2-1話 玉座
青真は占領した城の守りを固めながら、赤川がこんなにも早く引き上げるなどとは予想もしていなかった。引き上げると見せかけて、兵が少なくなった所を襲って奪還するつもりかと、そう思っているのだが、密偵の報告では、そういう事も無さそうだという事だった。
密偵は更に、赤川では二人の王子が太子任命で揉めており、弟の母である王妃が戦費を捻出できないと王を圧迫しているという。
王位継承で揉めている間は、多少の領地が減っても仕方ないというのだろう。
梨花と比べても仕方ないとは思うものの、これが凡人と天から与えられた力を持つ者の違いと思わざるを得ない。梨花とソクリの二人が内政を立て直したからこそ、今の白海がある。
今回の赤川の戦でも補給がが不十分で腹を減らした赤川の兵が随分と脱走している。こんな状態では、どんな優秀な武将であれ、兵の士気を高めるなどできぬ。さらには、東風城攻めでは、かなりてこずった武将達が太子争いに巻き込まれて左遷されてしまっている。
たまには、こういう事があっても良いのかと、ふっと青真は思った。しかし、一番怖いのは、この勝ち戦の記憶である。次の戦で、武将の気が緩めば、それは大問題である。
このまま、春までこの城に居ようかと青真は考えたのだが、宮からの帰還命令と共に黄凜からの手紙が届く。最終的に青真が王京への帰還を決めたのは、この手紙だった。
西山城で黄凜は待っていたが、守備兵もまばらで人気がない。ほとんどの兵を宮と王京の守備に当てたのだという。
「父が動いているのか。」
「まあな。多少といった所だが、動きはある。」
梨花が王になってから、青真の父は梨花と結婚の話を進めようと画策していた。梨花と結婚し、青真との間に子供が生まれれば、次の王となる。青鋼国が復活する事はないにしても、金家が王位を継承して行く事は、青真の父にとっては白海が亡国となったと同じ意味を持っているらしい。
そんな事をしてはいけないと何度も言っも、見果てぬ夢を捨てられない。
黄凜は何かの理由をつけて、青真の父を罷免するつもりかもしれないと青真は感じた。
「どうするつもりだ?」
「軍さえ、動かさなければ、現状維持にする。」
「そうか・・・。宰相は副君殿下を王にと望んでいるのだな。」
「そうだ。他の方法は考え付かん。」
「父は、説得する。」
「そうしてくれ。他の貴族は大筋で合意は取れている。」
「分かった。それにしても・・・、宰相とは苦労の多い事だな。」
「そういう地位に就いてしまったのだ。仕方ない。青真が本体の帰還を遅らせてくれたお陰で、こちらも助かった。」
「青樹はどうしている?」
「折れてくれた。青真軍本体も王京にはおらんので、金公は動かせる兵が少ない。焦っておられるようで、青真の帰還を待っているという訳さ。」
「父の説得が終わるまで、青真軍の帰還は途中で止める。」
「そうしてくれ。王様の具合も良くなくてな。意識不明なのだ。御医も・・・年は越せぬと言っている。」
「そうか・・・。ところで、殿下の妃様方や元子様などはこちらではないのか?」
「ここでは、守りきれんのでな。宮にお戻りいただいた。」
「そうか。もう、王様は話もできないのか・・・。」
「まあ、そうだな。面会はできる。」
「殿下はどうしておられる。」
「王様の部屋からはほとんど出ないで付き添っておられる。」
「・・・。」
「そうか・・・。」
「勝利したのに凱旋もさせてやれんで、すまんな。」
「気にするな。」
青真は密かに帰宅すると、父を説得した。
宮へ戻った青真は、形式だけでも戦勝報告をというソクリの手紙を見て、梨花の寝室を訪れた。部屋にいたソクリはいつもの様に、無事で何よりだったと言い、梨花の寝台の近くに連れて行く。
