思い出を語る百戦錬磨のフードの男
鳥や動物も寝静まる深夜。
空には満天の星空が輝く。
遥か遠くの山々のシルエットを空との境目に、地上には見渡すかぎりの広大で静かな森が広がる。
その森の中に一本の街道が有った。
一人の少女が不安な面持ちで早足で街道を進んでいる。
その少女はたすき掛けにしたポーチを大事そうに抱えていた。
「おーっと待ちな!ねーちゃん。ここは通行止めだぜ」
手斧を持った大男が茂みから飛び出て少女の前に立ちふさがる。
大男は無骨で汚い服の上に、身体の要所だけを覆う皮の鎧を付けている。
少女はびくっと立ち止まり、ポーチを汗ばむ手で抱え直し、180度反転して逃げようとした。
「おーっと。残念。こっちもたった今から通行止めだ」
反対側にもシミターを持った山賊が飛び出して少女を威嚇する。
その後続々と左右の森から山賊が出現して少女を取り囲んだ。
少女は恐怖で見開かれた目でキョロキョロ周囲を見回す。
少女は悲壮な顔をしたまま固まっていた。
「そんなにビビるなよ。ぐへへへ、まぁ仲良くやろうや。ちょっと付き合ってもらおうか」
大男は猫の子でも掴むように少女の首根っこのフードを掴むと街道からそれて、横の森に引きずりながら移動させる。
少女は躓きながら時折後ろを振り返るが、木々の影にグングンと離れていく街道をみて恐怖で青ざめていった。
少女は真っ暗な森の中で山賊に囲まれて孤立した。
山賊たちは焚き火をしており、周囲には革製の粗末なテントがいくつか並んでいる。
「さぁ、持っているもの全て俺たちに渡してくれるよな?」
少女はポーチを強く握って黙っている。
周囲を取り囲むのがここらで有名な山賊団であることは知っていた。
彼らに慈悲はなく、大勢の旅人が殺されているのを少女は知っている。
少女は無事に森を抜けられるという、甘い希望を持っていた。
しかし今は激しく後悔していた。
もう何も聞こえない。
少女に出来ることは死刑囚のように覚悟を決めることのみ。
荷物を渡そうがどうしようが、山賊は「やりたい事全部」やってから必ず獲物を殺すのである。
少女は山賊たちに取り囲まれ、山賊たちの手が少女に伸びる。
突如、街道側の茂みが音を立ててフードを深く被った男が茂みをかき分けながら現れた。
フードの男はハルバードという巨大なポールアームを片手に持っていた。
そのハルバードは銀色に光り輝き、不思議な装飾が散りばめられている。
「誰だテメー。このガキの知り合いか? なんにせよ獲物が2匹に増えたなぁ」
「ぎゃははははは」
周囲には山賊たちが十数人は居るであろう。
山賊たちは武器を手に大笑いをする。
男は頭に被ったフードを片手で背中側に下ろす。
フードの下からは無数の切り傷の跡だらけの青年の顔が現れた。
冷たくも武神のように力強い眼光が山賊を一瞬威圧する。
直後、男の背後から身長50センチくらいの4つの透明な羽が生えた妖精が飛び出した。
妖精は男の周囲をぐるりと飛びながら回ると男の上に乗る。
「魔法の夜! 魔法の夜! 芋臭い連中がいっぱい居るよ?
