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第九話「老人漁師との出会いと別れ」

 スヴェンは小舟に乗って小さな帆を広げ、大海原を漂っていた。

 もう既にスタグランドの島影が遥か遠くに僅かに見えるのみ。

 赤猫旅団の脅威はひとまず去ったが、今度は別な不安と恐怖を感じていた。

 これから何処へ向かえばよいのか?

 陸地に辿り着けるのか?

 そもそも外洋を渡るには星を読み、六分儀を使って位置を知り、海流や風を読み、世界の地理を知っていなければならない。

 スヴェンにそれが出来るわけもなく、このままでは漂流するのみである。

 

 スヴェンはギルドメンバーと綿花のある小屋の周辺をうろついた頃を思い出す。

 ナーバは海岸に立って海のまっすぐ西を指差して何か言ってたっけ……。


「そうか……たしかまっすぐ西にスタグランドと同じくらい大きな島があるんだったな。スタグランドと同じくらいの街が有り、人が住んでいるんだったな」


 スヴェンは迷わずその方角へ船を走らせ続けた。

 他の道は知らない。

 選択肢など無いのだ。

 その日スヴェンは一晩中、帆と舵を操作し続けた。

 慣れない作業ということも有り、全身が疲労で倒れそうになるが、気を抜いて放置して漂流するわけにはいかない。


 明け方、島の影が遠くに見えた。


「やった……助かった……」


 喜ぶスヴェンだがそのまま頭から血の気が引いて意識を失い、小舟の中に倒れこんだ。


 数時間後。

 目を覚ますとスヴェンは人が2、3人生活出来る程度の広さの粗末なテントの中に居た。

 スヴェンが寝ているハンモックの近くで一人の老人が火にかけた鍋を木のヘラでかき回している。

 辺りを見回すと、魚を突くモリ、網、数々の籠や、干物が所狭しと置かれている。

 老人が振り返る。


「気が付いたか。わしはアンソニー、この島の漁師だ」

「スヴェンと言います。どうやら助けていただいたようですね」

「漁に出ようとしたらアンタの船が砂浜に漂着してたんだよ。

 運が良かったの。海流や風向きが悪ければ幽霊船になっていたぞ」


 スヴェンは立ち上がろうとしたがめまいがしてへたり込む。


「まずは飯を食え。そして今は休め」


 老人はボウルに魚介類のスープ入れて木製のスプーンを指し、スヴェンの前にコンと置いた。


「ありがとう」

「わしはちょっと街に買い出しに行ってくる」


 老人がテントから出るとしばらくスヴェンは食事を食べながらぼーっとしていた。

 しばらくしてリンがテントの中に飛び込んできた。


「魔法の夜! 気が付いたんだね?」

「リン、どうしてここに居るんだよ?」

「私も旅に出たくなったのさ。ちょうど都合のいい場所に都合のいい船と、見てて退屈しない便利な船頭が居たから載せてもらったのよ」

「……居たのかよ。俺の船に……。

 俺が死ぬかと思ってた時に無言で隠れてたのか?」

「……ぷ! だって面白いんだもん。 あの時の魔法の夜の顔。

 悲壮な顔で帆を操作している姿なんて爆笑を堪えるのに私だって苦しかったのよ?」

「…………」

「流石に魔法の夜が倒れた時は焦ったわよ。あの後私が帆を操作したのよ?あんなしんどい事もう二度とやりたくないわ」

「…………」

「それより魔法の夜! ここでもアンタ有名人よ?

 街の掲示板にアンタの似顔絵が貼ってあって賞金が1桁大きくなってたのよ? やったね」

「一桁……」

「魔法の夜を差し出せば3ヶ月は豪勢に遊んで暮らせるわ。

 私も迷っちゃうわ?」

「…………」

「でもね。私は3ヶ月豪勢に遊ぶよりも、魔法の夜が……ぷ!

 赤猫旅団を……ぶっ潰す姿を……くくっ……見たいのよ。

 だから黙っててあげる。

 でももう街にも行かないほうがいいし、この島の人に会う前に島を出るほうがいいわよ?」


 テントの外から物音がした。

 リンは魔法で姿を隠す。

 アンソニー老人が買い出しから戻ってきたのだ。

 スヴェンは平静を装うが緊張していた。

 老人は黙って猟具の網の破れを直している。

 無言の気まずい時間がしばらく過ぎた。


「あの……。アンソニーさんはもっとお金を稼いでいい家に住みたいとか考えないんですか?」

「興味ねぇなぁ……。毎日旨い魚や蟹が食べられて平穏な生活を送れる。

 何よりワシは海が好きだ。

 眺めているだけで飽きないし心が安らぐ。

 これ以上の幸せは無いと思っとるよ」


 魔法の時間切れでリンが姿を現した。


「おやおや、フェアリーがこんな所に」

「僕の連れなんです。彼女がその……街で……僕に大きな懸賞金がかけられているのを見たと……」

「ハッハッハッ! そんなことを気にしていたのか。

 ああ確かに高価な賞金が掛けられとるよ。

 街には行かんほうがいい。

 だがワシは赤猫旅団がどんな連中か知っているし、スヴェン君を見ていれば賞金を掛けられるような悪党じゃないのは一目で分かるさ」

「アンソニーさん、介抱してもらった上にご馳走まで頂いて感謝しています。

 でも僕がここに居るとアンソニーさんに迷惑が掛かる。

 今夜ここから旅立とうと思います」

「そうか……行くあては有るのかね?」


 スヴェンは目を閉じて暫く考える。

 アリスと最初に出会った時の言葉が頭をよぎる。

 対人で最強のタンクメイジソードマン。


「魔法剣闘士というのは何処に行けばなれるかご存じですか?」

「魔法剣闘士か…………。

 ここから遥か遠く、2つか3つ島を渡った先にそういう人達が集まる山と寺院があると聞いたことがある。

 だがその途中の島は赤猫旅団の本拠地だし、海賊だらけで商船も近寄らない。

 そこを賞金をかけられてるスヴェン君が通るのは無理だ。

 大陸から迂回して行くしか無いねぇ」

「大陸ですか?」

「数日間掛かるがこの島からまっすぐ北へ向かうんだよ。

 夜になったら星の見方を教えてあげるよ。

 向かう先は大陸だから多少航路がズレたって必ずどこかに着くだろう」


 その日の夜、スヴェンとリンは海岸に浮かべた小舟の前でアンソニー老人に星の見方を教わった。

 船には数日分の食料が積み込まれた。


「アンソニーさん、ありがとう。この恩は決して忘れません」

「気にするな。あとこれを持っていけ」


 アンソニーが小さな木の棒をスヴェンに渡した。

 30センチくらいの長さだが先端はぐにゃりと曲がった杖のような形をしている。


「ヒーリングの魔法の込められた杖だよ。

 使える回数は決まっているが、暫くの間は持つだろう。体に気をつけてな」

「魔法の夜! これ結構高価なアイテムだよ?」

「ありがとう。アンソニーさん。本当にありがとう」


 スヴェンは沖に進む小舟の上で姿が見えなくなるまでアンソニー老人に手を振り続けた。

 リンは船に積まれた籠の中ですでにうたた寝をしていた。

 

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