梨花の頬は削げ落ち、昔の面影がなくなっている。
「王様は目を瞑っておられるが、意識がない訳ではない。ちゃんと声は聞こえておる。手を握って戦勝報告をするといい。」
青真が勝って帰ったと梨花に言うと、わずかに手が反応した。
「ずっと、青真の帰りを待っておられた。暫く話すといい。」
ソクリは暫く自分の部屋にいると、青真に笑いかけて言ったが、その顔は泣いているようにも思えた。
梨花が亡くなったのは次の日の夜だった。ソクリは梨花を棺に入たくないと体を一晩抱いていた。しかし、いつまでもそうしている訳にもいかない。棺には自分で入れてやりたいというソクリは言い、やっと梨花の体を離し、喪服に着替え部屋にに戻った。
梨花の体を清め、服を着替えさせて、女官はまた寝台に戻す。ソクリは着替えて戻って来たが、梨花を棺に入れてやる様子もなく、寝台の脇に立っている。
「殿下、そろそろ、重臣達が弔問に訪れます。彼らにも別れのお時間を下さいませ。」
黄凜が静かに言う。はっとした瞬間、ソクリは刀を抜いていた。黄凜はソクリが刀を持っている事など今まで全く気づかなかった。
<まずい。>
止めねばと黄凜は思ったのだが、体が硬直して、全く動かない。声を出そうにもそれも出ない。ソクリの体が真っ黒な雲に覆われているように見え、すぐそこにいる姿さえ見失いそうになる。
<どうしたらいいんだ・・・。>
黄凜の心臓は今にも飛び出しそうだった。ソクリは刀を抜いたまま、梨花の寝台の側から一歩も離れない。
<どうしたらいい、どうしたら・・・。>
反対側を見ると、一の妃がおり、隣には元子が不安そうな顔で座っている。更にその隣には公女を抱いた二の妃の姿も見える。最悪の予感が黄凜の胸の鼓動をさらに激しくする。
「お止め致しません。殿下。」
黄凜は二の妃の言葉を疑った。
「お止め致しません。殿下。ですから、私も公女も一緒にお連れ下さい。」
<何と・・・。>
黄凜は胸が痛み出した。
今度こそ、夢の未来を覆してみせる。二の妃の決心は固かった。昔から何度となく見てしまう不吉な夢。夢の中でソクリは同じように刀を抜き、自分に背中を向けていた。こちらを振り向いてくれさえすれば、未来は覆る。二の妃はそう思った。魂に自分の心が届いて欲しい。もう一度、二の妃は同じ言葉を繰り返した。
「殿下、私も公女も一緒にお連れ下さい。」
ソクリは自分の闇に捕らわれ、言霊は届かない。力が足りないのだ。自分にもっと力があればと二の妃は悲痛な気持ちだった。
「私も一緒にお連れ下さい。」
今度は一の妃が言った。後ろ姿だった、ソクリが振り向く。
「私、一人では元子を守りきれませぬ。私も元子も一緒にお連れ下さい。」
「父上、どこかに行かれるのですか?」
無邪気に光栄が言う。自分が何を言っているのかは分からない様子だった。
「もう一人は嫌です。」
光栄の言葉にソクリの体がぐらぐらと揺れた。
「そなた達まで、切れぬ・・・。そなた達まで・・・」
そこまで言うと、ソクリは立っていられなくなったのか、刀を落とし、膝をついた。
ソクリが捕らわれていた闇が消えるのが二の妃には分かった。
「外に誰かおるか。」
やっと声がでるようになり、外にいる内官を呼ぶ。
「殿下はお疲れのようだ。部屋でお休み頂くように・・・。」
内官にささえられながらソクリは立ち上がろうとして気を失った。
「殿下、殿下・・・。」
「殿下は、この所、ろくに食べても眠ってもいなかったゆえ、お疲れなのです。お部屋でお休み頂きましょう。」
二の妃が言い、抱いていた明花を女官に預け、内官と共に梨花の部屋を出る。一の妃は梨花の部屋に残り、泣いていた。
