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黒龍神話  作者: 小池 洋子
第2章 永碧帝 白龍
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2-21話 嵐の明暗(1)

 夏になると、王京周辺では、また戦の準備が始まっているという噂が流れはしたのだが、戦を仕掛けるとはこの時点では決まってはいなかった。

 前回は、王であるソクリが主導権を握り、貴族の誘拐から始まった寝返り工作で領地を広げた。それはそれで勝ち戦となったのだから、結果としては悪くはない。しかし、卑怯なやり方ではある。白海の中央軍の長である青真は、こんなやり方が続く訳がないのを知っていたし、それはソクリも同様だった。

 その後二年は、白海国内では不作が続いていたし、赤川からの難民が多く流入した為に、米の不足が続いている。開墾した農地からまともな収穫があったのは昨年になってからである。


 今回の戦に関しては、作戦の立案から実行まで、全てを青真に任せる事にした。どうするか、春からずっと悩んではいたのだが、これといった策が思いつかない。

 前回の戦で占領していた港を諦めたが、これを奪還するのも悪くはない。しかし、問題はそれが維持できるか否かである。補給路を短くする策に出て効を奏したのに、それを長くしては問題が多くなる。

 赤川はといえば、各地で農民の反乱が起きたり、そもそも政情が不安で、攻め時といえば攻め時である。しかし、こちらの軍量米も不足気味で、長引くのと内政にどう影響するかどうか、そこに不安がある。

「無理をする必要はないかもしれない。」

 宰相の黄凜はそう考えていた。

「まあ、そうではあるんだがな。弱っている所を叩くのも手ではある。」

「それはそうなんだが・・・。」

 黄凜が気にしているのは二の妃の事だった。六月に入ってから懐妊しているのが分かったのだが、体調が良くない。流産をしかけ、何とか持ち直した物の、神殿で療養をしている。面会は控えるようにと神官から言われたソクリも何とはなしに元気がない。

 しかし、だから何もしていないというのでもないのかもしれないと、黄凜は疑っていた。そもそも、赤川方面は昨年も豊作だったはずだ。それなのに農民が反乱を起こしているというのが解せない。

 ソクリが商人を使って仕掛けているのかもしれないのだが、青樹は赤川情勢を探るのに忙しく、ほとんど宮には戻って来ない。


「王様が何かをやらせているのではないだろうか?」

「黄凜、王様が誰かに何かを命じていない時などない。問題は何をやらせているのかだ・・・。」

 ソクリは青真が軍を動かしたいと思う時には、もう手を打った後の場合が多い。

「一旦、青樹をこちらに戻して、意見を聞きたいと思うのだが・・・。」

 二人は王であるソクリが何かをしているのか、いないのかを確かめてから、戦をするか否かの決定を行う事にした。

 青樹はなかり連絡がつきにくい場所にいたらしい、戻って来た時には、もう真夏だった。

「単刀直入に言おう。王様から何を探れと命を受けた?」

「赤川情勢だ。」

「それは分かっている。赤川の何を探っているのだ?」

「各地の農民一揆の理由が主な任務だ。」

「すると、青樹が一揆を扇動しているのではないのだな。」

「ああ。違う。王様は何かを気にしているようで・・・理由を探れと命を受けた。」

「何だったんだ?」

「詳しい内容は報告書を読んでくれ。簡単に言うとだな、昨年即位した赤川王の後継問題だ。」

「昨年、即位したばかりなのに、もう後継問題なのか?」

「簡単に言うとそういう事だな。新王には元々、太子妃がいるんだが、これとは別に妃がいる。この妃を王妃にする、しないで揉めてる。」

「その側室が王を圧迫しているのか?」

「その妃がいなければ、王にはなれなかったろうしな。仕方あるまい。赤川王は軍を味方につける為に、側室の意見で左遷されていた孔将軍を呼び戻したんだが、これがかなりの清廉の士という人間で、貴族とは反りが合わない。そこで貴族は側室に対抗する為に王妃を味方に引き入れて、王を圧迫した。王は何とか民意だけでも取り戻そうと、戦を仕掛けるつもりなんだが・・・。」

