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黒龍神話  作者: 小池 洋子
第1章 永望帝 梨花
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1-5話 妖つき(1)

 気持ちの上で妃との距離が近づいたと感じる程に、梨花への罪悪感がソクリの胸を締め付ける。梨花の政務はほどんどを白龍と黄凜が引き受けたから、梨花は十分な静養をする事が出来るようになっていた。

 赤川は今年は戦の準備をしているという報告は入っていない。赤川王が病気らしいという噂もある。白海が先制してしまっても良いのではないかという貴族の意見もあるが、兵部令である老林公と青真が難色を示した。

 跡継ぎもないまま梨花が倒れては、混乱を招くというのが青真の意見だった。老林公も同じ意見で、これは貴族の負担が大きいというのが主な理由だった。今年の税は、一旦は懐に入れてから考えたいのだろう。ここで無理をする必要はないかもしれないと、ソクリもその案に賛成した。


 暫くの間は平穏な日が続いた。ソクリは足しげく公子の元に通い、一緒の時間を過ごす。

「公子様は随分と大きくなられましたねえ。妃様。」

「そうじゃの。」

 日に日に愛らしくなってゆく我が子が可愛くてならない様子なのに、梁家の姫はうらやましい気持ちで一杯だった。自分にも運命の人がいて、もうとっくに出会っていてもおかしくないはずなのに、外出もままならず、ほとんと家に篭りきりである。外出したのは、妃を神殿に見舞ってから初めての事だった。

 殿下のお成りという内官の声が聞こえ、ソクリが姿を現した。

「ああ、よい。今日はゆっくりしていられぬのだ。梁家の姫が来ていると聞いて来た。」

 ソクリは梁家の姫に礼を言う。姫は大した事をしてはいないと答えた。

「妃の所へは、時間があったら尋ねてくれ。手形を発行するよう言っておいたから、後で届くだろう。」

「お気遣いありがとうございます。」

 ソクリはそれだけ言うと、また来ると行って立ち去ってしまう。暫く話をしていたが、姫の顔色が悪いのに妃が気づいた。

「どうかしたのか?」

「いえ、少し気分が・・・。」

「まあ、それはいけないわ。母上、家までお送りして。」

「そうね。」

「ああ、いいえ。外に共の者もおりますし、大丈夫でございます。」

 妃の母は一緒に共の者の所へ行き、ご気分が悪いと伝えると、また妃の所に戻った。

「どうしたのでしょうね。急に。」

 妃が心配そうな顔で言う。

「あまり、宮はよろしくない場所なのかもしれませんね。妃様。」

「ええ、何故?」

 妃様は自分の事で精一杯ですっかり忘れてしまっていたのだが、梁家の姫は白龍公との見合いの日に具合が悪くなって退出したのを思い出す。

「あれは仮病ではなかったの?」

「いえ、そうじゃありません。本当に熱をだして寝込んだという話よ。今日も妃が会いたがっているからとお誘いしたのですが、梁家ではあまり良い顔はしていなかったのです。」

「そう・・・。それじゃ手形を出して貰ってもあまりお呼びできないわね。」

「妃様、暫く実家で静養なさってはどうでしょう。」

「静養・・・。」

「黄凜公が宰相の補佐に任じられたでしょう。でも、中々にうまくいかない所があるらしくてね。真夜中まで殿下と話し合っておられるという事よ。」

「そうなの・・・。お仕事なら昼間にされればよいのに・・・。」

「黄凜公の顔を立てないといけないでしょう。それで、夜になってしまうらしいわ。」

「そう・・・。」

「妃様がそうされたいなら、殿下にはおじい様から話して貰おうと思うのだけれど・・・。」

「いえ、母上、静養には参りません。私も王族の一人です。宮を出る訳にはまいりません。」

「そう・・・。」


 母が退出し、公子も乳母が連れて行ってしまって一人になると、弟がやって来た。

「妃様、実家で静養なすったらいかがです?」

「行きません。絶対に。」

「そう、強情を張らずに・・・。殿下だって、その方が安心していられるでしょう。」

「それは分かりますけど・・・。」

 自分が公子を生んでしまったせいで、後継問題に一石を投じてしまったのは分かっている。しかし、同じ子を持つ母親同士として、この頃は白龍の妃との仲も割りとうまく行っているつもりではある。

