1-6話 妖つき(2)
翌日、梁公はソクリを自分の家に招いた。ソクリにしてみれば、振って沸いたような話なので、戦が終わってからの方が良かったのだが、天意が時を告げたのなら、ぐずぐずする訳にはいかないという事らしい。事実、先代の神官だった大叔母の母親も同じように自分は天意を持って生まれていると語っていたのを、父が信じず、貴族の所へ普通に嫁がせようとし、結婚前に寺へ行った時に山賊に誘拐されてしまった。
身重の体で発見された大叔母の母は、好きになって子供が出来たのだから、父親を殺さないでくれと訴えたのだが、その意は受け入れられなかった。
かくして、大叔母は天命を受けて生まれ、妖が生まれた時から憑いていたのだが、妖を天に返す力は持っていなかったのだという。
梁家の古文書には、何度も同じような事が起きたと記録に残っているのだが、そういう者が自分が選んだ者と添い遂げられる事がなく、今に至っている。
梁公の娘は、茶を持って入ってきてソクリに正式の礼をすると、庭へ出たいとソクリを誘った。ソクリはその娘を小柄だと感じてはいたのだが、いざ、一緒に並んでみると更に小さく感じた。
庭にはもう盛りを過ぎた夏の花が、少し残っている。これから咲くだろう花も沢山植わっている。
「もう秋になるな、この庭には秋の花が多い。」
「そうですわね。殿下。」
うつむいているせいか声が聞き取りにくい。
「小さいからのう、上を向いて話してくれぬと、声がよく聞き取れぬ。」
「では、殿下。私を抱き上げてくださいませ。」
まるで幼子のように言う。
「構わんが・・・。」
ソクリは姫を抱き上げた。
「風景が違いますわね。大柄の方はこういう風景を見ているのね。」
「そんなに違うものかの?」
「ええ、違います。」
何だか、心が和む姫だとソクリは思った。
「一つ、聞きたい事がある。何故、我が姫の運命の人だと思ったのだ。」
「ふふっ、夢で見たのです。この数日ではっきりしていなかった夢がほとんど見えました。」
姫はソクリの耳元で、数年前に初めて見た夢について語った。
それがどこなのかは分からない。自分が行った事のない場所で、父とはぐれ一人になってしまった。やっと父を見つけ、後ろから声を掛けると、父ではなく。その男が自分を今のように抱き上げ、父ではなく夫だと言ったというの内容だった。
つい、最近までは、何度その夢を見ても顔が分からなかったのだが、ここ数日で、色々な物がはっきりと見えたのだという。
「それは、我を運命の人と思い込んだから、そう見えたのではないのか?」
「いえ、違います。それは確かです。」
「ふーむ。」
自分の腕の中で幸せそうな顔で笑う姫が少し哀れに思えた。自分が自決するつもりらしいという噂は宮では誰も知らぬ者はない。
「我の妃に入った所で、幸せなどないぞ。」
「そんな事はありません。別の夢で見た殿下は幸せそうにしていらっしゃったもの。」
「どんな夢だ?」
「女子の赤子を抱いていらっしゃいました。」
「そうか・・・。その子を自分が生むつもりなのだな。」
「はい。」
「その・・・、何故一番先に妃に話したのだ? 友人なのだろう。」
「私も、とても迷ったのです。ですが、伯父上に言われていた言葉に従いました。」
「伯父上の言葉・・・。何だ、それは。」
「自分が運命の人の所に行くには、たった一人の協力が必要だと・・・。よく考えて、一番先にその方に話すようにと・・・。」
「ほう・・・。」
確かにその言に従うとすれば、妃しかいない様にも思える。
「私は幸せになれますわ。殿下。」
そう言いながら、姫はソクリの頬に手を触れた。その手から何かが流れ込むような感じがする。長い間忘れていて、その事にも気づかずにいた何か、初めて覚える不思議な感覚だった。
「あっ、あらまあ、私ったら・・・。殿下、降ろして下さいませ。」
「どうした?」
「お腹がお空きでしたのね。早く言ってくだされば、お好きな物を何でも、お出ししましたのに・・・。台所で見繕ってまいりますわ。お部屋でお待ち下さい。」
そう言うと、転がるように走っていってしまった。
部屋に戻ると、梁公は妻と何やらひそひそと話していた。
「ああ、殿下。話はお済みでしょうか?」
「ああ。」
「それで、どうなさるおつもりで?」
「何が何でもそうするつもりのようだからな。妃に入れる。」
「そうでございますか・・・。」
その答えに妻は夫の顔を見た。夫が何かを言い掛けると、止めろという仕草をする。
「何だ?」