「つもりで・・・どうなんだ?」

「米の買占め合戦で豊作のはずの米は、貴族の倉か宮の倉にしかない。孔将軍は戦を諦めて軍用米を救済米として放出してはどうかと王に意見したんだが、これが王の逆鱗に触れて、呼び戻した孔将軍をまた、左遷しようとした。今度は民がそれを知って怒り出して・・・、貴族は孔将軍を反乱の罪で捕らえようとしてる。そんな所だな。」

「かなり宮は疲弊しているな。」

「そういう事だな。大将軍は今年、仕掛けるつもりなのか?」

「それを考えてる所だ。」

「来年の方がいいかもしれん。」

「何故だ?」

「こっちへ戻って思ったんだがな、赤川は風が冷たい。」

「凶作かもしれないという事なのか?」

「天気の記録は、定期的に送ってあるだろう。それを分析して貰ってくれ。自分は風が冷たいなと感じただけだ。」

 赤川方面が凶作になるなら、今年は力を温存する方が得策にも思える。二人は分析結果を待つ事にした。


 大急ぎで分析しろと林文官に命じたのは三日前、黄凜は一週間程はかかるかと思っていたのだが、本当に大急ぎでやったらしい。報告書を持ってきた林文官の目の下には、クマが出来ていた。

 今回もかなり分厚い資料である。

「報告書はじっくり目を通すが、簡単に説明してくれ。」

「当家の資料と照らし合わせると、赤川全土の収穫予想は平年作から凶作の間で確立は半分程度。若干悪いから悪いの間です。昨年の白海と同程度の予想になります。」

「白海は豊作から平年作の間だったな。」

「そうです。ですが・・・少し気になる事もあって、それは資料を取り寄せて調査中です。」

「何の資料だ?」

「何というか・・・引退した祖父なんですが・・・。若い頃から、時たま、今年は嵐があるかもしれないと・・・そんな事を言う時があって・・・。」

「それで?」

「今年もそれを言っていると、領地の大叔父から連絡がありました。」

「ほう・・・。」

「祖父の父が残した日記によると、かなり当たっているようなので、天気や収穫の記録と照らし合わせています。王様もとても気にしていて・・・。」

「どう気にしておられるのだ?」

「祖父が言っている事に根拠はないのですが、何かと勘の良い方だからというのと、川下の治水工事が未完成な事の両方です。工事に使う石などが激流に飲まれれば、大災害になる可能性もあります。」

 梨花が王になったばかりの頃には、洪水が各地で起きていた。禿山が洪水の原因だとソクリが言い、植林を進めたお陰で、ここの所、白海では洪水がおきていない。

「分かった。後は王様とご相談するから、下がって良い。」

 林文官が出て行くと、黄凜は分厚い報告書に目を通しだした。ざっと目を通しながら、気になる箇所にはどんどんしおりを挟みながら、関連している書類にも目を通す。

 ソクリの執務室に行く時間には、何とか報告書全部に目を通し終わった。執務室に行くと、ソクリは数字の書かれた本と一緒に、青樹の報告書に目を通している所だった。

「何か気になる事でもおありですか?」

「赤川がこんな事になっておるとはの。青真は何と言っておった?」

「迷っている様子でした。赤川が凶作の予想なら、来年の方がいいかもしれないと・・・。」

「それも手だな。」

 そう言いながら、ソクリは手元に開いていた数字の書かれた本を少し眺めた。

「碁盤を出させましょうか?」

「そうするか。」


 碁盤を出すと、ソクリは持っていた本の通りに石を並べた。石は、味方優勢ではあるが、まだ予断のならない状態で、激しい攻防が続いている。もうすぐ決まりそうではあるが、まだ決まってはいない。一方、味方の石にも不安が残っている。