<王様、殿下が自決を思いとどまってくれました。>
一の妃は梨花に向かって、声を出さずに語りかけた。梨花の思いがソクリに届いたのだ。一の妃はそう思った。
翌日になっても、ソクリは目覚めない。御医が診察するが、特に悪い所はないという。ただ、疲れが出ているようで、今日は目覚めないかもしれない。
それでも、葬儀は行わねばならない。祠堂に移した梨花にずっと付き添いっている妃も顔色は悪い。
「一の妃様、殿下の代理で喪主となり、葬儀を行わねばなりません。」
「殿下がお目覚めになるまで、待つ事はできませぬか?」
「宮の規則では、それはできません。」
一の妃はソクリの寝室に行き、様子を確かめる。ソクリに付き添っていた二の妃と短い話をし、頷くと、葬儀を行うと言った。葬儀が終わると、黄凜はやっと一息ついた。
近衛兵は無手でソクリの部屋で不寝番をしている。ソクリの部屋から武器は全て持ち出してはいるのだが、どこに何を隠しているのかも分からない。近衛兵が刀を持っているのは逆に危険だと思った。
意識を失ったソクリを部屋に移す前に近衛兵には武器を探させ、もう何も出てこないと報告して来たが、青真と兵部に再度探させると、使い捨ての小刀が数本出てきたという事実もある。その他に毒薬なども見つかっている。
黄凜は不寝番に刀を持たせるかどうかで、迷っていたのだが、青真がソクリは相手の刀を奪うのがうまいと言い、体術の優れた近衛に無手で不寝番をするよう命じた。
目を覚ましたソクリは、ひどく喉が渇いていた。
「殿下、お目覚めですか。」
椅子に座っていた二の妃が茶から茶の入った湯のみを受け取り、一気に飲む。
「王様のご葬儀はどうなった。」
「昨日、滞りなく済ませました。」
「そうか・・・。」
「今、粥をお持ちします。」
「ああ。」
起き上がって粥を食べる。
「宮を出る準備をせよ。」
二の妃に言う。
「一の妃様は、いかがされますか?」
「一緒だ。」
「では、準備してまいります。それまで、もう少しお休み下さい。」
「ああ、分かった。」
青真が王に立つらしいと宮では誰もが噂している。犠牲を出さずに済むなら、それが一番良い。宮から出さえすれば、二人の妃と子供達はどうにか助ける事ができるだろう。
内官からソクリが宮で出る準備を命じたと聞いた黄凜は、青真を除く重臣達を執務室に集めた。
「殿下が宮を出られるというのは、本当でしょうか。宰相様。」
重臣達は不安そうな顔で黄凜の出方を伺っている。
「宰相様は、どうすべきと思っていらっしゃるのでしょう。」
老林公が黄凜に落ち着いて言う。
執務室に集まった貴族達は黄凜がソクリを王に推すつもりらしいというのを聞いていはいるのだが、金 青忠公を中心に王位を青真大将軍に立てるという噂もある。西山城で青真将軍と密会したというのは、誰もが知る所である。
王が誰になるのかは宰相である黄凜の気持ちで決まると、全員が黄凜の言葉を待っていた。
その頃、青真と父親の青忠、それに青樹は大将軍の執務室にいた。全員の安全を確保する為に、呼びに来るまでここにいて欲しいと黄凜が言ったのであるが、外は朴家の配下の近衛兵が守っており、実質、閉じ込められているのである。
兵部の武将達も自分達の執務室にいる。青真大将軍を宰相が王に推すという噂を信じており、近衛兵が大将軍の執務室を守っているのは、王となるからだと思いたかったのだが、状況を見れば、監禁されているのに間違いはない。青真軍の兵は、出陣したまま東風城で帰還命令を待っていて、王京にいる人数は少ない。噂が嘘でソクリが王となった場合、執務室を囲んでいる兵が金家の一族を粛清するつもりかもしれない。自分達も粛清の対象ではないかと感じなくもない。