「白龍公の公子様はお体が弱いみたいで、今日も熱を出したとか何とかで、御医が走って行くのを見ましたよ。」

「そう、心配ねえ。でも、子供の頃、体が弱くても成長すれば何でもなくなる時も多いわ。」

「それはそうでしょうが・・・。白龍公も体が弱いですし・・・。」

「とにかく、静養には行きません。」

「何か理由があるのですか?」

「私が実家へ行ってしまったら、殿下は休憩する場所すらなくなってしまうわ。」

「はあ、それは・・・そうかも。」

「では、行きません。父上にもおじい様にもそう伝えておいて。」

「分かりました。」

 父から妃を説得するよう言われていた弟だが、やはりかなわないと引き下がるしかなかった。自分の仕事を手伝わせているせいもあって、強くは出られない。


「妃様、古文書はどうなりました?」

 竹に書かれ、薄汚れてほとんど見えなくなってしまった古文書を読みたいというので持って来ている。

「ほほっ、大分進んだわ。」

 山の様に持ち込んだのだが、半分以上は終わっているという。紙に書かれた文字と竹の文字を見比べる。

「よく、こんな汚れてしまった字が分かりますねえ。」

「梁家の姫に光に透かして見ると、凹凸で分かるかもしれないと手紙を貰ったの。確かにそうすると分かる文字があるわ。」

 この文字と指差された部分を光に透かすと、確かに文字が浮かび上がる。

「へえ、こんな方法があるなんて・・・。」

「おもしろいわ。これ。どうやら、七国創世の物語の中で一番古いみたいなの。」

「そうなんですか・・・。」

「梁家の姫と一緒ならもっと進むかもしれないのに・・・。」

 暇つぶしには良いのだろう。梁家の姫もこういう暇つぶしは好きで、以前は月食の日付計算を延々と二人でやっていたのだ。良い結果が出て、次は日食をやろうなどと話していたりしたのだが、暦がどうしても手に入らず諦めてしまった。

「梁家の姫が宮に来るのはまずいんでしょう。」

「そうらしいわね。今日も急に具合が悪いと、早々に帰ってしまったのよ。」

「そうですか・・・。神殿で妃様の・・・祈祷というか・・・それをやった時にも数日寝込んだと聞きましたし・・・。」

「そう、母上も言っていたのだけれど、宮という場所が悪いのかしら。でも、殿下がこちらに見えられるまでは、具合が悪そうな様子などなかったのに・・・。」

「辛抱強い方ですから、我慢していたのかもしれませんよ。」

「そうね。」

 再び会えるのはいつになるのやら、検討もつかない。弟も辞してしまうと、一人で竹に書かれた文字との格闘を始めた。


 安春の情報網は宮中に張り巡らされ、小さな情報も的確に捉えている。その日、梁家の姫がソクリの妃の所を訪れたのも、ソクリが通行手形を出したのも、その日のうちに白龍が知る所となった。