 黄凜は並んだ石を見ながら、難しい局面だと感じた。ソクリも、腕組みをした。

「黄凜なら、次の白石をどこにする?」

 攻めは手筋では行かない。固めるには数手が必要である。一方守るなら、一手で決まる。黄凜は、迷いはしたが守りの一手を打った。

「無難な手だが、これが悪くない手なんだよなあ・・・。」

 言いながら次の石を置く。手筋なのでどんどん石を置き、こんなものかという所まで進む。


「途中で赤川が攻め寄せて来たらどうなるのでしょう。」

 少し前まで石を戻すが、最初の手が効いているのか、攻められても、案外悪くはならない。

「中央軍の一部を治水工事に回しましょうか?」

「やはり、その方が無難か。」

「赤川も余裕は無さそうですし、工事が途中で中断した為に、農民が被害に会えば、こちらの内政が危うくなります。」

「起きるとも、起きらぬとも限らんが・・・。」

「元々、この治水工事は農地を広げる為に行っているのですから、雪解けを待って春から再開するより、秋までに完成してしまった方が予算は少なくて済みます。」

「兵部があまり良い顔をしいないかもしれん。」

「大将軍には、私から話します。それでよろしいでしょうか?」

「ああ、そうしてくれ。」

「一つ、伺ってもよろしいでしょうか?」

「何だ?」

「この間の春のご祈祷の際、何をされたのです?」


「言っても信じて貰えるかどうか・・・。」

「信じられない事は何度も聞いています。何でもおっしゃって下さい。」

 黄凜はこの手の話が苦手ではあるのだが、それ以上に困るのは、問題が発生してから自分の耳に入る事だった。明花公女が天女の魂を持つ巫女ではないらしいという噂が耳に入った時には、梁家の勢力を邪魔に思っている勢力の貴族が騒ぎ出した後だった。天女の魂を持つか否かなどは、誰にも分かる物ではなく、王妃が自分が王様にお勧めして入れた妃を陥れるなどは謀反だと言い出した。手を打つのが遅かったら、収拾の付かない事態となってしまったかもしれない。

「実はな、神に会ったのだ。」

「神・・・。天帝様ですか?」

「いや、多分、白虎様と思う。」


 夢か魂の中の出来事か分からないのだが、ソクリは沢山の悪霊に出会い、それらに去れと命じた。悪霊は閻魔剣を見て、西方に飛んでいった。その後、白い虎がやって来て人となり、ソクリにそんな事をして良いのかと尋ねたのだった。夢から覚めた時には三日が経っていた。

「それから、寝覚めが悪い。それと、宰相の家から出てきた、古文書の内容が気になって・・・。」

「どの辺りでしょう。」

「天女の魂を持った巫女が生まれた時には、天変地異が続き、民が疲弊していたとあったろう。色々重なっているのでな。」

「神官は何と言っているのです?」

「王の運気が悪い時には色々起きるのが普通といえば普通なのだそうだ。」

「確か、一番悪い時期は十月の終わりまでだったはず。二の妃様のご出産はそれ以降。」

「予定はそうなんだが・・・。」

「具合が悪いのでしょうか?」

「様子が全く分からなくての。王妃が様子を見に行っているんだが、王妃も心配しておる様子なので・・・。」

「王様、案じてもどうにもならぬ事を考え続けるのはお控え下さい。王様のご様子が不安だと宮にも不安が広がります。」

「分かっている。気をつけてはいる。」

「とにかく、少しづつ片付けましょう。戦は仕掛けず、治水工事を終わらせる。そこまでは、我が致します。」

「分かった。そうしてくれ。」

 ソクリはまだ何かを隠している。それが気になりはしたのだが、これ以上は何も話したりはしないだろう。


「まあ、お久しぶりですね。宰相。」

 王妃は、ゆったりした顔で笑った。

「伺いたい事がございす。」

「何でしょう。」

 隠したい事がある時、ソクリは無表情の中にそれを隠す。王妃は笑みの中にそれを隠す。黄凜にはようやくそれが分かって来た。

「王様に何かご心配事があるのかと思いまして・・・。」

「王様の心配の種など、尽きた事はございませぬよ。宰相。」

「二の妃様の体調が優れないのでしょうか?」

「体調は・・・それ程悪いという事もないのだが・・・、魂の世界で何か起こっている様子。私の力ではどうにもなりませぬ。」

「・・・、魂の世界・・・。」

 これ以上、王妃は何も話さない気がする。

「王妃様、もう一つだけ教えて頂きたいのですが・・・。」

「何でしょう。」

「公女様は天女の魂をお持ちなのでしょうか?」

「宰相。魂の世界で何が起きようとも、人の世を治めるのは王様です。あまり気になされますな。」

 分からないという意味なのか、知っていても教えないという意味なのか、黄凜には判断しかねたが、粘っても何も聞きだせはしないと、王妃殿を退出した。


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