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黒龍神話  作者: 小池 洋子
第1章 永望帝 梨花
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1-8話 夢の顛末(1)

 二の妃の懐妊を皆が知る頃になると、宮の中は急にざわざわしだした。何を考えているのか分からぬ貴族が見舞いと称して、毎日現れる。あまりの数の多さに二の妃がぐったりしてしまい、それが騒ぎになったりもする。

 神官から子が生まれるまで神殿で養生してはどうかと進言されると、ソクリは二の妃をすぐに神殿へ移してしまった。

 許可された者以外の面会を禁じると、今度は、一の妃の所に白龍の側室にと、娘を連れた貴族が現れるようになった。

 一の妃は政治とは無関係で静かに過ごせばよいと思って今までいたのだが、王室の政治の真正面に立たされる立場となり、困惑した。


「これで二の妃様が男子を産んだら、貴族はがっかりですね。殿下。」

 黄凜が言う。大分仕事にも慣れ、この頃は表情に余裕が現れていた。

「そうだな。誰も、生まれるのが女子だと思い込んでいるしな。」

 子供など生まれてみなければ男子か女子か分からないのにとソクリは不思議に思った。

「公子が生まれるのも悪くはないと思っている。」

 ソクリが言う。

「何故でしょう?」

「王室にこれだけ子供が少なかった事は、白海建国以来ない事だろう。」

 確かにそれはそうだった。普通は王は少なくとも五、六人、多ければ十人以上の側室を持ち、子供が十人、二十人というのが普通の事である。

 その分、権力争いで宮が血の海になる事も多かったが、その争いを生き抜いた強運を持つ者が王となるという歴史を繰り返している。

 しかし、ソクリの祖父と父が王の時代に赤川、黒山との戦が長く続き、その時代に直の男子はほとんどが戦死してしまっていた。


 白龍もまだ若い、貴族は側室を入れたがっている。何人でも入れればいいとソクリは簡単に言うが、黄凜はそうは思っていなかった。王様もだが、白龍自身も体調を崩す事が多い。病気がちの王では、戦が続くだろうこの時代を切り抜けられるかどうか、それは誰しも不安なのだ。

「側室の件は王様は何か言っておられるのか?」

「白龍公に任せると・・・。」

 白龍は未だに側室を入れるのを嫌がっている。

「白龍公の妃には後ろ盾がないからな。それを気にしているのだろう。」


 白龍は宮内の勢力について考えていた。自分の勢力は母方の叔父である龍順公の配下のみである。自分の所に公子が生まれた時期から、貴族はこぞって機嫌を取りに現れるようになり、龍順の発言力は大分大きくなった。他は、ソクリが何度と無く行った人事で、勢力は青真と黄凜の下に集まりつつあり、宮は三つの勢力が微妙な均衡を保っている。金家は協力的ではあるが、白龍の配下とは言いがたい。黄凜自身は自分の兄の様な存在で信頼できるが、朴家はあくまで忠臣として王を補佐する考えで、自分が王になるまでは配下ではない。

 しかし、公子が病死してから、龍順公の勢力は弱体化してしまった。自分がソクリに自決を迫ったというのは宮では誰もが知っている所なのだが、ソクリ自身にも迷いが生じているし、梨花が死んだ後にそれを迫るというのは更にまずい状況となっている。

 散らしても散らしても、ソクリに群がる勢力は減らない。自分の勢力として取り込みたい所なのだが、その手が見つけられないままだった。


 梨花は安春に情報を集めさせた。このままでは自分が死んだ後、宮が血の海と化すのではないかとうい嫌な予感がある。考えても考えても、答えは一つしかない。

 白龍を呼び、梨花が頭の中で導き出した答えを話す。白龍の手は怒りで震えた。

「王様の命に従います。」

 梨花は内官にソクリと林公親子を呼んだ。

「光栄公子を白龍の養子にする。」

「光栄公子様を白龍公のご養子に・・・。」

 老林公はあまりにも意外な梨花の言葉に思わず言葉が口から出てしまった。

「養子にする。碧玉、すぐに光栄公子を居所を移すように。よいな。」

「・・・はあ・・・しかし、まだ白龍公は若いですし、側室を入れれば・・・。」

「これは我の命だ。それに光栄公子は元子として養子にする。これから白龍が何人側室を入れ、何人子供が出来ようとそれは変わらない。以後、碧玉と妃は光栄公子に父母として会ってはならぬ。」