そこへ内官がソクリの出宮の準備をしていると連絡が入る。やはり王は青真大将軍なのかと、その場にいた武将達は思った。
ここまで血を流さずに来れたのは、梨花の慈悲の気持ちかもしれないと、黄凜は思っていた。そして、重臣達に静かに口を開いた。
「王位継承者、第一は白龍殿下の養子である元子様だが、まだ言葉もしゃべれないご幼年。戦が続く今、王に立てる事は白海の滅亡を意味するように思う。」
「では、誰を?」
「元子様の父である副君殿下に即位なさって頂きたいと思っている。」
やはりソクリかと貴族は思った。
「しかし、殿下は宮を出る準備をしていると・・・。」
「説得する。」
「宰相にはそれが可能と思われておるのでしょうか?」
「我、一人では難しいと思う。臣下一同でお願いするしかない。」
「どうやってお願いするのです?」
「王におなり下さいと、そうお願いするしか、策はない。よく聞いておいて頂きたい。これから、便殿会議を開くが、我以外は王にお成り下さいという言葉以外を発しないよう・・・。」
「それだけで、殿下のお心を変えられるのでしょうか?」
「他に策があるのか?」
「いえ・・・。」
「意見がなければ、従って貰うしかない。便殿に集まるよう。」
黄凜は内官と共にソクリの部屋へ行った。
「殿下、これから便殿会議を開きますので、ご出席を。」
「我は引退している。そんな物はもう関係がない。」
取り付く島もないというのは、こういう事かと黄凜は感じたが、何とか便殿には連れて行かねばならない。
「何も言わぬまま、宮を出て頂いては困ります。重臣達に納得の行く説明をして頂きたいのです。」
便殿に行くと答えるまでは、一歩も部屋を出さないつもりなのが、ソクリには分かった。青真も頑固だが、黄凜は頑固といえばそれ以上だ。次の王は青真だと宮では噂している。黄凜もそのつもりで、動いているだろう。自分を追い出したという事にはしたくないのかもしれないと、ソクリは便殿に行った。
殿下のお成りという内官の声と共に入ってきたソクリは貴族の平服だった。先帝のご遺体の前で自決をしようとした時に感じた闇とそれにまとわりつく冷気がソクリを覆っているように感じる。
便殿での副君の席に着こうとすると、席が違うと黄凜は玉座を示す。
「我は王にはならぬ。」
「では、誰が王となるのでしょう。」
「金大将軍ではないのか?」
「殿下は何故そのように思われたのでしょう。金大将軍の王位継承権は殿下の次、殿下がご存命でいらっしゃる以上、金大将軍が王となる理由はございません。」
青真が王となる事に重臣達は納得していたのではなかったのかとソクリは思った。
「王様との約束がある。だから王にはならぬ。」
「しかし、王位継承権は殿下の方が上です。どうか、王にお成り下さい。」
黄凜が言うと、重臣達は口々に王にお成り下さいと繰り返す。ソクリはすっかり罠にはまってしまったと、ようやく気づいた。しかし、まだ、手は残っている。
「王位継承権というなら白龍公の養子となった元子様が上だ。」
「元子様が王に立たれた場合、殿下が摂政に立たれるのでしょうか?」
「いや、我は宮を出る。」
「では元子様を王には立てられませぬ。」
「王位継承権を臣下が無視するというのか?」
「今すぐ王にというのは、家臣一同反対致します。元子様が成長され、王となるにふさわしい年齢となられれば、王にお立ち頂きます。」
「幼いから王には立てられぬというのだな。」
「はい。」
「では、摂政に金大将軍を任じてはどうだ。」
「それは、難しいですな。殿下もご存知の通り、大将軍は宮を出て戦をせねばなりませぬ。その間内政が滞ります。」
