1-2話 結婚(2)
側室選びの当日、順番に面会した白龍は林公の娘までは、ひどく無関心な様子だったが、流石に気を使ったのか、林公の娘とだけは少し話しをした。しかし、林公の娘の方が緊張したのか、ろくな返事もしない。あまり長くなってもと切り上げ、待っていた梁公の娘の番が来たのだが、急病で退出してしまっていた。
梁公は翌日、娘は重病の為、とても妃には上がれないと改めて断ったのだが、白龍は安春を梁公の家に張り付かせた。確かに病気で寝込みはしたらしいが、数日後に書店に行ったと分かると白龍は激怒した。
それ程までして断る娘に執着しなくてもと梨花とソクリは思ったのだが、理由も無く、妃に入れるというのを断るのは謀反の罪となる。梁公を呼んで事情説明をさせるしかなかった。
梁公は床に手を付き平謝りだったが、白龍が謀反人として罪を追及すると言い出すと、理由を話すと椅子に座った。
「我が家は代々、神官を輩出しております。」
白龍を初め、梨花もソクリもその事実は知っていた。
「先代の神官は私の大叔母に当たります。」
大叔母は天の加護を受けた神官で、先々代の王の即位式の際、神岩を持ち上げたのだが、これは神の加護を受け、白海国に住み着いている妖の力を借りなければできないのだと説明した。
「大叔母が亡くなった際に、その妖は兄に預けられましたが、兄は天の加護を受けておらず、その力を半分も引き出す事ができないと言っております。」
その兄によると、梁公の娘には自分とは違う妖が生まれた時より憑いており、娘が望まぬ結婚などさせれば白海国は沈むというのだ。
「我に嫁いだら白海が沈むというのか?」
「兄はその様に言っておりました。そして、娘がこの男と決めたら、それが賤民であろうと、盗賊であろうと嫁がせねばらなぬと・・・、その様に・・・。」
「さほどの災いをもたらすというのか?」
「兄が言うには・・・そうなります。」
「さほどの力を持った娘なら、ぜひに妃に入れたい所だが・・・。」
「白海国に災いが訪れるかもしれないのだぞ、白龍・・・。」
「先の事など分かりませぬ。しかし、そういう力を持った娘を妃として側に置けるというだけでも、我の力とはなるはず。」
梨花が即位する前、ソクリは知識を駆使して吉兆となる現象を吉兆として起こし、さも天意があったように見せかけた。民はその演出を天意を受けた女王と信じている。
「そういう事が必要なら、また、何かやればいいだろう。」
ソクリが言うと白龍はむっとした。
「嘘でなく、事実が欲しいのだ。病を治す力を持っていると聞いたが。」
「それは・・・、その、病そのものではなく・・・、病になると寄ってくる小さな魔物を・・・、その・・・。」
「魔物をどうするのじゃ?」
「妖の飢えを満たしてやる為に、そういう小さな魔物を食わせねばならぬのです。」
「魔物を食らわせる?」
「はい、兄はその様に行っております。ですが、娘の妖は・・・、小者にて、あまり大きな魔物は退治できず・・・、まあ、そういう事でして・・・。兄に言わせると娘は大した力はないのだとか。」
「一つ聞くが、梁公の兄の方が力があると申すのか?」
「はい、王様。大叔母から預かった兄の妖は、白海国建国の頃からこの世におるそうで・・・。」
「ふーむ・・・。碧玉はどう思う?」
「いわくつきの娘を妃に入れる必要もないでしょう。」
「では、林公の娘で良いか。」
梨花が言うと白龍が反対した。
「困ります。今は・・・。」
「今は・・・、今は何なのじゃ?」
「妃が・・・懐妊しているかもしれないので・・・。」
「懐妊、御医からは聞いていないが・・・。」
「まだ、はきとした事は分かりませんが・・・。」
「この期に及んで言い訳か? 白龍・・・。」
「言い訳ではありません。」
「御医を呼ぶように・・・。」
全員で妃の部屋に行き、御医が診察する。
「どうなのじゃ?」
「まだ、はきとは脈には出ておりませんので、二週間ほどしてから診察を致します。」
「可能性はあるのじゃな?」