「娘に妖がついておるというのは、お話ししましたが、別の事もございまして・・・。」
「別の事?」
「はあ・・・。娘は、その眠っている時に宙に浮く事があるかもしれませぬ。」
「宙に浮く・・・とは?」
「はあ、ですから、ふわふわと、そう蝶が舞う様に宙に浮くことがあるやもしれません。」
「何だそれは?」
姫は生まれたばかりの頃は、頻繁に宙に浮いていたのだという。成長するにつれ、少なくはなって来たが、それでもたまにそういう事があると梁公は言った。
「はあ・・・。人ではない力がそうさせるのか?」
「そうともいえますし、そうではないかもしれませぬ。」
そもそも巫女が発揮する力は人の力であって、身につけようとすれば、ある程度はつけられるものらしい。
宙に浮くまでの力というのは中々に身につけられはしないのだが、言霊、遠見、法力、念話は幼いうちからできると信じて修行をすれば、できるようになる者が多々居るという。
「そこまでは人の力だというのか?」
「はい。」
「そんな者がおれば、戦など楽に勝てそうなものだな。」
「普通の者も意識はせず、そういう力を発揮しておる場合もあるとの事。火事場のばか力とかいう物だそうで・・・。」
「ほう・・・。」
「お待たせしました。」
話していると、姫が汁粉の入った器を持って入って来た。
「こんな物がよく、この時間で用意できたな。」
「台所で運よく、豆を煮ておりましたの。殿下は小豆はお嫌いですか?」
「いや。」
「おかわりもございますわ。朝も昼も召し上がってないのじゃ、お体によくありません。」
ソクリは飯を食べていない話などしてはいないのにと思ったが、勧められるまま、汁粉を食べた。少し固いのは、この豆は汁粉にして食べる為ではなく、飯に入れて炊く為だろう。
「小豆飯をよく炊くのか?」
「いえ、あまり小豆は飯には入れませぬ。黒豆は使いますが・・・。」
「ふーん。」
では、何故、小豆を煮ていたのだろう。
「美和が小豆を煮ていたの?」
姫の母が聞く。
「ええ、何となく煮てしまったのですって・・・。いつも気が利くわ。」
「そう・・・。」
「何となく、これを用意していた? 不思議だな。」
「美和はそういう子なのです。昔から。」
美和は家に閉じこもる姫の為に雇った女中なのだが、昔から、幾度となくこういう事がある。
「美和と一緒に居ると、危険に合わなくて済むの。」
聞けば聞くほど不思議な事が山のように出て来るのだった。
梁家の姫を妃に入れるという噂は、次の日には宮中に広がっていた。誰もが、口々に祝いの言葉を言う。
<もうすぐ、戦になろうというのに。のんきだな。>
ソクリは自分の事なのに他人事だった。梁公は、一日でも早く宮に入れてしまいたい気持ちらしいが、神官は今は時期が良くないと言い、日取りは冬と決まった。
戦の最中にという訳にもいかないと、青真や老林公は悩み、ソクリの執務室に集まった。
「赤川の様子は報告書にもあるが、こちらから先制するのはどうだ?」
「先制・・・するのか?」
白龍がこちらから先制するなど考えてもみないという顔で言う。
「仕掛けられてから応じるというのが、ずっと続くと思っているのか?」
「あっ、いや・・・そうではないが。」
「大将軍はどう思う?」
「その方が得策かと・・・。」
青真は前回の時も先制を考えてはいたのだが、ずっと梨花は先制しないという方針だったので、言い出せなかった。
「王様がどう言うか・・・。」
「王様も心の中では理解している。しかし、前回の戦までは内政重視で王室の財政を立て直すのが急務だったからな。今は違うだろう。」
「先制など・・・、民はどう思うか。」
白龍は自分が太子となったばかりで王様の方針を変えるのはどうかと思うと皆に言う。
「太子様は三国統一を目指さぬのでしょうか?」
老林公が白龍に聞く。
「いや、そういう訳ではないが・・・。」
白龍は迷った顔のままだった。
「三国を統一するというのは、侵略戦争でございますからな。これからは、先制を最初にお考え頂かねば・・・。」
白龍は少し考えたいと言い、結論を持ち越したが、兵部では先制すると決めて動き出した。結局、それを止める事もできず、白海国は建国してから数百年していなかった先制攻撃を赤川に仕掛けた。
ソクリは兵部には内密の裏工作に掛かった。柳商には毎日、どこかから報告書が入り、それを分析し、商人などと共にどんな手を打つのが効果的かを話し合いながら、赤川の軍事物資調達の妨害、民心の扇動、柳商を中心とする商人や、闇組織を使い、次々に手を打っていく。