黄凜は何が何でも自分を王に立てるつもりなのだと、ソクリは思った。しかし、黄凜が打ってくる手は筋が決まっている。大きな変化をすれば、ついていけないはずと、ソクリは考えた。
「金大将軍。」
呼ばれて、青真が前に出る。青真には、ソクリが名を呼んだ意味が分かっていなかった。
「金大将軍を我の養子とする。」
黄凜はしまったと思った。自分だったら何といって断るか考えたが、思いつかない。
「金大将軍、我の養子とするゆえ、王位を継ぐよう。」
「できませぬ。」
「何故だ?」
「我が命を受けるのは王様のみ、殿下は王様ではございません。ですからお受けいたしません。」
「・・・。」
ソクリは言葉を失った。青真が断るだろうという事までは予想していたのだが、その理由は曖昧で、誰もが納得する答えではないと思っていたのだ。誰もが納得しない答えであれば、重臣達の気持ちが揺れてもおかしくない。
「亡き王様が生きておられたら、受けたのか?」
「いいえ、受けませぬ。」
「それは、不忠ではないのか?」
「その様な事が、まかり通るとすれば、いつの日か、白海は滅びます。我が処罰を受けようとも、それはなりませぬ。」
「理由は何だ?」
「殿下は王位継承の度にその時に都合の良い人物を養子にするという、それが王位継承の正しい姿と思われるのですか? 王にお成り下さい。殿下。」
青真がソクリの前に膝を着いて何度も繰り返すと、重臣達も繰り返す。
「青樹。」
青樹はこの場で名を呼ばれるだろうと予想していた。
「王様の勅命を持っておるだろう。」
そう言いながら歩き、青樹の前に立つ。
「実行せよ。」
「それは・・・。」
「刀を持っておらんのか? ではこれを使え。」
ソクリは懐から、龍の蒔絵が入った小さな刀を出して、青樹に差し出す。青樹はその刀を見つめて無言のまま立っていた。青真の父親である、金公はこの勅命を持っている限り、青真を王に出来ると自分に言った。確かに青真を王には立てられるのだろう。しかし、黄凜はソクリが王とならなければ、白海は滅びるだろうと言った。
「殿下、処罰されようとも、我には白海の将来がかかった判断などできませぬ。これは宰相様にお渡し致します。」
前に立っているソクリをすり抜けるように青樹は移動し、黄凜に勅書を渡した。
「宰相、王様の勅命だぞ。」
ソクリは黄凜に迫るが、黄凜は動じなかった。
「確かにこれは王様の勅命ですが、これは白龍公が王となる時に継承権で揉めた場合を想定しての勅命でございます。白龍公はもうお亡くなりになりました。ゆえに、これは無効でございます。」
黄凜は内官を呼ぶと端の火桶にくべるよう言い、内官は黙って受け取って火桶にくべてしまった。負けたとソクリは思った。青真を王に立てるという噂を信じてこの場にやって来た事自体が悪手だったのだ。
「王におなり下さい。」
便殿にいた重臣達は全員が膝を着き、その言葉を繰り返した。
「我が王となっても、誰も我の命を受けないでは、意味がない。」
ソクリは玉座の前に立って言う。
「命をお受けいたまする。」
「いくつか条件がある。」
最後の詰めが始まったのだ。ここで、ソクリがいう条件に誰かが反対すれば、今までの苦労は全て水の泡となる。黄凜は目の前が暗くなりそうな位に胸が締め付けられていた。
「まずは、金大将軍を璽守に任ずる。」
「お受け致します。」
青真がすぐに答える。貴族はどんな悪条件が飛び出してくるのかと
、内心不安に思っていたのだが、この分では大した事は無さそうだと気を緩めかけた。
「次に貴族院会議を廃止する。」
誰も言葉を発しなかったが、この会議廃止は貴族にとっては大問題である。王が暴走した時に貴族がそれを止められるのはこの会議のみである。誰もが顔を見合わせたが、何も口には出せない。
