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黒龍神話  作者: 小池 洋子
第2章 永碧帝 白龍
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2-59話 青真軍の乱(2)

 奥宮に着いたソクリは、大妃殿の前に立っている深月に声を掛けた。

「大君。」

「ここはお前が守ってくれていたのか。」

「はい。大妃様と王妃様は中にいらっしゃいます。」

 ソクリが中に入ると、椅子に座っていた二人が立ち上がる。

「大君。こちらに、お戻りでしたか。」

 大妃はソクリに抱きついて泣いた。

「主上は、ご無事でしょうか。」

「勿論だ。」

「王妃、公女達はどうした。」

「神殿に避難させました。」

「王妃は何故ここにいる。」

「大妃様をお守りしようと思い、残りました。」

「そうか。ここはもう大丈夫だ。神殿へ行ってやりなさい。公女達が心配だろう。」

「では、そうさせて頂きます。」

 深月は王妃を自分では送らず、ソクリの護衛をしていた近衛が王妃と一緒に歩き出す。

「お前はいかんのか?」

「大君の手当てが先でございます。」

「お怪我をしておられるのか。」

 外にいた兵に手当てをする水を汲んでくる様に言い、慌てて鎧を脱がせる。肩とわき腹に浅いが大きな傷があった。

「肉には達していないようです。」

 わき腹の傷を大妃が押さえている間に、肩の傷の手当をする。水で洗い、ソクリの肉をつまむと指先を当てた。

「少し痛みが走るかもしれませんが、動かれませんよう・・・。」

「ああ。」

 ソクリは一瞬、刺されたような痛みを感じた。二箇所、三箇所同じように肉をつまんで指先を当てると、傷が閉じた。

「おお、一体何をしたのじゃ。傷が閉じておる。」

 布で拭くと、もう血も出ていない。

「張医官と同じです。傷を縫いつけたのです。」

「縫い付けた。」

 大妃がよく見るとわずかに細い糸が光っている。

「この糸はどこから来たのじゃ。」

「さあ、我にもよく分かりません。傷がなくなる頃には糸も消えます。」

「不思議じゃのう・・・。」

 大妃が傷に布を巻いている間に、腹の傷も同じように深月が手当する。そうしている間に、張医官の声がした。入ってきた張医官は、ソクリの脈を取り、傷の具合を見る。

「なるほど、これが消える糸ですか・・・。」

「お前も見た事がないのか?」

「神殿兵から聞いた事はあったのですが、傷が治る頃には消えてなくなるとかで、見たのは初めてです。こういう糸があれば、治療も簡単になるのですが・・・。」

 見終わると、深月が手早く布を巻く。

「すぐに、薬湯をお持ちいたします。」

「兵の手当てはどうなっている?」

「助かる者は助かる。助からぬ者は助からぬといった所です。しかし、戦場と違って手があります。」

「そうか。一人でも多く助けてやってくれ。」

「はい。」

 張医官は部屋を出て行ってしまい、王妃と公女は一晩、神殿で過ごさせる事にして深月も神殿へ戻った。

「大君、寝台で横になられてはどうでしょう。」

「ここでいい。」

 ソクリは大妃の膝枕で横になる。

「傷が痛みますか。」

「ああ、とても。」

 大妃はソクリが痛いと言ったのは、心の傷だと思った。

「そうだ、小刀、あれの手入れをせねば。」

「分かりました。」

 大妃は外にいる兵を呼ぶと、黒龍剣の手入れをするよう言いつけた。


 光栄が大妃殿に来た時、ソクリは大妃の膝枕をして貰い、長椅子で横になっていた。

「大君、主上が参りましたよ。」

 大妃が声を掛けてもソクリは起き上がらない。

「何だ、その顔は。」

 怒っている、そう察した光栄は、明日にすると言う。

「明日でよい事なら、何故、最初から明日にせんのだ。」

「申し訳ありません、父上。我の配慮が足りませんでした。」

