2-37話 戦功恩賞の行方(1)
今回の戦で獲得した領地はこれまでに比べて大きい。しかし、寝返った二人と実際に戦った兵とどちらが恩賞が大きいのかという線引きは難しい。大将軍である青真も悩んでいる。誰もが適当な線で手を打つのだろうと思ってはいるのだろうが、誰も何も引かない。兵部令はソクリの執務室に宰相と二人で呼ばれた。
「まだ、片付かんのか?」
「申し訳ありません。王様。」
青真が発言してくれないから誰も納得しないと兵部令が説明する。
「土地を貰える者はともかく、下の物は銭を欲しがっておるぞ。分かっておるのか?」
「はあ、それは分かっているのですが・・・。」
兵部令とて、この辺りで妥協してくれないかと思っている。
老林公が兵部令だった頃は、こんなに揉めなかったとソクリは思った。こういう問題を捌くには、やはりそれなりの知恵も必要なのだろう。兵部が金家の勢力で固められてしまうのはまずいだろうという意見に従って、各勢力の代表が順番に兵部令を務める事になり、今の兵部令は朴家の勢力下の貴族である。真面目だし、青真将軍とはうまく行っているのだが、やはり頭が少し固いのが欠点かもしれない。
「貴族との話し合いは、しておるのか?」
「してはいるのですが、二阿吽が我を張っておりまして・・・。」
「なるほどな・・・。宰相、何か策はないか?」
「二阿吽以外の貴族は、獲得した領地の状態が良くないので、出費が嵩むと・・・。」
「仕方ないのう・・・。」
ソクリは地図を出させた。
「さて、どこが良いものかのう・・・。」
王領と貴族領が色分けされて描かれている地図だった。
「やれやれ・・・、重要な地は手放す訳にもいかず・・・。荒地はいやだという・・・。」
多少粘れば、ソクリが他の土地も出してくれるかもしれないというのも計算に入っているのだろう。しかし、王領には開拓して欲しい荒れ地は沢山あっても、すぐに農地になり税収が見込める土地は少ない。
「難しいですね。この山はどうでしょう・・・。」
「悪くはないんだが・・・、これだけでは足りない。」
「貴族と土地を交換しては?」
「さて、どこをどう交換したものやら・・・。」
前回は林治水奉行が土地をうまく振り分け、それなりに収まってしまっている。
「林治水奉行を、呼び戻せませんか?」
「兄上に、こき使われているらしいぞ。雪が降る前にやっておかねばならない事も多いというのに、城主が全員こちらにいる。」
「先に二阿吽を二人、城へ帰しましょうか?」
「案が出るまでは帰らぬよ。」
二阿吽は、ソクリが交換の土地を出してくると予想しているのだ。それが出ないまでは平行線のまま、粘るつもりだろう。手痛い敗北を受けた赤川は、すぐには攻めては来られない。それも読みのうちだ。
「林家から誰かに来て、案の策定を手伝って貰っては、どうでしょう。」
「それが早いだろうな。林左将軍を呼んでくれ。」
やって来た林左将軍は、話を聞いてうんうんと頷き、すぐに手紙を書くと言って、戻って行った。
「さてと、二人には考えておいて欲しい事がある。」
「何でしょう?」
「二阿吽を二人、案が出次第、城へ戻すのよ。」
「しかし、説得に応じるかどうか・・・。」
黄凜も二人になれば、扱いやすい事も分かっている。
「噂だ、噂。城に残っている林将軍に水を開けられているという噂を流せ。」
「噂位では阿吽が、動くとも思えませんが・・・。」
「三手、必要なんだ。あの四兄弟には・・・。噂の一手、宰相から怒られるの二手目、我がダメ押しで説得する。」
「分かりました。城主の交代とでも、噂を流しましょう。」
「妙案だな。宰相。では頼む。」
三日後、やってきたのは長光大博士だった。まさか、自分でやって来るなどとは、誰も予想していなかった。
「お久しぶりでございます。王様。」
一緒にいた黄凜にも挨拶する。
「宰相様も、ご健勝で何よりです。阿呆の集まりの中で、よくやっていらっしゃる。我などにはとても出来ぬ事でございます。」
「あ、いや、凡人は凡人同士、それはそれで仕方ありません。まさか、大博士に来ていただけるとは思っておりませんでした。」
「我の弟子を勝手に呼び出されなどされては困ります。彼らは研究に忙しいのです。」
「そうか、それはそうだろうな。」
「我も久しぶりに、招客殿でゆっくりしようかと、そう思っただけです。」
「弟子が多いのか?」
「大叔父の弟子達が、まだ我を頼りますのでな。手のかかる事よ。では、話を伺いましょう。」
ソクリは椅子に座り、地図を見せて、長光大博士に説明する。
「随分とこの地図は興味深い・・・。」
「そうか・・・。前に林治水奉行にやって貰って、うまく収まったかなと・・・そうは思っているのだ。」
「あの、凡人にしては、中々に考えたのでしょう。手伝いが必要です。」
「どのような者がよろしいでしょう?」
黄凜が聞く。
「算術が普通に出来ればいいでしょう。それと情報です。」
「どんな?」
「やはり説明をしないと分かりませんか・・・。手間の掛かる。」
「情報は後で持って来させる。手伝いは光常と部下をつけよう。」
「公子様に部下など、おりますのか?」
「帳簿の写しを作るという役割を与えたのだ。商人から紹介の平民出が三人、それと、今回の戦で寝返った将軍が一人。」
