第五十話「祭壇脱出」
生贄の祭壇へと階段を一歩ずつ、巨体の重量で周辺に地響きを立てながら災いのドラゴンが登る。
イヴァリスもラナもアモイも、そしてマーチンもその迫力に圧倒されじりじりと後退した。
災いのドラゴンは生贄とされる予定のラナ達を見ながら息を興奮気味に吐く。
それは腐った死体のような臭いのする風となて祭壇の上に吹き付けた。
アガレスとの戦いから一時離脱して駆けつけたスヴェンもその巨大さに息を飲み、周囲を見回して離脱の術を探し始める。
ただ一人、阿毘羅王は両手を胸の前で組んで印を作り、呪文を唱え始めていた。
「ノウマク、サンマンダ バザラ、ダン センダ マカロシャダ……」
不意に祭壇の横から別のドラゴンが首を出し、ラナへ食いつこうとしたがいち早く飛び出したスヴェンによるハルバードのスラッシュで片目を潰され、顔を背ける。
「アモイさん、当然策があるんだよね!?」
「あるには有るが……、こ、こんな状況なんて予想外だよ……、全方位ドラゴンに囲まれて後ろは地獄のデーモン・ロード、前は災いのドラゴン……どうしよう? スヴェン君! どうしよう!?」
災いのドラゴンは祭壇の上にいる活きのいい生贄を一人ずつ見回し、ラナを見て笑みをこぼす。
そして長い首を恐怖で凍り付いたように立ち尽くすラナの方へと伸ばした。
「えいや!」
その巨大な口がラナへ食い掛る寸前、阿毘羅王が受け止めた。
正確には阿毘羅王の体を中心に浮かび上がった半透明の筋肉質な巨人の幻影が抱え込む。
グオォォォオ!
災いのドラゴンは首を少し振ってあがいた後、口を開けて炎のブレスを吐くために息を吸い込んだ。
「させるかぁ!」
阿毘羅王はツルツルの頭全体に血管を浮き上がらせ、顔を真っ赤にさせながら巨人の霊体を操作し、ドラゴンの上あごと下顎を小脇に抱え込む様にして強引に閉じさせる。
ラナは目の前で行われる巨体同士の戦いを見て、半ば意識を失いそうになりながら両手を組み祈りを捧げ続ける。
突如、生贄の祭壇を取り囲む壁、リンが居た海側の壁の外で天高く火の玉が上がった。
それを見たマーチンが呟く。
「あれは……信号用の花火……」
***
ベラ船長率いるブラッド・ピーコック号は祭壇の巨大な壁がかすかに見えるほどの位置、海岸沿いに移動していた。
そしてメインマストの天辺の見張り台で望遠鏡で監視していた船員が叫ぶ。
「ベラ様! 打ち上がりましたぜ! 信号花火だ!」
「リンが言ってたやつだな?」
甲板の上に居たベラ船長は船内通信用の金属管の口に向かって叫ぶ。
「見えたか? ギリギリ射程内だ! 外すなよ!?」
「アイアイサー! ブラッド・ピーコックのベテラン砲手の力を見せてやるぜぇ!」
船の側面のカバーが一つ開き、大砲がにゅっと出て信号花火がゆっくり落ちている方を向く。
「風良し! 気温良し! 狙い良し! 撃てぇぇぇ!」
大砲が轟音を上げ、砲弾が発射される。
***
祭壇の上で打ち上がる花火を見上げていたマーチンやスヴェン達にアモイが叫ぶ。
「皆! 伏せろ! 早く伏せるんだぁ!」
慌ててスヴェン達は伏せる。
遅れて海から伝わる轟音が届き、ドラゴン達はそろって一瞬海の方を見た。
次の瞬間、祭壇を取り囲む壁で大爆発が発生、壁の一部が轟音を立てて崩れ落ちる。
祭壇から外の森と、遠くの海、そしてブラッド・ピーコック号が遠くにかすんで見えた。
割れた壁の外側からリンが飛び出すと、スヴェン達に手招きする。
それを見たスヴェンは素早く跳躍呪文を詠唱し、自分とイヴァリスに掛けた。
同時にアモイも自分とマーチンに跳躍呪文を掛ける。
「行くぞ皆逃げろぉ!」
スヴェンは壊れた壁と祭壇の間にいるドラゴン達にチェインライトニングの呪文を詠唱し、怯ませると必死で祈りを捧げるラナを抱きかかえて走り始めた。
「スヴェンさん! 待ってください! あの方も助けてあげて下さい!」
スヴェンに抱え上げられたラナは未だに巨人の霊体を操って災いのドラゴンと首相撲を続ける阿毘羅王を指さす。
「あいつは……放っといても多分大丈夫なんじゃないかな……」
「駄目です! あの人は私達を助けてくれました。それに大精霊マーヤ様はどんな人も分け隔てなくお助けになります。人を選んで見捨ててはいけません」
「いや、今そういう状況では無いから……必死に逃げないと自分たちが死……」
「降ろしてください! 私は皆を助けて頂けないならここから動きません!」
「はぁ……」
スヴェンはため息をついてラナを降ろし、跳躍の呪文を阿毘羅王と、アガレスと激闘を続ける女性に掛けた。
そうしている間にもアモイやイヴァリス、マーチンは次々と祭壇の外へ大ジャンプして逃げていく。
「おい、そこの二人、跳躍の魔法を掛けといたから逃げたかったら自分で逃げろ! よし、ラナさん、いくよ!」
スヴェンは再びラナを抱え上げると、しびれが戻って首を持ち上げ始めたドラゴンの頭を踏みつけ、首の上を走ってから壁の外へとジャンプする。
「ぐあぁぁぁぁ」
短髪の女性は祭壇の上であおむけに横たわるアガレスの胸に拳を打ち込んでいた。
拳を抜くと同時に、絶え間なくその傷口から炎が噴き出す。
「苦痛の炎は決して消えず、お前の体を包み込むまで広がる。そしてお前は死から逃れる事は出来ない。フフフフフフフフ……しっかり味わうがいい……」
女性はアガレスの片耳を引き千切るとポケットに入れ、壁の外へとジャンプして飛び出した。
その様子を見た阿毘羅王も術を解いて慌てて後を追う。
***
ブラッド・ピーコック号の見張り台の男が望遠鏡を覗いたまま叫ぶ。
「命中! ……よし、何人か脱出して飛び出しました! ……ん? なんだ? ありゃ?」
「どうした!?」
「ベラ様! リンの奴、邪教徒と人質以外に何か話してましたかぃ!?」
「聞いているのは生贄の祭壇の壁をぶち壊してそこから逃げる作戦だけだ!」
「ド、ドラゴンの話とかは……」
「ドラゴン~~? そんなものは聞いてないぞ!」
「ドラゴンが出てきます。彼らを追ってこっちに来る! 一匹、二匹、……三、四、五、ろ……。
ベラ様! ヤバイっすよ!」
遠くにかすかに見える生贄の祭壇の壁から無数の黒い小さな影が飛び上がる。
それらはまるで繁殖期のカの大群のように群れながらこちらへ向かい始めた。
「なんじゃありゃぁ!」
「べ、べ、べべべ、ベラ様! ドラゴンの大群です! 数は300匹以上! 向かってきます!」
「……リンの奴! 全砲門開け! 近づかれる前に可能な限り撃ち落とせ! ダミアン! 出港の準備を!」