「はい、王様。」
三人は梨花の部屋へ戻る。
「懐妊したとて、男子が生まれるとは限りません。妃を入れた方がいいでしょう。」
ソクリが言うのに白龍はむっとした顔をしている。
「あの娘は・・・。」
「何じゃ白龍。」
「気に入らないのです。」
「気に入らない・・・。白龍、政略結婚だぞ。」
「殿下にはお分かりにならないでしょうが・・・。気に入らぬ娘を妃に入れたとて、飾り物にしかなりません。」
白龍はこの妊娠をきっかけに妃との関係を修復したいと思っていたが、美しい妃などいれてはそれも難しくなる。
「いいだろう。白龍。懐妊しているかどうか分かるまで、この件は保留する。」
「懐妊していた場合はどういたしましょう。林公には、はっきりとした説明をしなければなりませんが・・・。」
妃を入れると公表してしまった後になってこの事態、やっかいだなとソクリは感じた。何をどう説明しても、白龍が貴族との和解を拒んだと受け取られかねない。
「男子が生まれねば、その時は妃を入れるよう。これは命令じゃ。」
「分かりました。王様。」
白龍は梨花の部屋を退出し、ソクリと梨花は二人になった。
「林公をここへ呼んで我から説明しよう。」
「いえ、王様。我から話を致します。」
「白龍は貴族との和解を拒んでいるのではないと、よくよく説明してくれ。」
「分かりました。」
ソクリは自分の執務室に戻ると林公を呼び、妃を入れるのは延期と伝えた。林公は説明を聞くと頷き、約束が違うなどとは言いもせずに承知してしまった。
「林公、事情を理解して頂いて・・・感謝します。」
「孫娘を気に入らぬというのでしたら、仕方ございませんな、殿下。白龍公の気に入りそうな娘を探しておきます。」
他に縁談があって、あっさりと引いたのかと思ったが、そういう話があるでもない。不思議に思いながらも、暫くの間は、白龍とあまり顔を合わせずに済むと思うと、ソクリは少し気が楽になった。
白龍の妃の懐妊がはっきりとした後、林公は梨花に謁見を申し出た。
「王様、お顔の色が随分とよくなられました。」
「静養した甲斐はある。大分、調子が良い。」
「それはようございました。」
「話とは何じゃ?」
「孫娘でございますが・・・、副君殿下の妃に入れて頂けないかと・・・、お願いにまいりました。」
「碧玉の?」
「はい。」
「何が林公の得になるのじゃ?」
自分が王位を退いたら引退するというソクリに妃を入れ、何を得たいのか梨花には図りかねた。
「副君殿下は、何事も長い目で見て、損得勘定を致しますな。我もそれを見習いたいと・・・。思っているのはそれだけでございます。」
「よく分からぬが・・・。」
「白龍公と副君殿下の間で領地返還の取引があったのはご存知でしょうか?」
「ああ、知っている。」
「では、その前に交わした会話についてはご存知で?」
「いや。」
「白龍公が何かを副君殿下に言い・・・、殿下は、いいだろうたと答えたそうです。その後、領地はいらぬだろうと白龍公が切り出した。我は、白龍公が何を殿下に伝え、いいだろうと答えたのか・・・。随分と考えましたが、答えは一つしかないように思えましてな・・・。」
「それで?」
ソクリに自決を迫ったとしか梨花には思えない。林公がそれを知っているという事は、宮でも知っている人間は多い事を意味する。
「殿下がそう決断されているのなら、それはもう仕方ない事かもしれませんが、今は、まだその時ではございません。お気持ちを変えられたのなら、領地でゆっくりと暮らしていただくもよし。我が望んでいるのは・・・、殿下の血を引く子供でございます。」
「王族の外戚になりたいという意味か?」
「結局はそうなりますが・・・、位ではなく、頭脳でございます。」
「頭脳?」
意外な答えだった。末端とはいえ、王族の外戚となる事を望んでいるとばかり思っていたのだ。
