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黒龍神話  作者: 小池 洋子
第2章 永碧帝 白龍
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2-40話 天女誕生(2)

 翌日から、神殿には、祈りに来る普通の民の他、病気の子や親を連れた民が列をなした。不治の病を持つ者は天女の力に何かを期待しているようで、梁公なども、原因不明の病を持つ子の治療の話が持ち込まれていた。

 ソクリは医官を総動員したが、数が多く追いつかない。王京の町医者達も、地方から連れてこられた患者の対応に大忙しだった。暫くすれば、天女が何もしてくれないと理解し、行列もなくなるだろうとは思ったのだが、一向に減らない。

「ある意味、天変地異以上ですね。王様。」

「そうだの・・・。」

 何だか寂しそうな顔をしていると黄凜は感じた。永花公女殿は閉鎖され、神殿兵も引き上げると、明花公女は部屋に閉じこもってしまった。二の妃も神殿にいて、戻って来る様子もない。

「二の妃様はずっと神殿におられるのでしょうか?」

「どうしたものかの・・・。戻したら戻したで騒ぎになるだろうしな。」


 黄凜はこの事態にどう対処すべきか、悩んだ。

「また、眉間に皺がよっとるぞ。」

 夜、部屋で考え込んでいた黄凜に父が言う。

「父上、どうにもこうにも・・・やりようがありません。」

「真面目に考えればそうだろうが・・・こういう事こそやりようだぞ。」

「何か手があるんですか?」

「民などというのは噂で動くものよ。まあ、見ておれ。」

 父がどんな手を打ったかは分からないのだが、民の間には天女様は静かに暮らさないと体を壊し、白海に天変地異が起きるという噂が起き、神殿の行列は無くなった。

 しかし、今度はソクリが二の妃を宮から出そうとしているという噂を耳にする。梁公に尋ねてみるが、その方がいいかもしれないと反対してもいない。しかし、貴族は天女様の母を宮廷から追い出したなどという事になっては、民が何をするか分からないと不安を訴える。そう訴えているのは、日頃から神殿への寄進をあまりしていない貴族達ばかりである。


 黄凛はため息をついたが、どうするのが一番良い方法かは判断に苦しむ所である。宮に入ってから、体調がすぐれない時も多い。

「王妃様はいかがお考えでしょう。」

 黄凜は奥宮を訪ねた。

「そうじゃの、二の妃の気持ちはともかくとして、王様がの・・・。」

「王様がどうかしたのでしょうか?」

「寂しそうじゃ。二の妃は我よりも、ずっと王様との時間を過ごしておったでの。」

 静かにそういう王妃の顔も寂しそうである。

「王妃様・・・。」

「二の妃は王様のお側にずっとおらねばならぬ者の様に思う。」

 何と答えたらいいのか黄凜は困った。


「宰相、王様に二の妃を連れ戻すよう進言してはくれぬか?」

「それは・・・しかし、何故・・・王様はそうせぬのでしょうか?」

「二人ともな、理由がないと、そう言うのじゃ。理由などいらぬのにな。」

 ソクリの本当の気持ちはどうなのだろう。誰に聞けばそれを教えて貰えるのか、側についている内官に尋ねてみる。

「采女官長は何か、ご存知ではないでしょうか?」

「うーむ。」

 聞いてみるのも手ではあるのだが、彼女も口が堅いし、ソクリと同様に何を考えているのか分からない部分も多い。しかし他に方法もない。

「そうですなあ・・・。王妃様も、二の妃様もお若いですからなあ・・・。王様も気を使っておいでで・・・。」

「気を使って・・・戻れと言えぬというのか?」

「王様のお気持ちとしてそうかもしれませんなあ・・・。二の妃様が王様に嫁がれたのは、天女様を生むため。それが理由だったと言われてしまえば、言い返す言葉をお持ちではないかもしれません。」

「言葉を持っていない・・・。」

「二の妃様は、言わずとも何でもお分かりになれますからの。」

「ふーむ。」

「二の妃様が明花公女様の事をもう少しお考え下さればのう・・・。」

「えっ。」

「神殿兵も引き上げてしまいましたから、お元気がなく、王様も心配していらっしゃいます。残月になついておりましたしな。女官には気を使うようにと言っておりますが、何をしてやったら良いのか・・・。光常公子様もお役目を持たれてからはあまり明花公女様の所にはいらっしゃいませんしなあ・・・。」

「ふーむ。」

 采女官長もどうして良いか分からないという顔をする。このまま宮を出たきりになってしまうのは、良くないという気がする。かといって良い案も浮かばず、暫くは様子を見る事にしてしまった。