夜になると毎日一緒に柳商の本店へソクリと一緒に出かけていた黄凜は、戦が始まる頃には頬が削げ落ちていた。
「まだ、戦は始まったばかりだぞ。黄凜。」
「大丈夫です。殿下。」
梨花はどこまで知っているのだろうか。黄凜には疑問だった。
「王様はどこまで知っているのでしょう。」
「知らせてはいないが、ご存知だろう。いつも、こういう時期になると安春と配下の連中がちょろちょろと動き回っているからな。」
「じゃあ、白龍公もご存知なのか?」
「当たり前だろう。そもそも安春が動き回っているのは白龍に言われたからで、王様は調べ終わった頃を見計らって安春を呼んでいるだけだ。」
「安春はどちらの手の者なんだ?」
「基本的には白龍の手の者なんだろうが・・・、そもそも白龍に安春をつけたのは王様だろう。」
「それは、そうか。」
安春にとっては前々からそれが当たり前で、両方から小遣いを貰わねば、手下共に配る金がないんだろうとソクリは言う。腕は立たない分、逃げ隠れするのはうまい。
ソクリは安春を情報の財布だと称したが、確かにその通りではある。王様は自分が知らない情報があると、まず安春を呼んで聞く。足りない情報を集めるにしても、自分の配下である近衛兵よりずっと早い。
「信用できんのと、使えるというのは別なのか・・・。」
「それは疑い過ぎだろう。黄凜。ヤツは王様と白龍から貰う小遣いが好きなだけで、信用できない訳じゃない」
「うーむ。要するに金が好きな訳か。」
「まあな。でも、食わしてる連中は多いぞ。よくもまあ、あれだけ面倒を見られるもんだと思う位の人数だ。」
進軍していた青真は、赤川に入っても大した敵も襲ってこず、拍子抜けしながら進軍を続けていた。今回の目標である。半島の西側の港付近では戦いになったが、赤川軍は何となく力がないように思えた。
赤川軍の猛将である孔将軍が姿を見せない。別の報告では、孔将軍は前回の戦の敗戦の罪で南方へ左遷されたらしいというのもある。
しかし、そういうニセ情報を掴ませて混乱に乗じて仕掛けてくるのも孔将軍のやり方なので、十分注意はしたのだが、結局、孔将軍は戦場に現れないまま、占領軍を残して帰還した。
楽だった割には、今回の占領地域は大きく、参戦した貴族も満足する領地を恩賞として与えられた。
戦が終わった事を受け、ソクリの婚儀の準備が始まり、ソクリは叔父である礼部令との打ち合わせの為に、幾度と無く顔を合わせるようになった。
梨花との結婚直前に大勢の貴族と共に白龍を亡き者にしようと画策した叔父は、ソクリに追求され袋叩きにされてしまった。次は命はないと思えと言われて以来、言動には気をつけていたし、ソクリとも少し距離を置いていた。
しかし、儀式となれば、避けている訳にもいかない。相手は礼部の二番手の貴族である。双方に気を使っていた。
「姫の様子はどうです?」
「はあ、いつもの通りです。それより、殿下のご様子が少し、心配なのですが・・・。」
「殿下の?」
あまり顔を合わせないせいか、よく分からないのだが、梁家では幾度と無くソクリを夕食に呼んだ。誘えば来てくれるのではあるが、姫とはあまり話もしないというのだ。
「まあ、気持ちは分からぬでもありませんが・・・。」
「何が・・・でしょう。」
「一の妃とはうまくいくのだろうかとか、そんな事を考えているのでしょうな。」
「はあ・・・。」
一の妃の所へは泊まっていないというのは、今や宮の中で知らぬ者はいない。かといって妃との仲が悪いのかというと、そうでもない。
「いっその事、お泊り頂いてはどうです?」
「婚儀の前に・・・ですか?」
「そもそも、側室などは寵を受けたから入れるという事が多い。もう婚儀を行うのはわかっているのだし、儀式などは後でも先でも同じといえば同じ・・・ではありませぬか。」
「それはそう・・・でございますなあ。」
考えてみればそうなのだろうが、自分も側室などいないし、今まで、王室に嫁がせた事もない。
「しかし・・・殿下には何か悩んでいらっしゃるか、聞いてみましょう。」
梁公には良い顔をしてそう言ったのだが、ソクリが何を悩む必要があるのかも疑問だった。梁公の娘はそもそも一の妃と友人だし、この頃はよく一の妃の居所を訪れているという。
宮に入った妃なら、夫が他の女の所へ泊まるなどという事は予想の範囲のはずで、妃が心を痛めはしても、ソクリが気を使う必要などはない。