「・・・承知致しました。」

 ソクリは涙を流していた。返事はしても椅子から立ち上がろうとはしない。


「妃をここに呼んで我から話しても良いが・・・。」

「いえ、自分で話します。」

「午後には内官をやるゆえ、仕度をさせるよう・・・。」

 白龍の声がひどく冷たいように感じたが、ソクリは席を立ち、部屋を出た。白龍も部屋を出て、林公親子が残る。

「我が何を言いたいか分かるか?」

「王様のお考えはいつも、我ら凡人には計りかねる所・・・、何でもお申し付け下さい。」

「林家は白龍の勢力として、力になって欲しい。」

「なるほど。お話しは理解しましたが、これでは副君妃殿下が、あまりにも哀れでございます。」

「それは分かっている。しかし、このまま碧玉の元に勢力を集めてしまうのは、白海にとって危険過ぎる。我は、白龍が王となった後も碧玉が必要だと思っておるのじゃ。その為には、白龍の勢力を大きくする必要がある。」

「ふーむ。分かりました。出来うる限りの援助を致します。」


 光栄公子の居所は今日の午後に移すという事だったが、ソクリが妃殿に着いた時には、王の命令書を持った内官が既にやって来た後らしい。妃は光栄公子の部屋で泣き崩れていた。

 側にいる光栄公子は何が起きているかは全く理解できない様子だが、怯えた表情で乳母にしがみついている。

「妃。」

「殿下・・・。王様は何故こんな命を下されたのです?」

 一の妃も状況を理解していないのではない。しかし、子供を取り上げられてしまうなど思ってもいなかった。自分を抱きしめるソクリの体も震えているのが妃には分かった。

「妃、悲しいのは一緒だ。しかし・・・もう諦めるしかない。それに・・・。」

「それに・・・何でございますか?」

「光栄公子には生きる道が見つかった。それは確かだ。」

 午後になると内官は手早く光栄公子の荷物を運び出してしまった。白龍の妃は自ら足を運んで光栄公子を抱き上げる。

「私が母として大事に育てますから、そなたは心配せずよともよい。」

 一の妃は、白龍の妃がまるで自分が生んだ子の様に抱いて行ってしまうのを泣きながら見送った。それから数日間はソクリは妃殿には姿を現さず、父から実家での静養を勧められると、一の妃は宮を出た。


 夏が近づいたある夜、二の妃は夢を見て、はっとして目を覚ました。まだ夜明けには時間があるが、いても立ってもおられず寝台から起き上がる。

「二の妃様、墨をすりましょうか?」

 隣の寝台で眠っていた美和が起き上がって言う。

「まだ、いいわ。夜が明けたらお願い。」

「承知致しました。二の妃様も、まだお休みにならないと・・・。」

「そうするわ。」

 二の妃は横になったが、ぐっすりと眠れるはずもなく、少しうとうとするともう朝だった。起き上がると美和はもう墨をすり、紙を用意していた。

 二の妃は短い手紙を書くと、ソクリに直接渡すよういい、美和は神殿を出た。


 ソクリに手紙を渡し、美和は返事を待った。

「何があった?」

「夢を見られたとの事でございます。」

「夢・・・。どんな夢だったと?」

「さあ、ですが、良い夢ではございません。」

 悪夢で目を覚ましたと美和は短い言葉で言う。

「午後に行く。」

「承知致しました。」

 ソクリは今度は何事が起きたかと、ため息をつく。光栄公子を白龍の養子に入れた途端に咳をするようになり、喘息があるのが分かった。

 今まで何も症状が無かったのかというと、そういう訳でもなく、医術の心得がある采女官が進言したり、あんまをして欲しいと医女を呼び、意見を求めたりしていたらしい。

 采女官の言によれば、過保護は禁物という事で、雨が降っていても光栄公子を軒先に出して遊ばせていたという。これには御医も同意見で、埃が舞う室内より、湿気のある外の空気の方が肺には良いのだという。