 春になるとソクリは太子任命を行うと便殿で話したのだが、重臣達はあまり良い顔をしない。もう少し待ってくれと繰り返し、一向に話が進まない。

 探らせてみると、二の妃がいないのに太子任命の儀を行うなどしては白海は神の加護を失うのではないかと、噂が立っているようだった。民がそんな噂をしているのを貴族は気にしていた。

 どうしたものかと考え続けるのだが、答えなどない。寂しい気持ちはあるのだが、ソクリにとって妻は王妃だけだった。二の妃が自分にしてくれた事を思えば、大事にしてやらなければならないが、してやれる事は少ない。

 いずれは二の妃は宮を出て暮らすようになるというのであれば、このまま神殿で暮らした方が穏やかで静かな暮らしができるだろうとも思える。

 暫く時間が経てば貴族の不安も収まるだろうち、民もそうそういつまでも噂をしているとも思えない。太子任命の儀については、少し時間を置くことにする事にしてしまった。

 あまり食事をせず、閉じこもってしまっている明花公女の事も心配ではあるのだが、時間が経てば落ち着くだろうとそんな気持ちだった。

 明花が高熱を出したのはそんな時だった。内官の知らせで明花公女殿に行くと王妃が側で手を握っていた。

「王様。」

「どうした?」

「風邪のようです。大した事はないと宮医も言っております。」

「そうか。」

 眠っている額に触れる。確かに大分熱い。ソクリは明花の寝台の近くに座っていた。

「父上。」

 暫くして明花の目が覚めた。

「気分はどうだ。」

「あまり、よくありません。」

「そうか、そんなに重くはないそうだから、よく眠れ。」

「母上には会えませんか?」

「元気になったら、神殿に行くか?」

「・・・そうしたら戻ってきてくれますか?」

「それは、分からないの。天女様のお側にいる方が幸せかもしれんしの。」

「永花の側にいれば幸せなんですか?」

「そうかもしれぬ。母は天女様を生む為に我と結婚したのだからな。」

「私は必要では無かったのですね。」

「そんな事はない。明花。お前がいて良かったと思っている。」

「本当に・・・。」

「ああ、お前が生まれるまでは・・・、苦しい事が多かったからな。」

 ソクリが言った意味が分かったかは不明だが、明花は何度も頷き、また眠ってしまった。


 外に出ると王妃が待っていると女官が言う。王妃殿に行くと王妃の膝枕でうとうとする。

「王様、お茶を入れましょうか?」

 暫くして王妃が言う。

「ああ。」

 良い香りの茶だった。

「王様、二の妃を宮に呼び戻して下さいませ。」

「・・・。」

「呼び戻したくない理由がおありですか?」

「いや・・・、しかし・・・。」

「二人、必要なのです。」

「何がだ?」

「王様を、お支えするには二の妃が必要なのです。」

「それは・・・。」

「王様は、私には沢山の秘密がございましょう。」

「それは、誰だってあるだろう。」

「そうでございますね。ですが、二の妃には秘密がございませんでしょう。」

「それは・・・。」

 体に触れれば何もかもが分かってしまう二の妃に隠し事などしておけるはずもない。しかし、言葉に出す必要もない事は言葉には出さない。王妃はそれを言っているのだ。


「王様が私の側にいられないと、そうお思いになる時、一人でいらっしゃるのはよくありません。」

「それは・・・そうだが・・・。いずれ、二の妃は宮を出ねばならん。」

「その必要はございません。ずっとここで暮らせばよいのです。」

「王妃はそれでいいのか?」

「はい。私にとっても二の妃は、昔からの友人。」

「そなたは優しいな。」

「優しいだけの女ではございません。それは王様もよくお分かりになっていると思います。」

 確かにそうだとソクリは感じた。ただ優しいだけでは宮でやって行けるはずもない。

「明花も会いたがっているし、治ったら神殿に行ってくる。」

「そうなさいませ。」


 ソクリが部屋を出ると、これでいいのだと王妃は思った。二の妃を宮に入れたのは自分なのだ。王であるソクリが崩御したとしても、その先の人生を守る責任がある。貴族は、幾度となく二の妃を陥れる罠を仕掛けて来た。いずれは王となる男子の母となった自分の基盤に比べ、二の妃の基盤は弱い。梁家は大きな領地を持っている。政治的にはさして表には出ないが、代々、礼部の重臣を務めている。これは神殿を守る為という理由で、誰も口出しはできない。しかし、この領地の収入をもってしても、神殿を守るには資金が不足らしく、金にまつわるよくない噂が絶える事はない。