 夕刻、黄凜がソクリの私室を訪れる前に、白龍はソクリの私室を訪ねた。

「梁家の姫・・・。まだ、妃に入れるつもりでいるのか?」

「まあな。」

「しかし、梁公は反対しているのだろう。」

「本人が納得するなら、梁公は何も言わぬ。」

「それは、そうだろうが・・・。」

「姫は我が説得する。次に来たら教えてくれ。」

「我も一日中、妃の所に居るわけでもないし、女官の勢力図は分からん。安春にでも言えばいいだろう。」

「それもそうなのだが、安春がソクリの妃殿付近をうろちょろする訳にはいかぬではないか。」

「王様も梁家の娘に執着するなと言っておったろう。何故そんなに執着する。」

「公子の体が弱いだろう。妃も心配していて・・・。」

 梁家の娘がソクリの妃を治したというのを白龍の妃が聞きつけ、妃に入れても良いし、妃には入れぬというなら女官にしてはどうかと白龍に幾度と無く言っているのだという。

「妃にしても、女官にしても、男が出来たら大罪だろう。それはどうするつもりだ?」

「その時が来たら来たで逃がしても良い。」

「そういう話なら、病気になったら来て貰ったらどうだ?」

「それもそうかもしれぬが、以前の件でかなり警戒させてしまっておるし・・・、呼び出そうにも梁公が反対で・・・。」

 一度、ちゃんと話をするだけでも良いと白龍は言う。

「分かった。では、こうしよう。」

 ソクリが妃の件で贈り物する。それを白龍が預かっているという事にして呼び出す事にした。

「贈り物は白龍が用意しろ。女官には安春に知らせるように言っておく。」

「分かった。」

 以前ならこういう話を二人がする事も無かったろうが、この所、ソクリが半分引退した状態で、宮も落ち着いている。白龍はソクリが引退などと言い出したら、どんな勢力が自分に刃向かって来るのかと警戒していたのだが、特にそういう様子もなく、二人の関係も、ほんのわずかではあるが歩み寄りを見せていた。


