1-9話 夢の顛末(2)
結局、礼部令と翔雄の殺しの件は強盗という事で片付けられてまったが、白龍は近衛兵数人に調査を続けるよう密かに命を出した。
黄凜や青真は謀反の芽を摘んだのだから、それでいいと思っているらしいが、殺しは殺しである。白龍は明らかな証拠さえ出れば、断罪するつもりだった。
人数には限りもあり、内密に調査しているので、さしたる成果は上がらない。しかし、調査とは別に安春が以外な事に気づいた。
「殿下の刀が違います。」
「刀?」
そう言われて思い当たるのは、元は白木だったはずの鞘に入った刀である。それ以外は持っていないという感覚だった。
「太子様、王様かが贈られた刀があります。」
言われてみれば、ソクリが東風城へ赴任する時に、かなり凝った作りの鞘の刀を贈ったのを思い出した。
「どこにある?」
「お部屋に・・・。」
ソクリは西山城へ出かけていて、刀掛けには何もない。
「いつもここに置いていらしたでしょう。」
「そういえば・・・。」
そう、いつも、この刀掛けに置いていた。
「女官によれば、お出かけになられても、刀はここにあったそうです。」
「その刀がない。持って出たのか?」
「はい、今朝、その刀を持っていらっしゃるのを見ました。」
「白木の刀はどこだ?」
「普通の場所にはないだろうと、そう思いましてね。」
安春はソクリが西山城に出かけた後、ずっと探していたらしい。
白龍は自分の部屋に戻ると、安春に聞いた。
「他には何かなかったか?」
「ご報告するような物は特に・・・、ただ、事件の数日前、二の妃の女官が殿下に手紙を持ってきたそうです。」
名前は思い出せないが、二の妃が梁家から連れて来た大女の女官だろう。
「手紙? それはソクリの部屋には無かったのか?」
「ありました。短い内容で、話したい事があると・・・それだけで。」
その日の午後には、ソクリは二の妃の所へ行っている。
「毎日行っているだろう。」
「その日までは、ですね。」
以後、ソクリは神殿には行っていないという。
「ふーん。」
白龍は手紙を受け取った日から、事件の前日まで、ソクリがどこで何をしたかを調べさせた。宮の中での行動は内官が書いている日誌にある。頻繁に外出している行き先はほとんどが柳商だった。特に怪しい話をしていたという事は無さそうだった。
ソクリと一緒にいた芸妓は身請けされてしまい、永中京から姿を消していた。事件と無関係というのでは無さそうなのだが、身請けの話は前々からあったのだという。結局、宴会の途中から抜け出したという証拠は何も出てこない。
ソクリ以外の関係者で何か知っていそうなのは、二の妃だけとなり、どうするか迷ったが、白龍は神殿で話を聞く事にした。
神殿に入り、二の妃の居所へ案内せよと神殿の女武士に言うと、神殿の護衛隊長がやって来て、二の妃には面会できないと平然と言い放つ。
「我を誰と思っておる。いいから退け。」
「太子様、ここは神を祀る場所でございます。お帰り下さい。」
女武士は立ちふさがったが、白龍は護衛の兵に女武士をどけさせた。産室に使われる部屋と分かっているので、どんどん白龍は中へ進んだ。
建物の周りでも女武士は白龍に帰るよう言ったが、誰も持っている刀を抜いたりはしない。兵にどけさせて建物に入る。
扉の前では女武士がびっしりと立ち、絶対にどかぬと言い張るのに、白龍は徐々に頭にきた。
「何をしようというのではない。少し聞きたい事があるだけだ。」
「手紙ならお渡し致します。ですが、神官様の許可の無い方をお部屋には通しできませぬ。」
「神官になら、後で話をする。そなたらが叱られる事はない。いいから退け。」
「退きませぬ。」
「神の御座所でこれ以上の狼藉はお止め下さい。太子様。」
神殿兵の隊長が言う。
「狼藉などするつもりはない。少し話をしに来ただけだ。」
「では、神官様の許可を頂いてまいります。別室でお待ち下さい。」
「我は太子だぞ。誰に会うにも神官の許可などいらぬ。」
「ここは神の御座所。二の妃様にお会いできるのは、神官様の許可のある方だけでございます。」
隊長は、全く引く様子などない。
「太子様。神官様の許可があればいいのでしょう。ならば、許可を頂きましょう。許可が下りるまで、太子様がお待ちになれる部屋へ案内せよ。」