「我は凡人以外の何者でもございません。我の父も同じでございます。しかし、だからこそ、生き残るには何が必要かをよく考えました。優秀な者を輩出しておる家系は、一族そろって頭脳明晰。そうなるにはどうしたものかと・・・。それで、我が父は、変わり者と噂されているが、頭の良い娘を探し出し我の嫁にしました。我も、わが子らの嫁には頭の良い娘を探したのでございます。」
「それで、どうなったのじゃ?」
「自慢になりますが、孫達は我などに比べると、大分出来が良いようで・・・。」
「それで、碧玉の血が欲しいというのじゃな。」
「そういう事になりますな。王様の前で言うのも何ですが・・・、蘭花公女様も頭脳明晰でいらっしゃいましたし、殿下のお血筋が絶えるのは、長い目でみて、白海にとって損ではないかと・・・。」
「考えてみた事も無かったが、そうかもしれぬ。」
「いいだろう。何も持ってはおらぬしな。」
呼ばれて来たソクリは梨花の言葉を黙って聞いていた。沈黙の時間が続く。
「まだ、三ヶ月です。王様。何故、こんな事をなさるのです?」
「ソクリ・・・、家族くらい持っても良かろう。欲しかったのだろう・・・昔から・・・。」
「それは、そうですが・・・。」
「他には何も与えてはやれぬのじゃ。何もかも我に差し出し、失っていく。」
「我はそれで構いません。」
「ソクリが何も持っていない。そう思うと、我が悲しいのじゃ。」
ソクリは梨花の顔を見た。梨花も女としての人生を全て捨て、王として国に尽くして来た。自分と何も変わりはないはずだった。
「我が林公の娘を妃にすると、王様には何が得になりますか?」
「林公は金公とも融和を図ろうとしてくれている。味方につけておいて損はない。」
「命に従います。」
従うという言葉を聞き、締め付けられるような胸の苦しさからは解放されるかと思ったのだが、白龍がソクリに自決を迫ったという言葉が、再び蘇って来た。目の前が暗くなる。
「王様。」
ソクリは椅子から転げ落ちそうになった梨花を受け止めた。梨花は薄れる意識の中でソクリが御医呼んでいるのを聞いた。
梨花は御医とソクリが小声で話している声で目が覚めた。さして時間は経っていないらしい。気が付かれましたという女官の声で御医が脈を取る。
「どうだ?」
「はい、落ち着かれました。」
御医は薬湯の準備の為に退出した。
「今、御医と話していたのですが、政務を完全に休まれてはいかがでしょう?」
「ふーむ。」
「立太子は後伸ばしにするとしても、白龍公を摂政につけ、人事以外の権限を白龍に与えてはと思います。」
「それで、うまくいくか?」
「問題はないと思います。王様が立太子する時期を名言されましたから・・・。」
「そうか。では、そうするか。」
ソクリの妃となる林公の娘はひどく、上がり症だった。殿下との面会に行くというので、両親と共に宮にやって来たのだが、前回の白龍公との見合い同様、心臓が体から飛び出しそうで、今にも気を失いそうだった。王様からの質問に両親が答えている声すら、全く耳には入らない。
「普段は何をして過ごしておるのじゃ?」
母につつかれ、何か答えた気はするのだが、何を答えたのか全く記憶になかった。王様の隣に座っていた殿下は両親との話にもあまり加わらなかった。家に帰って記憶に残っているのは、王様が少し二人で庭を歩いたらどうだと言ったのを何かを理由に殿下が断り、婚儀の準備は進んでいるから、何も心配しなくて良いと言った事だけだった。顔など到底分からない。
当日、儀式の一環として門まで迎えに出た殿下に声を掛けられた。この時になってやっと林公の娘は殿下の顔を見た。自分の乳母はこの結婚が決まってから、父上様より年寄りに嫁がせなくてもと嘆いていたが、そんなに年上には見えなかった。
「衣装が重いだろうから、ゆっくり歩く。」
そう言いながら、自分の手を取ってくれ、ゆっくりと歩き出した。謁見の日と同じように緊張で、体がいう事をきかなじゃない。何度も転びそうになったのを支えられながら待合室となる建物に入った。
「目の前が真っ暗になりそうだわ。」
側に控えていた乳母に声を掛ける。
「お嬢様、しっかりなすってくださいませ。今日は、お嬢様の結婚式でございますよ。」