 白龍の子供は生まれた時から病弱だったので、あまり外には出さなかったが、積極的に外へ出すようにと御医から進言を受け、そうするようになると咳は大分収まった。

 一の妃づきの采女官は出産まで二の妃に付き添う事になり、神殿で寝起きしていたのだが、元子付きにして宮に呼び戻す事にしたばかりだった。

 梨花の体調は一進一退を繰り返し、あまり良くはない。皆、口には出さないが、今のうちに白龍に譲位してはという意見が出ているのも事実で、神官に祈祷させた。

 赤川情勢も不安定で、昨年、占領した港付近では、小競り合いが続いている。ほとんどの仕事を黄凜に任せはしたものの、副君殿下であるソクリに直接意見を求める貴族も多い。


 とにかく、片付けられるものから、片付けようとソクリは二の妃のいる神殿に向かった。二の妃は起きてはいたのだが、眠そうな目をして顔色も悪い。

「どうしたのだ?」

 ソクリは二の妃を抱き上げて寝台に腰掛ける。子供をあやすように二の妃の顔を見る。

「殿下、私・・・どうしましょう・・・。どうしたらいいか分かりません。」

「何を夢で見たのだ? 人が沢山死ぬとかそういうものか?」

「いえ、いえ違います。」

「では何だ?」

「殿下が白龍公に跪いていらっしゃいました。」

「それで?」

「白龍公が何を迷っておるのかと・・・。」

「そうか・・・。」

 ソクリの体が緊張したのが二の妃には分かった。暫くすると、二の妃を寝台に寝かせる。

「暫くは来られぬ。養生せよ。」

「あの、私・・・。」

「何が起きても、何を聞いても気にする必要はない。いいな。」

「はい・・・はい。」

 二の妃は泣いていた。

「我の代わりに泣いてくれるのか。優しいな。では行く。」

 ソクリは身を翻すと、風のように出て行ってしまった。


 数日後の朝、ソクリは梨花の寝室にいた。

「神官からの進言がありました。太子様の即位ですが、今年の十一月が良かろうという事です。」

「来年と言っていなかったか?」

「年運としては、来年だそうですが、来年早々は月運が悪いそうで、ならば、今年の年末の方が良いと・・・。」

「そうか。それなら、その方が良いな。」

 梨花自身も自分が今年一杯生きられるかどうかと、そう感じていた。

「太子様が即位された後のお住まいは、どう致しましょう。」

「西山城でよかろう。」

「分かりました。準備をさせておきます。」

「ソクリはどうするのじゃ?」

「西山城へ移ります。それとご裁可を頂きたい文書がございます。」

 黄凜を宰相に任じるという文書だった。

「分かった。」

 梨花はその書類に署名し、玉璽を押した。

「妃は西山城へ来るのか?」

「いえ。暫くは二人です。お嫌ですか?」

「いや、我も二人で過ごしたかった。」

 ソクリはやせ細った梨花の手を握った。静かな時間が流れる。もっと、こうしていたいと思っていたのだが、外が急に騒がしくなった。


「王様、白龍です。」

「入って良い。」

 梨花が返事をするや否や、白龍に黄凜、青真も一緒に入って来た。

「どうした? 戦が始まったのか?」

「いえ、そうではございません。ソクリ、夕べはどこにいた?」

「急になんだ?」

「何があったのじゃ?」

「礼部令、翔雄公、それに柳商の三名が惨殺されました。」

「何と・・・。夕べなのか?」

「はい。」

「そんな事があったのか。」

 ソクリが全く知らなかったという顔なのに、黄凜と青真は、やはり無関係ではないかと思った。現場からは、天銀三百両が盗まれており、調べている兵からは強盗ではないかという報告が上がっている。


