第十五話「私のプリンを食べたのは誰? 路上ティーパーティーの小さな事件簿」
銀行の前は街で最も人で賑わう場所である。
この世界の銀行はお金だけではなく、荷物も預けることが出来る。
そして各種地方都市にも銀行があり、必要であれば数日かけて別の町の銀行から預かり品を取り寄せるサービスも行っている。
泥棒や強盗対策は万全であり、多くの旅人や住民が利用するため、その周囲は常に人で溢れているのだ。
今日もカルフンガリアの銀行前は夕方だというのに人で溢れていた。
銀行の近くの広場では机と椅子が並べられ紅茶と茶菓子がふるまわれていた。
これは銀行のサービスではなく、街の富豪の女性ジャーラの個人的な趣味である。
彼女は成功した錬金術士であり、彼女の銘柄のポーションは国中で知られている。
スヴェンは裸足にパンツ一丁の姿でふらふらと現れると、並べられた机の一番端に座った。
机に座っていた人々がスヴェンに注目してヒソヒソ話を始め、スヴェンの隣で座っていた女性は席を立って離れていった。
綺麗な鳥の羽で飾られたエメラルドグリーンのつば広帽子を被った女性がスヴェンの前に現れてティーカップを置き、紅茶を注ぐ。
注ぎ終わると大きなチェストの置いてある場所へ戻り、こんどはショートケーキが載せられた皿を目の前に置いた。
ニッコリとスヴェンに微笑む
「あたしはジャーラ。このパーティーの主催者よ。ごゆっくりしていって下さいね?」
「ありがとう。 ……これ無料ですか?」
「ええ、あたしの趣味ですもの。料金は取らないわ」
スヴェンは紅茶を飲み、ショートケーキをスプーンで切って食べる。
甘い物が心に染みる様な気がした。
「美味しいですね。元気が出てきました」
「ちょっと待っていて下さいね?」
ジャーラは机を離れて銀行へ消えた。
しばらく経って大きなバッグをもって現れる。
スヴェンの座っている横にしゃがみ込むとバッグの中から幾つかのブーツを取り出して、それぞれをスヴェンの足に添わせる。
「このサイズなら合うわね。履いてご覧なさい?」
「え、でも僕お金は1ゴールドも持ってないんだ」
「あら? あたしはお金を取ると言ったかしら?」
スヴェンはブーツを履いた。新品ではないが元々履いていたものよりはるかに上等品である。
ジャーラは今度は服とズボンを取り出してスヴェンの体に押し当ててサイズを見ている。
「いや、そんな……悪いよ……」
「これなら着られるわね。この服と靴は貴方にあげるわ」
「で、でも……」
「ケーキも紅茶もおかわり自由だから、欲しくなれば言ってね」
ジャーラは再び並んだ机の中央へと戻り、他の人達と世間話を再開する。
スヴェンは再びケーキを頬張るとジャーラがこちらを見て微笑む。
「美味しい?」
「ホイヒイれすぅぅ……」
スヴェンは何故か涙を流しながらケーキを食べていた。
当初パンツ一丁で裸足のスヴェンを避けていた人達との距離も、何気ない世間話をする内に狭まっていった。
スヴェンがこの街で受けた被害は既に笑い話のネタである。
「さて! ここでニュースがあります! なんと今日はそこに座っているエイミーさんのお誕生日なのです!」
「おめでとう!」
「おめでとうございます」
エイミーと呼ばれた女性は恥ずかしそうにしつつも嬉しそうである。
「今日はあたしの錬金術を駆使してエイミーさんの大好物のプリンを作ってきました! じゃじゃーん!」
ジャーラは机の真ん中にボウルを被せたお盆を置くと、ボウルを持ち上げた。
ブルーベリーとチェリーがホワイトクリームと共にトッピングされたプリンがプルプルと揺れている。
テーブルを囲む全員が注目していたが、銀行前で誰かが躓いて転んだ音で全員そろってそちらに視線を移動した。
ふとテーブルを見ると、無い! プリンが皿の上から綺麗に消えている!
「あれ? プリンが消えた!」
「エイミーさんもう食べちゃったの?」
「私はまだ一口も食べてないわよ?」
「誰かプリンが盗られる瞬間を見た人いる?」
誰も反応しない。誰も見ていないのだ。
「まぁいいわ。いざという時のために換えを容易してたのよ」
ジャーラが新しいプリンを机の中央に配置する。
再び路上で誰かが物を落とす音に反応して皆が注意を逸らす。
スヴェンははっと振り返る。
眼の前の青髪の女性が両手で人差し指を立てて額に当て、白目を見せた戯けた顔をしている残像が一瞬見えた。
だが直ぐに平静な姿に戻ってすましている。
彼女の名前はアメリアという。
「あの……アメリアさん?」
「誰が食べたのかしらねぇ? エイミーさんのためのプリンなのに許せないわ」
「泥棒がいるに違いないわ。どこかに隠れていない?」
ジャーラは再び黙って別のプリンを机に置いた。
全員が注意深く見守っていたが、遠くで馬が暴れる音と、人の悲鳴がしたので目をそらす。
全員はっと慌ててプリンを見る。
無い。プリンが無い。
だがしばらくしてアメリアの顔が青く変色し、カクカク震え始めた。
それを見たジャーラは慌てる。
「大変! 泥棒か妖怪でも居るのかと思って最強の致死毒を仕込んでおいたのよ。
早くこれを飲んでアメリアさん」
ジャーラは解毒ポーションをアメリアさんに渡す。
アメリアさんは一気に飲み干した。
「危なかったわぁ……あと3秒遅れてたら死んでたわね」
その場の全員が冷や汗を流した。
ジャーラさんは優しいけど恐ろしい……。
一同がアメリアさんの介抱をしていると突如街の鐘が警報を鳴らし始めた。