安春が言うと、隊長はこちらへどうぞと言ったが、白龍は動こうとしなかった。年末には王になる自分が侮辱されている様に感じた。
「行かぬ、神官の許可などいらぬ。そこを退け。」
兵に女武士をどかせたが、一番後ろにいた二の妃付きの女官だけはどうしても、動かせない。
「退け、お前などが我の前に立ちふさがるな。」
白龍が言う。
「お帰り下さい。太子様。二の妃様に太子様を近づける事はできませぬ。」
「少し話をしたいだけだ。退け。」
そう怒鳴った途端、何が起きたか分からないうちに白龍は後ろに立っていた近衛兵ごと向かい側の壁までふっとんでいた。
「一体・・・、何を・・・。」
その時、部屋の中から声がした。
「美和、お前がお断りできる方ではないわ。お通ししなさい。」
美和という女官は不服ながらも白龍を通す。
「どうぞ、おかけ下さい。」
外での騒ぎは聞こえていたはずなのに、平然としている。
「何故、ここまでして、我に会うのを拒む。」
「説明するに難しい事がございますゆえ、お許し下さい。」
「聞きたい事がある。女官にソクリに話しがあるという手紙を持たせたな。何を話したかったのだ?」
「殿下にお聞き下さい。」
「言え、何をソクリにいったのだ。」
白龍は二の妃の肩をつかんだ。その途端、二の妃の体がぶるぶると震えだす。
「どうしたのだ?」
白龍が二の妃の肩から手を離すと、二の妃は椅子から立ち上がり、そして、宙に浮いた。
「ああっ、だめっ。」
その声に外にいた美和や女武士が駆け込んでくる。
「窓を閉めろ。」
隊長が怒鳴ると、誰も触ってもいないのに、バタンと音を立てて窓が閉まり、室内が暗くなった。
「誰か、結界を・・・。巫女を呼びに行け。」」
隊長は腕を掴んで白龍を部屋の外に追い出した。
走ってきた巫女が中に入るが、邪気が強くて結界が張れぬと隊長に言っているのが聞こえた。
「神官様は、どうされた。」
「まだ、朝のお勤めの最中でございます。我らの声は届きませぬ。」
「姫様、気をお静め下さい。」
隊長が大声で叫ぶが、まったく耳には入らないらしい。妖と魂を一にする姫の気が静まりさえすれば、邪気は消えるはずなのだ。
「美和、姫の魂に声を届けろ。」
美和は驚いた顔をしたが、何を叫んでも姫の魂には届かない。妖は人の世界の壁や天井など省みずに、遠くへ行きたがっているようで、姫の体を壁や天井に叩きつける。よほど白龍を恐れているのだろう。
「いかん。」
隊長は呪文を唱え、自分の気を放出した。
「ダメっ、そんな事をしたら・・・。」
「大丈夫です。」
姫の魂が少し落ち着いたのが分かる。しかし、妖は怯え、更に壁や天井に体を叩きつける。しかし、その衝撃は立っている隊長に向かう。姫が叩きつけられる度に、立っていられなくなる程の衝撃が体を襲う。隊長は目を瞑り、刀を杖の代わりにして、仁王立ちするが、姫が叩きつけられる度に、体がぐらっと揺れるのが、周囲の女武士には分かった。
「隊長・・・。」
「話し掛けるな。このまま何としても持ちこたえる。結界は張れぬか?」
巫女は呪文を唱え続ける。隊長には気が集まってきているのが分かりはするのだが、それは結界と呼べる程には強くない。ただ、妖がその外へ出られないという程度だった。
神殿の女武士に建物の外へ出されてしまった白龍は、その場を立ち去る事もせず、ただ呆然と立っていた。中からは何の音だか分からない音がずっと聞こえ、それに混じって二の妃が助けを求める声がする。一緒にいた安春は、背筋に虫がうごめいているような、気持ちの悪い感覚に襲われていた。白龍さえいなければ、とっくに逃げ出しているのにと恨めしかった。
暫くすると走るように神官がやって来た。
「中で何が起きているのだ。」
白龍が神官に聞く。
「二の妃様の妖が暴れておるのでございます。」
「・・・。」
「太子様。この場を絶対に動かないで下さいませ。」
神官は護符を出すと、何か呪文を唱えてから白龍の手に持たせる。
「私が中に入れば、そこで起きている事が分かります。絶対に動いてはなりません。」
それだけを早口で言うと、神官は中に入った。
「神官様。」
中に入ると美和が言い、隊長は神官の顔を見た。神官は懐から護符を出して呪文を唱える。護符を宙に放つと燃えながら、二の妃の周囲を丸く覆った。