「どこに居たのか言え。ソクリ。」

「そんな事を聞いてどうする。」

「何故言えぬ。言えぬ所にいたのか?」

「料亭だ。いつもの林家の親戚の集まりよ。」

「料亭・・・。誰と誰がいた?」

「かなりの人数だったな。集めたのは老林公だ。」

「何の話をした?」

「大した話はしていない。白龍公の即位を今年の年末に繰り上げるという話はしたが・・・。それだけだ。」

「本当か?」

「疑うなら聞いてみろ。それと、黄凜、これを・・・。」

 今、梨花が裁可したばかりの宰相を任じる文書を黄凜に渡す。

「王様、ありがたき幸せでございます。誠心誠意務めさせて頂きます。」

 その言葉を聞くと、ソクリは出かけると言い出した。

「もうすぐ会議の時間だぞ。」

 白龍が言う。

「宰相は黄凜だろう。もう引退だ。会議には一切出席せぬよ。」

「どこへ行くつもりだ、ソクリ。」

「柳商です。王様。」

 ソクリは行ってしまった。


「何故、ソクリを疑う?」

「青真が太刀筋がソクリに似ていると・・・。それに、都合よく、あの二人が強盗に襲われるなど・・・この状況でそう考えよという方が無理でしょう。」

 ただの強盗に翔雄が切られるとも思えない。

「この状況とは・・・、謀反の兆しがあったという事か?」

「はい、貴族を中心に白龍公を廃そうという動きがあり、調べている最中でした。」

「そうか、夕べの事件の調査の報告書はあるのか?」

「いえ、夕べの事ですし、調査は始めたばかりです。礼部令は王族ですので、近衛が調べています。」

「報告書が出来たら持ってくるように。」

「分かりました。」

 またもや礼部令を中心にして謀反の動きがあり、それを討ったのが柳商だというなら、一番理解しやすい。柳商が謀反に加担していた可能性もあるだろうが、ソクリは柳商まで切ったという事になる。そこまでするのかという思いと、ソクリならやるのかもしれないという気持ちが梨花の中で交錯した。


 事件を調査していた近衛兵は、綿密な報告書を提出した。夕べの宴会は確かに老林公が貴族を招待しており、これに間違いはない。出席者には老林公の地元から来た親類を含め、貴族数十人。副君殿下は王様の具合があまりよくないので、噂が出ている通り年内には白龍公の即位式を行い、自分は引退すると、その席で話した。

 その後はいつも出る天気の話で、他は普通の世間話で宴会は終わったという。

 最初、貴族達はソクリがずっと宴会場にいたと言っていたのだが、途中から暫くの間は中座したと口を滑らせた者がおり、かなり長い時間、芸妓と二人でいたのが分かった。

 何をしていたかという問いに芸妓は、男と女が二人でいただけですと言い、他には何も聞き出せなかった。口を滑らせた貴族によると、宴会場に再び姿を現した殿下の着物からは、芸妓が使っている香の匂いがしたと言っている。


 夕べの柳商はというと、礼部令と翔雄が一緒にいた所へ、何度か柳商を尋ねてきた女が来た。共をしていた女が柳商にいた私兵に酒をふるまってくれたので、それを皆で飲んたのだという。酒に何かはいっていたらしく、誰もがその後の惨事には気づかなかったと語っている。

