始まりの鐘
音楽の時間に私は戦慄した。この曲は恋愛の歌じゃないか。恋を知らない私が歌ってもよいのだろうか。ふと考えた。ピアノは習っていなかったけれど、美術より好きだった。それだけの理由で音楽をとったが今、嫌いになりかけている。自分より上手な人を見て、上手に出来ていたはずのモノが上手でないことに気づき、自分がどれほど劣等生なのか、思い知らされる。テストも平均以下で、隣の子は一位を普通にとっていて。それでいてなお、その子は皆に好かれる。私は自分から敵を作って、除け者にされて。そんな毎日を送っていた。何故私には何もないのだろうか。そんなことずっと考えてきた。答えは未だに出ていない。所詮、ないものねだりしてしまう。ないものねだりするくらいなら私は...。今日もそんなこと考えながら学校に来る。
「おはよう!沙希ちゃん!」
突然うしろから抱きついて挨拶をしてくる彼女は私の友達、伶ちゃん。私と違って〝今〟を生きているのだ。部活もちゃんとしていて、頑張り屋。対する私は帰宅部。以前はある部活のマネージャーをしていた。だが、その部活の生徒とイザコザを起こして辞めた。私は、何がしたいのだろうか。...わからない。わからないんだ。何をしたいのかが。この心の中は空間が広がっている。まるで何かの感情が抜け落ちた。そんなひとりぼっちの世界に私は生きている。
「沙希ちゃん!今日は数学のプリント提出だよね?」
「そう....だったと思うよ?」
駅を降りて私達は歩き出す。退屈な日々の始まりを告げる鐘が鳴る。しかし、このとき、私は知らなかった。この鐘が退屈な日々を終わらせる鐘だったことを。これは、私と彼との小さな恋の物語。