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第十三話「退路無き二連戦」

「魔法の夜。ちゃんと丁寧に運んでくれる? 私の椅子が壊れちゃうじゃない」

「じゃぁ自分で持ってくれよ」

「もうちょっと上の方に入れてくれればいいのよ」


 リンがスヴェンのバックパックを開けてマリアに貰ったロッキングチェアを奥から引き出す。

 その時街道の右側に広がる木々の奥から獣の唸り声が響いた。

 スヴェンとリンは緊張しながら音の主を探す。

 まだ遥か遠くだが二匹の獣がこちらへ近づいてくるのが見えた。

 

「狼かな?」

「彼らはあなたを狙っているわよ。そう簡単には逃がしてくれそうにないわ。

 モテモテね」


 スヴェンはバイキングソードを鞘から抜いて備える。

 二匹の狼は軽くステップするように移動しながらも目はこちらに釘付けで余所見すらしない。

 狼が近づくに連れてその姿の異常さにスヴェンは気が付いた。

 スタグランドにも狼は居るし、走っている姿を見たこともある。

 だがこの狼は桁違いに体が大きく、まるで熊である。

 そして真っ黒の体毛で、目は赤く光り、むき出しになった無数の長い牙からは絶え間なくヨダレを垂らしている。

 リンが声を上げて狼に話しかけようと試みる。


「はぁい! 貴方達お腹でも空かせているのかしら?」


 二匹の狼はリンを完全無視してスヴェンを間に挟むように包囲して、周囲を歩きまわる。


「動物と仲良しの私だけど、彼らはちょっとイッちゃってるわ。

 説得は無理みたい。

 魔法の夜……今からは野生のルールよ……」

「分かってる。離れていてくれ」


 スヴェンはバイキングソードを構えた。

 狼の緩やかだが一切の迷いの無い歩み。

 全身の筋肉から感じられる爆発寸前のような弛緩。

 スヴェンは途轍もない強敵と向き合っているのを感じていた。

 無言のスヴェンが両手でバイキングソードを牙突のように構えて腰を落とし、神経を研ぎ澄ます。


 自分のロッキングチェアを持って上空に舞い上がって見ていたリンは、スヴェンが魔法剣闘士としての才能を開花させようとしているのを感じていた。

 彼は今、退路無きゾーンに入り、ミスすれば死という狭間の世界で、注意深く己の全生命力を静かに燃やしている。


 狼の内一匹が、スヴェンの背後から走り寄って飛びかかる。


「ふんっぬ!」


 スヴェンは完璧な反応で体を捻り、見開かれた目を狼から逸らすことなく横殴りにバイキングソードを打ち付ける。

 狼の口の肉が切り裂かれて真っ赤な肉が露出し、アゴの骨を1センチほど切り込んだ。

 狼は顔を横に向けて勢い余ってスヴェンの横に滑りこむ。

 直後もう一匹の狼がスヴェンの背後から首をめがけて飛びかかる。

 スヴェンは少し身をかがめて牙をかわすと狼の横っ腹に手を優しく添えて動きをいなし、追い打ちの突きを後ろ足の付け根に突き立てる。


「へぇ……」


 リンは驚いていた。

 スヴェンは「全体」を見れるようになり、絶え間ない複数の敵の猛攻に反応している。

 普通は何十回、何百回と経験を積まなければ出来ないことである。

 慣れない人間は最初の一撃は集中して対応出来ても、背後の二撃目に反応出来る集中力が無く、その隙に容赦なく食いつかれて殺される。

 経験……。

 スヴェンはその経験をつい先程積んできたのである。

 詰め込み教育ではあったが、あの修羅場は滅多に居ない、最良の教師だったのだ。


 野生の動物は人間のように多少のケガで怯まない。

 スヴェンに再度食いつこうとするが、スヴェンに今度は頭蓋骨に切れ目を入れられる。

 もう一匹がスヴェンの足に食いつこうと飛び出すと、スヴェンは背中を向けたまま軽くジャンプして、上から体重を載せてその狼の肋骨の隙間に剣を突き立てた。

 一匹は始末が完了した。

 剣を死体から引き抜くのに手間取っている間にもう一匹がスヴェンを押し倒して伸し掛かる。

 何度も牙が側頭部や額にガンと当たり、血とヨダレが飛び散るが、スヴェンの付けていたライトプレートのヘルムが防いでいた。

 スヴェンは本能的に片腕を狼に巻きつけ、そのまま小脇に抱えて裏返す。

 片手でバイキングソードを狼の胸に突き通す。

 スヴェンの動きに力みは無かった。

 狼二匹はスヴェンによって討伐された。


「驚いたわ。今回は本当に驚いたわ」


 リンが降りてきてスヴェンに回復魔法をかけた。


「マリアさんたちとダンジョンで戦ってた時、何度も死にそうになったけど、大勢の敵に四方八方から攻撃され続けて慣れちゃったのかもしれない。少し前の僕だったら死んでたよ」


 スヴェンの動揺は比較的少なかった。

 一つの段階を超えたのである。

 二人は再び街道を歩き始める。


「リン、またちょっと離れててくれる?」


 近くで木々がなぎ倒される音が聞こえた。


「ぶおおおおおおお」


 地鳴りを響かせながら3メートルはあろうかという双頭の巨人が無骨な巨大棍棒を振り上げて突進してきた。

 スヴェンはバイキングソードを構えると、軽々と棍棒のスウィングをかわす。

 裏へ回ると巨人の足に斬りつけた。


「ぶぉお!」


 巨人は振り向いてスヴェンの脳天に打ち込もうとするがスヴェンは素早く身をかわし、大木のような腕に斬りつける。

 しばらくの戦闘の後、一撃すら食らうこと無く巨人を打ち倒した。


「魔法の夜! 今のは私でもハラハラしたわ! 調子に乗りすぎよ!」

「この巨人、さっきの狼よりも数段弱いと思ったけど正解だったね。

 なんとなく身のこなしで感じたんだ」

「あんた無茶し続けたら死ぬわよ?」

「……それ…………リンに言われたく無いなぁ……はは」


 スヴェンは軽く笑っているが、この巨人は素早くはないがスヴェンを捕えれば手足を引きちぎるくらいの力は持っているのである。

 最初の狼も、スヴェンが石に躓いて体勢を崩して食いつかれていれば、そのままスヴェンは殺されていたであろう。

 スヴェンはリアルな死の恐怖から感受性を少し麻痺させて戦っていた。

 しかし実は薄氷の上を歩き、溶岩の上の綱渡りをしていたのだ。


 だがそれが真の戦いの世界なのである。

 どんな百戦錬磨の英雄も敵を侮り、ミスをすれば即座に死亡する。

 退路無きゾーンで、一度のミスも許されず、己の全生命力を燃やし、自分を即死させる巨大な鉄槌を豪胆に笑いながらかわす。

 それこそが魔法剣闘士の世界であり、スヴェンは入門を果たしたのだ。

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