梁公の娘の子供さえ生まれれば、梁公の勢力は飛躍的に大きくなる可能性もあるので、気を使っておくに越した事はない。しかし、この手の話はソクリが最も苦手とする分野なので、気をつけねばならないと思いつつ、ソクリの機嫌が良さそうな時を狙って訪れる事にした。
とても宮の中では話せないというので、料亭に二人でやって来た。こうして素直に自分と話をしようとしているという事は何かあるとは思ったが、ソクリは珍しく酒を飲み、話を切り出さない。
「殿下、酔っ払ってしまいますよ。」
「この位の酒で酔ったりするものか。」
それは礼部令も分かっている。
「黙ってらっしゃっても、構いませんが、閉門の時間が近づけば、兵が声を掛けます。」
「・・・その・・・初夜だ。」
ソクリの声に迷いがある。
「初夜がどうしたんです?」
楽しい夜を過ごせるだけの事なのだが、ソクリには何か違うらしい。
「このままでは、困る。」
一の妃の時は、両親と共に挨拶にやって来たきり、当日まで顔すら合わせなかった。そのまま、当日になり、内緒で先延ばしにしようとしたのだが、そうもいかず、暫くの間は、気まずい空気が流れていた。
今度はそれは避けたいと梁家が夕食に招くのに行くのだが、夜の事もあり、姫と二人きりにはなれない。
「しかし、姫と結婚を決められる時に話はしたのでしょう。」
「それは、そうだが・・・。」
言っておきたい事もあるし、聞きたい事もある。
「ふーむ。それは困りましたな。」
官吏にも休日はあるが、それは通っている者の話で、宮に住んでいる人間には、基本休みはない。そこは、まあ適当に病で休むとか、親戚が云々と出かけてしまったりするのだが、ソクリには親戚もいない。副君である以上、仮病を使うなどしては大騒ぎになってしまう。結局、ソクリは休みなく働き続けている。
この所、黄凜に色々な仕事を委譲し、やっと少し時間は取れるようになったが、王様に付き添ったり、光栄公子の所へ行ったりしていて、自分の時間というのは、ほとんどない。
「分かりました。梁公に言ってみましょう。」
「梁公に言ってどうする?」
「姫が会いたがっているという事にすれば、どこへでもお出かけになれます。泊まりでもよろしゅうございますよ。」
「泊まりがけなど・・・結婚式の前だぞ。」
「でしたら、日帰りで、どこがよろしゅうございましょうな。」
「山に行きたい。」
「遠乗りでございますか。分かりました。早めという事で手配致しましょう。」
するすると話は進み、当日、王京を出ると、馬に二人で乗る。そうそう早くは走らせないが、それでも風を切る感覚が、ソクリには心地よかった。
「寒くないか、姫。」
「はい。」
あまり自分の前に人を乗せた事はなかったが、これはこれで良いかもしれないと、ソクリは思った。馬に二人で乗らねばならないという状況は、今まで、敵から逃げる場合だけだった。
「どこか目的地がございますの?」
「確か、もうすぐだった。」
少し馬を走らせると、一面の草地が広がっている。ソクリは姫を馬から降ろした。
「春ならば、花で一面なのだがな。夢の場所というのは、こういう場所だったか。」
並んで二人で歩く。
「ここの様な気が致します。」
「そうか。」
「では、同じようにして下さりませ。」
ソクリは姫を抱き上げ、耳元で妻だと言い、姫はそれに答えた。
「だが、姫よ。そなたは二人目の妻だ。それを忘れるな。そうしないと・・・そなたを守ってはやれぬ。」
「はい、殿下。お任せください。」
「本当に大丈夫か?」
姫の顔はくったくなく、心配になる。
「大丈夫です。私は、王様と殿下と妃様に仕える為に、生まれてきたのですもの。」
「いつも言っている天命というのとは、大分違うが・・・。」
「運命の方が殿下なのですもの。天命は殿下との間に女子を生む事。使命はお仕えする事でございます。」
「そうか・・・。」
姫は不安そうなソクリの顔に手を触れる。
「こうしていると、色々な事が分かります。」
「触れると分かるのか?」
「全部ではございませんが・・・。殿下、私は見かけ程、子供ではございません。」
「そう考える事にしよう。」
この姫は見かけ以上に思慮深い性格かもしれない。
「さあ、そろそろ、昼食の仕度が出来たでしょうから、参りましょう。」
「どこで仕度をしているのだ?」
「この先の河原のはずです。」
「どうしてそんな事が分かる?」
「護衛の兵の方と、相談しましたから・・・。」
河原では、釣った魚をやいたり、猟師から買ったウサギの肉と共に山菜やキノコの鍋を煮ていて、近づくと良い匂いが漂っていた。
宮へ帰った頃には秋の日も落ちていたのだが、久しぶりにソクリは気持ちが晴れた。