「母に聞かれたくない事なら、何故、席をはずしてくれと言わぬ。」

 ソクリは起き上がった。

「その迷いが、今回の結果を招いたのだ。分かっているのか。」

「分かっております。我には父上の様な力がないのです。」

「我に力があったのではない。我に力を与えてくれる忠臣がいただけだ。今でも、大勢の忠臣がいる。それを分かってさえいれば、次には失敗はせぬだろう。」

「我にはやって行く自身がありません。お願いです。父上、光常公子に王位を譲る事をお許し下さい。」

 光栄は泣きながら床に手を付き、ソクリに訴える。

「お立ち下さい。主上、そんな事をされてはなりません。」

 大妃が腕を掴んで立ち上がらせようとする。外務部令と兵部令が手伝って、椅子に座らせる。

「それはならん。公子には公子の仕事がある。」

「しかし、公子なら我より何でもうまくやれるはずです。」

「確かにそうだろう。だが、それはお前が思っている様に、才能があるからではない。」

「では、何が違うのです?」

「お前は答えに迷った。そして、手を打たなかった。公子ならば、答えは一つだったろう。そして、諦めずにあらゆる手を打ったはずだ。」

「何が答えだったのでしょう。我には今でもそれが分かりません。」

「青真大将軍に決まっているだろう。白海は大損だ。」

「それは・・・我も大将軍を救いたかった。」

「答えが分かっていたというなら、手を打たなかったのが敗因だ。手を打っていれば、助けられたものを・・・。」

「申し訳ありません、父上。」

「主上を部屋にお連れせよ。」

 内官に引きずられるように光栄は大妃殿を後にした。


「さて、後始末が大変だの。」

 茶を持って来るようにいいつけ、林外務部令と辛兵部令が椅子に座る。

「大君ならどうされます?」

「北領は、我が怒っているとでも言えば、多少の事、静かにはなるだろう。」

「青真軍を北領の国境線付近に配置してはと思うのですが、いかがでしょうか?」

「いい考えだな。できれば、西側がいい。北領が国境線を越えたら、公子の権限で兵を動かせる。」

「大君がお出になるのですか?」

「それは状況によるな。厳しい状況になるなら、公子は出したくない。」

「分かりました。」

 辛兵部令が言う。

「問題は、黒山になりましょうか。」

「それよ。黒山がこちらと組むと言えば、問題ないが、組まないとなると、大問題だ。いっその事、黒山が北領攻めを考えてくれると都合が良いが・・・どうだ?」

「どうでしょう・・・。黒山の太子には何度か会っておりますが、どちらかというと王様と同じような性格で・・・物静かな方です。」

「黒山の動向には注意が必要だと思う。状況次第で、白海の運命が大きく変わる気がする。」


「はあ・・・。」

「二の妃が夢を見たのですか?」

 大妃が聞く。

「それも、ある。玄武様は目覚めていると言っていた。」

「玄武様・・・北方神ですか・・・。」

「玄武様が守護されている方を、白海が手に入れれば、三国統一がなるという事ですな。」

 辛兵部令が感嘆の声で言う。

「まあ、無理に手に入れろなどとは言わぬし、そんな事はしてならぬ気がする。」

「無理に手に入れてはならぬ・・・ですか。」

「確かに、神が守護されている方を、人がどうこうしてよい訳もございませんな。」

「恐らく、その方は必要な場所に配置されていると思うのだ。」

「その方が黒山にいて、お助けしろという事でしょうか。」

「そう思う。だが、誰だかも分からぬしの。」

「黒山の動向には注意しておきましょう。卓に調べるよう言っておきます。」

「そうしてくれ。」


 二人が部屋を出た途端、ソクリは疲れた顔をした。

「大君、今日はもう休まれませ。」

「あと少し、大妃に話しておきたい事がある。」

「何でございましょう。」

「青龍様の事だ。」