「そもそも、私兵は禁止されておるのだろう。」

「そうは言っても・・・、商家はいつも大金があるし、誰に狙われるとも限りません。全員を捕縛する事は無理でしょう。」

 調査に当たっている近衛隊長は言った。貴族の屋敷にも私兵はいるし、大きな商店も普通に私兵を雇っているのが当たり前である。


「砦はどうだった?」

「場所は分かりました。逃げる様子もありません。」

「人数は?」

「私兵の家族がほとんどで、商団の護衛でほとんどが出かけてしまっているという事です。私兵をやっている者は、そう・・・、二十人とはおりませんでした。」

「逃げたのではないのか?」

「砦の連中は土地を持っておらぬので、付近の農民から色々と買っているそうです。いつもその位の人数しかおらぬと言っておりました。」

「ふーむ。」

 肝心の柳商も死んでしまい、金の在り処も不明。これでは更なる調査をさせるのも難しいというのが黄凜の判断だった。

「白龍公、安春を呼びましょうか?」

「ああ、そうだな。」

 このまま、この報告書を梨花に見せるべきかどうか迷う所だった。安春も別口で調べてはいたのだが、さしたる内容な出てこない。梨花の部屋で問い詰めた後、ソクリは柳商へ行き、配下の商人達と商売は続けられるのかという事を話し合ったという。柳商自身もどこか、どこか患っていたらしく、そう長くはないと後継者を決め引退していた。ソクリは、役所から遺体が戻ってくると、暫くの間は手を握っていたという事だった。

「柳商の葬儀に出るのか?」

「こちらの葬儀と重なりますし・・・。白龍公、調査は他の方に任せて、妃様の所へ行かれては如何でしょう。」

 安春が白龍の顔色を見ながら、小さな声で言う。

「妃は一人なのか?」

「いえ、老林公の妻女が弔問に見えられてご一緒でございます。碧玉殿下と妃様もいらしてます。」

 女官が何度も呼びに来ており、今はずっと待っている。

「白龍公、行った方がいい。」

「しかし・・・。」

「調査は、続けます。ですから、妃様の所へお行き下さい。太子様。」

 黄凜が繰り返すと、納得いかない顔のまま白龍は執務室から退出した。


「まずかったな。白龍公の妃が翔雄の妹だというのをすっかり忘れていた。」

「王様へのご報告は、どうするかな・・・。」

「一応、現状報告だけしておいた方がいいかもしれぬが・・・。青真はこの事件を王様はどうしたいと思う?」

「犯人が殿下と判明した所で益はない。それよりも・・・、殿下に砒素を盛っている者がいるんだろう。それを何とかしないとな。」

「何故、知っている?」

「張医官が動いているだろう。下働きの者が数人、砒素中毒になったので、調査中だ。内密の話だが・・・、下から噂は広がっている。」

「下働きが砒素中毒・・・。どういう事だろう。」

「張医官が言うには、何かに死ぬ程ではない砒素が混ぜられていて、それを吸い込むうちに中毒症状が出たのかもしれないと・・・、そうでないと理屈が合わないとか。調理場を中心に毒を検出しているのだが、大掛かりにはできんので、進まないとか。」

「大掛かりに捜査する方法を知らぬか?」

「あるにはある。だが、捜査を始めた途端にその原因物質は宮から消えてなくなると思う。」

「確かにな。だが、犯人はこの際、見つけられなくとも構わない。下働きは自分が、砒素中毒と知っているのか?」

「いや、伝えていない。こんな事が知れたら大騒ぎになる。」

「懸命な判断だな。では、どうするか・・・。」

 黄凜は梨花の判断を仰ぐ事にした。状況は複雑に入り組んでいる。よく考えてから手を打たねば、宮が荒れるだろう。

 梨花は、近衛が出した報告書を読む。青真は砒素中毒の件を話した。

「どうされますか? 王様。」

「とりあえずの所、明日の葬儀が終わるまでは保留じゃ。下がってよい。」

 黄凜と青真も翔雄と礼部令の弔問に出かけた。


 白龍は自分で殺しておきながら平然と弔問を受けているソクリに怒りの念を覚えたが、そういえば蘭花公女の時もそうだったと思い出す。

 自分で刺し殺しておきながら、その遺体を抱き、涙を流していたのだ。その時も、白龍は何と恐ろしい人間だろうと思ったのだが、こうなってみるともう人ではないのかもしれない。