「これを寝返り貴族に見せるおつもりですか?」
「手が足りん。大丈夫だ。これを見た所で何もできはしない。」
「分かりました。宰相様は、お忙しいでしょうから・・・後は王様と二人で話をします。」
「そうですか、では、よろしくお願い致します。」
黄凜が出てゆくと、表情が変わる。
「長光大博士にも苦手はあるか。」
「そう、青真将軍も苦手ですが、宰相様は更に・・・。」
「本音が出たな。」
さびない刀の研究をしている時、青真将軍の執務室に席を作ってくれと要求したのは長光である。何か欲しい物があるらしいと感じたソクリはそれを認めた。
実直な青真に自分を認めさせ、川の深さの計測と伝書鳩を自由に使ってよいという許可を得るまでには、相当に苦労したらしいというのはソクリも知っている。
その時、黄凛と何も交渉しなかったのは、黄凛との距離をどの程度にしておくべきかを考える時間が無かったからなのかもしれないし、攻略方法がみつからなかったからかもしれない。
攻略するのはいいが、使える人間だと思われて、何か起きる度に呼びつけられるのも困るという辺りが長光の本音だろうと、ソクリは思った。
「先に仕事の話に致しましょう。ご希望を伺います。この配置が崩れても構わないのでしょうか?」
「あまり、大きく崩れるのは困る。」
長光は地図を見ながら、自分が知りうる限りの宮との勢力を重ね合わせる。伯父である林左将軍の手紙には、それなりにうまく収まっていると書かれていたが、確かにそう思える。金家や朴家など大貴族の領地の周囲は、ソクリが取り立てた自分の勢力ともいえる文官の小貴族を配置している。どこかの勢力が事を起こそうとした所で、どこかから情報が漏れてしまうだろう。
「ふーむ、財政面ではいかがです?」
「そうだな、向こう五年位は王室が圧倒的に得、その後は三十年位かけて貴族が徐々に特になる・・・。」
「金が必要という事ですね。」
「まあな、戦するには、先立つ物が必要よ。」
「今のままでも、十分なのでは?」
「大軍で押し寄せるとなれば、いくらあっても安心できん。」
「最終決戦なさるおつもりなのですね。」
「片付けるつもりだ。何としても。」
「ふーむ。後一つ、公子様にお役目など、何故与えたのです?」
「若い文官を師匠に就けていたのだが、不治の病にかかって、後釜がおらん。」
「なるほど、では、公子様を、お呼び下さい。」
やって来た公子は、元気良く挨拶をする。
「おお、随分と大きくなられましたな。」
「大博士がこちらにおいでになるとは思ってもいませんでした。」
「王様の命でございます。」
「公子、大博士を手伝うように・・・。」
「はい、何を致しましょうか?」
「この山はどの様な山か?」
地図で指差す。
「王領の山で生えている木は自然林、鉱山はなく、民は木以外の採取を認められております。」
「では、その隣の山は?」
「松林の山にて、鉱山開発をしておりましたが、鉄は出ず、錆びない金属が出ておりますが、他にはこれといった物は採れません。」
「木はどの程度が伐採可能だ?」
「そうですね。年に二百本・・・、いやもっと少ないかな。」
「そういう物を答える時には、範囲で答えるとよろしい。」
「百本から二百本といった所です。」
「よろしい答えです。」
大博士は、その他のいくつかの地区を指差すと、公子に答えさせた。
「ふむふむ、長い間、領地にばかりいて、旅をしていなかったから、認識の違う土地があるかと思ったが、そうでもない。」
「どの位で出来る?」
「そう、一週間もあれば・・・。」
「では、任せる。公子、部下も大博士の手伝いをするように・・・。」
「王様、両方だと、人数が足りませんが・・・。」
「写しは・・・暇そうな、文官を三人ほど手伝いに回す。」
「分かりました。」
ソクリは内官に大博士の執務室を用意するよう言った。
「情報は柳商から持って来させる。」
「いえ、柳商とは料亭で・・・直接話をしたいと・・・。」
大博士の目がいたずらに輝く。
「ああ、分かった。毎晩という訳にはいかんぞ。今夜は、宰相に席を用意するよう言っておく。」
「宰相様ですか・・・。」
「交渉するのは宰相だからな、ちゃんと言っておくから・・・いいだろう。」
「承知致しました。王様。」
用意された部屋に着くと、内官がソクリからだと本を数冊持って入って来る。書かれているのは名簿だが、名前以外は印がついているだけである。印は梵字で書かれている。何度も書きかえられたり、色づけしている印もある。
多少認識が違っているのは、印は現在ではなく将来に向けてつけられているからだろう。自分にこれを見せたのは、ソクリの頭の中には、宰相である黄凛を通じて自分を取りこんでしまいたい気持ちがあるのかもしれないと長光は感じた。しかし、長光にとっては政治などというのは、最も関わりたくない事柄の一つである。
王妃の一族であれば、無関係で生きるというのも難しい。それに、自分の研究の為に、もっと軍の手を借りる必要もある。どの辺りで手を打つか。それは長光にとっては大問題なのだが、今回の件に関しては、芸者達から少し情報を仕入れればうまくいくと、地図を見ながら一人考えた。