「貴族院会議に代わる、会議の内容を、ご説明下さい。」
「・・・いいだろう。」
黄凜は梨花が貴族院会議を廃止しようとしていたのは知っていた。しかし、廃止を決定するのも貴族院会議の場でしか行えない。
「内政三名、外交三名、兵部三名からなる九名が出席者となり、これは五年に一度全員を入れ替える。議長は璽守、多数決で決定を行う。」
「分かりました。」
ソクリはもう負けを認めていたが、投了するつもりなどはない。
「元子様が十五歳から二十歳までの間に、譲位する。」
「お受け致します。」
「王様は白龍公の即位を望んでおられた、ゆえに、我は名を捨て、白龍を名乗る事にする。ソクリ、碧玉の全ての記録を削除するよう・・・。」
「お受け致します。」
暫くの間、沈黙が続いた。
「他にはございますか?」
「ない。」
「では、玉座にお座り下さい。」
ソクリが玉座に座ると、四日後に即位式を行うと黄凜が言い。会議は終了となった。ソクリが玉座脇の王専用の扉から出て行くと、黄凜はめまいがして膝を着いた。
「大丈夫ですか? 宰相様。」
「平気だ。何ともない。」
胸の締め付けから開放され、執務室で茶を飲んでいると、王室の文書を管理している文官が碧玉殿下の記録のどこを削除するのか聞きに来た。
「即位式が終わってから、やればいいだろう。」
「王様から三日以内に、削除する箇所を全部洗い出して持って来いという命を頂きました。」
まだ、終わって無いのかと黄凜は書庫に向かった。
文官に思いつく限りの文書を持ってこさせ、内容を確認する。そうしているうちに、梨花がソクリが哀れで自分からは王になれとは言えないと言った言葉を思い出した。
青真は便殿を出ると、真っ直ぐに兵部の武将部屋へ向かった。その場にいた武将達の表情は様々だった。
「噂は嘘だったのですか?」
「そうに決まっている。」
「しかし、誰がそんな事を・・・。」
「我だ。」
「何故です?」
「父が軍を動かそうとしていたのは知っているのだろう。」
「勝てば官軍です。大将軍。」
「滅多な事を口にするな。今、我らが動けば白海は沈む。」
「そんな馬鹿な。」
「お前達が動いて内戦になれば、どちらが勝ったとしても傷は大きい。先王様が蓄えられた国力を全部失ってしまう。宰相様が一番気にされているのはそれだ。宰相様の考えは軍さえ動かなければ現状を維持だそうだ。」
納得するという所まではいかなかったようだが、話している間に文官が文書を集めているとやって来た。
「何を持って行くつもりだ?」
ソクリが署名した文書全部に、名前が載っている文書全てだと文官は言った。武将達は何の事か分からず、不思議な顔をしていたのだが、青真は目を丸くしながらも、文官と一緒に兵部の文書保管庫に向かう。
文官が持ってきた赤い糸を切って、名前をみつけた箇所に糸をはさんで行く。文書を持って行き、そのまま文書整理の手伝いを行う事になった武将達は、いかに内政に苦慮していたのかをやっと理解する事になった。
即位式に続く宴席が終わり、それぞれが部屋に引き上げる。ここまで無事に来た祝いにと黄凜と青真は宰相の執務室で酒を酌み交わした。
「ここ数日で、やつれたぞ。黄凜。」
「まあな、仕方なかろう。」
ソクリの記録の改変案は今朝になってやっとソクリが満足する所まで漕ぎ着けた。
「しかし、本当に全部削除するつもりなのか?」
「歴史を書き換えて良いのかという疑問はあるが、そうせざるを得ない。」
「今、王様に出奔されるは困る。」
ソクリが宮を出てしまえば、追うのは困難を極める。しかも、季節は冬。探し出した時に、生きているかどうかという問題もある。
「今、王様はどうしていらっしゃる?」
「先王の間にいらっしゃるはずだ。」