「私も、伺っておきたかったのです。」

「調べて何か分かったのか?」

 大妃はソクリの隣に座り、耳元で囁く。

「光常公子は、二の妃の夢を見て、主上が青龍様の守護を受けていて、でも目覚めていないと言いましたが・・・。」

「それで?」

「まだ、お生まれになっていないのかと・・・。」

「我もそう思う。」

「でも、まあ、それを信じる者がいる事は悪い事ではございませんものね。」

「そういう事だな。それともう一つ、二の妃は夢を見た。」

「何でございますの。」

「主上の魂は緑の色の光だったと話したろう。」

「はい。それで。」

「赤い光を持つ魂の持ち主は王妃だ。」

「まあ、そんな事が・・・。」

「あと一人足りぬと言っていた。黄色の魂を持つ者がいないと・・・。」

「まあ、そうでございますの・・・。すると今は、緑の光を持つ王が片手に赤い光、もう片手は黄色の光を持つ者を探しているという事ですのね。」

「何だ。それは。」

「路雪様のお言葉でございます。永望帝は片手に光、片手に闇を持って王として世を治められた。大君は自身が闇ゆえに両手に光を持って世を治めようとされる。一方の光は闇を飲み込む程の光、一方の光はするどい刃で闇を切り裂く。」

 青真が闇を飲み込む程の光を放つ魂を持って生まれたのだとすれば、やはり自分とは相容れぬ運命だったのだろうと、ソクリは思った。

「今は足りぬ黄色の光を白い光が埋めているという所か・・・。主上も辛抱のしどころだな。」

「そうでございますね。」

 翌日の青真の葬儀には、処分が言い渡されるまで謹慎となった武将や民が弔問の長い行列を作った。ソクリも別れをしたいにはしたかったのだが、怪我を理由に欠席した。


 黒山から大将軍の弔問にやって来たのは、黒山軍の左将軍であり、王の側近で古くからの友人である。事実は金家が起こした謀反なのだが、白海王が今までの功績に免じて許し、大将軍の葬儀が行われたと聞くと、白海王の懐の深さを感じた。

 今ま永中京に来た事は無かったのだが、黒山の王京よりずっと賑わっているし、裏道に入っても怪しげな連中や物乞いがいない。

 民が白海に行けば誰でも、ちゃんと食える生活が出来ると噂する理由が理解できた。偵察活動をしている商人は弔問には民までもが長い行列を作ったのだという。

 王に弔問の挨拶をして、反乱の際に怪我を負ったという大君への見舞いを申し入れる。赤川を併合した位の人物だから、恐ろしい感じかと思ったがそうでもない。

「お怪我の具合は如何でしょうか。」

「手当てが早かったので、大丈夫です。」

「内乱をたった一日で収められるとは、黒山王も感心しておりました。」

「収めたのは王の力、我は武装勢力と対峙したに過ぎません。」

「そうですか。黒山王から大君に面会できたら、是非に聞いて来て欲しいという内容がございます。」

「何でしょう。」

「兄弟が手を取り合って生きる道はどのようにしたら教えられるのかと・・・。」

「難しい質問ですな。我自身は、母の違う兄弟二人を自分で討ってしまいましたからな。」

「えっ。」

「ご存じなかったか。」

「あっ、いえ。それは、そうでした・・・。しかし、王様と公子様はとても兄弟思いと伺っています。」

「この様にはなりたくないと、そう思っているのかもしれません。」

「それは・・・。」

 答えに窮してしまった。

「黒山王は、何故、そのような事を我に聞いて来いとおっしゃったのでしょう。」

「一度始めてしまえば、最後の一人になるまで止めぬだろうと・・・病床で心配されています。」

「なるほど・・・宿まで誰かを行かせよう。」

「よろしくお願い致します。」


青真大将軍を失ってしまった白海国。

三国統一を目指し、黒山併合に向けて、何かが始ります。

お楽しみに

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