 白龍の妃はソクリが兄を殺したとは知らずに泣いている。ソクリの妃は隣で真っ白な顔のまま無言で座っていた。


 葬儀の翌日、白龍は梨花の寝室に呼ばれた。部屋の中には、黄凜と青真、それにソクリもいる。

「我がいない間に、どんな相談をされていたのか。興味があります。」

「相談というほどの事はしておらぬ。近衛兵からの報告書は読んだが、これは強盗だろうと思う。これ以上近衛が調査する必要はない。」

「宰相は調査を続行すると、約束したではないか。」

「太子様、宮の下働きの者が数人、砒素中毒だという報告を受けましたので、これを優先する事に致しました。」

「砒素中毒? 食事に砒素が混入しているというのか?」

「はい、副君殿下の食事から砒素が検出されました。」

「ソクリの食事から?」

「はい、今朝の食事からも砒素が検出されております。」

 梨花の寝室には、ソクリの食事が運び込まれていた。食事は飯を除き、見た事もない青色に染まっている。

「他の者の食事は、大丈夫なのか?」

「調べてはおりませぬので分かりません。」

「白龍、今すぐに兵を連れて、賄い方へ行き、調査をせよ。明日の食事には、砒素など検出されぬようにしろ。犯人が分かったら、誰であろうと白龍が処罰せよ。」

「分かりました。王様。」


 寝耳に水の白龍は外に控えていた監察部の兵と張医官と共に賄い方へ向かった。

「とりあえずの所、これで良いだろう。犯人がみつかるかどうかは別だがな。」

「犯人は構いません。ただ、殿下に毒を盛っておる者が、白龍公の即位に向けて何をするかは、予想がつきません。」

「そういう事だな。これで、宮内の問題は。ほぼほぼ片付いたな。」

「殿下の一の妃様も、お戻りになられましたしな。」

 黄凜が言うと、ソクリは、変な笑い顔をした。

「戻って来てはおらぬよ。葬儀に参列しただけだ。」

「もう、戻ってはこないつもりなのか?」

「戻る理由もございません。では、出かけます。」

 梨花が移り住む西山城を整備する為に、これからは毎日出かける予定だという。

「一の妃様はお戻りになられないのでしょうか?」

「戻る必要もないのだろう。」

 宮を出る準備をしている以上、自分が死ぬまで実家で過ごすのも悪くはないだろうと梨花は思った。ソクリには領地もないのだから、いずれ林家なり梁家なりに身を寄せねばならない。あるいは、どちらへも行かぬつもりかもしれない。

 黄凜にはソクリの行動を予測するのは不可能だった。もう若くはないが、どこへ行っても暮らしに困る事などないだろう。黄凜の頭の中のソクリはいつも話にしか聞いた事がない異国にいた。


 大勢の兵と共に賄い方へ出かけ、食材や調味料、食器から鍋釜まで調べたが、結局、砒素などはどこからも検出されなかった。

 しかし、かなり賄い方では以前から、妙な病気をする女官などもいるらしく、調べてみるとかなりの人数だった。

 張医官が治療していたのは、賄い方でも下働きで金がなく医者にかかれないという賤民ばかりで、気味が悪いという話を以前からしていたらしい。砒素中毒の症状は出ているものの、重病人はいない。

「砒素などどこにあるというんだ。」

 張医官が前々から調べていた調書を読みながら、白龍は頭を抱えた。張医官は定期的に色々な場所から、調味料やら食材やらを持ち出しては、検出を試みたが、どこからも発見されていない。

 調書の最初の日付は、ソクリが梨花と結婚して一ヶ月もたっていない。誰にも知られず、毎日ソクリの食事に砒素を入れ続けている者がいるという事実に白龍はぞっとする。

 犯人を見つけられなければ、自分が犯人にされてしまうだろう。ソクリの勢力が自分の追い落としを図ったというなら理解できる。しかし、それならばもっと別の方法を取ったはずだ。


 毒見でも出ぬその砒素を、ソクリが普通に毒を入れられていると分かったという事実もまた白龍をぞっとさせた。張医官によれば、ソクリは味覚が鋭敏なだけだというが、自分や梨花だったら、とっくに砒素中毒になっていたかもしれない。

 自分は山猿だからとソクリはいつも言っているが、確かにそういう所はある。翌日、ソクリの食事からは砒素は検出されず、結局、原因物質も犯人の特定もできないままとなってしまった。

 梨花もそれは予想の範囲だったらしく、賄い方を厳重注意し、砒素中毒の患者を医官に治療させるようにという命を出した。

 張医官が調査を続けたいというので、監察部に協力させる事にした。


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