白龍は目の前に何かが見えた気がした。目を瞑り見えた風景に神経を集中させると、二の妃が宙に浮き、その周囲を炎の玉が覆っているのが分かる。
やっと体に衝撃を受けなくなった。ほっとした瞬間に体が揺れる。
「隊長、大丈夫ですか?」
「ああ。」
神官が結界で二の妃を覆っても、妖の邪気が静まる様子はない。
「隊長、いつまでこうして・・・。」
「今、副君殿下がこちらに向かっておられる。」
神官が言うと、女武士は迎えの為に走り出して行った。
「一体、何が起きている。」
扉から駆け込んできたソクリは、予想もしなかった光景にそう叫んだ。
「殿下、妖が暴れておるのでございます。」
隊長はソクリに跪いて言う。
「どうしたらいい。」
「ただ、怯えておるのでございます。大丈夫だとお声をお声をおかけ下さい。」
「分かった。」
白龍にはソクリが火の玉の中に飛び込んだ様に思えたのだが、ソクリには神官の張った結界は光の玉に見えており、恐ろしい物には見えていなかった。
「大丈夫だ、二の妃、そんな所におっては危ない。さあ、こちらへ。」
「殿下。」
妖の制御が全くできない二の妃は、ソクリの姿を見てほっとした。邪気が徐々に収まっていくのが隊長には分かった。神官は結界を徐々に小さくし、それは天井や壁から離れた。
「殿下、妖が収まればにの妃様は落下してしまいます。寝台の上に乗れば二の妃様に届きますので、受け止めて下さい。」
「分かった。」
ソクリは二の妃に大丈夫だと声を掛けながら寝台に乗り、宙に浮いている二の妃に手を伸ばすが、風が吹いているかのように中々体に届かない。二の妃も必死にソクリに手を伸ばした。ソクリが二の妃の腕をつかんだ瞬間、二の妃はソクリの体めがけて落下し、ソクリごと床に落ちた。
ソクリは背中を打ち、目から火花が散る感覚を覚えた。
「二の妃を長椅子へ。」
美和は二の妃を抱き上げ、長椅子に寝かせる。二の妃は気を失っていたようだったが、すぐに意識を取り戻した。
「殿下・・・。」
「ああ、ここにおる。」
ソクリは手足が痺れたが何とか体を起こした。しかし、立ち上がる事ができないまま、長椅子にもたれかかって座った。
「大事ないか?」
「はい。」
女官は手早く、ソクリの足跡がついてしまった布団を片付けて別の物に替え、女武士は医官を呼びに行った。産婆と共にやって来た御医が脈を取る。
「脈に異常はございません。殿下。」
「そうか。」
産婆が触診を行うというので、ソクリは護衛の兵の手を借りて、建物の外へ出た。しかし、立ってはいられず、石段に腰を下ろす。
「殿下、お怪我をされたのでございますか?」
安春が聞く。
「まあな。」
もっと色々聞くかと思っていたが、安春はいつになく無口だった。
「どうした、元気がないぞ。」
「早くここから出たいです。副君殿下。」
よほどに恐ろしいのか白龍の様子を気にしながらも安春は言う。
「白龍公。宮へ帰って貰えぬか?」
ソクリが立っている白龍に言う。
「聞きたい事がある。」
「二の妃にか、我にか?」
「・・・。」
「我になら、宮に帰ってから聞く。だから、今は立ち去れ。」
「我に命ずる権利などないだろう。」
「これ以上の騒ぎは誰も望まん。それだけだ。」
白龍の護衛二人が大怪我をしたと聞き、近衛隊長が兵を連れてやって来た。近衛隊長に何があったかと聞かれて白龍は答えに困り、何も答えずに宮に帰って行き、近衛隊長は神殿兵の隊長に話を聞いた。
近衛隊長は信じられぬと言いながらそれを聞く。
「その美和という女官を宮へ連れて行く。」
「なりませぬ。」
「しかし、神官様、白龍公に害を成そうとし、近衛兵二人に大怪我を負わせたのです。罪を問わねばなりません。」
神官の後ろにいた神殿の女兵達が近衛兵を睨む。
「近衛隊長、女官を連れて行けば、王様が許可なく出入りを禁じた神殿に白龍が押し入り、騒ぎを起こした事も問題になる。」
「しかし・・・。」
「神官の許可の無い者は通すなと王様が命じたのだ。太子である白龍公がそれを破った。それも罪に問うのか?」
「しかし・・・。」
「王様には我から話をする。」
産婆が触診を終えて部屋から出てきた。お腹の子に大事はないが、背中に大きな痣が出来ていると言う。