「ええ・・・。」
「お茶でもお持ちいたしましょう。」
これから乳母と共に自分の担当となったという、女官がそう言ってくれた。女官が持ってきた茶は少しぬるかったが、すぐに飲むには適温だった。
一気に飲み干してしまい、おかわりが欲しかったのだが、儀式には時間がかかる。終わるまで、我慢するよう言われてしまった。
訳が分からぬうちに儀式が終わり、祝宴が終わり、気が付くともう夕方だった。
先ほど、茶を持って来てくれた女官がこれからの予定について説明する。
「殿下と二人になるのですか?」
その場にいた女官は、この妃はその当たり前の事が分かっていなかったのかと、そんな顔をした。発言してしまってから、妃は口に手を当てる。
「あの・・・、妃殿下の母上様からの手紙を預かっておりますが、二人にして頂いてよろしいでしょうか?」
隣にいた乳母が言う。
「一時間ほどで殿下が参られると思います。それまで、乳母様がお側にいらっしゃって下さい。我々は外に控えておりますので、何かあればお呼び下さい。」
女官が出て行くと、乳母は懐から封筒を取り出した。手紙には自分が嫁入りした時に感じた事などが、色々と書かれていた。それと宮での発言は注意するようにと、父からの伝言が書かれている。
「妃殿下、母上様から伝言がございます。」
「何?」
「もう少しお側に寄っても、よろしゅうございますか?」
乳母は耳元で小さな声で言う。
「よくお聞き下さい。お嬢様はもう妃殿下でございます。宮にお仕えする身分でございます。王様と殿下より先にお心配りをするように、との事でございます。先にという所が大事だと・・・。どんなに冷たくされても、妻として、心からお仕えするようにと、そうおっしゃっていらっしゃいました。」
「妻として・・・心からお仕えする・・・。分かったわ。」
「私は宮には不慣れでございますが、先ほどの女官は王様が幼い頃からお仕えしているのだそうでございます。宮の中での事は何でも女官に聞けば大丈夫だそうでございます。」
「妃殿下として不自由なく宮で暮らせるようにとの、王様の心遣いだそうでございます。」
「王様がそんな事を・・・。」
外の女官から声がかかり、料理や酒が運び込まれる。
「殿下はお酒は沢山召し上がるのかしら?」
「いえ、ほとんとお飲みになりません。一杯ついで差し上げて下さい。すぐにお茶をお持ちします。」
もうすぐ殿下がこちらに渡られると女官は言い、乳母も外に出て、一人になった。何だか急に息苦しさを感じ始めた。衣装が重く首が痛くなり、頭を上げて椅子に座っているのがやっとだった。
副君殿下のお成りという声が聞こえ、ソクリが部屋に現れた。乳母に手を貸して貰い椅子から立ち上がる。
ソクリはすぐに椅子には座らなかった。部屋を見渡すと、女官に料理を長椅子の前に移動するよう言いつける。
「その衣装も重いだろう。取ってやってくれ。」
乳母は何か言いかけたが、女官はそれを制止し、盆を持ってこさせる。
「殿下、簪を一つこれに・・・。」
ソクリは簪を一つ取り、盆に乗せた。
妃はその後、どうなるのかがよく分かっていなかったのだが、数人近づいてきた女官は、手早く自分を下着姿にしてしまった。結い上げていた髪もほどかれる。いきなりこういう事になるとは、母の手紙にも無かったし、予想もしていなかった。女官が上着を持ってきてくれなかったら、気を失っていたかもしれない。
「殿下のお隣にお座り下さい。」
立ったままの自分に女官が声を掛ける。殿下の隣に座ると、女官は出て行ってしまった。これからどうするんだろうと母の手紙を思い出す。
「お注ぎいたします。」
酒の入った土瓶を持ち、妃はソクリに声を掛けた。
「ああ、頼む。」
手が震えて、今にも土瓶ごと落としそうだったが、何とか杯に酒を注ぐ。殿下はその杯の酒を飲み干した。
「酒は飲めるのか?」
「あまり・・・。」
「では、少しにしておく。」
自分の杯に半分程酒が注がれる。家でもほとんど飲まないのだが、前に飲んだ酒とは全く違っている。