やったね! ハーレムじゃん! ハーレム!」
フェアリーと呼ばれる妖精である。
金色のショートヘアで若干性格キツそうな顔立ちをしているが美少女だと言ってだれも反論はしないだろう。
「リン、俺の名前はスヴェンだ。魔法の夜じゃない」
「えー、やだーーー。そんな人間みたいな名前」
「俺は人間だ。あと、俺の頭に乗るな。
頭がなんか生暖かいし、お前の両足で前が見えん。
それに何より、色々と台無しだ。」
「ちぇ」
妖精が飛んで離れると、スヴェンと名乗った男は巨大な縁のある、魔女が被るようなマジックウィザードハットを頭に被った。
このやり取りの間にスヴェンの周囲を山賊たちが取り囲む。
「まったく…………。とんだハーレムだぜ…………」
スヴェンは懐から指輪を取り出すと指にはめる。
とたんにスヴェンは姿を消した。
「やろうどこへ行った!」
「あ、あそこだ!」
包囲網の外でスヴェンが片手を目の前にかざして呪文を唱え始める。
「やる気かテメー!!」
即座に一人の山賊がシミターを手に襲いかかった。
しかしスヴェンの手から青い閃光を放つ魔法のエネルギーがその山賊に放たれた。
山賊は魔法の直撃を受け、体を衝撃で半回転させながら3メートルほど吹き飛ばされて倒れた。
即死のようである。
「やっちまえぇぇ!!」
山賊達が一斉に襲いかかる。
スヴェンは再度呪文を唱えると今度はその指に輝く光が現れた。
そして直後、目の前の3人の山賊の一人を指差すと、指に現れていた光が消えた。
「うぉおおらぁああああ!」
「死ねやごらぁあ!」
3人の山賊が同時にスヴェンに斬りかかる。
スヴェンは無言のまま、ハルバードで全ての武器を捌き、時には片方の素手で山賊の手元ごと払う。
突如、少し前にスヴェンに指さされた山賊の腹が爆発し、お辞儀するように体を屈めて一歩引いた。
スヴェンはすかさずハルバードを振りかぶって前進し、その山賊に打ち下ろす。
山賊がまた一人倒されて二度と動かなくなった。
「くらえおらぁ!!」
馬に乗った別の山賊が巨大なハンマーを両手で振りかぶって突進してきた。
スヴェンは機敏に駆け出して山賊から距離を取った。
そしてハルバードを地面に立てて片手を目の前にだし、再度呪文を詠唱する。
馬に乗った山賊の背後に石の壁が出現した。
後ろから続いて突撃しようとしていた徒歩の山賊たちは壁に阻まれて進めない。
スヴェンは目の前に馬が迫るまで棒立ちをしていたが、あわや踏み潰されるという瞬間に横に飛び退いた。
そしてハルバードの先端を自分の背後の地面に突き立てる。
馬は地面に突き刺さったハルバードのピック部分に足を躓かせて派手に地面に転び、山賊を投げ出した。
スヴェンは投げ出された山賊の目の前にテレポートすると体を半回転させながらハルバードを打ち下ろす。
硬いものが鈍い音を立てて破壊される音と共にその山賊は動かなくなった。
石の壁が消えて、足止めされていた山賊たちが襲いかかる。
スヴェンはさらに片手で呪文を詠唱した。
山賊の一人の全身が燃え上がり、灰を空中にばら撒きながら崩れ落ちた。
残りの山賊たちはそれを見て足を止める。
スヴェンはさらに呪文を詠唱する。
「やばい! こいつはやばい! 逃げるぞぉおお!」
山賊たちは死んだ仲間を放置して我先にと逃げ始め、森の中へ姿をけした。
スヴェンは怯えて固まっていた少女のもとに歩み寄る。
「大丈夫か?」
「ありがとうございました。とてもお強い貴方が現れなければ私はどうなっていたか……。貴方は一体……」
「俺はスヴェン。たまたま通り掛かっただけだ。ここは女子供が一人で通る道ではないぞ。無謀なことはよすんだな」
「私は新米の吟遊詩人のエルメスと言います。そこの妖精さんとはお仲間なのですか?」
エルメスが指差す方向で、フェアリーのリンが山賊の死体を漁っていた。
小銭入れを見つけて取り出して中を覗き、満足そうに肩に担ぐ。
「ああ……。彼女はフェアリー、名前はリンだ。
手癖が悪いから気をつけろよ?
なんにせよ一人でこの森を行くのは危険だ。
森を抜けるまで私が送ってやろう。だが今夜はもう遅い。ここでキャンプだな」
エルメスは周辺から枯れ枝を拾い集めて石の囲いの中に置く。
スヴェンは火打ち石を取り出すと一発で着火させた。
火を囲んで二人は手頃な大きさの枯れ木の椅子に座る。
「スヴェンさんは物凄く強いですね。でも兵隊さんとは違った形の物凄い修羅場を抜けてきた雰囲気をかんじますわ」
リンが答える。
「魔法の夜は最初は本当に弱っちいヒヨッコだったのよ?」
「魔法の夜?」
「ああ……それは……」
スヴェンはエルメスと同じように焚き火に手のひらを向けて体を暖めながら空を見上げ、語り始めた。
彼の口から語られる数々の思い出を聞いていたエルメスは、その途中から自分の聞いたことのある英雄譚と内容が被る事に気が付き始めた。