「どんな程度だ?」
「打撲としては重症です。すぐに膏薬を持ってこさせます。」
「膏薬でしたら、神殿にもございます。」
御医と産婆はそれを取りに行ってしまい、ソクリは部屋に入る。
「殿下・・・私・・・。」
「痛いのか? こんなに泣いて・・・。」
ソクリは寝台に腰を掛け、二の妃の体を抱く。
「私・・・、私・・・。どうしましょう。」
「ゆっくり寝ておれ。大丈夫だ。怖い事など何もない。」
小さな子供をあやすように言いながら、ソクリは二の妃を寝台に寝かせ、神殿を出た。
足を踏み出す度に、背中や足に痛みが走る。
「輿を持ってこさせましょうか?」
一緒に戻る事にした近衛隊長が、ソクリに言う。
「よい、これ以上騒ぎにはしたくない。」
「しかし・・・。」
「話し掛けるな。気を張っていないと歩けん。」
それ程の痛みかと、後ろを歩いている兵に医官を呼んでおくよう言いつける。兵は頷くと走り出した。
白龍の護衛兵が大怪我をしたというので、兵は騒いでいたが、ソクリが何事も無かったように神殿から戻ると大分落ち着きを取り戻した。
ソクリの寝室の前には、張医官と医女が、水や氷の入った桶を用意して待っていた。ソクリは着物を脱いで、寝台に横になる。
「骨に異常はございませんが、ひどい打撲でございます。」
「そんなに、ひどいか?」
「かなり・・・。」
張医官は氷で冷やす場所や、手ぬぐいで冷やす場所を医女に指示すると、薬を取りに行く為に薬坊へ戻る事にした。外では騒ぎを聞いたらしい老林公が待っている。
「殿下の具合はどうなのだ?」
「ひどい打撲が背中にございます。足もくじいておられます。」
「意識は、おありなのか?」
「はい、ございます。」
「少しお会いしたいのだが・・・。」
「今、傷を冷やす為に、着物を脱いでおられます。これから薬を調合してまいりますが、お手当てにはあと一時間程度は掛かるかと・・・。」
張医官は案に、その後の方がいいと言っているのだと老林公も感じたが、考えどころである。出直すのは簡単だが、ソクリが面会できない程の怪我と聞けば、他の貴族も騒ぎ出す。
「兵部令が来ておられるとお伝えいたします。」
張医官は一旦中に戻り、ソクリが短く何か言ったのが聞こえてきた。
「大した事は無かったので、兵部令には他の貴族が騒がないように務めて欲しいとの事でございます。ご面会はその後にしたいと・・・その様に。」
「分かった。そうしよう。」
薬坊と兵部の執務室は方向が一緒である。張医官は老林公に先にと言って歩き出すが、老林公が追いついてきた。
「殿下のお怪我はどの位で良くなるかのう。」
「そう、長くて二、三週間もあれば・・・。完治致します。」
「それ程長くかかるのか・・・。」
「骨に異常はございませんでした。」
「そうか。」
老林公はその言葉を聞くと、張医官には行って良いと言い、自分は兵部の執務室ではなく、宰相の執務室へ向かった。
白龍は宮に戻ると、自分の部屋に戻った。安春はすぐに梨花に呼ばれてしまった。部屋で一人になり、さっき見た事について考えた。
人外の力を使う女官、宙に浮かんだ二の妃、火の玉の中に迷う事なく飛び込んだソクリ、神官が来るまでに部屋の中で大怪我をした神殿兵隊長。目の前で次々に訳の分からぬ事が起き、白龍の頭は混乱した。
戻って来た安春は、ぐったりした顔をしている。
「王様に何を言った?」
「見た事は全部です。見なかった事は話していません。」
「そうか・・・。」
今、梨花の部屋には事情聴取されている、御医や産婆、神官に近衛隊長がいると安春が言う。
「宰相様がかなりお怒りでした。」
「そうか。」
ソクリ以外の関係者からは事情聴取を終え、梨花の部屋に残った黄凜と梨花は互いの顔を見合わせながら一緒にため息をついた。怪我をした近衛兵は神の怒りを受けたと口走っているらしく、白龍が神に逆らったという噂が広まるのは止められそうにない。
二の妃の容態に、大きな問題はないというのも気休めにしかならない。
「場所が神殿というのが、一番まずいですね。」
「そうじゃな。二の妃が天命を受け身ごもったというのは、貴族ばかりか、民も知っておるしの。」
「神殿警護兵との問題も大きいですね。あそこは梁家の一族の出の者も多い。」