「香りが良い酒だな。」
「はい・・・。」
「宮の酒蔵で作られている。北領まで輸出されている最高級品だ。」
「まあ・・・宮でお酒が作られているなんて知りませんでした。」
「本来は王様用なんだが、王様も沢山は飲まんので、もっぱら北領へ輸出している。」
「そうなんですか・・・。」
食べようかと促され、目の前の料理に手を付ける。
「祝宴にも料理が出たが、食べている時間がないから、腹が減ったろう。」
「はい。」
皿に取り分けて貰うのをいつもやって貰っていた妃は当たり前のようにそれを食べたが、途中で自分がすべきなのだとはっと気づく。
「あの・・・、殿下私が致します。」
「気にしなくていいから、どんどん食べろ。」
そう言い、ソクリは自分の皿にも料理を乗せ、どんどん食べている。あまり食欲がないと思っていたのだが、好物が多いし、味も自分の好みに合っている。無言のまま、もう食べられなくなるまで食べた。
女官は膳を下げ、茶と香炉を運んできた。良い香りが部屋に漂う。
「父上からの贈り物だ。良い香りだな。」
「はい。」
妃はそう答えながら、どうしたらいいと母の手紙に書いてあったかを必死に思い出そうとしていた。さっき読んだばかりなのに、さっぱり思い出せない。
「困ったな。」
「えっ。」
自分の頭の中にあった言葉が隣にいたソクリの口から出て、妃はびっくりした。何を答えたらいいのか、更に困っていると急に体が中に浮いた。
男の膝の上に抱かれているなど初めての事だった。
「少し話がしたいのだが、外には女官がいる。小さな声で話さねば聞こえてしまう・・・。」
それで自分を膝の上に抱き上げたのかと妃は思ったが、その瞬間に母の手紙の一部が頭の中に浮かぶ。
「急な話でとまどったろう・・・。」
「はい、あの・・・。いいえ。」
「それでは、どちらか分からんぞ。」
「あの・・・。」
どちらと答えればいいのか、妃は迷った。どちらも正解ではない気もする。
「まあ、いい。話したいのは別の事だ。」
「何でしょう・・・。」
「今夜でなくとも良い。」
「えっ。」
何の事を言っているのか意味が分からなかった。
「初夜は今夜でなくとも良い。」
それは違う。それはダメだと頭の中で何かが木霊する。母の手紙にもそんな事は書かれていない。
「あの・・・。それは・・・いけません。」
何とか言葉を搾り出す。
「こんなに震えているのにか?」
自分では気づかなかったのだが、確かに手が震えている。
「政略結婚で、しかも、急に行き先が変わって・・・。まあ、それはそれとして・・・諦めて貰うしかない。だが、家族として心を寄せて過ごしたいと思っている。」
手紙には殿下が優しくしてくれたら、どうせよとは書いていなかった。どうしたらいいか分からず、涙が出る。
明かりを消せば外に控えている女官や内官も下がる。ソクリは少し話でもできればと思っていたのだが、それも無理そうだと思うと、明かりを消し、妃を膝から降ろす。女官が守備兵に距離を取れと命じているのが聞こえ、暫くすると人の気配が消えた。ひどく長い夜になりそうな予感がした。
「明日になれば、林公と両親が、首尾はどうだったと聞いてくるだろうが、うまくいったと答えておけばいい。」
泣いている妃に言った。
「いけません。殿下。今夜でなくては困ります。」
「無理する必要はない。妃が望まなくとも、その時は来る。」
「いいえ、いけません。」
「泣き顔を見せられては、気が引けるのだよ。」
「殿下に優しい言葉をかけて貰えるとは思ってもみなかたので・・・、それだけです。」
「本当にそうか?」
「少しの間、こうしていて下さい。」
ソクリの腕の中にもたれた、妃の手の振るえは止まっていた。
「誰かに恋をした事もないのだろう。」
「そうですわ。でも、それは私だけではありません。母も恋して結婚したのではないですが・・・。幸せだといつも言っています。」
「そういうものかの?」
「きっと、そういうものですわ。」