールの魔法を打つと持っていた大剣で襲いかかる。


「こいつっ! 邪魔するニャ!」


 ネコ・キャットは回復魔法を小刻みに自分にかけながら魔法を詠唱を試みて失敗する。

 だが後ろから現れたマリーがディスペルマジックを唱えて悪魔を消した。


「誰かがデーモンを召喚して邪魔したニャ!」

「もういい! 時間だ撤収するぞ」


 マリーは懐中時計片手に持って眺めながら言った。

 スヴェンを放置したまま二人は全速力で駆けて行った。

 交代でリンがスヴェンに駆け寄る。


「間一髪だね」

「お前本当にデーモン召喚出来るんだな……」


 スヴェンとリンが銀行前へ戻ると既に警報は解除されていた。

 銀行に逃れた人間は皆無事のようである。

 赤猫旅団の代わりにどこかで見覚えのある紋章をつけた凛々しい騎士が馬に乗って周囲を警戒していた。

 他にも何人も居るようである。

 銀行の前の人だかりの中でキョロキョロ周囲を見回していたジャーラがスヴェンに駆け寄った。


「スヴェンくん、ありがとう。貴方は皆を救ったわ」

「良かった。本当に良かった」


 スヴェンは今回も隠れて逃げた。

 だが今回は只の負け犬ではなく、胸を張って誇れる戦いだったのである。

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