 三日後、ソクリの妃の元に梁家の姫が尋ねてきた。安春から小粒銀を貰った女官は安春の言葉を信じて、梁家の姫が来たと安春に伝えた。

 妃は梁家の姫が一人で尋ねてきてくれた事に喜んだのだが、あまり顔色が良くない。

「どうしたの? 体の具合が悪いの?」

「いいえ、いいえお妃様。そうではないのです。」

 今にも泣きそうな顔をしている。何を悩んでいるのだろうと考え、ふっと思いついた。

「もしかして、運命の方に出会ったのか?」

「はい、あの・・・。」

「誰なの? 両親に話せない方なの?」

「ええ、はい・・・。」

 何年も探している運命の人に、ついに会えたにしては、様子がおかしい。

「話してくれれば、出来る限り協力するわ。」

 妃にとって、梁家の姫は妹の様な存在だった。

「あの、妃様。私・・・私どうしたらいいんでしょう・・・。」

 言いながら大粒の涙を流す。はっと、妃は気づいた。

「もしかして・・・、殿下なの?」

「えっと・・・、その・・・。」

「そうなのね。」

 一昨日、殿下が運命の人だと気づき、具合が悪くなったのだ。きっとそうに違いない。

「確かなの?」

「はい、一昨日、殿下のお声を聞いた時に、もしかしたらと思ったのですが、今朝、夢を見ました。」

「どんな夢?」

「殿下が女の赤子を抱いていらっしゃったのです。」

「女の赤子・・・。そう、姫が生むのは女の子なのね。でも、赤子だったんでしょう。何故。女の子だと分かったの?」

「私は男子は生めません。」

「えっ、そんな事があるの?」

「そう思います。私が受けた天命は、天帝様の加護を受けた巫女を産むことですから。」

「そう・・・なの。」

 巫女を産むのが天命とは、少し悲しい気がした。

「王様に姫を殿下の妃に入れて頂く様に、話します。それで良いか?」

「でも・・・、あの・・・。」

「姫には聞いておいて貰いたい事があるの。私はもう殿下の妻ではありません。」

「えっ。」

「公子の母として、生きて欲しいと・・・。その代わり、二度とこんな事はしないと、殿下はそうおっしゃったの。」

「あの・・・。」

「もう、ここにお泊りになる事はないでしょう。だから、姫が必要ではないかと、そう思うの。」

 妃は姫を帰すと、寝殿に向かい、梨花に謁見を求めた。


 梁家の姫は、妃殿を出ると安春に呼び止められ、そうとは知らずに白龍の私室へと向かった。案内され、入った部屋の中にいたのが、殿下ではなく、白龍だった事に狼狽する。

「少し話が合って呼んだのだ。そう警戒しなくとも良い。」

 帰る事もできず、椅子に座ったが、眩暈がする。白龍公の話は、妃に入るか女官になるかして、公子様の面倒を見て欲しいという事だった。

「あの、私・・・、どちらもお受けできません。」

「では、役目を与えて雇うというのはどうだ? 宮に住みたくないなら、通いでも良いし、毎日でなくとも良い。」

 白龍としては最大限の譲歩を行ったつもりだった。女性の官吏はいないが、個人的に何か理由をつけて雇うというなら、問題はないはずだ。

「あの・・・でも・・・。」

「我は、もうすぐ王になる。それを忘れてはいまいな。」

「・・・。白龍様は、王となる運命でお生まれになったのでございましょうが、私は天命を受けておりまする。私には私の使命がございます。」

「それは分かっておる。天命の人と添いたいというなら、それでも良い。」

「理由をお聞かせ願えますか?」

「そなたの、人の力を超えた力で公子を守って欲しい。王としてやって行くにはそういう力も必要なのだ。」

「白龍様は天帝を信じていらっしゃいますか?」

「信じる・・・。難しいな。人の世界は人が動かすものだが、人の力だけでないと感じる事もある。それが天帝の意思とも思えぬが・・・。」

「信じてはいらっしゃらないのですね。」

「まあ、はっきり言えばそうなる。いずれにしろ、人が動かねば世は動かぬ。」

「そうでございますか。」

 姫は神経を集中して白龍の魂を覗いた。見たと思った瞬間に意識が朦朧とした。

「どうしたのだ?」

 椅子から落ちそうになる姫を白龍が支える。そして、姫は一番見たくない物を見て、気を失った。


 御医が来ているというので、梨花の寝殿の前で妃は待ったが、内官が明日にして欲しいという、ソクリの言葉を伝える。

「分かりました。では、王様の具合が良くなったら、謁見したいと伝えておくれ。」

「承知致しました。妃様。」

「王様はどんな様子なの?」

「頭が割れる様に痛いとの事でございます。」

「そう・・・。」

 ソクリが付き添っているというのを内官から聞く。妃はソクリが王様の夫なのだというのを初めて実感した。梨花は自分以上に心を痛めたのに違いない。だが、夫であるソクリが、少しでも気持ちを休める場所を作るには他に方法がない。妃は泣きそうになりかがら、自分の宮へと急いだ。

 自分が姫を産んでさえいれば、こんな事にはならなかったのかもしれないし、姫を産んでも同じ事だったかもしれないと自問自答する。

 一人になると妃は泣いた。


 翌日、ソクリと一緒に朝の挨拶に行く。梨花の顔色はあまり良いとはいえなかったが、それでも時間を作ってくれた。梁家の姫をソクリの妃に入れたいと梨花に話す。

「ソクリに妃を?」

「はい、梁家の姫は殿下が運命の人だったと、昨日、そう言っております。」

「ふーむ。ソクリと白龍を呼ぶように。」

 梨花は外にいた内官に言うと、すぐに二人はやって来た。話を聞いて、白龍はむっとした顔をし、ソクリは困った顔をする。

「妃、部屋へ戻れ。」

「・・・ですが、殿下。」

「何度も言わせるな。部屋へ戻れ。」

「ソクリ、そんなに怒る事も無かろう。そなたの問題じゃ。」

「梁家の姫は白龍の側室に入れる話が進んでおります。」

「そうなのか? 初耳じゃ。」

「まだ、決まったというのでもありません。昨日、梁家の姫を呼んで話をしていたのですが、具合が悪くなったので、帰しました。」

「そうか・・・。」

「申し訳ありません、王様。そんな話が進んでいるとは知らず・・・ですが、姫は殿下が自分の運命の方だと、そう申しておりました。」

「天命によりソクリを王にするとでもいうのか。」

 白龍の声はいつにもまして不機嫌そうである。このまま白龍と妃がやりあうのは、あまり良い事には思えない。妃は何故、自分には言わずに梨花にそんな事を話したのかと、不思議だった。