神殿兵はほとんどが何かしらの人外の力を持っているのは黄凜も知っている。だが、それはほとんど使われた事はない。黄凜は近衛兵隊長を任じられた時に、父から絶対に神殿兵と争ってはならぬときつく言われたのを思い出した。
黄凜の家には神殿兵との戦いで、神の怒りにあったという記録が残っている。その昔、黄石国が白海に攻め込んだ時、劣勢だった白海国の兵を救う為に、神殿から兵を連れた巫女が現れ、二時間もせぬうちに黄石国の本体五千に大打撃を与えた。それがきっかけで黄石国は沈んだという。
白海国に黄石国が併合され、もう三百年近く経っているが、黄石国の血を引く人間はその物語を代々、聞き継いでいる。黄凜もその一人だった。
まさか、二の妃の女官までそういう力を持っているとは思ってもいなかったのだが、二の妃の邪気は美和の力によって弱められているのだという。今日、女官が使ってしまった力というのは本来の美和の力ではなく、妖が白龍を追い払う為に、自分の邪気を美和の言霊に乗せたと神官は説明した。
近衛隊長は美和を罰せよと梨花に進言したが、それは梨花が退けた。
二人で、何をどう収拾したら良いものかと思案していると、神殿に行っていた梁公が戻ってきて、梨花に謁見を求めた。
「二の妃の具合はどうじゃ?」
「とりあえずの所は問題ないとの事でございます。」
気持ちが静まらないのかずっと泣いていた。
「一の妃様に宮へお戻り願いたい。老林公に面会したいと言っておりまして・・・どうしたものかと。」
「一の妃? 何故じゃ。」
「神官に尋ねました所、王族の中で今年の年運が一番良いのは一の妃様だそうで・・・、宮には年運の良い王族がおられる方が良いと、そう言っておりました。」
「年運を呼び戻す・・・、そういう事も必要かもしれぬな。老林公に神殿へ行くよう伝えてくれ。」
梁公はそれ以外は何も言わずに退出した。
その晩、夕食後に神殿へ行っていたソクリが戻ると、白龍が会いたいと女官が待っていた。やれやれ、今度は白龍かという思いで、白龍の部屋に向かって歩き出す。
「聞きたい事がある。」
ソクリが椅子に座ると、白龍はすぐに切り出した。
「何だ?」
「柳商での殺しがあった数日前、二の妃はソクリに何を話したのだ?」
「それを二の妃に聞きに行ったのか?」
「そうだ。」
「夢を見たそうだ。我は白龍公に跪いていたそうだ。白龍公は我に向かって、何を迷っておるとそう言った。それだけだ。」
「たった、それだけを伝えたいとソクリに使いを出したのか?」
「そうだ。」
「刀、いつも使っていた刀はどこにある?」
「刀匠の所だ。」
「いつ持っていった?」
「大分前の事だ。」
「大分前とはいつだ?」
「今年の初めだったか・・・、いや昨年末・・・。その位か。」
直接刀匠に聞けばいいとソクリは言い、出て行ってしまった。
白龍配下の兵は刀匠を尋ねたが、ソクリの言った通り、昨年末に刀は預けられ、そのままそこにあるという事だった。
梨花がソクリに贈った刀は、定期的に宮の工匠で手入れを行っているが、使われた形跡は全くない。結局、殺しに使われた刀は出て来ない。
「もう、お止め下さい。」
数日は黙っていた青真が白龍の部屋に来て言う。
「しかし・・・、事実を突き止めておきたい。」
「副君殿下が使ったのが、軍刀だとしたら、出ては来ません。副君殿下は王様とご一緒に西山城へ移られる。それで良いでしょう。これ以上の噂が広まれば、白龍公の即位にも響きます。」
「噂?」
「そうです。貴族は声を上げませんが、民は声を上げています。いずれ、副君殿下が王になられると・・・。」
「誰がそんな事を言っておるっ!」
「ですから、民です。」
「首謀者がおるだろう。」
「おりません。強いて言えば、噂が急に広まったのは、神殿の事件の後です。神に逆らう者が王位になど付けるはずがないと・・・。太子様、副君殿下が首謀者となる謀反となれば、我が討ちます。ですから、副君殿下に今、何か仕掛けるのはお止め下さい。宮を出たいというなら、そのままお出し下さい。民心を太子様に戻す方法をお考え下さい。」
その話は黄凜とはしている。黄凜は即位前に視察を提案し、梨花も承諾した事から、白龍の視察の準備に宮の貴族は追われる事になった。