 先王であった梨花とソクリは、貴族にかなりの締め付けをやっているのだが、梁家だけは例外として黙認している。そこが、他の貴族にとっては気に入らない所であり、攻撃材料に事欠かない。梁家の今の当主や二の妃の兄も悪人ではない。王妃は幼い時から二の妃とは友人で、内情も知っている。問題が起きては、ソクリも痛い部分をつつかれてしまう。二の妃を守ってやれるのは、宮には王妃しかいないのである。


 二の妃がソクリに恋をしている事も十分に承知している。最初の頃は悲しくて泣き明かした事もあったが、ソクリが王となり、病気の間に、ソクリが一番に思っている事は民の幸せなのだと感じる事が出来た。

 自分に出来る事はソクリが人としての幸せな時間を持つ事。その時間を共有できる事が自分の幸せだと、感じるようになった。


 そして、王妃は二の妃が宮にいないから太子が天の加護を失うのではないかという噂を流す事にしたのだった。

 それにしても長光大博士の鑑識眼というのは大した物だと思う。これで二の妃が戻った後に太子の任命の儀を行えば、太子も神の加護を受けたという事になるだろう。

 王であるうちに太子の基盤を固めるというのが、ソクリの最後の目標であるなら、噂の原因が自分だったとしても怒るはずもないと長光大博士は言ったのだった。

 噂がうまく広がったのは民が本当にそう思っているからに違いない。暫くの間は、二の妃や梁家を攻撃しようと思う貴族もいないだろう。昔から長光の考える案は、よくよく考えてみると誰も損をしない。長光のような人間にこそ、ソクリの側に仕えて欲しいと王妃は思った。


 数日後、ソクリは明花公女を伴って神殿を訪れた。

「母上。」

 神の間に天女と共に姿を現した二の妃に明花が言う。

「明花。天女様にご挨拶を。」

「あっ、はい。」

 ソクリが口上を述べ、一緒に頭を下げる。

「苦しゅうない。よく参られた。」

「お願いがあって伺いました。二の妃を宮にお戻し頂けませんでしょうか?」

「ふむ、妃がこちらにおるのは、我の意思ではない。連れて帰られて良い。」

「天女様・・・。」

 控えていた二の妃が寂しそうに言う。


「夫が迎えに来ておるのじゃ。帰られるが良い。」

「承知致しました。」

「我は、王に少し話しがあるので、先に戻られるといい。」

 二の妃と明花公女は神の間を出た。

「話とは、何でございましょう。」

「大した話ではない。外にいる眠らない娘の事よ。」

「残月が何か。」

「あれも人の幸せを欲しがっている。じゃが、自らのしがらみを断ち切る事はできぬようじゃ。」

「相手は誰でございましょう。」

「今、ちょうど餌を運んできたようじゃ。では、頼んだぞ。」

 それだけ言うと天女も神の間を出てしまった。


 外に出たが残月がいない。

「残月はどうした?」

「今は、休憩時間でございます。王様。」

「どこにいる?」

「詰め所でございます。今、呼んでまいりますので・・・。」

「いや、いい。」

 ソクリが詰め所へ向かって歩き出してしまった。

「何を隠そうとしている?」

 後ろを歩いている半月に聞く。

「隠すなど・・・。」

「そうか。」

 ソクリが詰め所に入ると、休憩していた神殿兵が全員立ち上がる。


「何かございましたでしょうか?」

「残月はどこにいる?」

「奥にいますが・・・、今、呼びますので・・・。」

 ソクリが詰め所になど入った事はない。神殿兵もかなり慌て、ソクリを制止できなかった。奥の部屋の戸を開けると、残月と近衛兵が一緒に弁当を食べていた。

「王様。」

 二人は慌てたように立ち上がる。

「そのままでいい。休憩中に悪いな。天女様からの言葉を伝える。」

「何かございましたでしょうか?」

「残月、人としての幸せを掴むと良いと、そうおおせだ。二人で梁家の領地で暮らすといい。」

「しかし、私は・・・。」

「今までよく仕えてくれた。天女様のお言葉に従うがよい。王京を離れる事になるが、それでも良いだろう。」

 近衛兵に言う。

「王様・・・。」

「天女様のお言葉だ。従うがいい。」

 それだけ言うと、ソクリは詰め所を出て宮へ戻った。


最後の方で、眠らぬ女、残月の恋の話が少しだけ出て来ました。

何で?とは思わないで下さいね。

次話から徐々に、赤川統一へ向かって行きますが、まだまだ、先は長いです。

ではまた

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