「姫はそんな事は申してはおりません。姫の天命は、運命の方を父とする女子を産むことだと・・・そのように。」

「女子? ただ、女子を産むのが天命だと、そう申すのか?」

「姫は私にはそのように・・・。白龍殿下、私は公子を連れて宮を出ます。ですから、梁家の姫を殿下の妃にお入れ下さい。」

 床に手を付き、体を震わせて泣きながら、何度も訴える。聞いてくれるまでは、動かないと決心しているようにも見える。

 白龍の顔には怒気が見て取れる。

「白龍、碧玉。隣室で待つように。先に妃と話をする。それと、梁公を呼ぶように・・・。」

 白龍とソクリは隣室で向かい合って座ったが、梁公が来るまで一言も口を開かなかった。


「妃、何があったのじゃ。何故、そこまでして梁家の娘を妃に入れたい。」

「申し訳ありません。王様。私が全部悪いのです。私が男子を産んでしまったから・・・。」

 ソクリが何をしようとしたのか察してはいたのだが、それにあまり触れたくなかった。

「・・・殿下には休む場所すらございません。私はそれが・・・。」

「そうか。そういう事か。」

 夜、いつもの時間にソクリは部屋を出るが、妃の所に泊まってはいないのだと梨花は察した。

「妃の気持ちは分かったゆえ、部屋に帰っておれ。白龍の気も静めねばならぬ。」

 妃は、何度も振り返りながら自分の宮に戻った。


 呼ばれてやって来た梁公は、ソクリの妃が梨花の寝室を出るのを見送ると、部屋に通された。話を聞くと、背筋に冷たい汗が流れ出す。いよいよ、その時がやって来てしまったのは分かるのだが、相手がソクリという予想は全くしていなかった。

「梁公はそたなの娘が受けた天命とは、どんな事だと考えている?」

「巫女を生む事でございます。」

「では、ソクリは巫女の父に選ばれたという事か?」

「おそらく・・・。」

「力のある巫女を産まねばならない理由があるのか?」

「以前に少し話しをしましたが、まだしていない話もございます。」


 その昔、この国が一つだった頃の神話によると、この国が割れたのは黒い龍が怒った為だという。その龍の怒気は国中に広がってしまったが、自分の魂の欠片を求め徐々に大きくなっている。その魂の欠片は今や妖の力を持ち、梁家が輩出する巫女が守っているのだという。

「本来の使命は、その妖を守る事ではなく、妖を天に帰す事なのだそうです。ですが、大叔母だった先代の神官は、両親が早くに亡くなってしまった為に、天命を受けはしたものの、本来の力を発揮する事ができなかったのだそうです。急死してしまった為に、妖を引き継ぐ者がおらず、私の兄が死に際の大叔母の力を借りて、その妖を守っております。その妖を天に帰す力を持つ巫女を娘が生むと、兄は申しております。」

「その兄は、今、どこにいるのだ?」

「僧となり国中を歩き回っておりますゆえ、分かりませぬ。」

「信じられぬ話だ。」

 白龍は作り話だと思っているようだった。

「妖を引き継ぐ者がおらぬうちに、兄上が亡くなってしまったらどうなると?」

「妖の力は負の力でございます。何が起きるのかなど我には分かりかねます。」

「病気を治すのはその妖がしておるのか?」

「いいえ、違います。娘は病気は治せませぬ。ただ、病気になると近寄ってくる、小さな魔を病人の側へ寄せ付けないというだけの事で・・・、大きな魔が寄ってしまっている場合には、それもできませぬ。」

「妃にもそういう小さな魔が寄っておったのだろうか?」

 ソクリは妃が急に正気に戻った訳を知りたかった。

「妃様はその・・・、娘が言うには、自らの魂の闇で道に迷っておられたとかで、ご一族の魂の光を頼りにご自分で闇から抜けだられただけだと・・・。」

 話を聞けば聞くほど、白龍の妃としてはふさわしくないという気が梨花にはしていた。ソクリの妃に姫が自分の運命の人はソクリだと告げてしまったのだ。それを横取りなどしたとあっては、天命に逆らうとは何事だという事になるだろう。

「梁公の娘は、碧玉の妃に入れる。」

 梨花はそう言った。

「妃など、要りませぬ。」

「断るなら自分で断るように・・・。今日でも、明日でも姫と自分で話すがよい。」

 梨花は梁公とソクリに下がるように言い、白龍だけ残した。

「王様、ソクリが天命を受けた者を妃に入れるなど・・・。」

「この状況での選択は、どちらが得になるかという事ではなく、どちらが損が少ないかという事じゃ。天命に逆らい、姫を妃に入れた所で、得は何もない。」

「しかし・・・。」

 このままではまたソクリの勢力が大きくなるかもしれないと、白龍は懸念していた。

「白龍、そなたが王となれば、ソクリは宮を出る。静かに暮らさせてやるが良い。もし、梁家の姫との間に力を持つ巫女が生まれれば、白龍の力となるはずじゃ。それまで、手を出すでない。分かったな。」

「もし、ソクリが退かねばどうすればいいのです?」

「その時は白龍が王なのだ、自分の好きにするが良い。」

 白龍には良い王になって欲しいという希望があるのだが、それは白龍自身が決める事。死んだ後の事まではどうしようもない。


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